≒今川義元 風雲繁盛記≒

空志戸レミ

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駿府浜事情

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軍港や造船所は低い位置にあっても、水軍砦は見晴しよく周囲を見張るため小高い所に建てられていた。そこからゆるゆる下っていくと、のどかな浜の風景が広がっている。

「浜の景色も随分と様変わりいたしましたな」

岡部元信がそう言うように、駿府の浜辺は変わっている。海には何本も竹竿が立てられ、浜の者が海の上で水車を漕いでいる。

竹竿は海苔の養殖で用い、水車は陸に海水を運ぶため。

当初、塩の増産は潮力噴射式で行なおうと考えていた。だがこれが不評でほとんど普及されず仕舞い。今ではこの水車式が主流となっている。

潮力噴射式とは、波の上下する力を利用して海水を噴射する方法。これは先端にいくほど細くなるよう加工した竹筒を海に浸けると、細くなる過程で内圧が高まり、穴から出る時には勢いよく噴き出すというもの。

それゆえ水を移動させるのにまったく労力を必要としないのだが、それ以外の問題点が多かった。

まず海に筏を組んで設置する為、潮の満ち引きによって飛ばす位置がずれる。その日の波の大小によってもずれる。風が強く吹いてもずれる。つまり手間暇かけて狙った場所に調整しても、すぐにズレてしまうのだ。

そして噴射力も小さかった為、海水を飛ばす量も少なかった。それも塵も積もればなのだが、浜の者達から見ても『こんなんで何ができるの?』と、呆れられてしまった。

ただごく一部には潮力噴射式の良さが伝わったらしく、自作の潮力噴射筒を波の荒い岩礁に設置し、間欠泉の如く噴き上げさせている者もいる。

しかしそれが可能なのは磯の限られた場所でしかないので、大半は水車式となった。

これは高さこそあるものの幅は極めて細い移動式水車を、海に設置するというもの。朝になったら神輿のように皆で担いで、海に設置するのだ。

こちらは完全に人力。上に乗った者が階段を登るようして水車を漕ぐ。すると水車についた水桶が海水を汲みあげ、高い位置にある水桶に海水が溜まる。溜まった海水はそこから節を抜いた竹を伝って陸へと送られる仕組み。

完全に人力なのだが、浜の者にはこちらの方が人気だった。

曰く『潮風と景色を楽しみながら脚を動かしているだけでよいのだから、楽でいい』とのこと。まぁ、以前の方法であれば海水を入れた重い天秤棒を担ぎ、肩に喰いこませながらヒィヒィ言って浜と海とを往復していたのだ。それに比べれば楽だと言うのも頷ける。

しかも水車漕ぎが疲れたら他の者代わり、浜で出来てきた塩を均したり回収していればいい。今までの苦労と比べれば、天国だそうだ。

「ほぉ、まさに見事な景色。塩はあればあるだけ売れますからな」

浜辺には白い塩田が幾つも並んでいる。それを見て実に爽快だとでも言うように、元信は言葉を続けた。

「左様。領内にも安く流通し、農民たちも喜んでおります」
「ただ時折、毒のある草を塩で茹で食べた者が、我らの下や寺に運ばれておりますがな」

長持も同意し、大宮司の信忠が小話を披露する。するとまた、その話で笑いが起きた。

塩で茹でればアクが抜け、食えぬ草でも食べられるようになると話したことでそんな騒動が起きているらしい。そう言ったのは義元なので、少々申し訳ない気持ちを覚えた。

「ふむ、ではそれも絵図で示して、教えてやらねばなるまいの」
「いえ、そうした事は寺も致しておるようにございますから、太守様にはもっと大きなお指図を」

富士信忠の言葉にチラと雪斎へ眼を向ければ、他の者には分からぬ程度に小さく頷いている。信忠の言葉に同意しているのだ。そこで義元も、それもそうかと思い直した。

「では兵でも呼んで、地引網でも致すか。今日は新鮮な海の幸を、みなに馳走するぞ」
「おお、これは願ってもない事!儂も自慢の強力を皆に披露いたそう」

そう言うと元信は、手に唾噴いてはたいてみせる。その後は浜に、威勢のいい男達のかけ声が響き渡ったのであった。
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