54 / 55
第2章 宝玉を追いかけていたら世界を救っていた
54.帰還
しおりを挟む
竜を『無限収納』から削除した瞬間、封印のされていたこの亜空間からパキパキと薄いガラスが割れるような音がし出した。
「役目を果たした空間が崩壊しているのでしょう」
クレト様が周囲を見やってそう言った。
何百年も世界を守ってきた空間だ。なんだかそう言われると非常に感慨深い気がしてくるが、それ以上にちょっと不安になってしまう。
「あの、出口とかないですよね?」
「……ないな」
「ないデス」
キョロキョロしながら訪ねるとファナさんとアイレさんから答えが返ってきた。
お二人も不安そうに周囲を見回している。
そう、だって亜空間が壊れたら中にいる俺たちはどうなるんだって不安がある。大丈夫かな、亜空間と一緒に消滅とかいう展開はないよね?
「心配ありません。何せ聖者がお作りたもうた空間なのです。崩壊するときも我々を傷つけるはずがありません」
クレト様はひとり落ち着いていると思ったら、こんな時だけ神職らしい心構えになっている。うん、うん。俺もそう思いたいです。
そのまま祈りのポーズになってしまったクレト様を後目に、俺たちは出口らしきものはないか、あわあわしながら周囲の探索をしはじめた。
が、その努力も空しく、すぐに空間が壊れだしたのが分かった。
真っ暗闇の空間の上空から卵の殻が割れるように、罅(ひび)が入ったかと思うと、それが欠片となって降り注ぎだしたのだ。しかし、その欠片は地上に到達することはなく、途中でさらさらと消滅していく。
罅の隙間からは白い光が漏れ出している。
「マコト!」
「ファナさん、愛してます!!」
死を覚悟した俺はファナさんに抱き着いた。
そうして、罅がどんどん広がっていき、真っ暗闇の空間がハレーションを興すように真っ白に染まりきった。
「……ッハ!」
気が付くと、俺はファナさんと抱き合ったまま、SFチックな部屋へと舞い戻ってきていた。ちょっと照れ臭くなってお互い身を離すと、クレト様とアイレさんも無事この空間に戻ってきていたことに気が付いた。
「よかったぁ……」
アイレさんは涙目になって両手で両腕をさすっている。
クレト様は祈りのポーズのままだ。
何はともあれ、なりゆきで世界を救うことになったが無事に帰還を果たすことができたことを実感して、俺はふうと息を吐いた。
◆
それから俺たちはゆっくりと『辺境の街』に戻ることにした。
野営が長くなると旅が大変だというが俺たちにはそんなことは関係ないのである。
今日も俺の『無限収納』から『仮拠点』を取り出して地面に設置し、それを取り囲むように岩の壁をうにょうにょとつくる。
仮拠点には、アイレさんの部屋を増設した。
アイレさんとクレト様は自室にこもってしまったのでリビングルームには俺とファナさんの二人きりだ。なんだか久々に二人になった気がする。
リビングルームに設置した、照明の魔道具の光が揺れる。ソファに座ったファナさんの横顔を照らして、オレンジ色の光らせた。
「なんだか、非常に冒険者らしい冒険をしてしまった気がする……」
思わずファナさんに見とれていると、ファナさんがしみじみと言った。
宝玉の光を追って遺跡を見つけたと思ったら古代文明で世界を脅かした伝説の悪魔と戦うことになるとは、思ってもみなかった。確かにこれは俺の想像していたいかにも冒険者らしい冒険である。
まさか、この世界に降り立ったときにはこんなことをするなんて思ってもみなかった。
念動力は動きが遅すぎるし、魔法も使えないし、身体能力にチートがあるわけでもないし、せいぜい俺には土の中の引きこもりがお似合いだと思っていたもんな。
でも、『無限収納』も『念動力』も案外悪くない力だ。
というか最高の力だと思う。
だって、最強で美しくて女神でかわいい、ファナさんを支えるには最高だもの。美味しいご飯もあったかい寝床もいつでも用意できるし、移動手段にはなるし、遠距離のサポートには向いているし。
「私は、もともと大いなる冒険にあこがれて、冒険者になった。しかし冒険者を続けていくうちに気が付いた。物語のような冒険をできる冒険者はなかなかいない。だって、食料も寝床も用意がたいへんだ。長旅をしようと思ったら行商隊のようになってしまう。それに女というだけで舐められるうえに『女らしい』ことができないと馬鹿にされ、私は嫌になってソロで活動していたから、せいぜいが辺境の森の中腹に乗り込む程度だった。私はこのまま何もしないまま日々を過ごして、そして退屈に人生を終えるのだろうとそう思っていた」
ファナさんが微笑む。
「でも、あそこでお前に出会ってからすべてが変わった。日々が新鮮になって、すべてに驚くお前と一緒になってはじめて何かを知った子供の時のようにわくわくとした日々になった。これからもずっとお前とそんな日々を過ごしていきたいと、思っている」
「ファナさん……」
