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四歳で寺送り
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「芳菊丸、そなたは寺に行くのです」
「あい!」
四歳になると母からそう言われ、『わ~い、やった~!おでかけだ~!』なんて無邪気に喜んでたら、そのまま寺に置いてかれた。そして頭もすっかり丸く剃られ、以後は朝早くから掃除と読経の毎日。
(あるぇ~…???)
大きな屋敷でぬくぬく育てられていたのに、急転直下の寺暮らし。それでも置いていかれた善得寺は、外の賑わいから町のなかに在る様子。そして高い所に登ると海も富士山もよく見え、とてもいい場所のようだった。
「ほら、どうだ芳菊丸。見えたか?」
「あい!白いお山がみえました!」
兄弟子の僧たちも、みな芳菊丸に優しかった。
しかしそれもそのはず。この幼子は誰あろう駿府・遠江の守護大名・今川氏親の子。つまりご当主のご子息。なのでとても粗末になど扱えない。
そのため仏門でもエリートコースが敷かれ、芳菊丸はすぐに学びの場を善得寺から京の建仁寺に移した。これは海外留学的な感じで、僧的な箔づけ。そして享禄3年(1530年)には建仁寺の師である常庵龍崇が得度の儀式を行い、名を承芳と改めた。
「芳菊丸。これからは承芳と名乗り、仏道にめっさ励みなさい」
「はい」
芳菊丸11歳の頃である。されど芳菊丸あらため承芳には、他の童と大きく違う所があった。
自分のなかに違う誰かが居る。それが我が目を通じて外を視、また自分自身も視られているような感覚があったのだ。これを兄弟子でもあり師でもある九英承菊に相談すると、いたく感心された。
「ほう、承芳はその歳でもう客観を得ておるのか。これは将来が楽しみだ」
客観とは、我欲に囚われず広い視野で物事を見る力と教わり、承芳も納得した。
だが、もうひとつ疑問があった。行ったことも見たこともないのに、知らぬ土地や事柄の記憶があること。そして自分のなかにいる別の誰かが、時折ああせいこうせいと強く訴えてくる感じがあった。
それを他の兄弟子たちに相談するも、まだ頑是ない童の言う事。御仏の加護ではないか。いや起きたまま寝ぼけているのだろうなどと、真面に取り合ってもらえなかった
そんな事がありつつも修行は続き、学びの場はさらに臨済宗妙心寺派の大本山・妙心寺へと移る。承芳は承菊と共に学び、さらに学識を深めていった。
しかし天文5年(1536年)、事件は起きた。
「お心強くお聞きください。今川家当主・氏輝様がお亡くなりになられました!」
なんと家督を継いでいた長兄・氏輝と次兄・彦五郎が、相次いで同じ日に亡くなってしまったのだ。となると次に死か継承権が回ってくるのは、直系三男であるこの承芳。
その知らせに驚いていると、どこからか強い視線を感じた。すると木立の陰から現れたのは、まつ毛が長く澄んだ瞳なのにやたらと眼力の強い九英承菊だった。
「承菊…」
この先どうすればよいのかと、承芳は戸惑いの眼差しを承菊に向けた。
「起つ時です。栴岳承芳」
その鋭いまなざしに見据えられ、承芳は息を呑む。
「起つ時…?」
「はい。ですが承芳を独りでは行かせません。拙僧もその艱難辛苦を共に背負い歩みましょう。されば!いまこそ時の功徳を得て、加齢なるセーチョー!!」
栴岳承芳の兄弟子でもあり師でもある九英承菊は、黒衣の宰相・太原雪斎へと進化した。
「これでよろしい。拙僧も今これより、黒衣の宰相・太原雪斎」
「え、承…?せ、雪斎?」
「さ、まずは根回しです。有力な重臣たちの元に自ら出向き『決して損はさせぬ』と、しかと目を見据え説きなさい。さすれば次の当主は栴岳承芳となりましょう」
「おお…!」
その助言に従い承芳は有力家臣の元を訪れては、自身の味方となってくれるよう説いてまわったのだった。
「あい!」
四歳になると母からそう言われ、『わ~い、やった~!おでかけだ~!』なんて無邪気に喜んでたら、そのまま寺に置いてかれた。そして頭もすっかり丸く剃られ、以後は朝早くから掃除と読経の毎日。
(あるぇ~…???)
