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家督騒乱
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承芳は重臣たちから還俗を乞われ、武士に復帰。
つまりはジョブが僧侶から武士に戻った。さらには家督を継ぐにあたって主家にして本流の征夷大将軍・足利義晴から義の偏諱を賜り、今川義元と名乗った。
こうして義元は当主として、17歳にして再び今川館にもどった。
(今川館か。広く立派なものだ。そして衣服は、だいぶ公家好みだの…)
館は掃除が行き届いていたものの、私室は先代当主の兄・氏輝が使っていた時のまま。まぁ義元は修行僧として荷となる財など持っていなかったので、兄の使っていた物をそのまま有難く使わせてもらう。しかし義元の為にと用意された衣服は、まるで公家か雛人形のよう。
(これは、間違いなく母上の好みだの…)
母・寿桂尼は中御門家の生まれで、父は権大納言・中御門宣胤。つまり公家。
しかも大永6年(1526年)6月に父・氏親が病死するまでその政務を補佐したり代行していたという。その後も家督を継いだ兄・氏輝は、当時まだ14歳。母上に頼るところも多かったろう。そして将軍・足利義晴から義の偏諱を賜ることが出来たのも、母が実家を通じて働きかけてくれたから。
そうした諸々が積み重なり、母の影響力がだいぶ増している様だ。
「…なにか、お気に召しませぬか?」
ジッと衣服の入っている長押を眺めていると、傍に控えていた年かさの小姓が問いかけてきた。みな兄に仕えていた者達なので、義元よりも年上の者が多い。
「いや、この衣服も母が選んでくれたのだろうと、感謝の気持ちを心に刻んでおった」
「左様にございましたか。そのお言葉をお聞きになれば、寿桂尼様もさぞお喜びになられましょう」
「うむ、母には苦労をかけた。これからは兄達の分も儂が孝行をせねばな」
父上はご病気で亡くなり、氏輝兄上も彦五郎兄上も、まだこれからという若さでこの世を去った。義元も兄達も、みな寿桂尼から生まれたのだ。兄達の分も、後を継いだ義元がしっかりと頑張らねばならない。
外に眼を向ければ、庭先を照らす陽の光がやけに眩しかった。
…。
今川義元は修行僧としては勤勉に学んでいた。ではあるものの、武家の跡取りとして育てられたわけではない。むしろその逆。兄弟同士で争いが起きぬようにと、そうした教育からは遠ざけられていた。寺に入っている身で武士となる教育を受けていては、『あ奴、儂を排して地位を奪う気か』などとあらぬ誤解を受けてしまう為。
不測の事態が起きた場合の当主の予備としては彦五郎兄上がいたので、予備の予備でしかない義元に武士になる教育は無用だった。しかしいざ当主となるとそういう訳にもいかず、朝から太原雪斎による詰め込み教育が行われていた。
「当主とは、誰であれいつも独りきり」
「うむ」
「当主の哀も、当主の苦しみも、誰も分かってはくれませぬ」
「む?」
(はて…、どうもどこかで聞いたような言葉だの)
しかしなかなか思い出せぬ。それでも考えていると、突然稲妻のような閃きをもって脳裏に映像が浮かび上がった。それは煌びやかな舞台で、扇子でない何かを持って女性が歌っている姿。
「お、これであったか!」
頭のなかにあった謎が晴れ、手にした扇子で膝を叩く義元。
その反応をおかしく思った雪斎が訝しむ目を向ける。が、なにか思い当たることがあったのだろうと何も言わず、話をつづける為に息を吸った。
そこへ何者かが廊下を走る荒々しい音が響いてきた。
「い、一大事にござりまするぅぅ!」
駆け込んできたのは関口親永。今川一門・瀬名氏貞の次男であった。親永は開け放たれた座敷のなかに義元と雪斎の姿を認めると、急ぎ廊下の縁に膝をついた。
「いかがした親永、そのように慌てて」
