≒今川義元 風雲繁盛記≒

空志戸レミ

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銭不足

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義元はもろ肌脱いで額に鉢巻をし、今川館の庭先で槍の稽古を行なっていた。

しかしいくら突いてみても、用意した的には一向に当たらない。流石に疲れてきた義元は、息を整えながら考え込んだ。

(はて、これはどういうことだ。将来は海道一の弓取りと呼ばれるはず。だというに、この武芸の拙さはなんとしたことか…)

弓も下手くそで、的にひとつも当たらない。では槍でも修めてみるかとこうして挑戦しているものの、こちらもまるで見込みはないように思えた。

そうしていると庭に撒かれた砂利を踏む足音が近づいて来て、逞しくも人懐っこい顔をした岡部元信が姿をみせた。

「おや、休憩中と伺いましたが、槍の稽古にございましたか」

「おお、元信。下手な考え休むに似たりと申すが、どうやら儂の槍もそのようなものらしい」

そう言いつつ汗をぬぐう義元に近づいた元信は、その場の様子をみて首を傾げた。ふつう槍の稽古ならば、藁莚を巻いた木でも立てて行うもの。しかし義元の周りにはそのような物は一切見当たらず、松の木の枝に古びた永楽銭が一枚吊るされているだけ。

「はてさて、なにやら変わった稽古をされていたご様子。いったい何をなさっておいででしたか?」
「ああ、素早く正確に突く鍛錬をと思っての。槍先につけた串を銭の穴に通そうとしておった」

そう言って義元は吊るされた永楽銭を槍で突いてみせるが、またものの見事に空振りした。

「ほお、そのような鍛錬があったとは。それはまた面白そうですな」
「気になったのなら、そなたも試してみるか?」

「はい、よろしければ是非」

年かさの小姓はそれを止めようとしたが、義元は目顔でそれを制すと槍を元信に手渡した。元信がその気になれば、すぐにも義元の首を刎ねられよう。それほど実力差があるのにこうまで近づいていては、その警戒ももう意味がないのである。

「なるほど。この先端の串を、あの銭の穴に通せばよろしいのですな?」
「そうであるが、言うは易し行うは難しぞ?」

「ふぅむ、しかしやれそうな気も致しますので、某が挑戦してみましょう」

元信は腰を落として槍を半身に構えると、松の木に吊るされた永楽銭に意識を集中させる。そして『ヤッ!』という気合と共に槍を繰り出すと、串をみごと銭の穴に通してみせた。

「なんと、一発で成功させるとは」
「まだまだいけそうにございます…」

「なに?」

義元がその言葉に驚くと、元信は串が抜き取られ揺れる銭に対し連続して突きを見舞った。そしてそのどれもが銭の穴を通ったことで、その度に空中で一瞬 銭が止まって見えた。

「うむむ、見事也。元信は槍の名手であったか」
「はははは、この程度で槍の名手とは恥ずかしい。儂より腕の立つ者は、ほかにいくらも居りましょう」

しかし義元に褒められたのは嬉しかったのか、最後に一撃。ことさら力の籠った突きを放ってみせた。するとそれを貰った永楽銭はパンと砕け散ってしまう。

「やや!これは失礼を。つい調子に乗って力み過ぎました」

構えを解いた元信が深々と詫びるのに対し、義元は笑ってそれを許した。

「よいよい。元々古く傷んでおった故、こうして的にしていたのだ。そなたのせいではない。しかしまた見事に砕け散ったの」

そして足元に飛んできた銭の破片をみつけると、そこに屈んでしきりに観察をはじめた。鈍色の銭の破片は、内部にも腐食が進み暗い色のまま。しかし今川館の庭に敷かれた石はどれも白く綺麗なもの。

その対比から、義元は何かを感じ取った様子であった。

「太守様、なにか気になる事でもございましたか?」

気になった元信は屈んでいる義元に声をかけた。

「うむ、いま駿府では銭が不足しておっての…」

それは義元がさまざまな者を雇い入れ、その報酬を銭で支払っている為に起きている不足。報酬を塩や米で支払ってもいいのだが、それは義元的に不満であった。領内を早く貨幣経済圏として発展させたい思いがあったので、逆行はさせたくなかったのだ。

しかし今、銭の破片と庭の白い石から、ひとつの啓示を受けたような気がしていた。

「元信」
「はい」

「儂が銭を作ったら、皆は受け入れてくれようか?」
「太守様が銭をお作りに?」

銭は鉄ではない金属で出来ている。鉄は貴重で刀や槍の材料となる為、銭にするのはもったいない。それで銭は海の外からもたらされている事は元信も知っていた。だが太守様が銭を作るという話は飛躍が過ぎて、とてもついていけなかった。

「某には解りませぬ。そもそも銭とは勝手に作ってよい物なので?」

岡部元信の疑問も尤もであった。

「日ノ本全土に流通するような銭は不味かろう。しかし駿府と遠江だけで流通させる銭ならば、守護の権限でなんとか出来まいかと思うての」
「う~む、やはり某にはなんともお答え致しかねまする」

「そうか。だが元信のお陰で良い発想を得られた。礼を言うぞ」
「左様でございますか。お役に立てたのであれば嬉しく存じます」

その後。ふたりの主従は銭の話を離れ、武芸談義に華を咲かせたのだった。
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