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探し物と布石
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今川館は義元の私室。そして義元の前には、幾つもの湯飲みが並べられている。
義元はそれをひとつずつ手に取ると、慎重に匂いを嗅いでいく。時に手で仰ぎ、時には鼻がつくほどにも近づけ、難しい表情で吟味していた。そんな兄の姿を向かいに座った氏豊は、不思議そうに首を傾げて眺めている。
「うむ、これじゃな。これが良い。氏豊」
「はい、なんでしょう兄上」
「これは何処の湯じゃ?」
「それは、箱根の湯にございます」
「ほう、箱根か。なんとも強烈じゃの」
湯の出所を知った義元はご満悦のようだが、理由を聞かされぬまま温泉の湯を集めるよう言われた氏豊は釈然としない。
「その湯がなんなのです?そろそろ理由を教えてくださりませ」
そこで義元は手にしていた湯飲みを置くと、氏豊に向け姿勢を直した。
「よいか氏豊。こうした湯にはの、薬の素が溶け込んでおる。そなたも温泉をめぐっておるうちに、身体が楽になったであろう?」
「は、はぁ」
「それそれ、そう気のない返事をするでない。身体は大事。健康第一。それ故いざという時の為にも、薬のことを知っておくは当主としての務めであろう?」
「…そういうものにございますか?」
「たわけ、そのようなことでなんとする!そうした智がなければ、飲めと渡されたものが毒か薬かも分かるまい!」
義元が扇子で自身の膝をパシリと叩くと、驚いた氏富は姿勢を正した。
「も、申し訳ございませぬ。言われてやっと気がつきました」
「うむ、分かったのならよろしい。ではこの箱根の湯…では、運ぶのが大変か。ならば伊豆半島で湧くこれに似た湯でも構わぬ。塩の代金としてたっぷり貰ってくるがよい」
「ですが兄上。これらは自然に湧いておるもの。よろしいのでしょうか?」
「よいよい、塩とて同じような物。それに代価として米ばかりを頂いていては、北条家も困るであろう。これはその帳尻合わせよ」
「ああ、そういうことにございましたか!」
「ついでのことに、湯の花や硫黄も貰ってくるのじゃぞ。それらも薬になるからの」
「わかりました兄上」
納得の笑顔を浮かべた氏豊は義元の前を辞し、軽い足取りで新妻の待つ小田原へと帰っていった。それを見送り独りになった義元は、また湯飲みを手に取って臭いを嗅ぐ。
(これならば、上手くいきそうじゃ…)
題して、ヨシモー健康の為に薬つくってたら硝石できちゃった作戦。
それは海藻法と呼ばれる硝石生成法。塩を生産していれば、ニガリも山ほど手に入る。それらは安価で寺に提供し、豆腐作りに役立ててもらっている。しかしこれに硫酸塩があれば、硝石が出来てしまうのだ。つまりは臭い思いをして人糞集めたり長い時間待たずに済むという事。
さらにはヨシモー。鉄砲伝来を待つことなく自作までしてしまう予定。
無論、それを使って他国に攻め込もうなんてつもりは毛頭ない。されど時は戦国時代。周囲に甘い顔ばかりしていては舐められてしまう。そこで自衛の為にも、今川は鉄砲をたくさん持っておるぞ。強いんだぞってのを、周囲に示しておく必要がある。
特にちょいちょい三河にちょっかい出してくる織田とかに。
領内の温泉に関しても家臣達に調べてもらい、同様のお願いをしてある。そして造船所に集めた鍛冶職人たちにも似たような物を作らせ、徐々に技術を向上中。硝石の生産さえうまくいけば、あとはそう難しくはない筈。
(冗談はさておき、この平安もいつまで持つか分からぬ。なれば備えぬ訳にもいかぬからのう…)
ふと天井を見上げると、いつの間に忍び込んだのか家守が張り付いていた。そしてその口には、収まりきらぬほど大きな蛾。火薬に鉄砲。そんな物を使う日が来ない事を祈りつつ、備える我が身に矛盾と侘しさを覚える義元であった。
