≒今川義元 風雲繁盛記≒

空志戸レミ

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植樹

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数日後、駿府北方の山間部――浅間山系の南斜面に、百人近い農民や職人が集まっていた。実った稲を刈り入れた後ならば多くを動員できる。空気は澄み、遠くの稜線は紅葉に包まれ、谷間からは焚き火の白い煙が立ちのぼっている。

富士信忠は駿府から持参した巻物を広げた。そこには山のおおまかな等高線と川筋、日当たりを示す印が細かく描き込まれている。

「この図は駿府の殿が自ら描かれたもの。場所ごとに植える果樹が決まっておる。心得て作業にあたるように」

これに富士家の家臣たちは顔を見合わせた。地図にわざわざ果樹の名まで書き込むなど初めて見る事。戸惑う家臣達に微笑むと、信忠は図を指で示しながら順に説明していく。

「この中腹の緩やかな斜面には柿と梅を。柿は渋柿と甘柿を半々に植える。渋柿は干し柿にすれば兵糧にも贈り物にもなる。梅は春に花を咲かせ、実は塩漬けにして長く持たせる。根元には雑草を防ぐため麦を播け」
「「はっ!」」

「次は梨と桃だ。この谷あいの湿り気ある土地は梨向き。水を好む梨は夏に甘く育ち、病に強い品種を選ぶ。桃はその手前の石混じりの土地に。乾き気味の地を好む故な。桃は花が美しく、実も干せば甘味が増す」
「「はっ!」」

「そしてあの南西のゆるい斜面には棚を組み、そこへ葡萄を這わせる」

だがここで家臣のひとりが、その説明に疑問を呈す。

「あの、恐れながら。梨や桃は分かります。されど山にある葡萄など渋くて酸っぱいだけ。育てる値打ちなどないのでは?」
「うむ、今は試しでも良いとの仰せだ。いずれは駿府の殿が交易で得た種と植えかえ、皮薄く甘い実を目指す。その為の試し。竹を柱にし縄で組むが、冬には枝を切り戻すことを忘れるな。余計な枝は実を弱らせる」

高台の周囲を一望できる場に立つと、富士信忠はまた指図を行なう。

「あの高所の風通しよい土地には栗と胡桃を。栗は大粒の丹波種を混ぜ、胡桃は殻が割れやすく実入りのよいものを選ぶ。これらは貯蔵が利き兵糧に最適だ」
「はっ、栗ならば地元にも良い木がございます。それらの若木をここへ移しましょう」

「うむ、陽当たりの良いあの南向きの段々には、柑橘類を。みかんの他、酢橘や橙も試す。冬でも葉を落とさぬため景観も良い。堆肥を多く施し、根元に石を並べて霜を防げ」
「されど殿、蜜柑は駿河でも育つもので?」

「育つかどうかもまた試し。温州蜜柑は伊予の地で盛んに作られるが、駿河の海沿いと山の南側ならば越冬できよう。植え付けは秋、つまり今じゃ。根を痛めぬよう土を深く掘り堆肥を混ぜる。三年もすれば食える実が成るとの話よ」
「「おお」」

「この策はやがて駿河を果実の国とする。米も茶もある。が、ここに果物が加われば他国からの商人どもが押し寄せてこよう」
「それはまた、夢のような話ですな」

「しかし果樹はただ植えて放っておけば良いものではない。剪定を怠れば病にかかるし、肥料も必要。冬には根元を藁で覆い、春には虫除けを焚く。これらをしかと農民たちに教えるのだ」
「やはり手間暇はかかりますか」

「その労を惜しむな。これがやがては春の梅、夏の柑橘、秋の柿や栗で彩られ、山は豊かさを増していく。その方らも豊かになれば文句はあるまい?この戦国の世であっても駿府の殿だけは、数十年は先を見据えておられるのだ」

説明を終えた信忠は作業を始めさせた。農民たちは鍬で地面を掘り、苗木の根を丁寧に広げて植え付ける。根元に土を寄せ足で軽く踏み固めると、桶の水を注ぐ。秋の陽光はやわらかく、空気には焚き火の匂いが漂う。遠くで野鳥が鳴き、土を掘る音と人々の笑い声が山にこだました。


こうして昼を過ぎると、義元が加勢の常備兵を連れ自ら現場を訪れた。

「うむ、真に良いの。植え方も丁寧。これらがやがて国を潤す財となる。十年先を思い、子や孫を慈しむ心での。焼いて奪うのではなく、世代を越え大切に育てるのだ」

そう言って義元は自ら鍬を手に取ると、一本の柿苗の根元に土を寄せた。その姿に農民たちは息を呑み、作業の手を止め見入ったという。
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