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根回し作戦
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というわけで、今日は吉良義堯殿のお宅にお邪魔。
「よくぞ参られた。栴岳承芳殿」
「兄たちが急に亡くなった故、吉良殿にも面倒をお掛けいたします」
吉良義堯は承芳の姉を正室として娶っているので、立場的には義理の兄弟の間柄。しばらくは世間話に華を咲かせ、頃合いを見て承芳は本題を切りだした。
「跡目の件。ご助力あらば決して損はさせませぬ」
しかし義堯は承芳の言に鼻白んでみせる。
「はてさて、なんのことやら。まるで雲をつかむような話ですな」
すると承芳はその言葉に、高笑いで返してみせた。
「フホホホホ…!」
「なんと…。なにを笑われる?」
平身低頭。自分に頭をさげ助力を乞うものと思っていただけに、笑われたのは不愉快だった。
「いやはや、義堯殿はだいぶ気の短い質と感じましたので、つい…」
袈裟の袖で口元を隠し、まだクククと笑いを噛み殺す承芳。
「それで笑いが出てしまったと申されるか!?」
主家の出でも相手は僧籍。そんな相手に笑われたとあっては武士の名折れ。名門吉良の名が廃る。そうした思いから、義堯の言葉に怒気が籠った。
「されば、先ほど義堯殿は雲をつかむような、と申されましたな?」
「…如何にも」
「なれば雲もいつかは雨となり、大地に恵みをもたらしましょう。その雲に先回りして唾をつけておくのも、賢き者の分別ではありませぬか?」
「なに、雲に唾を…」
「左様。稲穂の実りも一朝一夕には生らぬもの。なれば何事においても、実りを得るには時も掛かりましょう。この理、お分かりいただけますかな?」
(うむむ…)
家督欲しさに空手形でも切ってくるかと思ったら、思わぬ説法がはじまった。
しかし言われてみれば尤もな話。急に家督を継ぐことになった当主など、地盤固めに大露わ。そのため当主になったとて、はじめから大したことなど出来やせぬ。そんな状況で果たせるかどうかも分からぬ空手形を切るより、こうした言い回しで知恵者と印象付けた方が余程相手の心に残るというもの。
(うむむ、僧だけあって武は感じぬ。だが、こ奴の弁舌には抗いがたいものを感じる…)
しかしながら主筋の相手がこうして訪ねて来ているのだから、礼も誠意も尽くしていると言える。そこで義堯は確約こそせぬものの、それを匂わせる発言で相手の出方を窺った。
「…されば儂も、その雲とやらに唾をつけておくかの?」
そう探るような目付きで眼を覗かれる。が、それで動じる承芳ではない。幼い頃から寺で育ち、頓智と禅問答に明け暮れていたのだ。生半可な口舌の徒では、承芳に敵うはずもない。
「それがようござりましょう。この雲。姿形は不確かなれど、決して恩義は忘れませぬ。時が来れば義堯殿の元にも、違うことなく恵みの雨を降らせましょう」
承芳はこともなげにそう言うと、涼しい顔で前に置かれた湯冷ましを喫す。これには義堯も内心で舌を巻いた。
(うぅむ、どうも口ではこ奴に敵わぬらしい…)
それでも誰を選ぶかといえば、こうして近づいてくれる者の方が組し易いのも確か。
「フン、これはとんだ易占いよ。では雲に唾つけ、待つとしよう。果報は寝て待てと申すしの。これはまた楽しみが増えたわい。うははは!」
これだけ頭が回るのだ。当主となれば味方した者をそう疎かにはすまいと、義堯は承芳を後押しすることを決めた。
「ほほほ…。さすれば恵みの雨は、末永く義堯殿の元に降り注ぎましょう。どうぞよしなに」
僧ならではの飄々さで、丸めた頭をさげる承芳。
