食欲と快楽に流される僕が毎夜幼馴染くんによしよし甘やかされる

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お忍びホールケーキ

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 鍵を盗み出した翌日の夜、僕と幼馴染くんは反生徒会メンバーと学園に忍び込んでいた。

「おい新入り、誰だよソイツ」
「幼馴染くんですが……?」
「キョトンとすんな。何で関係ねぇ奴連れてきたっつってんだ」
「夜間の外出は僕一人じゃ危ないからって着いてきてくれたんですが……?」
「なんでそっちが当たり前みたいな空気出してんだよ!」

 不良くんはいつも通り不良然とした態度で絡んで来る。
 昨日は先輩のご褒美でへろへろになっていたが、元気になったようで何よりである。多少やかましいけれど。

「お前は確か特S特待生の……? 魔具研究と能力の扱いに長けていると聞いている。学園期待の後輩だな。ウチに入ってくれるなら歓迎するよ」
「僕の幼馴染くんがいつもお世話になっています。今日は夜間の活動とのことなので同伴させていただきますね」

 「夜間の活動」……? 幼馴染くんって反生徒会のこと部活動みたいな認識なのかな。
 今日は保護者同伴の活動日?

 幼馴染くんは人好きのする笑みを口元に浮かべて先輩と言葉を交わしている。
 僕の前では見せない他所行きの綺麗で薄い微笑は、どことなく胡散臭くて真意を掴みにくい。
 そんな態度は少し先輩と似ている。

「今日はよろしくな」
「よろしくお願いします」

 先輩が差し出した左手を、幼馴染くんはとらない。

「『懐柔』でしたっけ。先輩はランクも高い。大抵の生徒は意のままにできるでしょうね」
「はは。把握済みか。周到な奴だな」
「テメェ、先輩に対して不敬だろ!」

 幼馴染くんは上半身を逸らして不良くんの拳をかわすと、僕の隣に並ぶ。

「僕の幼馴染くんの交友関係に口出しするつもりはないけれど……少し野蛮だね。大丈夫? 虐められたりしていないだろうね」
「大丈夫だよ。みんなオトモダチ!」

 手持ち無沙汰になった先輩の左手に不良くんの右手を掴ませてやる。
 不良くんは「何しやがる!」と吠えている割にその手を解こうともしない。
 
「確かに、少々野蛮であることには同意するね」
「『幻惑』のお義兄様。昨日はハーブのお土産をありがとうございました」
「おや。特待生殿に御耳通りが叶っていたとは光栄だね」
「ふふ、重宝させていただきますね」

 幼馴染くんとお兄様はハーブに縁があるからか、和やかな雰囲気だ。
 中性的な美貌もどこか似通ったところがある。
 
「そちらは『無効化』の狼獣人さんですね。貴重な能力で、ストッパーとして最適」
「私の『無効化』なんて大して役にも立たない……」

 狼さんはいつも通り言葉少なに、一番後ろを少し離れて歩いている。

 先輩を先頭に生徒会室に足を踏み入れた。その時、チリンと小さな音が鳴った気がした。
 ピクリと狼さんの耳が一瞬揺れる。

「幼馴染くん、今、鈴の音みたいなのが……」
「さすが僕の幼馴染くんは耳が良いね。探知の術がかかっていたようだ」

 幼馴染くんが僕の耳たぶを指先で柔らかく摘む。
  
「音なんかしたか?」
「ふむ。私には聞こえなかったが……」

 不良くんとお兄様は訝しがって周りを見渡した。

「探知されたな。早いところ弱味の一つでも見つけて退却しよう」

 先輩がパチンと生徒会室の電気を入れる。

 魔石に込められた白い光はパッキリと人工的な光で生徒会室を照らし出した。

 テーブルの上には、不自然なほど真ん中の方が落ち窪み崩れたホールケーキが置いてあった。
 ほとんど液体に近い生クリームが窪みに溜まっている。生クリームを吸ったスポンジはべしゃべしゃと重みで潰れていた。

「ケーキだあ! しかも真ん丸のやつ!」
「良かったね僕の幼馴染くん。たんとお食べ」
「待て待て待てバカかお前らは! 保護者面特待生の方もバカなのかよ!」
「……?」
「持ち主が分からないケーキが落ちているんだ。拾った者が所有者だろう」
「キョトンとすんなって! バカども! 怪しいだろ!」
 
 持ち主が現れる前に頂けば対価を払わなくていいのに、不良くんはバカだから分からないのかもしれない。
 幼馴染くんは賢いから早速ケーキを切り分けている。

「可愛い弟くんがそう言うなら私も御相伴に預かるとしよう」
「アンタまで……!」

 いそいそとお兄様がソファに腰掛ける。
 僕の太腿にぴったりと密着した制服の生地がさらりと冷たかったが、すぐに体温に馴染んだ。

 不良くんはこれ見よがしにため息をつき、先輩を仰いだ。

「全くどうしようもないな……お前はちゃんと俺の言うこと聞いてくれるな?」
「はい! 先輩!」

 先輩の指先にふにふにと唇を揉まれる不良くんの返事は威勢がいい。
 
 狼さんはひとり離れた椅子に腰を下ろし静観している。

 僕はケーキを一口頬張った。
 とろみのある生クリームは甘みがなく、べとりとした脂肪を感じられる。
 噛めば噛むほどべちゃべちゃのスポンジから生クリームそのものの味が広がって美味しい!

