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決闘
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正午前。先輩と生徒会長は広間にて対峙していた。周囲は多くの生徒が決闘の見学に詰めかけている。
生徒会に申し込んだ決闘は、生徒会の解散を求めるもの。生徒会は申し込まれた決闘は必ず受けなければならない。
ルールは一対一。相手が三回ダウンするか、降参させれば勝ち。またフィールドから出しても勝ちである。魔法、魔術、能力、魔具、召喚獣等何でも使用可。
魔法等が飛んでくる可能性があるため観覧は自己責任で行われる。
審判は事務のおじさん(七十五歳。再任用制度により雇用)。
この決闘は、計画された決闘である。
まず、時期。今日から特Sクラスは強化合宿のため主要教員達と北大陸へ出発。決闘が暴動に発展しても容易に止められる強者は不在である。
「幼馴染くん、合宿行かなくていいの?」
「お義兄様の合法薬草と僕の魔具を合わせて、クラスと先生の皆には僕がいる風に見えるようにしてみたんだ。触れれば感触がある、と思うように細工もしてある」
「すご……理解の範疇超える……」
そして、試合に対するイカサマの準備。
伝統的に第五高等魔界学園における決闘は、審判にさえバレなければイカサマが黙認されている。
「私の『幻惑』で、審判には厳正なる決闘が行われているように見せよう」
「一対一では正直勝てる相手ではないからな」
「向こうも狼獣人さんを使うでしょうか」
「ニ対四って卑怯じゃないですか?」
「卑怯じゃねえ! 先輩の戦略と人脈だ!」
正午の鐘が鳴ると同時に、お兄様が審判に『幻惑』をかける。
「素敵な夢を」
審判のおじさんは立ち上がり「はじめ!」と叫んだ。
「お手柔らかに頼むよ、生徒会長」
「我が弟と遊べて嬉しいぞ」
「頼むぞ、みんな」
先輩の声を合図に、決闘の見学に押し寄せていたはずの生徒達が、雄叫びを上げながら生徒会長に突っ込んでいく。
一対一総無視。本来なら反則負けである。
先輩の『懐柔』であらかじめ引き入れていたメンバーだ。元々生徒会の取り締まりには反発が強く、多くの生徒を協力させることができた。
「ははは! 『懐柔』を一度にこれだけの数をかけられるようになったのだな。我が弟の成長が我には嬉しい!」
生徒会長は嬉々として突撃してくる生徒をちぎっては投げ、ちぎっては投げている。生徒会長の巨体は、さながら相撲取りとそれに群がる子どもを想起させる。
「今のうちに距離を取るぞ!」
早速に先輩はフィールドを飛び出した。本来ならこの時点で負けである。
僕たちは魔術棟Ⅰ号の屋上を目指し走った。
「昨日の晩きっちり『盗んで』くれたな。えらいぞ」
不良くんが生徒会室から『盗み』出したのは活動停止処分として没収されていた部活動部室の鍵である。
「ひとまずは魔獣研究部の魔獣を放とう」
「魔獣研究部?」
「本来は魔獣を育てたり研究したりなんだが、法に触れるレベルで俗に言うキメラ……魔獣の合成をしてたもんで活動停止にされた部活だ」
「いやそれは生徒会が正し……」
「先輩の『懐柔』でキメラも暴れさせましょう!」
先輩は魔獣の檻を開けながら、困ったように眉を下げ、笑んだ。
「そうしたいのは山々なんだが……生憎魔獣に対して『懐柔』は効かない。おまけにここの魔獣はすこぶる凶暴だ。つまり……檻を開けたら俺たちも逃げるぞ!」
檻が開け放たれると同時に、咆哮。
音が大き過ぎて、僕の耳はその咆哮を雑音処理しているようだ。ザーザー聞こえる。
火を吹くトカゲに、牙を向いたイヌ、きゅるんとした可愛い目でこちらを見つめるうさぎという三つ頭。体はしなやかな四足歩行で馬の姿のように見える。
トカゲが早速僕たちを視認して、ほぼ爆発に近い火玉を噴いた。
「これってアリなんですか!? もう決闘っていうか災害になってません!?」
「あははは! さすが我らの首謀者殿だ! とっても楽しいショーになるよ」
いつもどこか憂を帯びた美貌のお兄様がすごい生き生きしている。
崩れ始めた魔獣研究室から脱出し走り出す。
「俺の『懐柔』も効かないが、生徒会長の『支配』も効かないはずだ。名前のない、存在しないはずの魔獣だからな。だがそろそろ魔族の方は『支配』されて俺達を追いかけてくる頃だ」
先輩の言葉通り、広間の方向からは雄叫びを上げながら生徒達がどうどうと押し寄せて来ている。
それを見つけたキメラが、咆哮すると群衆に向かって駆けて行った。
「魔獣は音の鳴るものや動きのあるものを狙う習性がある。あっちに気を取られているうちに行くぞ」
「不良くん。鍵を一つ貸してくれたまえ」
「ああ。頼むぞ」
「お任せあれ」
「不良くん。僕たちにも一つ」
「期待してるぞ、特待生」
僕は?
