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足軽たちの度胸試し
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「ほれ、朝だぞ田吾作。早く起きろ」
顔をかるく叩かれ田吾作は目を覚ました。田吾作よりも朝に強い五助に起こされたのだ
「んん、ぬぅ~~。もう朝か…」
「もうもなにも。おまえさんいの一番に高鼾じゃったろう。いつまで寝とるんじゃ」
起き上がると、周囲はまだ人が黒い影にしか見えぬほど暗い。しかしそれもいつものことなので、田吾作は顔を擦って眠気を払う。そして腹にかけていた手拭いを手探りで掴むと、枕にしていた背負い籠に仕舞い込んだ。
「眠いのう。いま何時じゃ?」
「寅の中ごろかの。ほれ、モタモタしとるとまたどやされるぞ」
五助はすっかり目が覚めているらしく、まだ床に腰を下ろしたままの田吾作を中腰で急かす。
「どれ、では顔を洗って眠気を払うか」
「それがええ」
田吾作は板の間に手をついて立ち上がると、まだ起ききらぬ他の者達を踏まぬようソッと部屋の外へと出る。常備兵たちはいつも、この大広間で雑魚寝だ。
「おお、いいぞ。いい塩梅に風車がまわっとる。ツイてるな田吾作」
「そりゃええ。今のうちに冷たい井戸水で顔を洗おう」
ここは久能山城の兵員宿舎。そのため井戸にも風車仕掛けの弦巻揚水器がついていて、風車が回っている間なら勝手に水が汲み上がっている。ふたりはそれを桶に掬うと、顔を洗った。
「ぶるるるる!あぁ、朝の冷たい水は沁みるのう。一気に目が覚めたわ」
「ははは、ようやっと起きた顔になったの田吾作」
そう田吾作と五助が顔を洗っていると、他の兵たちも続々と顔を洗いに外へと出てくる。このままここに居ては、他の者達の邪魔になるだろう。
「さて、昨日寝る前に見た時は浜行きじゃったが、一応確認しておくか?」
「それがええな。急に変わっとることもあるからの」
ふたりは揃って兵員宿舎の立ち並ぶ棟を抜け、合同庁舎の中にある従事一覧板を覗きに行く。壁には今日の配置が文字の書かれた木札によって示されているのだ。
「よかった。変わっとらん。ワシらは浜行きじゃ」
「そりゃ有難てぇ。浜行きが一番人気があるからの」
学んでいるのでもう自分の組も自分の名も読める。そして常備兵たちの日常任務は主にみっつ。浜に行くか。田畑に行くか。戦闘訓練か。そのなかで一番人気が高いのが、美味い魚にありつける浜行きだった。
まだ薄暗いなか組の者達で揃って浜に向かうと、浜長が待っていて網の納められた蔵を開けてくれる。漁網は村が太守様からお預かりした高価で貴重な品。この漁網がなければ大量の魚を一度に捕まえる事など出来ないのだから。
そのため皆、蔵の前で恭しく一礼をしてから漁網を取り出す。
組頭の指示で漁網が浜辺へと運ばれると、今度はそこから浜の者が操る小舟に乗り込む。小舟から網を降ろしていき、沖まで囲っていくのだ。
まだ暗いので海の色も黒く見える。そこに丈夫な藤蔓で出来た綱を持って、網を海へと入れる。ついている重りで網は下へと沈んで広がり、たくさんの竹筒の浮きがついた藤蔓の綱は海面に弧を描いて残る。伸ばしきって後は綱だけとなったら、浜に船を戻し準備は完了だ。
「さ、では始めるぞ」
戻って来た綱をふんどし姿になった皆で握ると、組頭の音頭で引いていく。
「エイヤァ!」
「「エイヤァ!」」
「ソイヤァ!」
「「ソイヤァ!」」
身体を斜めにして手足に力を籠める。すると浜の砂が崩れて足が潜っていき、腕と腰には重い力が載ってくる。はじめは大変な重労働だと息をあがらせたものだが、みな梅雨の間に身体をしっかりと鍛え綱引きのコツも掴んだ。だから前よりもずっと楽に感じる。
浜の者達とも力を合わせ綱を引くと、網にかかった魚どもが水飛沫をあげ暴れているのが見えてくる。
「やった!」
「大漁だぞ!」
手足を傷つけぬよう腕巻と脚絆をした者が笊や桶を持って波に入り、献上する為の魚をまず捕まえていく。色が赤く見た目の良い魚が好まれるそうだ。
その後は浜に網が引き揚げられるが、大物がいるとまた話は違ってくる。
「おお、鱶がおるぞ!」
「でかいのう、鱶じゃ鱶じゃ!」
大きな鱶が網にかかってるのを見て、血の気の多い兵たちは喜ぶ。
「さて、次はだれの番じゃ?」
「まだやってない者となると…、田吾作でないか?」
その言葉に、仲間たちの眼が田吾作に集まった。
「ワシか。ようし、ならやってやる」