大きな屋敷でぬくぬく育てられていたのに、急転直下の寺暮らし。それでも置いていかれた善得寺は、外の賑わいから町のなかに在る様子。そして高い所に登ると海も富士山もよく見え、とてもいい場所のようだった。
「ほら、どうだ芳菊丸。見えたか?」
「あい!白いお山がみえました!」
兄弟子の僧たちも、みな芳菊丸に優しかった。
しかしそれもそのはず。この幼子は誰あろう駿府・遠江の守護大名・今川氏親の子。つまりご当主のご子息。なのでとても粗末になど扱えない。
そのため仏門でもエリートコースが敷かれ、芳菊丸はすぐに学びの場を善得寺から京の建仁寺に移した。これは海外留学的な感じで、僧的な箔づけ。そして享禄3年(1530年)には建仁寺の師である常庵龍崇が得度の儀式を行い、名を承芳と改めた。
「芳菊丸。これからは承芳と名乗り、仏道にめっさ励みなさい」
「はい」
芳菊丸11歳の頃である。されど芳菊丸あらため承芳には、他の童と大きく違う所があった。
自分のなかに違う誰かが居る。それが我が目を通じて外を視、また自分自身も視られているような感覚があったのだ。これを兄弟子でもあり師でもある九英承菊に相談すると、いたく感心された。
「ほう、承芳はその歳でもう客観を得ておるのか。これは将来が楽しみだ」
客観とは、我欲に囚われず広い視野で物事を見る力と教わり、承芳も納得した。
だが、もうひとつ疑問があった。行ったことも見たこともないのに、知らぬ土地や事柄の記憶があること。そして自分のなかにいる別の誰かが、時折ああせいこうせいと強く訴えてくる感じがあった。
それを他の兄弟子たちに相談するも、まだ頑是ない童の言う事。御仏の加護ではないか。いや起きたまま寝ぼけているのだろうなどと、真面に取り合ってもらえなかった
そんな事がありつつも修行は続き、学びの場はさらに臨済宗妙心寺派の大本山・妙心寺へと移る。承芳は承菊と共に学び、さらに学識を深めていった。
しかし天文5年(1536年)、事件は起きた。
「お心強くお聞きください。今川家当主・氏輝様がお亡くなりになられました!」
なんと家督を継いでいた長兄・氏輝と次兄・彦五郎が、相次いで同じ日に亡くなってしまったのだ。となると次に死か継承権が回ってくるのは、直系三男であるこの承芳。
その知らせに驚いていると、どこからか強い視線を感じた。すると木立の陰から現れたのは、まつ毛が長く澄んだ瞳なのにやたらと眼力の強い九英承菊だった。
「承菊…」
この先どうすればよいのかと、承芳は戸惑いの眼差しを承菊に向けた。
「起つ時です。栴岳承芳」
その鋭いまなざしに見据えられ、承芳は息を呑む。
「起つ時…?」
「はい。ですが承芳を独りでは行かせません。拙僧もその艱難辛苦を共に背負い歩みましょう。されば!いまこそ時の功徳を得て、加齢なるセーチョー!!」
栴岳承芳の兄弟子でもあり師でもある九英承菊は、黒衣の宰相・太原雪斎へと進化した。
「これでよろしい。拙僧も今これより、黒衣の宰相・太原雪斎」
「え、承…?せ、雪斎?」
「さ、まずは根回しです。有力な重臣たちの元に自ら出向き『決して損はさせぬ』と、しかと目を見据え説きなさい。さすれば次の当主は栴岳承芳となりましょう」
「おお…!」
その助言に従い承芳は有力家臣の元を訪れては、自身の味方となってくれるよう説いてまわったのだった。
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