救う毒

むみあじ

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9月 コルチカム

第131話

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「ありがと…」

嫌そうな顔をしつつも彼はそう告げた。椎名先輩ってやっぱりチワワっぽくてかわいい。根はいい子だし。
安心させるように微笑みながら、どういたしましてと言葉をかけた。

椎名先輩を半ば担ぐように日陰まで運んだものの、さほど暑さは変わらない。このままここにいても、彼の体調は悪化する一方だろう。空調の効いた涼しい場所まで運びたいものだが…歩かせるのも忍びない。仕方がないので、彼を背負ってちゃっちゃと運んでしまおう。ここまで体調を崩すとは予想できなかったなぁ~…不覚!まぁこっちの方が都合が良いか







「先輩、これ飲めますか?大丈夫?」
「ん……ありがと…」


革張りのソファに仰向けに寝かせた椎名先輩へ、キンキンに冷えたスポーツドリンクを差し出す。上体を起こした先輩がスポドリを飲んでいる間に、冷蔵庫にあった冷却ジェルシートのフィルムを外しまあるいおでこにそっと貼り付けた。


「きもち…」


はぁ、と熱い息を吐き目を閉じる椎名先輩にたまらず安堵の笑みをこぼす。良かった、さっきより顔色が良い。持ってきてもらった保冷剤をタオルで巻いて、先輩の首元にそっと押し付ければ、彼はくすぐったそうにくふくふと笑った。


「…何があったのかはしらないけれど、僕は少し席を外すよ。ここは好きに使いなさい」
「はぁ~い」


穏やかに告げて部屋を出ていく樹先生を見送って、辺りをキョロキョロと見回し始めた椎名先輩へと向き直る。


「…ねぇ、待って…ここ…理事長室…?さっきの、理事長、さま…?」


不安気に揺れる瞳を宥めるように数度頷く。微笑みを浮かべるのも忘れずに。けれど彼は安心する素振りは見せず、むしろ先ほどよりも顔を強張らせた。はて?と首を傾げ椎名先輩を観察してみれば、ほてっていた頬からは赤みが引き、顔色がどんどん悪くなっていくではないか。

驚いて目を丸くしていると、彼は素早く上体を起こし俺の肩をがっしりと掴んだ。


「ちょっ、どういうこと!?なんで理事長室!?保健室とかじゃなくて、なんでここ!?
いや、そもそもあんた、なんでここに入れるわけ!?理事長室って、限られた人しか入られないはずでしょ!?なのになんで!?あんた、一般生徒だよね!?」
「えっ?…うーん…限られた人だから入れるよ~…的な?」
「的な?じゃ、ない!!!」


肩を掴んだまま、椎名先輩はガクガクと俺を揺さぶる。脳みそがぐらついて、脳汁と共にぐちゃぐちゃにシェイクされてる気がする。椎名先輩がエイリアンとかなら、このまま脳みそちゅ~ちゅ~されそうだなぁ…


「…いや、いや…もうこの際どうでも良い…!そんなことよりも理事長様っ!理事長様だよっ!やっぱり美形!!麗しいっ!!涼しげで爽やかで、それでいて優しく柔らかな雰囲気…!!まるで麗らかな春の木漏れ日のような方…はぁ…素敵…美しい…」


混乱しているらしい先輩は、譫言のように樹先生への美辞麗句を並べている。春の木漏れ日、おもろすぎる。関わりの少ない者にとっての彼は神聖視されているのだろう。本人が聞いたら絶句するね、間違いない。
ともかく、思考を手放してしまった椎名先輩をこちら側に呼び戻し、本題にちゃっちゃと入らねば。


「椎名先輩さ、なんであんなとこに?閉じ込められてたよね?」


俺の質問に一瞬きょとんとした様子を見せたものの、みるみるうちに厳しい表情に変わっていく。


「…僕も、正直わからない。制裁なんだと思うけど…」
「でも制裁って、親衛隊所属の人にはやらないんでしょ?」
「まぁ、そうだね。親衛隊なんて言ってるけど、家同士の派閥的な意味合いも含まれてるし…公認の親衛隊は、親衛対象になる生徒は家格が高いことが殆どだから、派閥の生徒を庇護下に置いているとも取れるの。過去には派閥同士の争いが激化して問題になったから、今は原則禁止されてるよ」


おっと、新視点。なるほどね、政治的な意味合いも持っているものだとは…いや、そりゃそっか。ここは小さな国みたいなもんだしね!