義元はそれをひとつずつ手に取ると、慎重に匂いを嗅いでいく。時に手で仰ぎ、時には鼻がつくほどにも近づけ、難しい表情で吟味していた。そんな兄の姿を向かいに座った氏豊は、不思議そうに首を傾げて眺めている。
「うむ、これじゃな。これが良い。氏豊」
「はい、なんでしょう兄上」
「これは何処の湯じゃ?」
「それは、箱根の湯にございます」
「ほう、箱根か。なんとも強烈じゃの」
湯の出所を知った義元はご満悦のようだが、理由を聞かされぬまま温泉の湯を集めるよう言われた氏豊は釈然としない。
「その湯がなんなのです?そろそろ理由を教えてくださりませ」
そこで義元は手にしていた湯飲みを置くと、氏豊に向け姿勢を直した。
「よいか氏豊。こうした湯にはの、薬の素が溶け込んでおる。そなたも温泉をめぐっておるうちに、身体が楽になったであろう?」
「は、はぁ」
「それそれ、そう気のない返事をするでない。身体は大事。健康第一。それ故いざという時の為にも、薬のことを知っておくは当主としての務めであろう?」
「…そういうものにございますか?」
「たわけ、そのようなことでなんとする!そうした智がなければ、飲めと渡されたものが毒か薬かも分かるまい!」
義元が扇子で自身の膝をパシリと叩くと、驚いた氏富は姿勢を正した。
「も、申し訳ございませぬ。言われてやっと気がつきました」
「うむ、分かったのならよろしい。ではこの箱根の湯…では、運ぶのが大変か。ならば伊豆半島で湧くこれに似た湯でも構わぬ。塩の代金としてたっぷり貰ってくるがよい」
「ですが兄上。これらは自然に湧いておるもの。よろしいのでしょうか?」
「よいよい、塩とて同じような物。それに代価として米ばかりを頂いていては、北条家も困るであろう。これはその帳尻合わせよ」
「ああ、そういうことにございましたか!」
「ついでのことに、湯の花や硫黄も貰ってくるのじゃぞ。それらも薬になるからの」
「わかりました兄上」
納得の笑顔を浮かべた氏豊は義元の前を辞し、軽い足取りで新妻の待つ小田原へと帰っていった。それを見送り独りになった義元は、また湯飲みを手に取って臭いを嗅ぐ。
(これならば、上手くいきそうじゃ…)
題して、ヨシモー健康の為に薬つくってたら硝石できちゃった作戦。
それは海藻法と呼ばれる硝石生成法。塩を生産していれば、ニガリも山ほど手に入る。それらは安価で寺に提供し、豆腐作りに役立ててもらっている。しかしこれに硫酸塩があれば、硝石が出来てしまうのだ。つまりは臭い思いをして人糞集めたり長い時間待たずに済むという事。
さらにはヨシモー。鉄砲伝来を待つことなく自作までしてしまう予定。
無論、それを使って他国に攻め込もうなんてつもりは毛頭ない。されど時は戦国時代。周囲に甘い顔ばかりしていては舐められてしまう。そこで自衛の為にも、今川は鉄砲をたくさん持っておるぞ。強いんだぞってのを、周囲に示しておく必要がある。
特にちょいちょい三河にちょっかい出してくる織田とかに。
領内の温泉に関しても家臣達に調べてもらい、同様のお願いをしてある。そして造船所に集めた鍛冶職人たちにも似たような物を作らせ、徐々に技術を向上中。硝石の生産さえうまくいけば、あとはそう難しくはない筈。
(冗談はさておき、この平安もいつまで持つか分からぬ。なれば備えぬ訳にもいかぬからのう…)
ふと天井を見上げると、いつの間に忍び込んだのか家守が張り付いていた。そしてその口には、収まりきらぬほど大きな蛾。火薬に鉄砲。そんな物を使う日が来ない事を祈りつつ、備える我が身に矛盾と侘しさを覚える義元であった。
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