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8月 樒
第106話
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ボブヘアをふんわりと翻し、柔らかな笑顔と共に去っていった彼の背をじっと見つめる。未だに彼の感触と温もりの残る掌をぎゅっと握りしめて、俺へと近づいてくる男へ視線を向けた。
「若、アレは若のこれですか?」
にまにまと笑みを浮かべながら小指を立てた男にすかさず蹴りを入れる。
「イヨくんをアレだのこれだの、テメェは随分と偉くなったナァ~ア?次ィ、舐めた口聞いたらてめぇでも殺すぞ」
幼少から付き人をしている目の前の男、幸村をギッと睨みつける。俺の殺気が伝わったようで、ソイツはすっと頭を下げた。
「つ~かその若ってのやめろってぇ~~~。俺、組継がねエもぉ~ん」
「俺としては、アンタ以上にウチを引っ張っていける人材はいねぇと思うんですがねェ…」
「しーらね!俺は俺のやりたい事しかできね~びょーーきなのォ~」
「ホント、その通りですね…こんなとこまで逃げて来て……親父さん呆れてましたよ」
「あっはぁ!いつものことだろォ~?そろそろアイツ帰っただろうし、家戻っかァ~~」
部下の男に前を歩かせ、駐車場まで案内させる。きっちりと停められた高級車にどかっと乗り込んで、軽く姿勢を崩す。ミラーでチラリとこちらをみた幸村は何か言いたげに見ていたがすぐさま視線を外して、口を開いた。
「それで、さっきの女性は若の嫁かなんかですか?」
「いやぁ~?まだちげェ~~~ヨ?つかイヨくんは男だバァカ」
「男!?あの外見でですか!?いやいや、流石にその嘘には騙されませんよ」
「鏡宮依夜。調べさせてたろ?」
「…イヨくんって…」
「そう、さっきのがイヨくん。鏡宮依夜くん。かぁわいくてエロくてかっこよくて綺麗な喧嘩をするイヨくん…♡」
はぁ、とため息をつきながら今日撮ってから速攻でロック画面にしたツーショット写真を眺める。画面の中のイヨくんは満面の笑みで可愛くピースなんてしちゃってる。
「あー、ほんと、早くパクッと食っちまいテェ~~~なぁ……ぐちゃぐちゃになるまでぶち犯してェ…」
「まだ手ぇ出してないんですね。若にしては珍しい」
「ウルセぇぞぉ?イヨくんは特別なのォ~~。じっくりゆっくり堕としてかねぇーーーと。距離詰めすぎっと速攻で逃げられちまう」
「えぇ?でも若に随分惚れてるように見えましたけど…」
なーんにもイヨくんの事を知らない幸村がペラペラと口を動かして聞いてくる。八つ当たりしそうになる気持ちをスマホの画面を見て落ち着かせる。もうイヨくんは俺の精神安定剤みたいになってしまってんだヨナァ…
「イヨくんは基本いつもそうなノ。誰にでも気があるような素振りしてンのヨォ~~~っ!妬けちゃうよナァ~?」
「誰にでもですか?そりゃ、また…なんつーか…」
「でも鈍いわけじゃネーーノよ?他人カラ欲情に塗れた目ぇ向けられるとわかるっぽいシィ~~~。多分、気付かないフリをしてンノよぅ。なんでかは知らねーーーーけど、そんな匂いがする」
イヨくんを観察していて分かったのは、彼は俺からの恋愛感情に気がつかないフリをしている、という事実。俺自身最初はふざけて言っていたから、信用に値しない為相手にされないのだと思っていたが、どうにもこうにも違うように感じる。今日だって俺相手に警戒する素振りは1ミリも見せないし、なんなら100%俺を信頼してくれているようにも感じた。てかぶっちゃけ俺の事好きなんじゃね…?って思ってしまうくらいだ。
けれどイヨくんはそれがデフォルト。いつも通り。通常運転。どう考えても勘違いさせてしまうような態度ばかりで、一瞬俺もイヨくんって実は俺の事大好きなんじゃネ…?とか思ってしまった。まぁそれもエリお姉様とやらに「お友達」と紹介されたので思い違いなのだと分かったわけだが。
「は、はあ…そんで、そんな相手をどうやって墜とすんですか?」
「ダァ~~~カァ~~~ラァ~~~~。じっくり堕とすんだっつの。まだまだ俺への好感度は低いしィ?これからじわじわ俺の事好きにさせてやンの。とりあえずは、かるぅーーーいスキンシップからかなぁ~~」
その為にわざわざ女装趣味があると誤解されてまで2人っきりになれるよう仕向けたのだ。なんなら下着姿だぞ?とんでもラッキースケベだろこんなの!ちょっとつまみ食いぐらいならいいだろ?イヨくん、気持ちいい事には簡単に流されちゃいそうだし!
