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甲斐国事情
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甲斐の険しい山々に囲まれた躑躅ヶ崎館にも、春の暖かな日差しが降り注いでいた。
その主殿では駿府に嫁いだ娘から届いた贈り物の山を見て、今年43歳となった武田信虎が鼻を鳴らしていた。
(フン、駿府の婿殿は、随分と胡麻を擦るのが巧いとみえる)
嫁いでからまだ幾らも経っていないというのに、娘の名でこれだけの贈り物の量。
当然これは娘からではなく、婿殿からとみるべき。しかも娘から届いた文に目を通してみても、惚気ばかりがつらつらと書き連ねられてあった。
(義元さまがどうしたこうしたと、あの馬鹿娘め。相手を骨抜きにせず自分が骨抜きにされてなんとする)
しかし状況は悪くない。むしろ追い風が吹いているといってよい。
争っていた今川は、代替わりによってかなり好意的に変わった。信虎の方でもこの和睦には気を使い、わざわざ今川と縁戚関係のある三条の方を晴信の継室として迎えたのだ。それが効いたともいえる。
北条と停戦できたのも、駿府の婿殿の計らい。
ただ、その為には今川と武を合わせる同盟には至らず、不可侵と通商のみの同盟となってしまった。が、これで南と東は静かになった。
この南と東に割いていた力も信濃攻略に使えば、信濃支配の時期も早まろうと信虎は独りほくそ笑んだ。
(信濃の支配がなれば、二国を擁すとはいえ当主になったばかりの青二才。あとでいくらでも料理できよう)
娘を駿府まで届けた穴山の話でも、婿殿は温和な性格で公家か僧のような男であったと聞いている。そのような男であれば、この武田が本気を出せばひとひねり。
(じゃが、それはまだ先の事。駿府の婿殿には、この甲斐武田の為に精々働いてもらうとしよう)
「おい!使いの者にはこの信虎が大層喜んでおったと言って返すが良い。土産になんぞ持たせての!ふ、ふははは!」
…。
父親が贈り物の前で高笑いをしていたその頃、息子の晴信は頭を抱えていた。
「晴信さま。また近隣の国人から、信虎さまをお諌めくだされとの嘆願書が来ております」
「ええい、またか」
頭痛の種は父の乱行。筋の通らぬ因縁をふっかけては兵をあげ近隣に攻めかかるので、アイツ頭おかしいんじゃねぇのと嫌がられていた。それに付き合わされて兵を出さなければならない国人たちからも、不満の声があがっていた。彼らは甲斐がひとつに纏まったことで、これで一旦は落ち着けると思っていたのだ。
「まったく、せっかく南と東は落ち着いたというのに父上は…」
「はい。なればこそこの機に西へ進もうというのは分かります。が、やり方がちと乱暴でございますな」
その話し相手となっているのは穴山信友。今年で31歳。晴信の姉を娶っていることから義兄にあたる。また家が今川家に帰属していた時期もあるので、今川家の事情にも明るかった。
「むぅ、話してはみるが父上のことだ。また受け入れてはもらえまいな」
「こういう時は、交渉上手な駿府殿が羨ましいですな」
「それを言うな信友。それでなくとも比べられ、最近は儂でなく弟の信繁を推す声もあるというではないか」
「ははは、それはお諌めし口論となる姿をみて、仲が悪いと早合点した者の言うことでしょう。お気に召されますな」
「しかし火のない所に煙は立たぬとも申すぞ」
「されど、疑心暗鬼は却って敵を作りましょう。どうかお心ひろくお持ちなされ」
「分かった。では父の元に行って参る。そなたも付き合うてくれるか?」
「はい、では某もいっしょに怒鳴られると致しましょう」
ハァと気の重い溜息をつくと、ふたりは揃って信虎の元に向かったのだった。
その主殿では駿府に嫁いだ娘から届いた贈り物の山を見て、今年43歳となった武田信虎が鼻を鳴らしていた。
(フン、駿府の婿殿は、随分と胡麻を擦るのが巧いとみえる)
嫁いでからまだ幾らも経っていないというのに、娘の名でこれだけの贈り物の量。
当然これは娘からではなく、婿殿からとみるべき。しかも娘から届いた文に目を通してみても、惚気ばかりがつらつらと書き連ねられてあった。
(義元さまがどうしたこうしたと、あの馬鹿娘め。相手を骨抜きにせず自分が骨抜きにされてなんとする)
しかし状況は悪くない。むしろ追い風が吹いているといってよい。
争っていた今川は、代替わりによってかなり好意的に変わった。信虎の方でもこの和睦には気を使い、わざわざ今川と縁戚関係のある三条の方を晴信の継室として迎えたのだ。それが効いたともいえる。
北条と停戦できたのも、駿府の婿殿の計らい。
ただ、その為には今川と武を合わせる同盟には至らず、不可侵と通商のみの同盟となってしまった。が、これで南と東は静かになった。
この南と東に割いていた力も信濃攻略に使えば、信濃支配の時期も早まろうと信虎は独りほくそ笑んだ。
(信濃の支配がなれば、二国を擁すとはいえ当主になったばかりの青二才。あとでいくらでも料理できよう)
娘を駿府まで届けた穴山の話でも、婿殿は温和な性格で公家か僧のような男であったと聞いている。そのような男であれば、この武田が本気を出せばひとひねり。
(じゃが、それはまだ先の事。駿府の婿殿には、この甲斐武田の為に精々働いてもらうとしよう)
「おい!使いの者にはこの信虎が大層喜んでおったと言って返すが良い。土産になんぞ持たせての!ふ、ふははは!」
…。
父親が贈り物の前で高笑いをしていたその頃、息子の晴信は頭を抱えていた。
「晴信さま。また近隣の国人から、信虎さまをお諌めくだされとの嘆願書が来ております」
「ええい、またか」
頭痛の種は父の乱行。筋の通らぬ因縁をふっかけては兵をあげ近隣に攻めかかるので、アイツ頭おかしいんじゃねぇのと嫌がられていた。それに付き合わされて兵を出さなければならない国人たちからも、不満の声があがっていた。彼らは甲斐がひとつに纏まったことで、これで一旦は落ち着けると思っていたのだ。
「まったく、せっかく南と東は落ち着いたというのに父上は…」
「はい。なればこそこの機に西へ進もうというのは分かります。が、やり方がちと乱暴でございますな」
その話し相手となっているのは穴山信友。今年で31歳。晴信の姉を娶っていることから義兄にあたる。また家が今川家に帰属していた時期もあるので、今川家の事情にも明るかった。
「むぅ、話してはみるが父上のことだ。また受け入れてはもらえまいな」
「こういう時は、交渉上手な駿府殿が羨ましいですな」
「それを言うな信友。それでなくとも比べられ、最近は儂でなく弟の信繁を推す声もあるというではないか」
「ははは、それはお諌めし口論となる姿をみて、仲が悪いと早合点した者の言うことでしょう。お気に召されますな」
「しかし火のない所に煙は立たぬとも申すぞ」
「されど、疑心暗鬼は却って敵を作りましょう。どうかお心ひろくお持ちなされ」
「分かった。では父の元に行って参る。そなたも付き合うてくれるか?」
「はい、では某もいっしょに怒鳴られると致しましょう」
ハァと気の重い溜息をつくと、ふたりは揃って信虎の元に向かったのだった。
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