救う毒

むみあじ

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4月 鈴蘭

第16話

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彼は教室内の空気を気にも止めずに、ゆっくりと自身の席へと向かっていく。ずっと見ているのも気まずいので早々に視線を逸らそうと思ったのだが、ふと、いつもはないはずの机と椅子が増えている事に気がつく。

過ぎる可能性。
席に戻ろうとしている翔くんの袖を引っ張り必死に引き止めその可能性を確かめる。


「ねぇ、翔くん。今日って…転校生、くる?」
「っそう!そうなんだよ!」
「やっぱり…王道、かな?」
「依夜もそう思う!?」


声を潜めつつも興奮した素振りを見せるという器用な事をしている翔くん。
樹先生からは何も聞いてないって事は急遽転校って事になったんだろうか?そういえば今朝はメールの確認をしていない。もしかしたら樹先生からのメールが入っているかも

翔くんは俺と一言二言交わして自分の席へと戻って行った。それをしっかりと見送ってからリュックの中からスマホを取り出し、メールの受信箱を確認すると、案の定樹先生からの未読メールが。


『依夜には昔話した事があるかもしれないけれど、僕の甥っ子は傲慢で我儘で世間知らずな馬鹿なんだ。
その馬鹿が入学早々問題を起こしたらしい。そのせいで登校を拒否、僕の運営する学園にしか通いたくないと言い出してね。本当なら来させたくはないんだけれど、あの老害からも頭を下げられてしまったから転校させることになってしまったんだ。

甥っ子に対する愛情は微塵もないから、依夜のしたいように使ってくれて構わないよ。煮るなり焼くなり調教するなり玩具にするなり好きに遊びなさい。そうすれば甥もキャンバスに描けるくらいにはマシになるだろしね』


との事。
そういえば昔聞いたことがあるような、ないような?
確か樹先生に自分を描いてもらえなくて癇癪を起こし、樹先生の絵を破いたんだったかな。自分の絵が大好きな樹先生にとって絵を破られるってことは恋人を殺されるのと同義だし、樹先生が嫌うのもわかる気がする。


もう一通未読のメールが届いていた。そっちは6月頃にここで絵を描きたいからモデルをよろしくって言うお誘いメール。長期間描くことになるだろうから、先生の予定に合わせるときっと夏休みにまで突入するだろう。夏はニィさん達のところに帰るけど、早めに戻ってくる予定だし了承のメールを送っておく。


メールを送信した後、メッセージアプリの方を開いてチェックしていく。あ、元カノちゃんから連絡きてる。


『転校生、来たりした?』


タ、タイムリ~~~~~!!!!!凄い、腐女子は未来視でもできんの?それとも野生の勘がエグい鋭いとか?やばすぎ、めちゃくちゃウケる。


適当に返信を終えると丁度チャイムが鳴り、HRの始まりを告げる。いつもならピッタリか、遅れても数分程のホスト教師が今日は全く来ない。このままだと1限目に突入してしまう…いや、確か今日は続けてホスト教師の授業だから、もしかして1限目も潰れる…?


「すまん、遅れた。行事に関する連絡は特にねぇが、転校生がいる。おい、怜央入ってこい」


やっと顔を出したと思えば号令も何もせずに勝手に進めていく。クラスメイトの誰もついていけてないんじゃないだろうか?ここでツッコミを入れてくれそうな会計と双子庶務は生憎生徒会室にいる。こういう時に限って居ないとかタイミングが悪いな…

扉を開いて入ってきたのは黒いウィッグを被った瓶底眼鏡の小柄な男子生徒。どれだけ勢いよく開けたのか、扉は壁に当たって跳ね返り大きな音を立てた。


「俺は菊池きくち怜央れおだ!!あ、いや、です!!!よろしくな!!!」


口元がくっきりと弧を描く。目元が完全に隠れていてわからないが、きっと同じように目も細めている事だろう。

やっと現状に追いついたのか、生徒達はざわついている。
俺とは違い、菊池なんていう有名企業は無いはずなので1発敵認定されたんだろう。あからさまに容姿を侮辱する言葉が飛び交い始めた。


「何あの眼鏡と髪の毛…」
「ていうか声大きすぎない?」
「野暮ったいしうるさいし、Sクラスの品格が疑われちゃうよね~」
「王道転校生…!!いや…これはアンチの可能性も…!?」


勿論最後は翔だ。
みんなSクラスに対して誇りを持っているからか、容姿も最悪で喧しくって敬語の一つすら使えない彼に反感を持っているようだ。恐らく俺も彼と同程度の認識。ちょっとは俺のがマシだろうけどね。


「人を見かけで判断しちゃいけないんだぞ!!」
「おい、お前ら。時間が押してんだから騒ぐな、喧しいな。怜央の席は窓際1番後ろの席だ。ほら、とっとと座れ。俺は授業の用意してくるから、後はお前らでよろしくやっとけ」


ホスト教師はそう言い残して教室から出て行き、完全に放置された俺たち生徒は宙ぶらりんだ。するとこちらを向いた彼と目が合う。ま、目元隠れてるから気がした程度なんですけど。するとすぐにズカズカとこちらへと歩を進め、俺の席の横に立つ。


「俺、菊池怜央!よろしくな!!」
「え、あ、は、はい…」
「俺が名乗ったんだから、お前も名乗んないとダメなんだぞ!!」
「え、えっと、鏡宮依夜です…」
「依夜、よろしく!!で、後ろのお前はなんて名前なんだ?俺が自己紹介したんだから、ちゃんと返さないとダメなんだぞ!」


仁王立ちで俺に自己紹介してきた転校生の目的は、どうやら俺の後ろの席である久道千秋くんだったよう。流石に目の前にいる俺を無視して久道くんとだけ仲良くなろうというのは体裁も悪いし、心象も悪くなるだろうと思っての行動だろう。

けれど当の久道くんはなんの反応も返さずにいる。ちょっと体を後ろに向けて見てみれば頬杖をつきながら窓の外の景色を眺めていた。

その横顔すらとても絵になる。彼は相当顔がいいため、不良だけれど親衛隊がいる。勿論非公式だ。


「おい!無視すんなよ!!」
「…うるせェ、黙れ」
「な、なんだよ!そんなこと言わなくったっていいだろ!?」


ようやく転校生に視線を向けた久道くんは射殺さんばかりの眼差しで転校生を睨みつける。ほんの少し怯んだものの、恐れ知らずな転校生はなおも話しかけている。声を発するたびに久道くんの眉間の皺が険しくなっていくのが居た堪れず、助け舟を出した。


「あの、怜央くん、そろそろ先生来ちゃうから、座った方がいいよ。その後ろの席だから…」
「え?お前、喋る時はもっとハキハキしないとダメなんだぞ!!俺だから分かったけど、他の人は聞き取れないだろうから、もっと声張れよな!!」
「え、あ、ご、ごめん…」


お前は熱血体育教師か?とツッコミそうになるのをグッと堪えて、謝っておく。それに満足したのか、彼はにっこり笑って久道くんの後ろの席へと腰掛けた。
一連の流れを見届け、前を向きながら考える。


本当に王道転校生が来るなんて夢にも思っていなかった。これはもう巻き込まれ平凡ポジを狙うしか無いだろう。うんうん、俺もそう思う!
心の中で勝手に納得して今後の方針を決めていく。まずは相手の信頼を得る事が大事。聞いていた通り傲慢だし、持て囃して煽て上げれば勝手に気に入ってくれるだろう。まずはそこからだ。


計画を立てつつ心躍らせている俺を、ただじっと見つめる後ろからの視線。その視線の主である久道千秋は、うっすらと目を細めていた。
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