「そんなゆっくりしてていいんですか?相手は1年生でしょ?3年のアンタと過ごせる時間ってあと少ししかねぇじゃありませんか」
「んなもんどうとでもなるなる!いざとなれば留年しちゃうってぇ~♡」
「はぁ!?アンタ本気ですか!?流石の親父さんもそれは止めるんじゃ…」
「な訳ねェーーーーだろ。あの人が母さん捕まえようと画策してた話はてめぇも知ってんだロぉ~?俺にも同じ血ィ流れちまってんダワァ!!」
俺の言葉にぴくりと幸村の眉が動くのがミラー越しに見えた。俺も幸村も、親父が母さんを娶る為にあの手この手を使いまくった件は知っている。ストーカーが可愛く思える位徹底的に母の事を調べ尽くし、それだけで飽き足らず監禁までしたという。母はそれら全てを許して結婚したと言うのだから懐が深いというか、感覚がぶっ壊れていると言うか…そんな前例があるんだ。俺の留年なんて可愛いものだろう。
窓の外へと視線を移せば、どっしりと構えた門が見えてくる。ようやく家まで着いたようで、軽く体を伸ばした。
日本家屋の屋敷をぼんやりと見上げながら車から降りる。後ろに幸村を付き従えながら歩を進めれば、すれ違った親父の部下が頭を下げていた。
「…その件、ちゃんと親父さんに報告するんですよね?俺から報告、なんて嫌ですよ。絶対」
「当たり前だろぉ~~~?惚れた相手の事はちゃぁんと俺が話すっつーノ!」
「これで奴さんも納得してくれたらいいんですけどねぇ…」
「…納得しねぇっつーなら沈めるだけだろうが」
「若、それ以上はいけませんよ」
「チッ…あーあ、煩わしいったらネーーーーナ…」
ぼやきながら先程よりも歩くスピードを上げる。とっとと親父に報告して邪魔なものを排除したい。好意を持つ人間にカッコよく思われたいからね、ちゃんと綺麗にしないとね、色々と。
「親父ィ~~入るヨォ~」
「もう入ってんだろ馬鹿息子が」
「そうカッカすんなってェ~~!頭に血ィ上って死んじまったらどうすんノォ~~~?」
「壱成。仮にも父親に対してその態度はいけませんよ。宏成さんも宏成さんです。私たちの可愛い息子に対して馬鹿とは何ですか?」
「ごめんなさーい、母さん」
「…すまない美雪…そうだな、俺とお前の子だものな…」
親父の部屋の襖を開けると、だらしない顔で母の膝に頭を預けて耳かきをしてもらっている親父が目に入った。いつもの調子で軽口を叩き合ったあと、胸焼けするほどのイチャイチャを繰り広げている両親を遠目で見ながら畳の上できっちりと正座する。
俺の態度がいつも以上に真剣なのが伝わったのか、両親は揃って身を正し、俺を黙って見つめた。
「親父、母さん。俺、好きな人ができた。ずっと一緒にいたいと思える相手だ。俺に柔らかく笑いかけてくれる、すごく可愛くて綺麗な喧嘩をする人なんだ。この身全部を投げ捨ててでも、何でもしてあげたいと思っちまう程その人が好きだ」
姿勢を伸ばして目の前にいる親父の瞳を見つめる。俺のイヨくんに対するこの気持ちが嘘偽りではないのだと、きちんと伝える為に。
「ようやく見つけたか!お前はとにかく喧嘩命だったからなァ!心の通じ合った伴侶なんざ一生見つからないんじゃねぇかと心配してたんだ!それで!?どんな人だ!?家に連れてくるだろう!?もしやもう孕ませたか!?男の子か!?女の子か!?学園はもう退学しちまえ!育児は大変だからなァ、お前もちゃんと協力するんだぞ!はァ、まさか孫の顔がもう見れるとは…嬉しい限りだ、全く」