お兄様は一人で、先輩と不良くんは二人で、そして僕と幼馴染くんの二人で分かれ、それぞれ別の方向に走り出す。
僕は昨日先輩の指をしゃぶるのに夢中で今日の作戦をろくに聞いていなかった。
何が起こっているのかよくわからないままに、幼馴染くんに手を引かれ走る。
「幼馴染くん。僕たちはどこに?」
「魔具研究室だよ。こっちは特に法に触れるような魔具を作ったとかではないみたいだけど……会計報告を誤魔化して莫大な予算を不当に手に入れたって聞いたかな。それがバレて活動停止だそうだよ」
「やっぱり生徒会が正し……」
魔具研究室に着くと、幼馴染くんが僕に『回復』をかけてくれる。走りっぱなしで疲れてきた足が軽く、上がった息が楽になる。
幼馴染くんの腕に抱き付きながら魔具研究室に足を踏み入れた。
「さすが予算が多かっただけに膨大な数の魔具があるね」
「こんなにあったら何が何だかわからないよ」
「とりあえずこれを拝借しようかな」
「なあにそれ」
幼馴染くんが魔力を込めると、拳大の球体にある一つ目がパチリと開く。機械仕掛けの羽を広げ、魔具研究室から飛んでいった。
程なくしてスクリーンに映像が映し出される。
生徒会長と狼さんだ。
生徒会長の後ろに狼さんが控え、広間から移動しているようだ。
最初は楽しげに喧嘩に興じていたが、飽きてしまったらしい生徒会長は『支配』で次々に襲いかかる生徒をひれ伏せさせている。
「こんな大人数に次々に『支配』をかけてる。しかも一瞬で……こんなことって普通できないよ」
「うん、どうやら狼さんの力もあるね」
幼馴染くんの声にならい、狼さんに目を向ける。
狼さんは魔語辞典並の分厚さのファイルを片手に捲り、突進してくる生徒を視認してはその名を生徒会長に伝えているのだった。
どうやら狼さんはこの学園の生徒の名をファイルしてあらかた把握しているらしい。
「名を掴めば生徒会長の『支配』は飛躍的に強大な力になる。これでは『懐柔』をし返しても間に合わないだろうね。直に数で押し負けてしまう。魔獣が彼らに向かうかどうかも運次第だしね」
「そうなんだあ」
ぐりぐりと幼馴染くんの手のひらに頭を押し付ける。幼馴染くんはよしよしと僕の髪を撫でてくれた。
僕は難しい話とか状況把握とかが得意ではないので頭が疲れやすいのだ。
『回復』がぽやぽやとして暖かく気持ちいい。
「そろそろ行こうか」
「うん!」
幼馴染くんに手を引かれ、魔具研究室を後にする。
外には先輩の『懐柔』を使用した魔力の気配と、生徒会長の『支配』を使用した魔力の気配が混在しているが、確かに生徒会長の魔力の気配の方が増えてきているようだ。
生徒たちの殴り合いを眺める。
ぼうっと見ていると、生徒会長の『支配』下の生徒と目が合った。
「反生徒会の下っ端!」
目が合ったら勝負の世界線。
叫びながらこちらへ拳を振り上げて向かってくる。
ひええ反生徒会メンバーって認知されてる。こわい。
「僕の幼馴染くんに乱暴しないでね」
幼馴染くんが僕を背にかばい、振り下ろされた拳を掴む。
「ぎぅ」と喉から絞るような濁った音を発して、生徒は地に伏せた。
「すごーい」
「『回復』は相手の細胞を弄る能力だからね。破壊に応用が効くんだ」
僕は幼馴染くんの後ろに隠れながら先を急いだ。
乱闘する生徒達の間を縫って走る。
進むうちにも、どんどん生徒会長の魔力の割合が強まっている。ほとんどの生徒が生徒会長の『支配』下になりつつある。
はずなのに。
乱闘は終わらない。生徒同士が殴り合っている。
生徒会長の『支配』下にあるはずの生徒たちが、反生徒会メンバーのいる方へ向かおうともせず、敵味方の区別がまるでついていないみたいに殴り合っているのだ。
「どうして……」
