救う毒

むみあじ

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9月 コルチカム

第119話

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眠るように意識を無くした我が主を抱き止めて、ほっと息を吐く。体が熱いが、呼吸は正常。疲労とストレスによって眠ってしまったのだろうと結論付けて、軽く体を洗い流してから浴室を出た。


「俺のことぶん殴っといて、テメェは随分と美味しい思いしてんじゃねぇかよ、犬野郎」


扉や壁に四肢や頭が当たらないよう最新の注意を払いながら横抱きにして脱衣所を出ると、壁に寄りかかり腕を組む赤髪の男に声をかけられる。

一度だけそちらに視線をやって、男の横を通り過ぎようとするものの、それを許さないとばかりにそれは俺の前に立ちはだかった。軽く舌打ちをしながら、目の前にいる下衆野郎をキツく睨みつける。


「…依夜様のご意向に沿うのが従者としての努めだ」
「ハッ、役得だとか思ってる癖になァ?つーかよぉ、蠍の野郎もそうだが、俺にも味見させろよなァ…」
「誰が貴様なんぞに依夜様のお身体を触れさせるものか。恥を知れ。第一、味見だなんだと言って、貴様は依夜様のお身体を貪るだけ貪って殺す気だろうが」


世迷言を宣うこの下衆を、なぜニルスは雇ったのか。性癖が捻じ曲がっているクソ野郎に軽蔑の眼差しと共に非難の言葉をかけるが、男は口元の笑みを深めるだけだ。


「くははッ!よぉく分かってるじゃあねェかァ!蛇がどんな声で鳴くのか気になって気になって仕方がねぇんだ!!あの男は非処女になっても変わらずお綺麗だろうからよォ?俺がこの手で堕としてやるんだよ!!犯して、鳴かせて、切り裂いて、腑引きずり出してサァ!!」



頬を赤く染め興奮した様子で熱く語る男へ冷ややかな目で一瞥し、依夜様が起きてしまわないかと視線を下す。頬を緩め、俺のシャツを握りしめながら心地良さそうな寝息を立てる依夜様に口角があがる。お可愛らしい依夜様の寝顔を、自身の腕の中で見れるなんて、俺は何て幸せ者なのだろう


「オイオイオイ!蛇に人の話はよく聞くよーにって教育してるくせによォ?俺の話はきかねぇのかよ犬野郎!」
「…はぁ…とっとと風呂に入れ。血生臭くて敵わん」
「ンダよ、怒んねーのかよォ…つまんねーなァ」

幸福に浸っていると、前へ突き進むことしか出来ないクソ虫が俺と依夜様の世界に横槍を入れた。このクソムカデ…と悪態をつきながら、追い払うように風呂に勧める。激昂するでもない俺の態度に飽きた男は、俺の横を通り過ぎて血で赤く染まった手で洗面所の扉を開いた。


「おい待て、殺してはいないだろうな」
「あ゛あ゛!?俺がんなヘマするかっての!!虫の息だが生きてるぜェ?今は海月野郎が治療中だろうなァ、くははッ!」


ふと思い出しアレについて問うてみれば、やはり我慢ならず引き裂いたようだ。まぁ、顔にも体にもついている夥しい量の赤を見れば聞かずともわかるが…
死んでもらっては困る事は男もわかっているのだろう。わざわざニルス専属の医師を呼んだようだし、今の所死ぬことはなさそうだ。


「…はぁ…姿形を変えていないといいんだがな…」


専属医師の腕は確かだ。しかしそちらも異常者な事には変わりない。胸の内に不安を抱きながら、依夜様の自室へと足を進めた。

依夜様のお部屋に入るなり、伏せて待機していた4匹の狼犬が顔を上げる。すぐさまこちらに駆け寄ってきたいのを、抑えておすわりのままベッド付近で待機している所を見ると、依夜様の飼い主としての優秀さを感じ取れた。

柔らかなシーツの上に依夜様をそっとおき、その上から布団をかけてやる。依夜様が眠っていると分かっているのか、ベッドの上へと上がる許可を視線で求めてくる狼犬に、一度だけ首肯した。

軽やかな身のこなしで依夜様の体へと密着し両脇へ侍ったのはフローとヴィト。ルルとハリルはベッドには上がらず、そのまま床で待機している。彼らへ視線を向け、俺は言い聞かせるように呟いた。


