≒今川義元 風雲繁盛記≒

空志戸レミ

文字の大きさ
62 / 82

足軽たちの度胸試し

しおりを挟む
「ほれ、朝だぞ田吾作。早く起きろ」

顔をかるく叩かれ田吾作は目を覚ました。田吾作よりも朝に強い五助に起こされたのだ

「んん、ぬぅ~~。もう朝か…」
「もうもなにも。おまえさんいの一番に高鼾じゃったろう。いつまで寝とるんじゃ」

起き上がると、周囲はまだ人が黒い影にしか見えぬほど暗い。しかしそれもいつものことなので、田吾作は顔を擦って眠気を払う。そして腹にかけていた手拭いを手探りで掴むと、枕にしていた背負い籠に仕舞い込んだ。

「眠いのう。いま何時じゃ?」
「寅の中ごろかの。ほれ、モタモタしとるとまたどやされるぞ」

五助はすっかり目が覚めているらしく、まだ床に腰を下ろしたままの田吾作を中腰で急かす。

「どれ、では顔を洗って眠気を払うか」
「それがええ」

田吾作は板の間に手をついて立ち上がると、まだ起ききらぬ他の者達を踏まぬようソッと部屋の外へと出る。常備兵たちはいつも、この大広間で雑魚寝だ。

「おお、いいぞ。いい塩梅に風車がまわっとる。ツイてるな田吾作」
「そりゃええ。今のうちに冷たい井戸水で顔を洗おう」

ここは久能山城の兵員宿舎。そのため井戸にも風車仕掛けの弦巻揚水器がついていて、風車が回っている間なら勝手に水が汲み上がっている。ふたりはそれを桶に掬うと、顔を洗った。

「ぶるるるる!あぁ、朝の冷たい水は沁みるのう。一気に目が覚めたわ」
「ははは、ようやっと起きた顔になったの田吾作」

そう田吾作と五助が顔を洗っていると、他の兵たちも続々と顔を洗いに外へと出てくる。このままここに居ては、他の者達の邪魔になるだろう。

「さて、昨日寝る前に見た時は浜行きじゃったが、一応確認しておくか?」
「それがええな。急に変わっとることもあるからの」

ふたりは揃って兵員宿舎の立ち並ぶ棟を抜け、合同庁舎の中にある従事一覧板を覗きに行く。壁には今日の配置が文字の書かれた木札によって示されているのだ。

「よかった。変わっとらん。ワシらは浜行きじゃ」
「そりゃ有難てぇ。浜行きが一番人気があるからの」

学んでいるのでもう自分の組も自分の名も読める。そして常備兵たちの日常任務は主にみっつ。浜に行くか。田畑に行くか。戦闘訓練か。そのなかで一番人気が高いのが、美味い魚にありつける浜行きだった。


まだ薄暗いなか組の者達で揃って浜に向かうと、浜長が待っていて網の納められた蔵を開けてくれる。漁網は村が太守様からお預かりした高価で貴重な品。この漁網がなければ大量の魚を一度に捕まえる事など出来ないのだから。

そのため皆、蔵の前で恭しく一礼をしてから漁網を取り出す。

組頭の指示で漁網が浜辺へと運ばれると、今度はそこから浜の者が操る小舟に乗り込む。小舟から網を降ろしていき、沖まで囲っていくのだ。

まだ暗いので海の色も黒く見える。そこに丈夫な藤蔓で出来た綱を持って、網を海へと入れる。ついている重りで網は下へと沈んで広がり、たくさんの竹筒の浮きがついた藤蔓の綱は海面に弧を描いて残る。伸ばしきって後は綱だけとなったら、浜に船を戻し準備は完了だ。

「さ、では始めるぞ」

戻って来た綱をふんどし姿になった皆で握ると、組頭の音頭で引いていく。

「エイヤァ!」
「「エイヤァ!」」

「ソイヤァ!」
「「ソイヤァ!」」

身体を斜めにして手足に力を籠める。すると浜の砂が崩れて足が潜っていき、腕と腰には重い力が載ってくる。はじめは大変な重労働だと息をあがらせたものだが、みな梅雨の間に身体をしっかりと鍛え綱引きのコツも掴んだ。だから前よりもずっと楽に感じる。

浜の者達とも力を合わせ綱を引くと、網にかかった魚どもが水飛沫をあげ暴れているのが見えてくる。

「やった!」
「大漁だぞ!」

手足を傷つけぬよう腕巻と脚絆をした者が笊や桶を持って波に入り、献上する為の魚をまず捕まえていく。色が赤く見た目の良い魚が好まれるそうだ。

その後は浜に網が引き揚げられるが、大物がいるとまた話は違ってくる。

「おお、鱶がおるぞ!」
「でかいのう、鱶じゃ鱶じゃ!」

大きな鱶が網にかかってるのを見て、血の気の多い兵たちは喜ぶ。

「さて、次はだれの番じゃ?」

「まだやってない者となると…、田吾作でないか?」

その言葉に、仲間たちの眼が田吾作に集まった。

「ワシか。ようし、ならやってやる」

これはいつからか浜行きの兵達の間で流行りだした度胸試し。鱶やオニカマスといった恐ろしい姿をした魚がかかると、一対一で戦うのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...