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色づく山
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秋晴れの空は高く、澄み渡っていた。
久能山から見下ろす城下町は稲穂が刈られた後の田が光を返し、その向こうに広がる山々は紅や橙に彩られている。楓は燃えるように色づき、柿の木にはまだ熟れ残った実が橙色の灯のようにぶら下がっていた。常緑の松と広葉樹の紅葉が織りなす景色は、まるで豪奢な織物のようだ。
義元はその光景を静かに眺めていた。
――数年のうちに、この山々の色はさらに豊かになる。秋には果実の重みで枝が垂れ、春には花の香が城下を包む。そんな未来図が心の中には鮮やかに描かれている。
そこへ背後から静かな足音が響き、富士大宮司の富士信忠が現れた。
「殿、お呼びとのことにて参上いたしました」
「うむ、来たか信忠。見よ、この山の連なりを。駿府の秋は美しい。が、まだ足らぬ」
「はて。殿はこの景色を足らぬと、申されますか?」
「左様、儂はの。春は花、夏は青葉、秋は果実、冬は薪と。四季を通じて山が人を養う景色を作ろうと考えておる」
義元は視線を外さぬまま北方の浅間山系を指差す。
「あの斜面にも果樹を植える。柿や梅、梨に栗は既にあるが、それだけでは足りぬ。葡萄を棚に渡し、桃を低地に、柑橘を南向きの斜面に。さらに胡桃やスモモ、イチジクも良い。駿河の気候なら冬も優しく夏も涼しく海から風が吹き、果樹の育ちにも適うであろう」
その説明に信忠は少し目を見開いた。
「さぁ。葡萄や胡桃は珍しゅうございますな。種や苗は、いずこより?」
「種は伊勢や堺を経て手に入る。だが真の目当ては渡来の物。葡萄は皮薄く、胡桃も実が大きく殻が割りやすいものを選ぶ。良き品種を手に入れられよう」
「しかし、果樹は育つまで年がかかります。戦支度に必要な兵糧ほど重くはありませぬ」
「ふむ、それよそれ。信忠、みな急いて米ばかりに眼を向ける。だが山で米はとれまい?故に、今からしかと手を打つ。山の斜面は荒れ耕す手間も多いが、果樹ならば数年で実をつける。十年後には駿河一円に見事な果樹園が広がり、兵にも民にも甘味と糧を与える。さらに加工すれば干し柿干し葡萄などや果実酒として保存もできる」
ゆるりと歩き出すと義元は向きを南に変え、紅葉の向こうに広がる海を見やった。
「この海路を使えば果実は畿内へも運べる。珍しき甘味は高値で売れ、他国の大名への贈り物ともなる。なにも戦の矢や槍ばかりが国を富ませるにあらずぞ?」
信忠は深くうなずき、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「殿のご構想、見事にございます。なれば早速、地元の詳しい者達を集め苗木と種の手配を進めましょう」
「頼む。但し、ただ植えるだけでは念が足りぬ。接ぎ木の技を広め、害虫除けの工夫も施すのだ。山と人とを共に育てる――これこそが真の戦支度よ」
駿遠の大半を占める広大な山地。この有効活用こそが今川躍進の鍵となろう。冷たくなってきた潮風を頬に受けながら、義元はその胸に思い描く。
いつか瑞々しく実った果実の山を、皆で喜ぶ光景を。
久能山から見下ろす城下町は稲穂が刈られた後の田が光を返し、その向こうに広がる山々は紅や橙に彩られている。楓は燃えるように色づき、柿の木にはまだ熟れ残った実が橙色の灯のようにぶら下がっていた。常緑の松と広葉樹の紅葉が織りなす景色は、まるで豪奢な織物のようだ。
義元はその光景を静かに眺めていた。
――数年のうちに、この山々の色はさらに豊かになる。秋には果実の重みで枝が垂れ、春には花の香が城下を包む。そんな未来図が心の中には鮮やかに描かれている。
そこへ背後から静かな足音が響き、富士大宮司の富士信忠が現れた。
「殿、お呼びとのことにて参上いたしました」
「うむ、来たか信忠。見よ、この山の連なりを。駿府の秋は美しい。が、まだ足らぬ」
「はて。殿はこの景色を足らぬと、申されますか?」
「左様、儂はの。春は花、夏は青葉、秋は果実、冬は薪と。四季を通じて山が人を養う景色を作ろうと考えておる」
義元は視線を外さぬまま北方の浅間山系を指差す。
「あの斜面にも果樹を植える。柿や梅、梨に栗は既にあるが、それだけでは足りぬ。葡萄を棚に渡し、桃を低地に、柑橘を南向きの斜面に。さらに胡桃やスモモ、イチジクも良い。駿河の気候なら冬も優しく夏も涼しく海から風が吹き、果樹の育ちにも適うであろう」
その説明に信忠は少し目を見開いた。
「さぁ。葡萄や胡桃は珍しゅうございますな。種や苗は、いずこより?」
「種は伊勢や堺を経て手に入る。だが真の目当ては渡来の物。葡萄は皮薄く、胡桃も実が大きく殻が割りやすいものを選ぶ。良き品種を手に入れられよう」
「しかし、果樹は育つまで年がかかります。戦支度に必要な兵糧ほど重くはありませぬ」
「ふむ、それよそれ。信忠、みな急いて米ばかりに眼を向ける。だが山で米はとれまい?故に、今からしかと手を打つ。山の斜面は荒れ耕す手間も多いが、果樹ならば数年で実をつける。十年後には駿河一円に見事な果樹園が広がり、兵にも民にも甘味と糧を与える。さらに加工すれば干し柿干し葡萄などや果実酒として保存もできる」
ゆるりと歩き出すと義元は向きを南に変え、紅葉の向こうに広がる海を見やった。
「この海路を使えば果実は畿内へも運べる。珍しき甘味は高値で売れ、他国の大名への贈り物ともなる。なにも戦の矢や槍ばかりが国を富ませるにあらずぞ?」
信忠は深くうなずき、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「殿のご構想、見事にございます。なれば早速、地元の詳しい者達を集め苗木と種の手配を進めましょう」
「頼む。但し、ただ植えるだけでは念が足りぬ。接ぎ木の技を広め、害虫除けの工夫も施すのだ。山と人とを共に育てる――これこそが真の戦支度よ」
駿遠の大半を占める広大な山地。この有効活用こそが今川躍進の鍵となろう。冷たくなってきた潮風を頬に受けながら、義元はその胸に思い描く。
いつか瑞々しく実った果実の山を、皆で喜ぶ光景を。
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