「ちょちょちょ親父!ストップ!孕ませてねェーーーし!孕めねェよ!!女じゃねェ~ノ!しかもまだまだ恋人同士でもねェ!初恋でしかも俺の完全な片想いィ!!!」
何となく予想はしていたが、予想以上に舞い上がっている親父。まさかそれほどまで喜ばれるとは思っておらず、驚きながらも大声で片想い宣言をしてしまった。なんだこの小っ恥ずかしさは。
「……は?」
「あら、まぁ…」
踊り出すんじゃないかと思う位喜んでいた親父は目を見開いて驚いき、静かに微笑みを向けてくれていた母は口に手を当てて目を丸くしていた。
「お前が、片想いっ!!ぶはっ!ダッハハハハハッ!んなおもしれぇ事なんで早く言わねぇ!!アーハッハッハッハッハッハッハーッ!!ヒィ…!初恋で、しかも、片想いっ!!」
「笑いすぎだロぉがヨォ!!!!!!!」
「そうですよ宏成さん。貴方だってそうだったじゃありませんか」
かと思えば大笑いをかましやがった親父にピクリと口の端が引き攣る。んな笑うなよ息子の初恋だぞ応援しろや。母が援護してくれた事によってようやく笑いは治った。まぁまだ肩震えてンダけどサ…
「はぁ…はぁ…いやァ、笑った笑った。それで?どこの家のもんだ?裏との繋がりがあんなら脅すなり何なりできんだろ。なァに、まっさらな企業なんて今時珍しいからなァ。それとも一般家庭か?ならこっちで借金作らせて担保に貰っちまうのもよさそうだ」
ニヤリと悪どい笑みを浮かべる親父に、自然と眉が寄る。はぁ、とひとつため息をつきながら言ってのけた。
「そんなもん必要ねェーーーーーっつの。俺は俺の力だけでイヨくんを惚れさせて見せんノ!つか絶対、んな真似したら嫌われる!冷ややかな眼差しで「壱成先輩が思う俺の価値って、周りを揺さぶっちゃえば手に取れるほど簡単で安っぽいものなんだね」とか言われるゥ!!!想像できる!!違うよォ!!俺はそんなこと思ってないィ~~~っ!!」
「ガハハハハッ!これまた随分と図太い男に惚れ込んだなァ!てめぇで堕とせるのかァ?」
俺がウジウジと頭を抱えれば、親父はまた笑い出した。しかしすぐに真剣な眼差しを俺へ向けている。
ぐ、と一瞬息を詰めてから、体中の力を抜いて親父へと向き直った。
「絶対に堕とす。絶対俺を好きになってもらう。だから親父、アイツとの件は上手いこと帳消しにしてくれ。頼む、この通りだ」
床に手を付いて、頭を下げる。所謂土下座というものだ。プライド云々は全て捨て、あの件を帳消しにしてくれるよう親父に頼み込む。これでもダメなら、アイツを魚か豚の餌にするか、コンクリートで固めて海に捨てるしかねぇんだ。
「ま、あの件はなァ…こっちとしては困りもんなんだ。なんせ、鈴代組とうちじゃア、家格は釣り合うが力が強くなりすぎる。三つ巴の均衡は崩しちゃならねェ~からなァ…」
裏で幅を利かせている三つの組織は、昔から三つ巴だ。過激派の久道組、穏健派の鈴代組、中立派の北義会。ゲーム的な属性でわかりやすくいうなら久道組が悪、鈴代組が善、北義会が中庸ってところだろう。言うて鈴代組もカタギからしてみれば穏健でもなんでもねェけどサ!