「やあ。新入りくん、特待生くん」
そこへ、お兄様が現れた。
手には大量の白い粉が入った袋を持っている。お兄様が袋に手をっこんでそれを空へばら撒くたび、風に乗ってキラキラと眩しく舞い上がり散って行く。
ひく、と頬が引き攣るのを感じた。
「私は料理部もとい合法薬草研究部所有の地下室へ行ってきたよ。粗悪な代物だが大量に使うには丁度いい。即席だけれど私の『幻惑』を混ぜ込んで撒いているところさ。みんな正気を失って大乱闘の開幕だ」
確かに、生徒達の顔をよく見ると目の焦点が合っておらずどこか虚ろだ。口角は奇妙に持ち上がり、薄らと笑みを浮かべているように見える。
「うふはは……みんな夢を見て踊っているね。楽しいねえ」
お兄様が僕にしなだれかかり、首元に鼻先を埋める。首にかかる吐息が熱い。
すり、と頬を首に寄せられる。興奮からか鮮やかな薔薇色に上気し熱を持った頬。
お兄様のしなやかに長い足を絡められる。続いて太ももにぐり、と硬いモノが押し当てられた。
お兄様の両足が強く僕の足を挟み、絡みつく。ぐぐ、ずり、と硬いモノが僕の太ももの隙に押し入るかのように押し付けられる。
「んん、はぁっ……新入りくん……っ」
「え? え? え? お兄様?」
ずりずりと制服越しに熱い塊が太腿を這う。
「んはぁ、私の『幻惑』は使い過ぎると、副作用で私自身トリップしてしまうっ……今回は……グッドトリップだ! 最高の気分だよ! ああ、うっ……」
生温かい熱を、制服越しに感じた気がした。
なのに、太ももに当たる塊は萎える気配を見せない。
「んふはっ、混乱に乗じてあらゆる男の精を搾り取ってくるとしよう! 新入りくんに特待生くん、君たちも一時の夢を楽しみたまえ」
呆然としている間に、お兄様は背中から翼を生やして飛んでいってしまった。
インキュバスの血を抑えられなかったらしい。
「僕の幼馴染くん、制服は汚れなかった? 平気?」
「えあ、うん。大丈夫みたい」
「僕たちは『回復』をかけて状態異常にならないようにしておこうね」
「お願いします……」
魔獣が暴れ回り学園は半壊、合法ハーブを摂取した生徒たちの大乱闘(このあと大乱交)、広間にたった一人だけ取り残され「いいぞ! 頑張れー!」と誰もいない虚空に声援を送っている審判のおじさん。
この学園はもはや取り返しのつかない混沌に陥っていた。
どう収集つけるのこれ……?
「むむ! 新入り殿! 新入り殿ではないか!」
そこへ、快活な声が響いた。
「セッソーさん! 無事だったんですか!」
身体中に数珠を巻いたセッソーさんだ。
「うむ! これもまた修行と反生徒会側につき闘いに向かったのだが、またもや『支配』に屈してしまった。しかし、拙僧の能力は『忍耐』! 我慢強くなるのだ。以前新入り殿がオムライスを作られた時、その我慢強さに感動した拙僧は、日々卵を割り修行してきた。その修行の成果か生徒会長の『支配』を打ち破り、自らの意思を取り戻したのである」
「それは良かったで……」
「目を覚ますと魔獣が暴れ回り生徒は殴り合いの地獄のような状況である。そこで拙僧はこの混乱に乗じ、あらゆる生徒の財布から金を抜いておるのだ!」
「セッソーさん? セッソーさん?」
「煩悩は金になる! 金は煩悩になる!」
セッソーさんは豪快な笑い声を響かせながら、ずんずんと去って行ってしまった。
「僕の幼馴染くんの交友関係に口出しするつもりはないのだけど……普通クラスはみんなこんな感じなのかい? 本当に虐められたりしていないんだろうね」
「だ、大丈夫だよ。オトモダチ!」
混沌の学園に泥棒まで混ざり始めた。
この決闘に早々に決着を着けなければ、本当にこの学園は終末を迎えそうだ。
早く先輩達と合流しよう!