 お兄様と目が合って「美味しいね」と微笑まれる。僕はこくこくと頷き返した。

 幼馴染くんはにこにこと僕の様子を見守っている。いつも美味しいものは譲ってくれるのだ。

 そこへ、テーブルの上、ケーキの隣に魔法陣が現れた。複雑な円形の魔法陣が白く浮かび上がり、キラキラと太陽の木漏れ日のような魔力の欠片が舞う。
 次の瞬間には、生徒会役員が白髪をふんわりと宙に靡かせ、テーブルの上に胡座をかいていた。
 ケーキを頬に詰めているところに目がかち合う。

「食べたな。美味いか?」
「美味しいです!」
「愛いのう」

 やっぱり役員のケーキだったらしい。ケーキの持ち主が現れてしまったからには対価を払わなければならない……。

「何を要求されますか?」
「ふむ。明日、我らと遊んでもらうとしよう」

 しぶしぶ頷く。ただケーキ食べたかった。

「生徒会長。お会いできて光栄です」
「ふむ? 貴様……クモツの片割れか」

 「クモツ」と薄い唇がその名を形作った時、生徒会室にピリ、と緊張感が走った。
 幼馴染くんの髪の毛一本の先まで魔力が張り詰めたことが分かる。
 幼馴染くんの制服の袖をきゅっと引っ張る。

「僕の幼馴染くんのことをそう呼ばないでいただけますか?」
「そう怒ってやるな。怯えて可哀想であろう」
「この人って生徒会長?」
「そうだ。驚いたか?」

 生徒会長が犬歯を覗かせて愉快げに目を細める。

 怒涛の展開に頭がついていかない。幼馴染くんのてのひらを頭上に被せ『回復』をかけてもらう。知恵熱。

 僕が『回復』でぐりぐり頭を幼馴染くんの手に押し付けている間に、先輩がソファの一席にどっかりと腰を下ろした。

「このお粗末な犬の餌は何のつもりだ? 生徒会長」
「我が弟に食わせてやろうと思ってな。味はそこの新入りが保証しておる」
「……寝言は大概にしておけよ」
「心外だ。食ってはくれぬのか? いつも母上の作る甘味を羨ましそうに見ていたではないか」

 ガチャンと高い無機質な音が鳴った。

 先輩の拳はホールケーキを潰し皿を叩き割り、生クリームでべちゃべちゃのスポンジが四方八方に飛んだ。
 僕は顔面で受け止めた生クリームとスポンジの断片を舐め取った。美味しい!

「悪いな。ゲロみたいな匂いがしてとても食えそうにない」

 先輩は困ったように眉を下げて、それでいてちっとも困っていないような三日月型に目を細めた。
 笑んでいるとも受け取れる形に歪んだ口角は、小さく痙攣するようにわなないている。
 先輩の分かりにくい怒っている時の表情だ。

「……貴様。言ってくれるな」

 生徒会長はあからさまに眉間に皺を寄せて眉をつり上げ、怒気を孕んだ目で先輩を睨め付けた。

 二人の間で、魔力が満ち満ちていく。ハイランク魔族の魔力で膨れ上がった生徒会室の空気が、パリンと呆気ない音を立てて窓を割り、学園に広がっていく。
 先輩が右手を胸の前まで持ち上げた。手のひらではパチパチと魔力の欠片が弾けている。
 
 ハイランク魔族の攻撃魔法って、生徒会室くらい簡単に吹き飛ばすよなあ。

 止めに入ったら多分瀕死。止めなくても爆発には巻き込まれる。僕は遠い目で幼馴染くんの手に頬を擦り寄せていた。

 ギュッと先輩の右手に魔力が濃縮された時「ワン!」と場違いに可愛らしい鳴き声が響いた。
 
 先輩の右手に溜まっていた魔力が分散されていく。狼さんの『無効化』だ。

「学園内の私闘は禁じられています」
「ふん……興醒めだな。来い、犬」
 
 先輩がゆっくりと狼さんを振り返る。
 狼さんは視線から逃れるように俯き、先輩の体を横切ると生徒会長の背に控えた。

「お前……最初から兄貴の……」
「私は……確かに生徒会長の従属ですが、本当に弟君の事を案じてついておりました」
「弟君、ね。俺が兄貴の弟だから。兄貴に命令されたからウチに入ったんだな」