それらが上手いこと互いを睨み合っているからこそ、裏は結構平和…というか冷戦状態だ。表立ってドンパチする事もない為人死にも出ていないのが幸いってところだ。
それが、あの件。鈴代組のお嬢様の件でややこしくなりそうなのだ。
「あのお嬢さんも見る目だけはあるなァ。なんせ、俺似のお前を選ぶんだからなァ」
「選ばれたかねェ~~~~~ヨ。好きな人以外からなんざ…」
幼い頃に一度会ったことのある鈴代組のお嬢様に、俺は2年ほど前から婚約の打診を受けている。何でも、その一度で俺に惚れたらしい。今と昔では相当変わっているのだから、なんてお断りをすればわざわざ家にまでやってきて俺の顔を見にくる始末。
変わっていない、むしろ今の方がカッコいい、なんて俺の外面だけ見てきゃらきゃらと笑う脳味噌お花畑なお嬢様は、そのまま打診を取り下げる事はなかった。相当甘やかされて育ったとは聞いていたが、まさかここまでふわっふわだとは、と頭を抱えた記憶が鮮明に思い出される。
「とにかく、その件はどうにかする。お前はとっととそのイヨくんとやらを堕としてうちに連れてこい!顔が見たいからなァ!」
力強い親父の声が響く。いきいきとした笑いと共に向けられた言葉は、親父なりの激励だ。俺はふっ、と頬を緩めながら親父へと言葉を投げかけた。
「何まとめた気になってんだァ~?イヨくんの話、まだ全然したりないんだけドォ~~~~???」
「若、アレは若のこれですか?」
にまにまと笑みを浮かべながら小指を立てた男にすかさず蹴りを入れる。
「イヨくんをアレだのこれだの、テメェは随分と偉くなったナァ~ア?次ィ、舐めた口聞いたらてめぇでも殺すぞ」
幼少から付き人をしている目の前の男、幸村をギッと睨みつける。俺の殺気が伝わったようで、ソイツはすっと頭を下げた。
「つ~かその若ってのやめろってぇ~~~。俺、組継がねエもぉ~ん」
「俺としては、アンタ以上にウチを引っ張っていける人材はいねぇと思うんですがねェ…」
「しーらね!俺は俺のやりたい事しかできね~びょーーきなのォ~」
「ホント、その通りですね…こんなとこまで逃げて来て……親父さん呆れてましたよ」
「あっはぁ!いつものことだろォ~?そろそろアイツ帰っただろうし、家戻っかァ~~」
部下の男に前を歩かせ、駐車場まで案内させる。きっちりと停められた高級車にどかっと乗り込んで、軽く姿勢を崩す。ミラーでチラリとこちらをみた幸村は何か言いたげに見ていたがすぐさま視線を外して、口を開いた。
「それで、さっきの女性は若の嫁かなんかですか?」
「いやぁ~?まだちげェ~~~ヨ?つかイヨくんは男だバァカ」
「男!?あの外見でですか!?いやいや、流石にその嘘には騙されませんよ」
「鏡宮依夜。調べさせてたろ?」