生徒会に申し込んだ決闘は、生徒会の解散を求めるもの。生徒会は申し込まれた決闘は必ず受けなければならない。
ルールは一対一。相手が三回ダウンするか、降参させれば勝ち。またフィールドから出しても勝ちである。魔法、魔術、能力、魔具、召喚獣等何でも使用可。
魔法等が飛んでくる可能性があるため観覧は自己責任で行われる。
審判は事務のおじさん(七十五歳。再任用制度により雇用)。
この決闘は、計画された決闘である。
まず、時期。今日から特Sクラスは強化合宿のため主要教員達と北大陸へ出発。決闘が暴動に発展しても容易に止められる強者は不在である。
「幼馴染くん、合宿行かなくていいの?」
「お義兄様の合法薬草と僕の魔具を合わせて、クラスと先生の皆には僕がいる風に見えるようにしてみたんだ。触れれば感触がある、と思うように細工もしてある」
「すご……理解の範疇超える……」
そして、試合に対するイカサマの準備。
伝統的に第五高等魔界学園における決闘は、審判にさえバレなければイカサマが黙認されている。
「私の『幻惑』で、審判には厳正なる決闘が行われているように見せよう」
「一対一では正直勝てる相手ではないからな」
「向こうも狼獣人さんを使うでしょうか」
「ニ対四って卑怯じゃないですか?」
「卑怯じゃねえ! 先輩の戦略と人脈だ!」
正午の鐘が鳴ると同時に、お兄様が審判に『幻惑』をかける。
「素敵な夢を」
審判のおじさんは立ち上がり「はじめ!」と叫んだ。
「お手柔らかに頼むよ、生徒会長」
「我が弟と遊べて嬉しいぞ」
「頼むぞ、みんな」
先輩の声を合図に、決闘の見学に押し寄せていたはずの生徒達が、雄叫びを上げながら生徒会長に突っ込んでいく。
一対一総無視。本来なら反則負けである。
先輩の『懐柔』であらかじめ引き入れていたメンバーだ。元々生徒会の取り締まりには反発が強く、多くの生徒を協力させることができた。
「ははは! 『懐柔』を一度にこれだけの数をかけられるようになったのだな。我が弟の成長が我には嬉しい!」
生徒会長は嬉々として突撃してくる生徒をちぎっては投げ、ちぎっては投げている。生徒会長の巨体は、さながら相撲取りとそれに群がる子どもを想起させる。
「今のうちに距離を取るぞ!」
早速に先輩はフィールドを飛び出した。本来ならこの時点で負けである。
僕たちは魔術棟Ⅰ号の屋上を目指し走った。
「昨日の晩きっちり『盗んで』くれたな。えらいぞ」
不良くんが生徒会室から『盗み』出したのは活動停止処分として没収されていた部活動部室の鍵である。
「ひとまずは魔獣研究部の魔獣を放とう」
「魔獣研究部?」
「本来は魔獣を育てたり研究したりなんだが、法に触れるレベルで俗に言うキメラ……魔獣の合成をしてたもんで活動停止にされた部活だ」
「いやそれは生徒会が正し……」
「先輩の『懐柔』でキメラも暴れさせましょう!」
先輩は魔獣の檻を開けながら、困ったように眉を下げ、笑んだ。
「そうしたいのは山々なんだが……生憎魔獣に対して『懐柔』は効かない。おまけにここの魔獣はすこぶる凶暴だ。つまり……檻を開けたら俺たちも逃げるぞ!」
檻が開け放たれると同時に、咆哮。
音が大き過ぎて、僕の耳はその咆哮を雑音処理しているようだ。ザーザー聞こえる。
火を吹くトカゲに、牙を向いたイヌ、きゅるんとした可愛い目でこちらを見つめるうさぎという三つ頭。体はしなやかな四足歩行で馬の姿のように見える。
トカゲが早速僕たちを視認して、ほぼ爆発に近い火玉を噴いた。
「これってアリなんですか!? もう決闘っていうか災害になってません!?」
「あははは! さすが我らの首謀者殿だ! とっても楽しいショーになるよ」
いつもどこか憂を帯びた美貌のお兄様がすごい生き生きしている。
崩れ始めた魔獣研究室から脱出し走り出す。
「俺の『懐柔』も効かないが、生徒会長の『支配』も効かないはずだ。名前のない、存在しないはずの魔獣だからな。だがそろそろ魔族の方は『支配』されて俺達を追いかけてくる頃だ」
先輩の言葉通り、広間の方向からは雄叫びを上げながら生徒達がどうどうと押し寄せて来ている。
それを見つけたキメラが、咆哮すると群衆に向かって駆けて行った。
「魔獣は音の鳴るものや動きのあるものを狙う習性がある。あっちに気を取られているうちに行くぞ」
「不良くん。鍵を一つ貸してくれたまえ」
「ああ。頼むぞ」
「お任せあれ」
「不良くん。僕たちにも一つ」
「期待してるぞ、特待生」
僕は?