 狼さんが項垂れるように深く俯く。

 先輩の目は、幼い少年のように傷ついて見えた。けれどそれも一瞬のこと。先輩は細めた目を狼さんからすいと逸らす。

「……生徒会に決闘を申し込もう。明日の正午に、広場で待つ」

 先輩は、学園長の印が押された決闘申込書をケーキの散らばった机に静かに置くと、踵を返した。

 不良くんが慌ててその背中を追う。

「先輩! 俺はずっと! 絶対! 先輩についていきます!」

 静観していたお兄様も組んでいた足をするりと解くと生徒会室を軽い足取りで後にした。

「明日は楽しい夢を見られそうだ。新入りくんもついておいで」

 去っていく反生徒会メンバーを尻目に、僕は机に飛び散ったケーキを拾い口に入れていた。 
 重く水分を含んだスポンジがどろどろと崩れていって掬いにくい。 

 一通り綺麗になった机を前にして、僕は立ち上がった。幼馴染くんも僕に合わせて腰を上げる。

「新入り、我のケーキは気に入ったか?」
「すごく美味しかったです!」
「はは、愛いなあ。明日は我が弟と面白い遊びに付き合わせてやろうな」
「はぁい」
「では会長、僕たちも失礼します」




 一人減った反生徒会メンバーは、校庭のベンチで落ち合った。

「明日の作戦を確認しておこう」

 メンバーが暗い夜の中、闇に紛れる様に密やかに囁き合うのを他所に、僕は先輩の指しゃぶりに興じていた。
 明日の決闘に僕と幼馴染くんが参加することの対価に、ケーキを潰して依然生クリームとスポンジに塗れていた拳をしゃぶらせてもらうこととなったのである。

「れぅ、ん、ちゅ」

 どろりと重い生クリームが染み込んだような指先に音を立てて吸い付き、指紋まで舌先で辿る。
 大きく開いた指股ごと口に含み舌を這わせる。
 『懐柔』される口腔は、少し撫でられただけでびりびりと気持ちいい。

「ふ、うんん、あっ」

 歯列を確かめるようになぞられるときゅうきゅうと胸が痺れたようになり、くったりと先輩の太ももに頭を預けた。
 今僕は、ベンチに座っている先輩の膝の間、地面に跪いている。傍から見れば口淫に見間違うかもしれない。
 砂利がひんやりと心地よく膝に食い込む。

 生クリームの奥にある先輩の指の塩っ気が美味しい。
 そうだ。この塩っ気は、生徒会長の味と似ていた。
 叩き割った皿で皮膚と肉を浅く切ったらしい先輩の拳は、ほんのりと鉄の味がした。

「……お前さあ、新入りの保護者なんだろ。止めなくていいのかよ、この有様。絵面的にアウトじゃねぇの」
「どうしてだい? 対価をもらうのは当然だし、美味しそうに食べているのに取り上げては可哀想だろう」
「本当にどっちもイカレてんだな」
「もっと指を使いたまえ!」










 新入りに指をしゃぶらせながら、ぼんやりと物思いに耽る。
 
 ずっと、兄貴と比較されてきた。
 
 対象に触れずともその声ひとつで他者を従わせる能力、『支配』。
 名を奪うことで半永久的に対象を従わせることができる。

 俺が生まれた時、二つ上の兄貴は既に全てを支配していた。父上を、母上を、弟を、親族を、使用人を、俺の友達を、俺の好きになる人を、俺を見てくれるかもしれなかった人を、他者の全てを。

 能力をコントロールできなかった幼少期、癇癪一つで全てを思いのままに動かしてきた兄貴は、俺の目にあまりに傲慢に映った。
 親の愛情を、他者の視線を、賞賛を、意のままにする兄貴が疎ましかった。憎らしかった。
 ……羨ましかった。

 俺の能力は兄貴の『支配』の下位互換、『懐柔』。
 対象の口や手など、命令を行いたい場所に触れなければ能力の行使はできない。
 おまけにその効果というべきか副作用というべきか、その日一日は対象者が俺の手に触れられたがる。
 だから命令遂行の対価として俺の手を与える。

 対価がなければ、誰も俺の言うことを聞いてくれない。俺のことを見てくれない。
 声ひとつで、見返りなしで、理由なしで他者からかしずかれる兄貴とは、違う。
 
 兄貴の癇癪を恐れて、両親はあからさまに兄貴と俺の扱いに差をつけた。挙げ出したらきりがないが一つ挙げるとしたら、母上特性の甘味だ。
 母上は魔族にしては珍しく料理の得意な人で、繊細な菓子を作ることができた。けれど、その菓子はいつも兄貴の分しか用意されなかった。

 それも仕方の無いことだと、幼いながらに理解していた。魔力、能力全てにおいて兄貴は俺の上位互換だっし、何より跡取りの長男だった。
 そんなことは周囲のあからさまな態度から全部分かっていた。
 
 俺は別に、甘味なんか好きじゃ無い。
 甘ったるい匂いだけで劣等感が刺激されて吐き気すら催す。
 
 ただ、けれど、一度だけでも何かで兄貴に勝って、一口でいいから甘味を味わってみたいんだ。

「……先輩、先輩! もう十分ですよ」

 肩を揺すられ、意識が現実に向く。
 気づけば新入りは頬を上気させ、くったりと足の間にもたれていた。

「ああ……考え事してた。悪いな」
「いよいよ明日ですもんね。絶対生徒会潰しましょう!」

 妙に俺に懐いた後輩も、多分、対価が無いとついてきてはくれないんだろうな。
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