「…イヨくんって…」
「そう、さっきのがイヨくん。鏡宮依夜くん。かぁわいくてエロくてかっこよくて綺麗な喧嘩をするイヨくん…♡」
はぁ、とため息をつきながら今日撮ってから速攻でロック画面にしたツーショット写真を眺める。画面の中のイヨくんは満面の笑みで可愛くピースなんてしちゃってる。
「あー、ほんと、早くパクッと食っちまいテェ~~~なぁ……ぐちゃぐちゃになるまでぶち犯してェ…」
「まだ手ぇ出してないんですね。若にしては珍しい」
「ウルセぇぞぉ?イヨくんは特別なのォ~~。じっくりゆっくり堕としてかねぇーーーと。距離詰めすぎっと速攻で逃げられちまう」
「えぇ?でも若に随分惚れてるように見えましたけど…」
なーんにもイヨくんの事を知らない幸村がペラペラと口を動かして聞いてくる。八つ当たりしそうになる気持ちをスマホの画面を見て落ち着かせる。もうイヨくんは俺の精神安定剤みたいになってしまってんだヨナァ…
「イヨくんは基本いつもそうなノ。誰にでも気があるような素振りしてンのヨォ~~~っ!妬けちゃうよナァ~?」
「誰にでもですか?そりゃ、また…なんつーか…」
「でも鈍いわけじゃネーーノよ?他人カラ欲情に塗れた目ぇ向けられるとわかるっぽいシィ~~~。多分、気付かないフリをしてンノよぅ。なんでかは知らねーーーーけど、そんな匂いがする」
イヨくんを観察していて分かったのは、彼は俺からの恋愛感情に気がつかないフリをしている、という事実。俺自身最初はふざけて言っていたから、信用に値しない為相手にされないのだと思っていたが、どうにもこうにも違うように感じる。今日だって俺相手に警戒する素振りは1ミリも見せないし、なんなら100%俺を信頼してくれているようにも感じた。てかぶっちゃけ俺の事好きなんじゃね…?って思ってしまうくらいだ。
けれどイヨくんはそれがデフォルト。いつも通り。通常運転。どう考えても勘違いさせてしまうような態度ばかりで、一瞬俺もイヨくんって実は俺の事大好きなんじゃネ…?とか思ってしまった。まぁそれもエリお姉様とやらに「お友達」と紹介されたので思い違いなのだと分かったわけだが。
「は、はあ…そんで、そんな相手をどうやって墜とすんですか?」
「ダァ~~~カァ~~~ラァ~~~~。じっくり堕とすんだっつの。まだまだ俺への好感度は低いしィ?これからじわじわ俺の事好きにさせてやンの。とりあえずは、かるぅーーーいスキンシップからかなぁ~~」
その為にわざわざ女装趣味があると誤解されてまで2人っきりになれるよう仕向けたのだ。なんなら下着姿だぞ?とんでもラッキースケベだろこんなの!ちょっとつまみ食いぐらいならいいだろ?イヨくん、気持ちいい事には簡単に流されちゃいそうだし!
