救う毒

むみあじ

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7月 グロリオサ

第60話

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プツリと切れた通話に、たまらず舌打ちを打った。第二体育館裏に呼び出されただと?んなもん罠に決まってんだろうが。どう考えてもそれは久道を誘き寄せるためのものであり、依夜は別の場所、それこそ校舎内にいるだろう。もちろん、制裁という名の性行為を実行する為に。


「委員長!久道がこれを…!」
「あ゛ぁ゛~クソ!そこ置いとけ!A班、第二体育館裏に今すぐ迎え!俺も後から迎う!」
「委員長はどこへ!?」
「俺は別件だ!あぁB班!巡回は欠かさずやっとけ!」


風紀委員室から飛び出しスマホで理事長へと電話をかける。協力をお願いした時に渡された電話番号は完全にプライベート用のもので、何かあればすぐにかけるようにと言われていた為だ。
3コールもしないうちに通話が繋がる。プライベート用とはいえ早すぎるだろ…


「依夜に何かあったんだね?」
「えぇ、話が早くて助かります」
「まぁね。君よりも先に連絡をよこしたのがいるから。アレの過保護っぷりには流石の僕も引いてしまうよ」
「ッ笑ってる暇なんてないのでは?一刻も早く助けなければ依夜が…!」


楽しそうに笑っている理事長に思わず怒鳴り声を上げそうになる。久道のことを言えないくらいには俺も頭に血が昇っているようだ。


「ふふ、大丈夫だよ。それにあの子だってそんなにすぐに助けに来られたら不満がるさ。楽しく遊べないなんて可哀想だろう?」


絶えず動かしていた足が思わず止まる。スマホの向こう側で話している人物の言葉に理解が追いつかない。なんなんだ?この人は一体何を言ってる?コイツは依夜が大切な存在なのではないのか?

「それにね、たかだか羽虫のような存在に依夜が傷付けられる訳がないんだよ。依夜が狂わせてしまった、依夜の事が好きすぎる存在の犯行なら話は別だけれど…今回は違うだろうから、安心していいよ。あの子なら楽しく遊ぶだろうしね」
「あんた、何言ってんだ!?たしかにアイツは喧嘩が強えのかもしれないが複数人に押さえつけられたら力でなんて敵うはずがないだろ!?レイプされかかってるつーのにアンタはッ!」
「ははは、力で敵わなければ相手を油断させればいいだろう?あの子なら力以外の手段でどうにか出来るさ。おっと…メールまでしてきたか…ふむ…如月くん。僕はこれで失礼するよ。この通話を切った後に君のスマホに電話がかかってくるだろうから受け取るように。依夜の居場所を教える為の電話だろうから、そう警戒せずにね」

一方的に告げられ通話を切られる。今日は嵐みたいな奴との通話が多すぎる。こっちはまだ言いたい事がたくさんあるってのに…!

掌にあるスマホが振動した。理事長の言う通り電話がかかってきたのだが、番号は非通知だ。警戒せずにと言われたが警戒せざるを得ないだろ。大体何故かかってくることが分かった?何故依夜の居場所が分かる?疑問だらけではあるものの、こうなりゃヤケだと電話をとった。

「もしもし」
「はじめましてと言った方が良いのだろうな?依夜から貴様の話は良く聞いている、如月諒。依夜が世話になっているようだな。礼を言う」

スマホ越しに聞こえてきた低い声と尊大な言葉遣い。しかしそれが鼻に付かないのは芯のあるこの声のせいだろうか。

「さて、依夜の居場所だが……使われていない音楽室だそうだ。俺にはわからないが、風紀委員長である貴様にはわかるだろう?」
「…その根拠は一体なんだ?」
「真偽を問う時間なぞないんじゃないか?だがまぁ、警戒を怠らないのは良い事だ。答えよう。根拠は攫った人間の口から直接聞いたとしか言えんな」
「どうやってだ?依夜を直接助けに行かないって事から分かる通りあんたはここにはいないし、なんならここの生徒ってわけでもないんだろう?それならなんでアンタが聞ける?」
「方法は企業秘密だ。が…そうだな、依夜にあったらジッポライターを持っているか聞いてみれば良い。そうすれば貴様も方法が分かるだろうからな。…ふむ、まずいな。急がないと危ないかもしれん」
「は?おい、どう言う…」
「良く聞け。俺は依夜の兄だ。兄が弟の危険を察知すれば助けようとするのは当然の事だろう?分かったら早く迎えに行け」


ツーっと無機質な音がスマホから流れたのを合図に音楽室まで全力で走る。走りながら考えるのは依夜の事だ。
兄の話など一度として聞いてはいないし、兄だという人物が風紀委員長である俺よりも先に依夜を見つけているという事実に腹が立つ。


これは紛れもなく子供じみた嫉妬だ。俺が出来なかった事を簡単にやってしまった、俺よりも兄らしい存在に対する嫉妬。



手分けして依夜を探した方が効率が良い事も分かっていたし、そうした方が未遂で終わる可能性だって高い事もわかっていた。けれど俺は、俺自身の手で依夜を救い出す事を優先した。



依夜の安全を犠牲にして、俺は、独りよがりな正義のヒーローになることを選んだ。



昔から変わっちゃいない。『弟に尊敬される頼れる兄』という肩書きが欲しいだけで、兄らしい事は一つも出来ていないんだ。

あの時もそうだった。俺がもし兄という立ち位置にこだわってさえいなければ、周りの人間に頼っていたら、俺の弟は…




カードキーを素早く翳して扉の鍵を開ける。一般生徒がどうやってこの部屋へ入ったのかという疑問が過ぎった。しかしそんなことを考えている暇はないと思考を無視し部屋の中に視線を向け、思わず固まった。



「んぁ~~~~…目ん玉の一つくらいとっちゃってもイイかなぁ…ダメ?ダメだよね…怒られちゃうよねぇ…でもなぁ、でも、う~~~~~ん、だってさぁ…」


部屋の中心には黒紫の髪とシャツを乱れさせた男が、倒れている男に馬乗りになっていた。
どこか艶めかしい手つきで倒れている男の伏せられた瞼に指を這わせて蠱惑的な笑みを浮かべている。

その表情に思わずごくりと喉を鳴らせば瞳がこちらへと向けられた。

半開きになっている口から覗いた赤い舌、薄桃色の柔らかそうな唇に、赤くなった頬、特徴的な縦に並んだ二つの泣き黒子に、平凡な茶色の瞳。
どこか引き摺り込まれそうな色気のある、女顔の男は、一度瞬きをした後花が咲いたように笑った。

その姿は穢れを知らない幼い子供のようで、どうしようもなく目を奪われる。


「諒先輩だぁ!」


いつもの10倍幼気な声ではあるものの、耳に入ってきたのは俺の可愛い後輩である依夜の声で間違いなかった
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