お兄様は一人で、先輩と不良くんは二人で、そして僕と幼馴染くんの二人で分かれ、それぞれ別の方向に走り出す。
僕は昨日先輩の指をしゃぶるのに夢中で今日の作戦をろくに聞いていなかった。
何が起こっているのかよくわからないままに、幼馴染くんに手を引かれ走る。
「幼馴染くん。僕たちはどこに?」
「魔具研究室だよ。こっちは特に法に触れるような魔具を作ったとかではないみたいだけど……会計報告を誤魔化して莫大な予算を不当に手に入れたって聞いたかな。それがバレて活動停止だそうだよ」
「やっぱり生徒会が正し……」
魔具研究室に着くと、幼馴染くんが僕に『回復』をかけてくれる。走りっぱなしで疲れてきた足が軽く、上がった息が楽になる。
幼馴染くんの腕に抱き付きながら魔具研究室に足を踏み入れた。
「さすが予算が多かっただけに膨大な数の魔具があるね」
「こんなにあったら何が何だかわからないよ」
「とりあえずこれを拝借しようかな」
「なあにそれ」
幼馴染くんが魔力を込めると、拳大の球体にある一つ目がパチリと開く。機械仕掛けの羽を広げ、魔具研究室から飛んでいった。
程なくしてスクリーンに映像が映し出される。
生徒会長と狼さんだ。
生徒会長の後ろに狼さんが控え、広間から移動しているようだ。
最初は楽しげに喧嘩に興じていたが、飽きてしまったらしい生徒会長は『支配』で次々に襲いかかる生徒をひれ伏せさせている。
「こんな大人数に次々に『支配』をかけてる。しかも一瞬で……こんなことって普通できないよ」
「うん、どうやら狼さんの力もあるね」
幼馴染くんの声にならい、狼さんに目を向ける。
狼さんは魔語辞典並の分厚さのファイルを片手に捲り、突進してくる生徒を視認してはその名を生徒会長に伝えているのだった。
どうやら狼さんはこの学園の生徒の名をファイルしてあらかた把握しているらしい。
「名を掴めば生徒会長の『支配』は飛躍的に強大な力になる。これでは『懐柔』をし返しても間に合わないだろうね。直に数で押し負けてしまう。魔獣が彼らに向かうかどうかも運次第だしね」
「そうなんだあ」
ぐりぐりと幼馴染くんの手のひらに頭を押し付ける。幼馴染くんはよしよしと僕の髪を撫でてくれた。
僕は難しい話とか状況把握とかが得意ではないので頭が疲れやすいのだ。
『回復』がぽやぽやとして暖かく気持ちいい。
「そろそろ行こうか」
「うん!」
幼馴染くんに手を引かれ、魔具研究室を後にする。
外には先輩の『懐柔』を使用した魔力の気配と、生徒会長の『支配』を使用した魔力の気配が混在しているが、確かに生徒会長の魔力の気配の方が増えてきているようだ。
生徒たちの殴り合いを眺める。
ぼうっと見ていると、生徒会長の『支配』下の生徒と目が合った。
「反生徒会の下っ端!」
目が合ったら勝負の世界線。
叫びながらこちらへ拳を振り上げて向かってくる。
ひええ反生徒会メンバーって認知されてる。こわい。
「僕の幼馴染くんに乱暴しないでね」
幼馴染くんが僕を背にかばい、振り下ろされた拳を掴む。
「ぎぅ」と喉から絞るような濁った音を発して、生徒は地に伏せた。
「すごーい」
「『回復』は相手の細胞を弄る能力だからね。破壊に応用が効くんだ」
僕は幼馴染くんの後ろに隠れながら先を急いだ。
乱闘する生徒達の間を縫って走る。
進むうちにも、どんどん生徒会長の魔力の割合が強まっている。ほとんどの生徒が生徒会長の『支配』下になりつつある。
はずなのに。
乱闘は終わらない。生徒同士が殴り合っている。
生徒会長の『支配』下にあるはずの生徒たちが、反生徒会メンバーのいる方へ向かおうともせず、敵味方の区別がまるでついていないみたいに殴り合っているのだ。