「そんなゆっくりしてていいんですか?相手は1年生でしょ?3年のアンタと過ごせる時間ってあと少ししかねぇじゃありませんか」
「んなもんどうとでもなるなる!いざとなれば留年しちゃうってぇ~♡」
「はぁ!?アンタ本気ですか!?流石の親父さんもそれは止めるんじゃ…」
「な訳ねェーーーーだろ。あの人が母さん捕まえようと画策してた話はてめぇも知ってんだロぉ~?俺にも同じ血ィ流れちまってんダワァ!!」
俺の言葉にぴくりと幸村の眉が動くのがミラー越しに見えた。俺も幸村も、親父が母さんを娶る為にあの手この手を使いまくった件は知っている。ストーカーが可愛く思える位徹底的に母の事を調べ尽くし、それだけで飽き足らず監禁までしたという。母はそれら全てを許して結婚したと言うのだから懐が深いというか、感覚がぶっ壊れていると言うか…そんな前例があるんだ。俺の留年なんて可愛いものだろう。
窓の外へと視線を移せば、どっしりと構えた門が見えてくる。ようやく家まで着いたようで、軽く体を伸ばした。
日本家屋の屋敷をぼんやりと見上げながら車から降りる。後ろに幸村を付き従えながら歩を進めれば、すれ違った親父の部下が頭を下げていた。
「…その件、ちゃんと親父さんに報告するんですよね?俺から報告、なんて嫌ですよ。絶対」
「当たり前だろぉ~~~?惚れた相手の事はちゃぁんと俺が話すっつーノ!」
「これで奴さんも納得してくれたらいいんですけどねぇ…」
「…納得しねぇっつーなら沈めるだけだろうが」
「若、それ以上はいけませんよ」
「チッ…あーあ、煩わしいったらネーーーーナ…」
ぼやきながら先程よりも歩くスピードを上げる。とっとと親父に報告して邪魔なものを排除したい。好意を持つ人間にカッコよく思われたいからね、ちゃんと綺麗にしないとね、色々と。
「親父ィ~~入るヨォ~」
「もう入ってんだろ馬鹿息子が」
「そうカッカすんなってェ~~!頭に血ィ上って死んじまったらどうすんノォ~~~?」
「壱成。仮にも父親に対してその態度はいけませんよ。宏成さんも宏成さんです。私たちの可愛い息子に対して馬鹿とは何ですか?」
「ごめんなさーい、母さん」
「…すまない美雪…そうだな、俺とお前の子だものな…」
親父の部屋の襖を開けると、だらしない顔で母の膝に頭を預けて耳かきをしてもらっている親父が目に入った。いつもの調子で軽口を叩き合ったあと、胸焼けするほどのイチャイチャを繰り広げている両親を遠目で見ながら畳の上できっちりと正座する。
俺の態度がいつも以上に真剣なのが伝わったのか、両親は揃って身を正し、俺を黙って見つめた。
「親父、母さん。俺、好きな人ができた。ずっと一緒にいたいと思える相手だ。俺に柔らかく笑いかけてくれる、すごく可愛くて綺麗な喧嘩をする人なんだ。この身全部を投げ捨ててでも、何でもしてあげたいと思っちまう程その人が好きだ」
姿勢を伸ばして目の前にいる親父の瞳を見つめる。俺のイヨくんに対するこの気持ちが嘘偽りではないのだと、きちんと伝える為に。
「ようやく見つけたか!お前はとにかく喧嘩命だったからなァ!心の通じ合った伴侶なんざ一生見つからないんじゃねぇかと心配してたんだ!それで!?どんな人だ!?家に連れてくるだろう!?もしやもう孕ませたか!?男の子か!?女の子か!?学園はもう退学しちまえ!育児は大変だからなァ、お前もちゃんと協力するんだぞ!はァ、まさか孫の顔がもう見れるとは…嬉しい限りだ、全く」
「ちょちょちょ親父!ストップ!孕ませてねェーーーし!孕めねェよ!!女じゃねェ~ノ!しかもまだまだ恋人同士でもねェ!初恋でしかも俺の完全な片想いィ!!!」
何となく予想はしていたが、予想以上に舞い上がっている親父。まさかそれほどまで喜ばれるとは思っておらず、驚きながらも大声で片想い宣言をしてしまった。なんだこの小っ恥ずかしさは。
「……は?」
「あら、まぁ…」
踊り出すんじゃないかと思う位喜んでいた親父は目を見開いて驚いき、静かに微笑みを向けてくれていた母は口に手を当てて目を丸くしていた。