義元が問いかけると関口親永は口から唾を飛ばす勢いで口上を述べた。
「ふ、ふ、福島殿が謀反ッ!義元様が今川家当主となるを不服とし、玄広恵探様を総大将に、こ、この館へ攻め込む由にございますッ!!」
「なんと…」
玄広恵探も父・氏親の血を引くものの、跡目争いを避けるため寺に入れられていた。つまり境遇は義元と同じ。
しかし義元の母は正室で、恵探の母はそうではなかった。この差と根回しによって義元が今川家当主となったのだが、それを武力によってひっくり返そうというのか。
「雪斎」
「はっ、すぐに戰の用意を」
「いやそうではない。恵探を止められぬか?」
雪斎は義元の真意を測りかね、次の言葉を待った。その姿勢をみて、義元は言葉を重ねる。
「氏輝兄上に彦五郎兄上と、立て続けに亡くなられたのだ。このうえ兄弟相争うは、泉下で兄上たちも悲しまれよう。なんとか話し合いで済ませられまいか?」
言葉を最後まで聞き終えた雪斎は、視線を落とすと静かに首をふった。
「…相手が兵をあげる前であれば、それもまだ出来たでございましょう。されど今川家当主の座を望み兵をあげたとあっては、それ以外では何を言っても応じぬ筈」
「では話し合いに応じてはくれぬか?」
「はい。唯一は恵探様に家督を譲る事。ですが将軍様から偏諱を賜り当主となった義元様です。その義元様が戦いもせず当主の座を明け渡したとあっては、将軍様はじめ家中の誰もが納得致しませぬ。今川家の名は地に落ちましょう」
「う~む…」
そう説明されても悩む様子の義元をみて、雪斎は問いかけた。
「戰がそんなに恐ろしいですか?」
「怖くないといえば、嘘になろう。だがそれ以上に、兄達が死んでまだ間もないのだ。それで兄弟同士争うというのがの。どうしても気が進まぬのじゃ…」
「されども相手は、すぐにも攻めて参りましょう。ともかく戰の用意を。勝てば良いのです。負かせば相手も、少しは聞く耳を持つことでしょう」
「そうか。では戰は避けられぬな」
「なに、義元様は兄の胸を借りるつもりで挑みなされ。ついでのことに初陣も済ませられ良いではありませんか」
流石は戦国時代の僧。雪斎は言う事が物騒だった。
つまりはジョブが僧侶から武士に戻った。さらには家督を継ぐにあたって主家にして本流の征夷大将軍・足利義晴から義の偏諱を賜り、今川義元と名乗った。
こうして義元は当主として、17歳にして再び今川館にもどった。
(今川館か。広く立派なものだ。そして衣服は、だいぶ公家好みだの…)
館は掃除が行き届いていたものの、私室は先代当主の兄・氏輝が使っていた時のまま。まぁ義元は修行僧として荷となる財など持っていなかったので、兄の使っていた物をそのまま有難く使わせてもらう。しかし義元の為にと用意された衣服は、まるで公家か雛人形のよう。
(これは、間違いなく母上の好みだの…)
母・寿桂尼は中御門家の生まれで、父は権大納言・中御門宣胤。つまり公家。
しかも大永6年(1526年)6月に父・氏親が病死するまでその政務を補佐したり代行していたという。その後も家督を継いだ兄・氏輝は、当時まだ14歳。母上に頼るところも多かったろう。そして将軍・足利義晴から義の偏諱を賜ることが出来たのも、母が実家を通じて働きかけてくれたから。
そうした諸々が積み重なり、母の影響力がだいぶ増している様だ。
「…なにか、お気に召しませぬか?」
ジッと衣服の入っている長押を眺めていると、傍に控えていた年かさの小姓が問いかけてきた。みな兄に仕えていた者達なので、義元よりも年上の者が多い。
「いや、この衣服も母が選んでくれたのだろうと、感謝の気持ちを心に刻んでおった」
「左様にございましたか。そのお言葉をお聞きになれば、寿桂尼様もさぞお喜びになられましょう」
「うむ、母には苦労をかけた。これからは兄達の分も儂が孝行をせねばな」
