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小姓事情
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今川義元(18)は他の戦国大名と比べ、いたく真面目な人物であった。
というのも先代先々代を支え尼御台とまで呼ばれる母が健在なのと、師である太原雪斎が宰相として常に義元の動向に目を光らせているから。そんな状況で跡目を継いでまだ間もないというのに驕り高ぶっていては、それこそ失望と喝棒を同時に喰らってしまうのである。
さらに、今の義元の立場は兄三人の犠牲の上に成り立っているともいえる。それゆえ先に亡くなった兄達に恥ずかしくないようにと、自らを律し政務に邁進していた。
(あれからもう一年か…)
兄達の一周忌も終え、義元が今川家当主となって二年目に入る。そこで義元は一人座禅を組み自身と向き合っていた。
(天は未来の知識を持つ儂に、何をさせようというのか…)
そうしたことをされたのが天か御仏かは分からない。
しかしその知識を用いて日ノ本を纏め上げよというのであれば、それはいささか乱暴が過ぎよう。もし近代兵器を模倣した武器を数多く生み出したとすれば、戰の規模は自然大きくなりその被害とて凄まじい物になるに違いない。
戦乱の世が長く続かぬよう大手術で一気に。
そういう風にも考えられる。が、それにしては流れる血と失われる命の量が多すぎるように思える。それにそもそも。寺で育ち戰や武道の不得手な義元にそれをやらせようとするのは、まずもって人選が間違っている。もしそれであれば、そういう事に向いた戦国武将は他にいくらでもいる筈。
とすれば、自分に課せられた使命は別の方向。例えば、和合の力を持って治とする政をせよということではないか。
と、そこまで考えたところで小姓のひとりが義元を呼びに来た。
「失礼いたします。恐れながら、そろそろお戻りになって頂きませぬと…」
「む、もうそんなに時が経っていたか?」
「はい」
「そうか、時が経つというのは早い物じゃのう…」
こうして義元が政務に戻り書状を書いていると、愛用していた筆が駄目になってしまった。筆の毛を纏めていた部分が傷み、すっかり外れてしまったのだ。その様子をみて、すぐに年かさの小姓が動く。
「代わりの筆をこれへ。義元様、お怪我などございませぬか?」
「大事ない。されど、筆が駄目になってしもうた。この筆はいつから使われていたか、そなた知っておるか?」
義元は17まで寺で僧をしていた。その為に私物を持たぬという感覚は僧の時のままであり、いま使っている物はほとんどが兄氏輝から受け継いだ品。
「は、されば…。これは氏輝様も愛用なされていた筆で、元は御父君の使われていた品にございます」
「そうか、ではこの筆は三代に渡って今川の為に働いてくれたのだな」
そういうと、義元は壊れた筆を両手で捧げ頭をさげたのち、小姓に渡した。
「この筆。直せるものなら直してやってはもらえぬか」
「畏まりました。職人に訊いてみることと致します」
代わりの筆をもらうと、また書状を書きはじめる義元。
周囲の思いもつかぬことを思いつき、突飛な行動に走る主君。しかしその性格は温厚で、情けも非常に深い。それは物だけでなく人にもいえることで、氏輝の代から替わっても外された小姓はひとりもいない。
まだ一年。氏輝への忠義を忘れ得ぬ小姓も多かった。が、兄達に恥ずかしくないようにと政務に励む義元を見る目は、みな一様に優しかった。
というのも先代先々代を支え尼御台とまで呼ばれる母が健在なのと、師である太原雪斎が宰相として常に義元の動向に目を光らせているから。そんな状況で跡目を継いでまだ間もないというのに驕り高ぶっていては、それこそ失望と喝棒を同時に喰らってしまうのである。
さらに、今の義元の立場は兄三人の犠牲の上に成り立っているともいえる。それゆえ先に亡くなった兄達に恥ずかしくないようにと、自らを律し政務に邁進していた。
(あれからもう一年か…)
兄達の一周忌も終え、義元が今川家当主となって二年目に入る。そこで義元は一人座禅を組み自身と向き合っていた。
(天は未来の知識を持つ儂に、何をさせようというのか…)
そうしたことをされたのが天か御仏かは分からない。
しかしその知識を用いて日ノ本を纏め上げよというのであれば、それはいささか乱暴が過ぎよう。もし近代兵器を模倣した武器を数多く生み出したとすれば、戰の規模は自然大きくなりその被害とて凄まじい物になるに違いない。
戦乱の世が長く続かぬよう大手術で一気に。
そういう風にも考えられる。が、それにしては流れる血と失われる命の量が多すぎるように思える。それにそもそも。寺で育ち戰や武道の不得手な義元にそれをやらせようとするのは、まずもって人選が間違っている。もしそれであれば、そういう事に向いた戦国武将は他にいくらでもいる筈。
とすれば、自分に課せられた使命は別の方向。例えば、和合の力を持って治とする政をせよということではないか。
と、そこまで考えたところで小姓のひとりが義元を呼びに来た。
「失礼いたします。恐れながら、そろそろお戻りになって頂きませぬと…」
「む、もうそんなに時が経っていたか?」
「はい」
「そうか、時が経つというのは早い物じゃのう…」
こうして義元が政務に戻り書状を書いていると、愛用していた筆が駄目になってしまった。筆の毛を纏めていた部分が傷み、すっかり外れてしまったのだ。その様子をみて、すぐに年かさの小姓が動く。
「代わりの筆をこれへ。義元様、お怪我などございませぬか?」
「大事ない。されど、筆が駄目になってしもうた。この筆はいつから使われていたか、そなた知っておるか?」
義元は17まで寺で僧をしていた。その為に私物を持たぬという感覚は僧の時のままであり、いま使っている物はほとんどが兄氏輝から受け継いだ品。
「は、されば…。これは氏輝様も愛用なされていた筆で、元は御父君の使われていた品にございます」
「そうか、ではこの筆は三代に渡って今川の為に働いてくれたのだな」
そういうと、義元は壊れた筆を両手で捧げ頭をさげたのち、小姓に渡した。
「この筆。直せるものなら直してやってはもらえぬか」
「畏まりました。職人に訊いてみることと致します」
代わりの筆をもらうと、また書状を書きはじめる義元。
周囲の思いもつかぬことを思いつき、突飛な行動に走る主君。しかしその性格は温厚で、情けも非常に深い。それは物だけでなく人にもいえることで、氏輝の代から替わっても外された小姓はひとりもいない。
まだ一年。氏輝への忠義を忘れ得ぬ小姓も多かった。が、兄達に恥ずかしくないようにと政務に励む義元を見る目は、みな一様に優しかった。
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