「お前が、片想いっ!!ぶはっ!ダッハハハハハッ!んなおもしれぇ事なんで早く言わねぇ!!アーハッハッハッハッハッハッハーッ!!ヒィ…!初恋で、しかも、片想いっ!!」
「笑いすぎだロぉがヨォ!!!!!!!」
「そうですよ宏成さん。貴方だってそうだったじゃありませんか」
かと思えば大笑いをかましやがった親父にピクリと口の端が引き攣る。んな笑うなよ息子の初恋だぞ応援しろや。母が援護してくれた事によってようやく笑いは治った。まぁまだ肩震えてンダけどサ…
「はぁ…はぁ…いやァ、笑った笑った。それで?どこの家のもんだ?裏との繋がりがあんなら脅すなり何なりできんだろ。なァに、まっさらな企業なんて今時珍しいからなァ。それとも一般家庭か?ならこっちで借金作らせて担保に貰っちまうのもよさそうだ」
ニヤリと悪どい笑みを浮かべる親父に、自然と眉が寄る。はぁ、とひとつため息をつきながら言ってのけた。
「そんなもん必要ねェーーーーーっつの。俺は俺の力だけでイヨくんを惚れさせて見せんノ!つか絶対、んな真似したら嫌われる!冷ややかな眼差しで「壱成先輩が思う俺の価値って、周りを揺さぶっちゃえば手に取れるほど簡単で安っぽいものなんだね」とか言われるゥ!!!想像できる!!違うよォ!!俺はそんなこと思ってないィ~~~っ!!」
「ガハハハハッ!これまた随分と図太い男に惚れ込んだなァ!てめぇで堕とせるのかァ?」
俺がウジウジと頭を抱えれば、親父はまた笑い出した。しかしすぐに真剣な眼差しを俺へ向けている。
ぐ、と一瞬息を詰めてから、体中の力を抜いて親父へと向き直った。
「絶対に堕とす。絶対俺を好きになってもらう。だから親父、アイツとの件は上手いこと帳消しにしてくれ。頼む、この通りだ」
床に手を付いて、頭を下げる。所謂土下座というものだ。プライド云々は全て捨て、あの件を帳消しにしてくれるよう親父に頼み込む。これでもダメなら、アイツを魚か豚の餌にするか、コンクリートで固めて海に捨てるしかねぇんだ。
「ま、あの件はなァ…こっちとしては困りもんなんだ。なんせ、鈴代組とうちじゃア、家格は釣り合うが力が強くなりすぎる。三つ巴の均衡は崩しちゃならねェ~からなァ…」
裏で幅を利かせている三つの組織は、昔から三つ巴だ。過激派の久道組、穏健派の鈴代組、中立派の北義会。ゲーム的な属性でわかりやすくいうなら久道組が悪、鈴代組が善、北義会が中庸ってところだろう。言うて鈴代組もカタギからしてみれば穏健でもなんでもねェけどサ!
それらが上手いこと互いを睨み合っているからこそ、裏は結構平和…というか冷戦状態だ。表立ってドンパチする事もない為人死にも出ていないのが幸いってところだ。
それが、あの件。鈴代組のお嬢様の件でややこしくなりそうなのだ。
「あのお嬢さんも見る目だけはあるなァ。なんせ、俺似のお前を選ぶんだからなァ」
「選ばれたかねェ~~~~~ヨ。好きな人以外からなんざ…」
幼い頃に一度会ったことのある鈴代組のお嬢様に、俺は2年ほど前から婚約の打診を受けている。何でも、その一度で俺に惚れたらしい。今と昔では相当変わっているのだから、なんてお断りをすればわざわざ家にまでやってきて俺の顔を見にくる始末。
変わっていない、むしろ今の方がカッコいい、なんて俺の外面だけ見てきゃらきゃらと笑う脳味噌お花畑なお嬢様は、そのまま打診を取り下げる事はなかった。相当甘やかされて育ったとは聞いていたが、まさかここまでふわっふわだとは、と頭を抱えた記憶が鮮明に思い出される。
「とにかく、その件はどうにかする。お前はとっととそのイヨくんとやらを堕としてうちに連れてこい!顔が見たいからなァ!」
力強い親父の声が響く。いきいきとした笑いと共に向けられた言葉は、親父なりの激励だ。俺はふっ、と頬を緩めながら親父へと言葉を投げかけた。
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