「つまり、例え下っ端の親衛隊員でも、手を出したら上に睨まれる可能性があるってこと?」
「そう言うこと。だから基本的に、親衛隊には手を出す人はいないの。基本的に、ね」
「なるほどぉ…がちめんどくさいね!」


ほんとだよね…と、ため息と共に吐き出した椎名先輩をニコニコと見つめる。うんうん、懐柔は上手くいってそう!


「というか、あんたはなんであんなとこにいたの?僕は呼び出しを受けたから行ったけど…普通、あんなとこ来ないでしょ」


と、思いきや速攻で疑われてワロタ。そりゃそうじゃ!タイミングもバッチリだったし、疑われて当然です。


「実は、俺も最近制裁にあったんですよね~。椎名先輩と同じ場所に閉じ込められちゃって。風紀の監視も潜り抜けてる怪しさ満点な現場だし、暫く張ってれば俺を閉じ込めた奴捕まえられんじゃね?って考えたんです!どう?良くね?」
「………いや、バカなの?捕まえてどうすんの。どんな相手なのかもわかんないのに…」
「そぉんなの勿論ボコボコにしてやんの!どんな相手でもさぁ、あんま関係ないし?理事長先生は俺の味方してくれるもーん!」


やっぱり馬鹿だ…とか、これが特待生って正気?とか、裏口でしょどう考えても…とかいう言葉は聞こえません。俺の耳は優秀なので、都合のいい言葉しか聞こえないのだ!へけ!


「それにさぁ、すげー気になること言ってて。先輩の時も、犯人がなんか言ってなかった?」
「気になる事?」
「そ。『あの方の隣に並び立つのはお前じゃない。偶然一緒になれたからって、いい気になるのはやめろ。これを気に悔い改めろ』ってね」


用意していたセリフを大袈裟な素振りで言って見せると、彼は眉間に皺を寄せて、細い指を唇にそっと当てた。俺に向けていた瞳はどこか遠くを見つめている。


「僕の時も言ってた…『偶然一緒になれたからって思い上がるな。たかが親衛隊風情があの方に近づくなど烏滸がましい。あの方に相応しいのはただ1人だけだ。悔い改めろ』って、感じだったけど…」
「ふーん…やっぱり言ってたんだ」
「やっぱりって?」
「他の人にも言ってるっぽいんですよ。俺、あそこで人助けるの2人目なんです」
「僕ら以外にもいるの?その人も、似たようなことを言われたって事?」
「被害者は後藤弘高先輩。ほら、新歓の時同じ班だった人。覚えてます?」


椎名先輩は、俺がばら撒いた布石を着々と回収しているらしい。新歓の…と言葉をこぼしている。
実際、後藤先輩はそんな目にはあっていないのだが、嘘も方便。風紀の調査協力と称して口裏を合わせて貰う手筈は済んでいる。

その際に「実は!風紀委員長直々の指名で臨時風紀委員として動いています!」なんて説明もしちゃった。推薦してくれててありがとう、諒先輩!


「…もしかしてだけど、久道くんも被害にあったりした?」
「え、先輩なんでわかったの?確かに、千秋も呼び出されはしたらしいよ。無視したっぽいから、被害は出てないけど…」
「……明確に僕達を狙ってきてるってことか…」


うんうん、ちゃんと気付いたらしい。でも、ここで気を抜いてはいけない。わざとらしい誘導だからね。下手な推理小説みたいな雑な伏線と見え透いた布石はいい感じのセリフで消しちゃうのさ!