俺だってそうだ。
サラリーマンをやっていたときだって、生きるために金を稼ごうとサラリーマンをしていたはずだったのに、金を稼ぐその仕事が枷になって俺は何のために生きているのかわからなくなっていた。
子供のときにはあんなにあこがれていた大人に、なってみれば色あせる日々。
何をするでもなく、何の価値もなく、ただ惰性のように日々を過ごして、そして死んでいくのだろうと漠然と思っていた。
でもこの世界にやってきて、ファナさんに出会って、俺は本当の意味でやっと息ができた。
そんな風に考えていたからだろう、俺は完全に気を抜きすぎていた。
「マコト、私と結婚してくれないか」
立ち上がって俺の目の間に跪いたファナさんに手を握られて、じっと見つめられる。
け、け、け……。
ファナさんの顔が照明によって、陰影が強く強調されている。本当に美しかった。正面から見つめ合うとはじめて出会ったときを強く思い出した。
「女神様……」
俺は呆然とつぶやいた。
「アッハハ! マコトは出会った時もそんなことを言っていたよな」
ええ、今も現在進行形で頻繁に女神様と呼びかけそうになっては我慢することがありますが。
「……ファナさん、俺と結婚、してください!」
ファナさんの方からプロポーズしてもらうなんて、ちょっとかっこつかなくなってしまったけど。ファナさんがイケメンすぎるけど。
俺たちには今更そんなことは関係ないだろう。
俺は目の前のファナさんに抱き着いた。
「役目を果たした空間が崩壊しているのでしょう」
クレト様が周囲を見やってそう言った。
何百年も世界を守ってきた空間だ。なんだかそう言われると非常に感慨深い気がしてくるが、それ以上にちょっと不安になってしまう。
「あの、出口とかないですよね?」
「……ないな」
「ないデス」
キョロキョロしながら訪ねるとファナさんとアイレさんから答えが返ってきた。
お二人も不安そうに周囲を見回している。
そう、だって亜空間が壊れたら中にいる俺たちはどうなるんだって不安がある。大丈夫かな、亜空間と一緒に消滅とかいう展開はないよね?
「心配ありません。何せ聖者がお作りたもうた空間なのです。崩壊するときも我々を傷つけるはずがありません」
クレト様はひとり落ち着いていると思ったら、こんな時だけ神職らしい心構えになっている。うん、うん。俺もそう思いたいです。
そのまま祈りのポーズになってしまったクレト様を後目に、俺たちは出口らしきものはないか、あわあわしながら周囲の探索をしはじめた。
が、その努力も空しく、すぐに空間が壊れだしたのが分かった。
真っ暗闇の空間の上空から卵の殻が割れるように、罅(ひび)が入ったかと思うと、それが欠片となって降り注ぎだしたのだ。しかし、その欠片は地上に到達することはなく、途中でさらさらと消滅していく。
罅の隙間からは白い光が漏れ出している。
「マコト!」
「ファナさん、愛してます!!」
死を覚悟した俺はファナさんに抱き着いた。
そうして、罅がどんどん広がっていき、真っ暗闇の空間がハレーションを興すように真っ白に染まりきった。
「……ッハ!」
気が付くと、俺はファナさんと抱き合ったまま、SFチックな部屋へと舞い戻ってきていた。ちょっと照れ臭くなってお互い身を離すと、クレト様とアイレさんも無事この空間に戻ってきていたことに気が付いた。
「よかったぁ……」
アイレさんは涙目になって両手で両腕をさすっている。
クレト様は祈りのポーズのままだ。
何はともあれ、なりゆきで世界を救うことになったが無事に帰還を果たすことができたことを実感して、俺はふうと息を吐いた。
◆
それから俺たちはゆっくりと『辺境の街』に戻ることにした。
野営が長くなると旅が大変だというが俺たちにはそんなことは関係ないのである。
今日も俺の『無限収納』から『仮拠点』を取り出して地面に設置し、それを取り囲むように岩の壁をうにょうにょとつくる。
仮拠点には、アイレさんの部屋を増設した。
アイレさんとクレト様は自室にこもってしまったのでリビングルームには俺とファナさんの二人きりだ。なんだか久々に二人になった気がする。
リビングルームに設置した、照明の魔道具の光が揺れる。ソファに座ったファナさんの横顔を照らして、オレンジ色の光らせた。
「なんだか、非常に冒険者らしい冒険をしてしまった気がする……」
思わずファナさんに見とれていると、ファナさんがしみじみと言った。
宝玉の光を追って遺跡を見つけたと思ったら古代文明で世界を脅かした伝説の悪魔と戦うことになるとは、思ってもみなかった。確かにこれは俺の想像していたいかにも冒険者らしい冒険である。
まさか、この世界に降り立ったときにはこんなことをするなんて思ってもみなかった。
念動力は動きが遅すぎるし、魔法も使えないし、身体能力にチートがあるわけでもないし、せいぜい俺には土の中の引きこもりがお似合いだと思っていたもんな。