「フロー、ヴィト、ルル、ハリル。私はベルナールを呼んでくる。いいか?くれぐれも、あのムカデ男をこの部屋に入れるんじゃないぞ」


くれぐれも、と念を押して彼らに言い放てば、リーダー格であるフローがふてぶてしく尻尾を一度だけ振った。そんなこと分かっている、と言わんばかりの態度にピクリと眉が動いたものの、依夜様の飼い犬の優秀さは訓練を受けた犬にも劣らない。だからこそ俺は何も言わず、早々に部屋を出た。


部屋を出て右へ。廊下の突き当たりまでまっすぐ進み、そこに置いてある本棚の上から2段目、右から5冊目の本をグッと押し込む。
がこん、という鈍い音を立ててゆっくりと動き始めた本棚は、その背中に地下へと続く階段を秘めていた。

洋風な隠し扉ではあるが、地下へと続く階段は近代的だ。躓くことがないようLEDライトが備え付けられており、人を感知すると自動で足元を照らしてくれる。薄暗さと言うのは特になく、使い勝手のいい至って普通の地下室だ。
それもそのはず、ここは元々食料を保存したりシェルターとして活用するための地下室。扉で区切ってはいたものの、わざわざ隠し扉にはしていなかった。

ならばなぜ改装したのか?別にやましい気持ちはない。ただ単に依夜様が某魔法映画をご覧になられた時に呟いた「隠し部屋って、ロマンあるなぁ…」の一言で改装したまでにすぎない。
依夜様がお喜びになられるだけで私は天にも昇る心地になるのだ。実際はこの部屋のお披露目をしたら困惑していたが…

過去の記憶を呼び起こしながら、ふ、と息を漏らす。鼻につく血生臭さと凄惨な光景を無視して、最後の段差を降りた。


「ベルナール、例の者は…」
「ん…?…あぁ、貴方ですか騎士リッター。たった今施術が終わった所です。元通り綺麗に直しましたから、すぐに傷は塞がるでしょう。腹部以外の損傷は少ないですから、今からでも使えますよ」


手術台の様なものに寝かされている男の前には、手術着を纏った人物が1人。血に塗れた手袋を外し、中から現れた白魚のような細い指でキャップを外す。ブロンドの髪の毛を肩に流したその人物は、そこでようやく俺に気がついたようで、体ごと視線を向けた。

マスクを片耳にかけ、人形のように整った顔を露出させたそれは、僅かに口元に弧を描きながら爛々と目を輝かせている。どうやら、このまま患者を甚振りたいらしい。ほんのりと頬を赤く染める様はさながら恋する乙女のようだが、コイツは列記とした男だ。


「いや、ソレを嬲るのはニルスが来てからだ。それよりベルナール。依夜様が倒れた」


出そうになるため息を寸手の所で飲み込み、依夜様が倒れたことを告げれば、眦の下がった眠たそうな瞳が、カッと見開かれた。



「本当ですか!?それは大変です!!今すぐ麗しきナハトの元へ案内してください!!」



胸ぐらを掴む勢いで接近してきたベルナールに目の下がピクリと痙攣する。皺一つない黒のスーツに血がついたらどうするんだ…
適当に宥めて、彼を依夜様の部屋へと案内した。


寝台に横たわる依夜様を視線に入れたと思えば、彼はわなわなと体を震わせて、勢いよく寝台へと駆け寄った。


「あぁ、麗しき夜よ…ほんの少し体重が落ちて…ああ!薄らと隈も!肌の質も普段より格段と落ちてしまわれて…!!なんと、なんとおいたわしい!!」


口元を押さえて震える姿を横目でチラリと一瞥してから、催促をするように咳払いをする。ハッとしたように手に持っていた鞄から聴診器を取り出して、胸元をはだけさせて心音を聞き始めた。


「脈拍の乱れはありませんね…体温にも特に問題はありません。疲労とストレス、睡眠不足によって眠ってしまわれたのでしょう」
「あぁ、やはりか…」
「原因に心当たりがあるのですか?」


ベルナールの診断に顎を軽く触りながら頷けば、彼は俺の方へと振り返り軽く眉を顰めた。


「先程ベルナールが治療した男がいたろう?あれが、依夜様の事を道具と宣った」
「…麗しき夜の琴線に触れたのですね」


簡潔に告げれば、納得と言った様子で首を縦に振り聴診器をしまい始める。診断は下されたものの、目の前で倒れた依夜様が未だ目覚めないのが不安で、思わず口を開いてしまった。


「それで、薬の処方や点滴の必要性はないんだな?」


眉を顰めながらそう言えば、彼は安心させるように口元に軽く弧を描いた。


「えぇ、何も…はっ、いえ。とても問題があります。ですので管を刺しましょう。えぇ、えぇ!麗しき夜の肌に針を突き刺し管を繋いでしまいましょう」
「おい貴様、取り繕うならもっと上手く取り繕えといつも言っているだろうが」


しかしそれも一転。すぐさまハッとしたように…というか、ハッと声に出して嬉々として注射器やチューブを取り出し始めた。くそ、だからコレに診せるのは嫌なんだ…
この男に診察を頼むといつも管を通したがる。そういう性癖らしいと依夜様がおっしゃっていたが、俺には到底理解できないし、正直こんな輩に依夜様のお身体を診察などさせたくない。だが医師としての腕前は確かで、彼と同等の代わりを探すとなると相当時間がかかる為、彼以外を専属にすると言う選択肢はないのだ。


「えぇ!?なんのことでしょう!!私にはさっぱりわかりません!!!えぇ!!全く分かりません!!とにかく管を繋ぐべきです!!両腕だけとは言わずに、腹にも首にも刺しましょう!!!」


彼のように腕がよく、異常者ではない人材をどうにか見つけられないかと考えていると、ベルナールは依夜様の柔肌に針を刺そうとし始めた。彼が針を突き刺す前に両手首を掴み上げて、実力行使で静止させる。


「おい貴様ッ!それ以上大声を出すなッ!依夜様がお目覚めになられたらどうするッ!!」

じたばたと暴れながら離せ離せと喚き立てるベルナールに苛立ちを隠せず、声を張り上げてしまう。まずい、と思いながら眠る依夜様へと目を向けると、長いまつ毛がふるふると揺れ始める。


「んんぅ~…やつるぎぃ…?」


薄らと目を開けた依夜様は、眠たげな瞳で俺を捉えた。







「…どう言う状況…?」

話し声が聞こえて、暗闇から逃げるように瞼を開けてみたは良いものの…
白衣を着た金髪美人が針とチューブをもった手を背後にいる黒髪隻眼黒スーツのガタイの良い男に押さえつけられてるの、あまりにも事案だろ。

出オチすぎる…


「…ベルナール、それ俺に刺そうとしてた?」


白衣を纏った金髪美人、ベルナールに薄目で問いかけてみれば、う、と言葉を詰めて視線を横へと逸らした。


「許可なく人の体に針を刺したり点滴を繋いだりしちゃダメって言ったよね?」
「では麗しき夜よ!貴方の柔肌に針を刺し管を繋ぐ許可をいただきたい!」
「貴様ッ!良い加減にしろ!!」


子供を諭すような声音で語りかけながら彼の顔を覗き込めば、嬉々とした様子で俺へ詰め寄る。それを後ろにいた八剣がすかさず止めに入って、結局さっきと同じ状態。


「ベルナール、八剣から状況を聞いてからじゃないと許可は上げられないかなぁ…ちょっと待っててくれる?」


こうなったベルナールを説得するのは骨が折れるので、とりあえず八剣に何でこうなってるのかを聞いておく事にした。ベルナールは曲がりなりにも医師だし、ニィさんからも俺に手出しをした時点で処分って言われてるだろうから、悪いようにはならないことは分かっているのだが…だからと言ってなんでもすぐに許可を出すのは良く無いもんね。


「…入浴中に気を失うように眠ってしまわれたので、体を洗い流しこちらに運ばせていただきました。その後、勝手ながらベルナールに診察させ、睡眠不足と疲労により意識を失ったと診断された所です」



いつも通りの振る舞いをする八剣に、若干口角が上がってしまった。ぼんやりと、朧げにだが思い出したお風呂での享楽にほう、と溜息をついてしまう。


八剣へのご褒美は、秘めておくこととする。
ニィさんにも内緒の、2人だけの秘密にしておこうね。

そんな意味を含ませて目を細めれば、八剣はそっと目を伏せた。
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