「…狙ってきてるって、どう言うことですか…?」
「被害者の共通点は新歓で組んだ班が同じだったことくらいでしょ?」
「あ、確かに…」
「あの中で親衛隊持ちなのは久道くんだけ。その久道くんが被害に遭ってるってことは、久道くんの親衛隊ではないみたいだね…」
「うーん…だとしたらもういなくない?」
「……確かに、親衛隊持ちはいないけど…熱狂的な信者がいる人はいたよ」
「?……あっ、風紀委員長!?」


俺の言葉に首肯した椎名先輩の顔色は優れない。ここに辿り着いてくれさえすれば良かったけど、諒先輩が悪者扱いになるのはちょっとやだな。


「でも、風紀委員長様の親衛隊とも言い切れないんだよね…」
「ん?あ、そっか、風紀って親衛隊持てないんだっけ?」
「風紀自体が一つの派閥…親衛隊みたいなものだからね。だからこそ、一般庶民のあんたが風紀委員長様のお誘いを蹴った事に対する反発は凄いんだよ?そう簡単に手に入れられるものでもないんだから」


あーやだやだ。政治的側面の話は嫌になる。めんどうくさいもーん!高校生活なんてたった3年しかないんだから、在籍中くらい学生らしく楽しめばいいのにね!なーんで派閥云々なんて考えなきゃいけないんだか。貴族かっての!


「この場合、親衛隊があるかないかは関係ないと僕は考えてる。捨て台詞にもあの方に相応しいのは1人だけ、なんて言ってたし」
「ほぇ~…椎名先輩すごいね…」
「でも、犯人の特定は流石に無理かな…風紀の中にも委員長様の信者ってかなりいるし……」


さて、そろそろ切り出そうか。


「て、いうか!敬語!使いなさいよ!僕、君よりも年上だよ!?」


と思ったらブレーキかかった。心の中でずっこけようと思います。ズコーッ!


「ええぇ?今更ですか?俺と先輩の仲じゃん、だめ?」
「ダメに決まってるでしょ!?なにが俺と先輩の仲だよ!そんなに仲良くないし!仲良くする気ないし!」
「酷いなぁ先輩。俺、ここまで運んだんですよ?誰が犯人かもわからないから、警戒して理事長室まで運んできたの。ここくらいしか安全な場所なんて思いつかなかったから。なのに、先輩ってば酷い…麗しの理事長先生も拝めてラッキーな筈なのに…ひどい…」
「なんっ…!?あんた、結構いい性格してるね…!?」


と、まぁ茶番はここいらでおしまいにしよう。


「先輩、俺らって狙われてたんですよね?」
「はっ?え、あ、うん…そうかなって…」
「てことは、もしかしなくても他の人も危ないです?」
「……そう、だね。危ないかも」
「まだ被害にあってない人の中に、新塚先輩も含まれてますよね」


一瞬、部屋中を沈黙が抱擁する。先程よりも二度ほど室温が下がった気がして、堪らず腕をさすった。
クーラーから放たれる涼やかな空気が、今はもう冷たく感じられる。

手に取ったリモコンで冷房を消す。目の前にいる人物の顔色は、先程とは打って変わって青白い。


「先輩、椎名先輩。俺と連絡先交換しましょ」
「え…な、なんで?」
「だって、風紀に相談は出来ませんよね。内部犯の可能性だってあります。五十嵐先輩とか、もろ信者じゃないですか」


それは…と呟いたきり二の句を紡げなくなった彼に、更に言葉を重ねていく。


「俺らで防ぐしかないです。椎名先輩は新塚先輩にバレないように見張ってるだけでいいです」
「防ぐって言ったって…無理、絶対無理」
「椎名先輩は新塚先輩を見張るだけでいいですよ。些細なことでも、違和感があれば俺に連絡してください。そしたら俺がすぐに駆けつけます。荒事は全部俺に任せて」
「……どう考えても荒事向きじゃないでしょ、あんた…」
「あはっ、そう見えます?けど俺、体力ありますよ。ここまで先輩のこと運んでこれたのは体力のおかげだし、俺の華奢な体は相手を油断させるには持ってこいです。新塚先輩のこと担いで逃げるんで!」


にっこりと笑って見せながら、そっと小さな手を握る。下から覗き込むように先輩と視線を合わせて、目だけで信じてほしいと語りかけた。

少しして、大きく息を吐いた椎名先輩ががっくりと肩を落とす。可愛らしい顔にのる不服と言わんばかりの表情に、思わずくすくすと笑ってしまう。


「わかったよ、協力する。ただし、1人だけ巻き込むよ」
「1人だけ巻き込む?」
「辰彦…倉沢辰彦って言う、風紀委員を1人だけ巻き込むから」


わお。予想外の展開!


──────────────────
大変長らくお待たせしました…待っていてくださった方、ありがとうございます😭
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