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松竹梅
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抜ける青空の下、今日の義元は領内の竹林を視察に出ていた。
前後を百の常備兵にしっかりと守らせ、中央の義元の傍には騎馬の小姓たちが四人。その後ろには駕籠に揺られる山本勘助が続き、さらにその後を松平竹千代(広忠ver)が徒歩でついてきている。
これは義元が特別竹千代に目をかけているというのではなく、師である太原雪斎の指示。
雪斎がそうであったように弟子がいつも身近にいれば、兄弟子は自然と自身の行動をその手本となるよう努めなければならない。それを義元と竹千代の間で再現しようというのだ。
義元の方でもそうした意図に気付き、今なお自分を鍛えようとしてくれる雪斎の気持ちを大切にしていた。ただそれゆえに竹千代は、よく分からぬ理由であちこち連れ出されたりもしていた。
「ほお。これは見事な竹林だの」
義元は馬上で籠手をかざして竹林を見上げ、感嘆の声をもらす。小高い山を登ってきた頂上あたりには、背の高い竹林が青く深く広がっている。
「太守様は殊の外、竹を好まれておりますからなぁ」
馬の歩みを止めた義元の隣に駕籠を寄せ、勘助が口を開く。
「うむ、竹は成長早く変幻自在。なんとも想像力をかき立てられるでな」
「某もその想像力には感服致します」
「なんの。それもそなたのように扱う術を考えてくれる者あってこそ。持ちつ持たれつよ」
「いやはや、恐れ多いことながら、恐悦至極に存じます」
事実、義元と勘助の相性は非常によかった。
雅偏重な史実義元ならばともかく、新生義元は思考が柔軟。地位や身分にとらわれることはない。そして未来知識をちょっと形にするだけでこの時代では大発明。それが嬉しくて、つい開発にのめり込み過ぎてしまう。
そうした開発者気質の義元と、そうして出来上がった物を実際に活用すべく考えるのは勘助のような軍師の仕事。それゆえ自然、開発とその運用について一緒に考える事も多く、当人たち同士でしか通じぬ空気を生み出すこともしばしばあった。
その様子を後ろからついてきていた竹千代は、ぼんやりと羨ましく眺めていた。
(才のある者同士とは、身分が違ってもああも仲良くなれるものなのか…)
太守である義元様も竹千代からすれば年上だが、まだ元服して幾らもない筈。だというのに駿遠の守護として立派に勤めを果たし、民たちの生活を守っている。そして諸国を十年も渡り歩いて来たという勘助先生も、竹千代から見て凄い人物だった。
そのどちらも凄い人物たちが、互いを認め気安げに話しているのが羨ましい。
(私には太守さまほどの力もなければ、勘助先生のように優秀で心を許せる家臣もいない…)
そう気落ちし足もとに視線を落としていると、不意に自分の名を呼ばれた。
「ここで小休止と致そう。これ竹千代、そなたもこちらへ参るがよい」
「はい、只今」
なぜ自分だけがこうしていつも連れ回されているのか理由ははっきりしなかったが、学びの機会を与えられているのであろうとは感じていた。そうして広げられた赤い敷物の末に着座する。すると義元の小姓から決して激しく振らぬようにと念押しされてから、竹の水筒を渡された。
「うむ、行き渡ったか。では水筒の栓を抜いてみるがよい」
その声に皆が水筒の栓を抜いてみると、プシュっとおかしな音をたてた。
「これは面妖な。さては太守様、また何か細工がございますな?」
楽しげな勘助の問いに義元は含みのある笑みで応えると、小姓のひとりに水筒の中身を湯呑に注がせた。すると竹で出来た湯呑の中で、水からパチパチと泡が湧いている。
「はて、これは一体なんでございます?」
「はてさて、なんと答えるのがよいか…。うむ、これは言うなれば、松葉の精の甘露と呼ぶべきかの?」
「松の精?でございますか」
「左様。これはたくさんの松の葉を水に浸し、そこへ蜂蜜を加え日をおいた物よ。すると松葉に宿っている精が蜂蜜の甘さを喜んでの、嬉しくてパチパチと弾けておるのだ。それゆえ少々刺激はあるが、毒ではない。みな飲んでみるがよいぞ」
それは松葉を使った炭酸水の作製法。新生義元はちょいちょいそういった雑学に詳しかった。
「ほう、確かにこれは、かすかに松の香りが致しますな」
「ですがなんとも、舌先が面白きことに」
小姓たちが水を飲んだ感想をもらすのに、竹千代も口をつけてみる。すると甘さと刺激が口の中に広がり、目を見張った。
「いかがじゃ竹千代」
「は、太守さま…。驚くような爽やかさで、起きているのに目の覚める心地がいたします」
「ほほほ。そういえば松も竹も、そなたの名の中にある物であったか。松葉の甘露を竹の湯呑で喫す松平竹千代か」
それになんと答えて良いのか分からず、竹千代は咄嗟に頭を下げた。
「お、恐れ入ります」
「ほほほ、なにも恐れることなどあるまい。いっそ梅も足して、そなたの人生が花も実もある物になるとよいのう」
その義元の言葉に朗らかな笑いが生まれる。太守様が応援してくださっているのだぞと、小姓たちからも竹千代に声がかけられる。