「どうして……」
「やあ。新入りくん、特待生くん」
そこへ、お兄様が現れた。
手には大量の白い粉が入った袋を持っている。お兄様が袋に手をっこんでそれを空へばら撒くたび、風に乗ってキラキラと眩しく舞い上がり散って行く。
ひく、と頬が引き攣るのを感じた。
「私は料理部もとい合法薬草研究部所有の地下室へ行ってきたよ。粗悪な代物だが大量に使うには丁度いい。即席だけれど私の『幻惑』を混ぜ込んで撒いているところさ。みんな正気を失って大乱闘の開幕だ」
確かに、生徒達の顔をよく見ると目の焦点が合っておらずどこか虚ろだ。口角は奇妙に持ち上がり、薄らと笑みを浮かべているように見える。
「うふはは……みんな夢を見て踊っているね。楽しいねえ」
お兄様が僕にしなだれかかり、首元に鼻先を埋める。首にかかる吐息が熱い。
すり、と頬を首に寄せられる。興奮からか鮮やかな薔薇色に上気し熱を持った頬。
お兄様のしなやかに長い足を絡められる。続いて太ももにぐり、と硬いモノが押し当てられた。
お兄様の両足が強く僕の足を挟み、絡みつく。ぐぐ、ずり、と硬いモノが僕の太ももの隙に押し入るかのように押し付けられる。
「んん、はぁっ……新入りくん……っ」
「え? え? え? お兄様?」
ずりずりと制服越しに熱い塊が太腿を這う。
「んはぁ、私の『幻惑』は使い過ぎると、副作用で私自身トリップしてしまうっ……今回は……グッドトリップだ! 最高の気分だよ! ああ、うっ……」
生温かい熱を、制服越しに感じた気がした。
なのに、太ももに当たる塊は萎える気配を見せない。
「んふはっ、混乱に乗じてあらゆる男の精を搾り取ってくるとしよう! 新入りくんに特待生くん、君たちも一時の夢を楽しみたまえ」
呆然としている間に、お兄様は背中から翼を生やして飛んでいってしまった。
インキュバスの血を抑えられなかったらしい。
「僕の幼馴染くん、制服は汚れなかった? 平気?」
「えあ、うん。大丈夫みたい」
「僕たちは『回復』をかけて状態異常にならないようにしておこうね」
「お願いします……」
魔獣が暴れ回り学園は半壊、合法ハーブを摂取した生徒たちの大乱闘(このあと大乱交)、広間にたった一人だけ取り残され「いいぞ! 頑張れー!」と誰もいない虚空に声援を送っている審判のおじさん。
この学園はもはや取り返しのつかない混沌に陥っていた。
どう収集つけるのこれ……?
「むむ! 新入り殿! 新入り殿ではないか!」
そこへ、快活な声が響いた。
「セッソーさん! 無事だったんですか!」
身体中に数珠を巻いたセッソーさんだ。
「うむ! これもまた修行と反生徒会側につき闘いに向かったのだが、またもや『支配』に屈してしまった。しかし、拙僧の能力は『忍耐』! 我慢強くなるのだ。以前新入り殿がオムライスを作られた時、その我慢強さに感動した拙僧は、日々卵を割り修行してきた。その修行の成果か生徒会長の『支配』を打ち破り、自らの意思を取り戻したのである」
「それは良かったで……」
「目を覚ますと魔獣が暴れ回り生徒は殴り合いの地獄のような状況である。そこで拙僧はこの混乱に乗じ、あらゆる生徒の財布から金を抜いておるのだ!」
「セッソーさん? セッソーさん?」
「煩悩は金になる! 金は煩悩になる!」
セッソーさんは豪快な笑い声を響かせながら、ずんずんと去って行ってしまった。
「僕の幼馴染くんの交友関係に口出しするつもりはないのだけど……普通クラスはみんなこんな感じなのかい? 本当に虐められたりしていないんだろうね」
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