これはいつからか浜行きの兵達の間で流行りだした度胸試し。鱶やオニカマスといった恐ろしい姿をした魚がかかると、一対一で戦うのだ。
顔をかるく叩かれ田吾作は目を覚ました。田吾作よりも朝に強い五助に起こされたのだ
「んん、ぬぅ~~。もう朝か…」
「もうもなにも。おまえさんいの一番に高鼾じゃったろう。いつまで寝とるんじゃ」
起き上がると、周囲はまだ人が黒い影にしか見えぬほど暗い。しかしそれもいつものことなので、田吾作は顔を擦って眠気を払う。そして腹にかけていた手拭いを手探りで掴むと、枕にしていた背負い籠に仕舞い込んだ。
「眠いのう。いま何時じゃ?」
「寅の中ごろかの。ほれ、モタモタしとるとまたどやされるぞ」
五助はすっかり目が覚めているらしく、まだ床に腰を下ろしたままの田吾作を中腰で急かす。
「どれ、では顔を洗って眠気を払うか」
「それがええ」
田吾作は板の間に手をついて立ち上がると、まだ起ききらぬ他の者達を踏まぬようソッと部屋の外へと出る。常備兵たちはいつも、この大広間で雑魚寝だ。
「おお、いいぞ。いい塩梅に風車がまわっとる。ツイてるな田吾作」
「そりゃええ。今のうちに冷たい井戸水で顔を洗おう」
ここは久能山城の兵員宿舎。そのため井戸にも風車仕掛けの弦巻揚水器がついていて、風車が回っている間なら勝手に水が汲み上がっている。ふたりはそれを桶に掬うと、顔を洗った。
「ぶるるるる!あぁ、朝の冷たい水は沁みるのう。一気に目が覚めたわ」
「ははは、ようやっと起きた顔になったの田吾作」
そう田吾作と五助が顔を洗っていると、他の兵たちも続々と顔を洗いに外へと出てくる。このままここに居ては、他の者達の邪魔になるだろう。
「さて、昨日寝る前に見た時は浜行きじゃったが、一応確認しておくか?」
「それがええな。急に変わっとることもあるからの」
ふたりは揃って兵員宿舎の立ち並ぶ棟を抜け、合同庁舎の中にある従事一覧板を覗きに行く。壁には今日の配置が文字の書かれた木札によって示されているのだ。
「よかった。変わっとらん。ワシらは浜行きじゃ」
「そりゃ有難てぇ。浜行きが一番人気があるからの」
学んでいるのでもう自分の組も自分の名も読める。そして常備兵たちの日常任務は主にみっつ。浜に行くか。田畑に行くか。戦闘訓練か。そのなかで一番人気が高いのが、美味い魚にありつける浜行きだった。
まだ薄暗いなか組の者達で揃って浜に向かうと、浜長が待っていて網の納められた蔵を開けてくれる。漁網は村が太守様からお預かりした高価で貴重な品。この漁網がなければ大量の魚を一度に捕まえる事など出来ないのだから。
そのため皆、蔵の前で恭しく一礼をしてから漁網を取り出す。
組頭の指示で漁網が浜辺へと運ばれると、今度はそこから浜の者が操る小舟に乗り込む。小舟から網を降ろしていき、沖まで囲っていくのだ。
まだ暗いので海の色も黒く見える。そこに丈夫な藤蔓で出来た綱を持って、網を海へと入れる。ついている重りで網は下へと沈んで広がり、たくさんの竹筒の浮きがついた藤蔓の綱は海面に弧を描いて残る。伸ばしきって後は綱だけとなったら、浜に船を戻し準備は完了だ。
「さ、では始めるぞ」
戻って来た綱をふんどし姿になった皆で握ると、組頭の音頭で引いていく。
「エイヤァ!」
「「エイヤァ!」」
「ソイヤァ!」
「「ソイヤァ!」」
身体を斜めにして手足に力を籠める。すると浜の砂が崩れて足が潜っていき、腕と腰には重い力が載ってくる。はじめは大変な重労働だと息をあがらせたものだが、みな梅雨の間に身体をしっかりと鍛え綱引きのコツも掴んだ。だから前よりもずっと楽に感じる。
浜の者達とも力を合わせ綱を引くと、網にかかった魚どもが水飛沫をあげ暴れているのが見えてくる。
「やった!」
「大漁だぞ!」
手足を傷つけぬよう腕巻と脚絆をした者が笊や桶を持って波に入り、献上する為の魚をまず捕まえていく。色が赤く見た目の良い魚が好まれるそうだ。
その後は浜に網が引き揚げられるが、大物がいるとまた話は違ってくる。
「おお、鱶がおるぞ!」
「でかいのう、鱶じゃ鱶じゃ!」
大きな鱶が網にかかってるのを見て、血の気の多い兵たちは喜ぶ。
「さて、次はだれの番じゃ?」
「まだやってない者となると…、田吾作でないか?」
その言葉に、仲間たちの眼が田吾作に集まった。
「ワシか。ようし、ならやってやる」
これはいつからか浜行きの兵達の間で流行りだした度胸試し。鱶やオニカマスといった恐ろしい姿をした魚がかかると、一対一で戦うのだ。
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