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太守の度胸試し
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他の魚をすっかり捕り終えると魚網を海に戻して囲いが作られる。その中に鱶が放たれるのだ。それを前に口をへの字にした田吾作は、太い両手足を大きく開いて声を上げた。
「具足を持て!」
これは勇気を示す者だけに許された、大将の真似事。
この時ばかりは他の仲間達が小姓役となって、その身体に鎧をつけてやる。鎧は竹で編まれた胴に、竹で出来た具足。田吾作の身体には海水に浸かって傷んでも惜しくはない鎧が身に付けられた。これもまた、この余興の為にわざわざ作られた物。
「ささ、御大将。太刀にございます」
「うむ!」
仲のいい五助が気を利かせ、膝をついて田吾作に鉈を捧げる。それをむんずと掴むと天高く掲げ、田吾作は眼を剥いて声を張った。
「やぁやぁ我こそは駿河国は富士郡生まれの田吾作!いざ尋常に勝負ッ!」
これは度胸試しのお約束。しかしこの時ばかりはただの足軽でも、心底に大将気分が味わえる。
「いいぞぉ、頑張れ~!」
「気張れよ~!」
肩を怒らせずかずかと歩き、ざぶざぶと水に入っていく田吾作。その背に仲間達から声援が送られ、浜の者達も緊張の面持ちでその様子を見守っている。
こうして激戦が開始された。腰まで波に浸かった田吾作は泳ぎ回る鱶を狙って幾度も鉈を振るう。傷つけられた鱶もまた危険を感じ、田吾作に咬みつこうと鋭い歯を剥いて襲いかかる。
しかし大抵は網にかかって浜に揚げられた時点で力の大半を失っている。そのため時が経つにつれ鱶の動きは鈍っていき、遂には田吾作に討ち取られた。
「討ちとったぞぉ!」
首級の代わりに鱶の背びれを切り落とすと、田吾作は手に持って高く掲げた。
「「おおおお!」」
これにて、度胸試しは終了となる。
…。
此処に来れば新鮮な魚が手に入ると知った商人たちが、網にかかった魚を買い取っていく。駿府の町で売る分だけはそうして良いと、許されているのだ。
その後はたくさん捕れた魚を干物にする処理を手伝いながら談笑していると、ゆるゆると馬を繰りながら太守様が姿をみせた。今川館へ献上する魚はすでに使いの者が走った後。なのでこれは、浜の様子を見に来たものらしい。
「よいよい、見物に来ただけ。みな、そのまま作業を続けるがよいぞ」
膝をついて頭を下げる者達にそう告げると、義元は馬を降りまだ僅かに魚の残っている網に近づいていく。そうして眺めていると、思いもよらぬ事を口にした。
「ほぉ。これはまた見事な河豚じゃのう!実に美味そうな。うむ、こやつは儂が持って帰ろう」
河豚は食えぬ毒魚だからと網にかかっても放置されていた。だがその言葉に周囲の者達にはザワリと動揺が走る。そして離れた所にいた兵たちも、太守様に気付かれぬよう私語を交わしはじめた。
「(お、おい。あれは決して食うなと言われた毒魚でないか?)」
「(わ、分からんが、太守様はアレを食う気らしいぞ…)」
するとその会話にまた別の兵士が加わる。
「(いや、わしの聞いた話だと、文殊さまの法力があればあの魚も食えるらしい)」
「(なに、法力か!)」
「(ああ。ただそれでも危険には違いがないらしく、あの魚を振る舞われるのは太守様と生き死にを共にする覚悟を持った者だけ。と、聞いた)」
「(そ、それじゃあ食ったお方がすでにおるのか?)」
「(本当かどうかは知らん。が、噂では朝比奈様や天野様、それに岡部様が太守様に振る舞われて食うたらしい)」
「「(おお…!)」」
今川義元は食に関してはかなりのチャレンジャーだった。そしてそれが思わぬところで家臣や兵士たちの畏敬に繋がっていたのであった。
「具足を持て!」
これは勇気を示す者だけに許された、大将の真似事。
この時ばかりは他の仲間達が小姓役となって、その身体に鎧をつけてやる。鎧は竹で編まれた胴に、竹で出来た具足。田吾作の身体には海水に浸かって傷んでも惜しくはない鎧が身に付けられた。これもまた、この余興の為にわざわざ作られた物。
「ささ、御大将。太刀にございます」
「うむ!」
仲のいい五助が気を利かせ、膝をついて田吾作に鉈を捧げる。それをむんずと掴むと天高く掲げ、田吾作は眼を剥いて声を張った。
「やぁやぁ我こそは駿河国は富士郡生まれの田吾作!いざ尋常に勝負ッ!」
これは度胸試しのお約束。しかしこの時ばかりはただの足軽でも、心底に大将気分が味わえる。
「いいぞぉ、頑張れ~!」
「気張れよ~!」
肩を怒らせずかずかと歩き、ざぶざぶと水に入っていく田吾作。その背に仲間達から声援が送られ、浜の者達も緊張の面持ちでその様子を見守っている。
こうして激戦が開始された。腰まで波に浸かった田吾作は泳ぎ回る鱶を狙って幾度も鉈を振るう。傷つけられた鱶もまた危険を感じ、田吾作に咬みつこうと鋭い歯を剥いて襲いかかる。
しかし大抵は網にかかって浜に揚げられた時点で力の大半を失っている。そのため時が経つにつれ鱶の動きは鈍っていき、遂には田吾作に討ち取られた。
「討ちとったぞぉ!」
首級の代わりに鱶の背びれを切り落とすと、田吾作は手に持って高く掲げた。
「「おおおお!」」
これにて、度胸試しは終了となる。
…。
此処に来れば新鮮な魚が手に入ると知った商人たちが、網にかかった魚を買い取っていく。駿府の町で売る分だけはそうして良いと、許されているのだ。
その後はたくさん捕れた魚を干物にする処理を手伝いながら談笑していると、ゆるゆると馬を繰りながら太守様が姿をみせた。今川館へ献上する魚はすでに使いの者が走った後。なのでこれは、浜の様子を見に来たものらしい。
「よいよい、見物に来ただけ。みな、そのまま作業を続けるがよいぞ」
膝をついて頭を下げる者達にそう告げると、義元は馬を降りまだ僅かに魚の残っている網に近づいていく。そうして眺めていると、思いもよらぬ事を口にした。
「ほぉ。これはまた見事な河豚じゃのう!実に美味そうな。うむ、こやつは儂が持って帰ろう」
河豚は食えぬ毒魚だからと網にかかっても放置されていた。だがその言葉に周囲の者達にはザワリと動揺が走る。そして離れた所にいた兵たちも、太守様に気付かれぬよう私語を交わしはじめた。
「(お、おい。あれは決して食うなと言われた毒魚でないか?)」
「(わ、分からんが、太守様はアレを食う気らしいぞ…)」
するとその会話にまた別の兵士が加わる。
「(いや、わしの聞いた話だと、文殊さまの法力があればあの魚も食えるらしい)」
「(なに、法力か!)」
「(ああ。ただそれでも危険には違いがないらしく、あの魚を振る舞われるのは太守様と生き死にを共にする覚悟を持った者だけ。と、聞いた)」
「(そ、それじゃあ食ったお方がすでにおるのか?)」
「(本当かどうかは知らん。が、噂では朝比奈様や天野様、それに岡部様が太守様に振る舞われて食うたらしい)」
「「(おお…!)」」
今川義元は食に関してはかなりのチャレンジャーだった。そしてそれが思わぬところで家臣や兵士たちの畏敬に繋がっていたのであった。
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