それに応えながら、いったい自分に足りぬ何とはなんであろうかと考えてみる。が、今の竹千代にはそれが何なのかまるで分からないのが寂しかった。
前後を百の常備兵にしっかりと守らせ、中央の義元の傍には騎馬の小姓たちが四人。その後ろには駕籠に揺られる山本勘助が続き、さらにその後を松平竹千代(広忠ver)が徒歩でついてきている。
これは義元が特別竹千代に目をかけているというのではなく、師である太原雪斎の指示。
雪斎がそうであったように弟子がいつも身近にいれば、兄弟子は自然と自身の行動をその手本となるよう努めなければならない。それを義元と竹千代の間で再現しようというのだ。
義元の方でもそうした意図に気付き、今なお自分を鍛えようとしてくれる雪斎の気持ちを大切にしていた。ただそれゆえに竹千代は、よく分からぬ理由であちこち連れ出されたりもしていた。
「ほお。これは見事な竹林だの」
義元は馬上で籠手をかざして竹林を見上げ、感嘆の声をもらす。小高い山を登ってきた頂上あたりには、背の高い竹林が青く深く広がっている。
「太守様は殊の外、竹を好まれておりますからなぁ」
馬の歩みを止めた義元の隣に駕籠を寄せ、勘助が口を開く。
「うむ、竹は成長早く変幻自在。なんとも想像力をかき立てられるでな」
「某もその想像力には感服致します」
「なんの。それもそなたのように扱う術を考えてくれる者あってこそ。持ちつ持たれつよ」
「いやはや、恐れ多いことながら、恐悦至極に存じます」
事実、義元と勘助の相性は非常によかった。
雅偏重な史実義元ならばともかく、新生義元は思考が柔軟。地位や身分にとらわれることはない。そして未来知識をちょっと形にするだけでこの時代では大発明。それが嬉しくて、つい開発にのめり込み過ぎてしまう。
そうした開発者気質の義元と、そうして出来上がった物を実際に活用すべく考えるのは勘助のような軍師の仕事。それゆえ自然、開発とその運用について一緒に考える事も多く、当人たち同士でしか通じぬ空気を生み出すこともしばしばあった。
その様子を後ろからついてきていた竹千代は、ぼんやりと羨ましく眺めていた。
(才のある者同士とは、身分が違ってもああも仲良くなれるものなのか…)
太守である義元様も竹千代からすれば年上だが、まだ元服して幾らもない筈。だというのに駿遠の守護として立派に勤めを果たし、民たちの生活を守っている。そして諸国を十年も渡り歩いて来たという勘助先生も、竹千代から見て凄い人物だった。
そのどちらも凄い人物たちが、互いを認め気安げに話しているのが羨ましい。
(私には太守さまほどの力もなければ、勘助先生のように優秀で心を許せる家臣もいない…)
そう気落ちし足もとに視線を落としていると、不意に自分の名を呼ばれた。
「ここで小休止と致そう。これ竹千代、そなたもこちらへ参るがよい」
「はい、只今」
なぜ自分だけがこうしていつも連れ回されているのか理由ははっきりしなかったが、学びの機会を与えられているのであろうとは感じていた。そうして広げられた赤い敷物の末に着座する。すると義元の小姓から決して激しく振らぬようにと念押しされてから、竹の水筒を渡された。
「うむ、行き渡ったか。では水筒の栓を抜いてみるがよい」
その声に皆が水筒の栓を抜いてみると、プシュっとおかしな音をたてた。
「これは面妖な。さては太守様、また何か細工がございますな?」
楽しげな勘助の問いに義元は含みのある笑みで応えると、小姓のひとりに水筒の中身を湯呑に注がせた。すると竹で出来た湯呑の中で、水からパチパチと泡が湧いている。
「はて、これは一体なんでございます?」
「はてさて、なんと答えるのがよいか…。うむ、これは言うなれば、松葉の精の甘露と呼ぶべきかの?」
「松の精?でございますか」
「左様。これはたくさんの松の葉を水に浸し、そこへ蜂蜜を加え日をおいた物よ。すると松葉に宿っている精が蜂蜜の甘さを喜んでの、嬉しくてパチパチと弾けておるのだ。それゆえ少々刺激はあるが、毒ではない。みな飲んでみるがよいぞ」
それは松葉を使った炭酸水の作製法。新生義元はちょいちょいそういった雑学に詳しかった。
「ほう、確かにこれは、かすかに松の香りが致しますな」
「ですがなんとも、舌先が面白きことに」
小姓たちが水を飲んだ感想をもらすのに、竹千代も口をつけてみる。すると甘さと刺激が口の中に広がり、目を見張った。
「いかがじゃ竹千代」
「は、太守さま…。驚くような爽やかさで、起きているのに目の覚める心地がいたします」
「ほほほ。そういえば松も竹も、そなたの名の中にある物であったか。松葉の甘露を竹の湯呑で喫す松平竹千代か」
それになんと答えて良いのか分からず、竹千代は咄嗟に頭を下げた。
「お、恐れ入ります」
「ほほほ、なにも恐れることなどあるまい。いっそ梅も足して、そなたの人生が花も実もある物になるとよいのう」
その義元の言葉に朗らかな笑いが生まれる。太守様が応援してくださっているのだぞと、小姓たちからも竹千代に声がかけられる。
それに応えながら、いったい自分に足りぬ何とはなんであろうかと考えてみる。が、今の竹千代にはそれが何なのかまるで分からないのが寂しかった。
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