こうした根回し戦術が功を奏し、栴岳承芳は対抗馬である玄広 恵探を退け今川家当主に選ばれたのだった。
「よくぞ参られた。栴岳承芳殿」
「兄たちが急に亡くなった故、吉良殿にも面倒をお掛けいたします」
吉良義堯は承芳の姉を正室として娶っているので、立場的には義理の兄弟の間柄。しばらくは世間話に華を咲かせ、頃合いを見て承芳は本題を切りだした。
「跡目の件。ご助力あらば決して損はさせませぬ」
しかし義堯は承芳の言に鼻白んでみせる。
「はてさて、なんのことやら。まるで雲をつかむような話ですな」
すると承芳はその言葉に、高笑いで返してみせた。
「フホホホホ…!」
「なんと…。なにを笑われる?」
平身低頭。自分に頭をさげ助力を乞うものと思っていただけに、笑われたのは不愉快だった。
「いやはや、義堯殿はだいぶ気の短い質と感じましたので、つい…」
袈裟の袖で口元を隠し、まだクククと笑いを噛み殺す承芳。
「それで笑いが出てしまったと申されるか!?」
主家の出でも相手は僧籍。そんな相手に笑われたとあっては武士の名折れ。名門吉良の名が廃る。そうした思いから、義堯の言葉に怒気が籠った。
「されば、先ほど義堯殿は雲をつかむような、と申されましたな?」
「…如何にも」
「なれば雲もいつかは雨となり、大地に恵みをもたらしましょう。その雲に先回りして唾をつけておくのも、賢き者の分別ではありませぬか?」
「なに、雲に唾を…」
「左様。稲穂の実りも一朝一夕には生らぬもの。なれば何事においても、実りを得るには時も掛かりましょう。この理、お分かりいただけますかな?」
(うむむ…)
家督欲しさに空手形でも切ってくるかと思ったら、思わぬ説法がはじまった。
しかし言われてみれば尤もな話。急に家督を継ぐことになった当主など、地盤固めに大露わ。そのため当主になったとて、はじめから大したことなど出来やせぬ。そんな状況で果たせるかどうかも分からぬ空手形を切るより、こうした言い回しで知恵者と印象付けた方が余程相手の心に残るというもの。
(うむむ、僧だけあって武は感じぬ。だが、こ奴の弁舌には抗いがたいものを感じる…)
しかしながら主筋の相手がこうして訪ねて来ているのだから、礼も誠意も尽くしていると言える。そこで義堯は確約こそせぬものの、それを匂わせる発言で相手の出方を窺った。
「…されば儂も、その雲とやらに唾をつけておくかの?」
そう探るような目付きで眼を覗かれる。が、それで動じる承芳ではない。幼い頃から寺で育ち、頓智と禅問答に明け暮れていたのだ。生半可な口舌の徒では、承芳に敵うはずもない。
「それがようござりましょう。この雲。姿形は不確かなれど、決して恩義は忘れませぬ。時が来れば義堯殿の元にも、違うことなく恵みの雨を降らせましょう」
承芳はこともなげにそう言うと、涼しい顔で前に置かれた湯冷ましを喫す。これには義堯も内心で舌を巻いた。
(うぅむ、どうも口ではこ奴に敵わぬらしい…)
それでも誰を選ぶかといえば、こうして近づいてくれる者の方が組し易いのも確か。
「フン、これはとんだ易占いよ。では雲に唾つけ、待つとしよう。果報は寝て待てと申すしの。これはまた楽しみが増えたわい。うははは!」
これだけ頭が回るのだ。当主となれば味方した者をそう疎かにはすまいと、義堯は承芳を後押しすることを決めた。
「ほほほ…。さすれば恵みの雨は、末永く義堯殿の元に降り注ぎましょう。どうぞよしなに」
僧ならではの飄々さで、丸めた頭をさげる承芳。
こうした根回し戦術が功を奏し、栴岳承芳は対抗馬である玄広 恵探を退け今川家当主に選ばれたのだった。
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