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第1章 家をつくろうと思っていたら街ができてい
10.不審な男(ファナ視点)
しおりを挟むファナは目の前の奇妙な男の素性を図りかねていた。
第一印象としては浮浪者か何かかと思った。それくらい全身が泥だらけだったのだ。
しかし、よく見ると着ている服は上等な素材で作られており、おいそれと庶民が着られるようなものではなかった。それに中に着込んだもとは白かっただろうシャツや、その上に羽織る上着の形と言えば見事で、身体に沿うように立体的な縫製がされていた。庶民がそんなものを着ているのを見たことがなかった。せいぜい着ているとすれば調子に乗った上級冒険者くらいなものだろう。
しかし、男と言えば、いままさにジャイアントアントに襲われしにそうになっていた。
(仮にも上級冒険者がジャイアントアントに遅れを取るはずがないよなぁ……)
そんなことをのんきに考えていたファナだったが、はたと気がつく。
男はジャイアントアントに襲われて死にそうになっているのである。
「大丈夫か!?」
ファナは慌てて駆け寄り、大剣でジャイアントアントを斬り捨てた。
助かったことが信じられないのか、しばしポカーンとする男を前に、ファナも固まったまま動けなかった。素性も身分も分からない相手以外に下手なことを言えないからだ。もし変な貴族ならタメ口をきいただけで殺される。
「ふつくしい……」
静寂を破ったのは、男だったがその発言はなんとも気の抜けるものだった。
◆
男は腰を抜かして立ち上がれなかったので、ファナはしばらく男を背負って街に向かって歩き出いた。足手まといがいる状況で魔獣に襲われてはたまらない。特にあの場所は魔獣が好む植物が生えている為、魔獣が多いのだ。
「で、アンタみたいなのが何であんなところにいたんだ。自殺行為だぞ!」
背負っていた男を下ろして男が自分の足で歩き出したところで、ファナは問い詰めた。男の正体はいまだに分からないが、実力の伴わない人間のいるべきところじゃない。
ファナは、おおかた魔獣の好む植物ーーアプルル目当てで無謀にも森に突撃したのではと考えた。たまにいるのだ、そういう奴が。
「いや私は普通に勤め先から帰宅途中だったんですが、気がついたらこの森にいたんですよ。それから一週間ほど必死であの化け物から逃げて暮らしていたんですが……」
男は誤解されてはたまらないといった表情で弁明をはじめたが途中で口ごもって変な表情になった。
「そもそもここはどこなんですか」
てっきり考えなしの行動かと思っていたが、どうやら違ったらしい。しかし帰宅途中に森にいたというのは、おかしい。森の奥に職場があるというならまだしも、これから戻る街ですら人類の生存域の最果ての地だ。
「……どういうことだ?」
思わず素直な感想が口から漏れたファナであったが、男は悲痛な声を上げた。
「私こそ聞きたいですよ! 街中を歩いていたら気がついたら本当にいきなり森だったんですから!」
「そうか……!」
いきなり、一瞬で。
貴族らしき男が危険な森の中に。
ファナははっと思いついた。
「もしかして転移のトラップとか使われたんじゃないか?」
貴族なら当然政敵くらいいるだろうし、そんな貴族の敵と言えば貴族だ。攻撃の為に魔導具を用意するくらいわけない。
そこまで言ったところで男が身に覚えがないといつた顔でこちらを見ていることに気がついた。
「本当に心あたりはないのか?」
「トラップ使われる場合に心当たりとかあるもんなんですか……?」
貴族のくせに、そのあたりのことに気が回らないのだろうか。
「ほら、敵に狙われてたとかさ」
「街中で!?」
しかし男は更に驚いた。
「……街中で狙われるなんて普通だろう?」
貴族なんて街中でしか生活してないんだから街でしか狙いようがない。男はよほどのお人好しか馬鹿だ。
「しかし、なりゆきで助けたけど、お前このまま街に連れて行って大丈夫か?」
ファナは心配になった。男はあまりにも無謀すぎる。案の定、男はファナの発言に不思議そうな顔をしている。
「だって敵に狙われてあんなところにいたんだろ?街になんて行ったらすぐに居場所がバレるぞ」
大丈夫か、こいつ。
「いや、だから俺に敵はいないし、俺のいたところには転移トラップなんて道具はなかったんですって。後生ですから信じてくださいよ」
「わかった。じゃあ、街に連れて行く」
男のあんまりな勢いに、ファナは頷いた。
しかし、割とメジャーな魔導具の存在すら知らない男。本当に貴族なんだろうか。貴族って、高等な教育を受けてるんじゃなかったか。そうか、貴族なら苗字を持っているはずだ。
ファナはそこまで考えて、男の名前も知らないことに気がついた。
「しまったそうだった! その前にまずは」
男に手を差し出す。
「私は、ファナ。炎の大剣使いだ。これからよろしくな」
自己紹介は人間関係の基本のキだ。
「……俺は、ハタダ・マコト。……よろしくお願いします」
男は握手し返すと、嬉しそうに笑った。
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