父上はご病気で亡くなり、氏輝兄上も彦五郎兄上も、まだこれからという若さでこの世を去った。義元も兄達も、みな寿桂尼から生まれたのだ。兄達の分も、後を継いだ義元がしっかりと頑張らねばならない。
外に眼を向ければ、庭先を照らす陽の光がやけに眩しかった。
…。
今川義元は修行僧としては勤勉に学んでいた。ではあるものの、武家の跡取りとして育てられたわけではない。むしろその逆。兄弟同士で争いが起きぬようにと、そうした教育からは遠ざけられていた。寺に入っている身で武士となる教育を受けていては、『あ奴、儂を排して地位を奪う気か』などとあらぬ誤解を受けてしまう為。
不測の事態が起きた場合の当主の予備としては彦五郎兄上がいたので、予備の予備でしかない義元に武士になる教育は無用だった。しかしいざ当主となるとそういう訳にもいかず、朝から太原雪斎による詰め込み教育が行われていた。
「当主とは、誰であれいつも独りきり」
「うむ」
「当主の哀も、当主の苦しみも、誰も分かってはくれませぬ」
「む?」
(はて…、どうもどこかで聞いたような言葉だの)
しかしなかなか思い出せぬ。それでも考えていると、突然稲妻のような閃きをもって脳裏に映像が浮かび上がった。それは煌びやかな舞台で、扇子でない何かを持って女性が歌っている姿。
「お、これであったか!」
頭のなかにあった謎が晴れ、手にした扇子で膝を叩く義元。
その反応をおかしく思った雪斎が訝しむ目を向ける。が、なにか思い当たることがあったのだろうと何も言わず、話をつづける為に息を吸った。
そこへ何者かが廊下を走る荒々しい音が響いてきた。
「い、一大事にござりまするぅぅ!」
駆け込んできたのは関口親永。今川一門・瀬名氏貞の次男であった。親永は開け放たれた座敷のなかに義元と雪斎の姿を認めると、急ぎ廊下の縁に膝をついた。
「いかがした親永、そのように慌てて」
義元が問いかけると関口親永は口から唾を飛ばす勢いで口上を述べた。
「ふ、ふ、福島殿が謀反ッ!義元様が今川家当主となるを不服とし、玄広恵探様を総大将に、こ、この館へ攻め込む由にございますッ!!」
「なんと…」
玄広恵探も父・氏親の血を引くものの、跡目争いを避けるため寺に入れられていた。つまり境遇は義元と同じ。
しかし義元の母は正室で、恵探の母はそうではなかった。この差と根回しによって義元が今川家当主となったのだが、それを武力によってひっくり返そうというのか。
「雪斎」
「はっ、すぐに戰の用意を」
「いやそうではない。恵探を止められぬか?」
雪斎は義元の真意を測りかね、次の言葉を待った。その姿勢をみて、義元は言葉を重ねる。
「氏輝兄上に彦五郎兄上と、立て続けに亡くなられたのだ。このうえ兄弟相争うは、泉下で兄上たちも悲しまれよう。なんとか話し合いで済ませられまいか?」
言葉を最後まで聞き終えた雪斎は、視線を落とすと静かに首をふった。
「…相手が兵をあげる前であれば、それもまだ出来たでございましょう。されど今川家当主の座を望み兵をあげたとあっては、それ以外では何を言っても応じぬ筈」
「では話し合いに応じてはくれぬか?」
「はい。唯一は恵探様に家督を譲る事。ですが将軍様から偏諱を賜り当主となった義元様です。その義元様が戦いもせず当主の座を明け渡したとあっては、将軍様はじめ家中の誰もが納得致しませぬ。今川家の名は地に落ちましょう」
「う~む…」
そう説明されても悩む様子の義元をみて、雪斎は問いかけた。
「戰がそんなに恐ろしいですか?」
「怖くないといえば、嘘になろう。だがそれ以上に、兄達が死んでまだ間もないのだ。それで兄弟同士争うというのがの。どうしても気が進まぬのじゃ…」
「されども相手は、すぐにも攻めて参りましょう。ともかく戰の用意を。勝てば良いのです。負かせば相手も、少しは聞く耳を持つことでしょう」
「そうか。では戰は避けられぬな」
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