でも、『無限収納』も『念動力』も案外悪くない力だ。
というか最高の力だと思う。
だって、最強で美しくて女神でかわいい、ファナさんを支えるには最高だもの。美味しいご飯もあったかい寝床もいつでも用意できるし、移動手段にはなるし、遠距離のサポートには向いているし。
「私は、もともと大いなる冒険にあこがれて、冒険者になった。しかし冒険者を続けていくうちに気が付いた。物語のような冒険をできる冒険者はなかなかいない。だって、食料も寝床も用意がたいへんだ。長旅をしようと思ったら行商隊のようになってしまう。それに女というだけで舐められるうえに『女らしい』ことができないと馬鹿にされ、私は嫌になってソロで活動していたから、せいぜいが辺境の森の中腹に乗り込む程度だった。私はこのまま何もしないまま日々を過ごして、そして退屈に人生を終えるのだろうとそう思っていた」
ファナさんが微笑む。
「でも、あそこでお前に出会ってからすべてが変わった。日々が新鮮になって、すべてに驚くお前と一緒になってはじめて何かを知った子供の時のようにわくわくとした日々になった。これからもずっとお前とそんな日々を過ごしていきたいと、思っている」
「ファナさん……」
俺だってそうだ。
サラリーマンをやっていたときだって、生きるために金を稼ごうとサラリーマンをしていたはずだったのに、金を稼ぐその仕事が枷になって俺は何のために生きているのかわからなくなっていた。
子供のときにはあんなにあこがれていた大人に、なってみれば色あせる日々。
何をするでもなく、何の価値もなく、ただ惰性のように日々を過ごして、そして死んでいくのだろうと漠然と思っていた。
でもこの世界にやってきて、ファナさんに出会って、俺は本当の意味でやっと息ができた。
そんな風に考えていたからだろう、俺は完全に気を抜きすぎていた。
「マコト、私と結婚してくれないか」
立ち上がって俺の目の間に跪いたファナさんに手を握られて、じっと見つめられる。
け、け、け……。
ファナさんの顔が照明によって、陰影が強く強調されている。本当に美しかった。正面から見つめ合うとはじめて出会ったときを強く思い出した。
「女神様……」
俺は呆然とつぶやいた。
「アッハハ! マコトは出会った時もそんなことを言っていたよな」
ええ、今も現在進行形で頻繁に女神様と呼びかけそうになっては我慢することがありますが。
「……ファナさん、俺と結婚、してください!」
ファナさんの方からプロポーズしてもらうなんて、ちょっとかっこつかなくなってしまったけど。ファナさんがイケメンすぎるけど。
俺たちには今更そんなことは関係ないだろう。
俺は目の前のファナさんに抱き着いた。
22
あなたにおすすめの小説
精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~
舞
ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。
異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。
夢は優しい国づくり。
『くに、つくりますか?』
『あめのぬぼこ、ぐるぐる』
『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』
いや、それはもう過ぎてますから。
スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜
もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。
ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を!
目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。
スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。
何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。
やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。
「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ!
ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。
ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。
2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる