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番外編 先輩と不良くん
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半壊になった学園も戻って来た特Sクラスと教員の能力であっという間に元通り。
魔獣は狼の言うことはよく聞き、大人しく研究機関に輸送された。
元に戻らなかったものといえば、男子生徒の純潔と財布くらいのものである。
「呆気ないものだね」
「何の話だ? それよりどっちが塩でどっちが砂糖なのか教えろよ」
「健気なことだ。こちらだよ」
調理実習室Ⅰでは、料理部の生徒がひしめき合いそれぞれの卓でそれぞれの料理に励んでいた。
ある卓では合法薬草を、ある卓ではオムライスを、そして反生徒会メンバーの卓はクッキーの調理中である。
遠くからは「フン! フン!」という力強い掛け声と共にパキョ、メキョと乾いた音が響く。
料理部にはひたすら卵を割る修行僧のような生徒がいるという噂は本当だったらしい。
「生地を寝かすってなんだ? 寝るのか? 布団いる?」
「いいから冷蔵庫にさっさとしまいたまえ」
俺はバカだし自分でも料理ができる性質には思えないが、見事生徒会との決闘に勝利した先輩にどうしても菓子を振る舞いたくてインキュバスの野郎に指南を仰ぎつつ悪戦苦闘しているところだ。
「先輩! 三十分寝かせ? たら焼きます! 楽しみにしててくださいね!」
「ああ」
先輩は三日月型に目を細めた。緩く弧を描いた唇は自然に口角が上がっている。上機嫌だ。
「そんな表情もできたものだったかね、君は」
「……変な顔をしているか?」
先輩は左手で口元を覆い隠した。
右手が浮いたのが見えて頭を下げる。頭にあたたかくて大きいてのひらの感触がして、「グッ」と喉から低い呻き声が勝手に漏れた。頭を下げたまま動けなくなってしまう。
先輩の手に撫でられるのが世界で一番好きだ。
「素敵な夢を見ている顔さ」
その後「一七〇度って四百度くらいのことか?」と聞くと「違うと思うよ」などと算数を諭されつつ、クッキーは完成した。
「私がいなければ塩味のある炭が出来上がっていたことだろう」とインキュバスの野郎は得意気だ。
無事にクッキーを作り上げた反生徒会は料理部の部員たちに囲まれてしまった。
「クッキーって作れるものなのか!?」
「反生徒会って器用な奴が多いんだな」
「そういえばオムライスの新入り、休学して実家に帰ってるらしいぞ」
「俺は新婚旅行とかって噂を聞いたけど……」
「一つもらっていいか?」
さすが第五高等魔界学園の生徒たちは遠慮というものを知らない。好き勝手に喋り、返事を待たずにひょいひょいとクッキーを口に放り入れてしまう。
上下関係に弱い俺は上級生に強く出られず、先輩に渡す分のクッキーを素早く確保すると「っス……」と返事のような子音をボソボソ呟き先輩の背に隠れた。
大勢に囲まれたりするのは不得意なのだ。
「反生徒会長、決闘面白かったぞ」
「またやる時は声かけろよ」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
先輩の外面の良い微笑。
困ったように下がった眉と、それでいて全く困っていないような三日月型に細められた目。
不機嫌になっているとは思ったが、何に怒ったのか分からなかった。
早速俺たちは祝杯をあげるべく先輩の部屋にお邪魔した。
インキュバスの野郎は持参したハーブティー(合法)を淹れるためにキッチンへ入り、学生寮にしては破格の待遇に広いキッチンで悠々と湯を沸かしていた。
ソファに先輩が深く腰掛ける。体格のいい先輩に合わせた大きく丈夫なつくりだ。
先輩に目で促され、先輩の膝の間に挟まる形で床に直接正座した。
先輩の左隣が定位置ではあるのだが、なぜ今日は床なのだろう。
「? 先輩……」
呼びかけに答えず、先輩は俺の頬を摘んだ。ほとんどつねったに近い力加減で、眉根を寄せてしまう。
頬を引っ張られるままに口を開くと、すぐに親指が口腔へ侵入した。
「えぅ、あ」
反射的に、招き入れるよう、歯を立てぬように空間をつくり、機嫌を伺うようにちろりと親指の腹を舌で撫でる。
「い゛っ……」
しかし舌に爪をたてられ、痛みに呻くと舌を奥へと縮み込ませた。
「先輩、なんで」
見上げた先輩の眉は不快気にしかめられ、見下ろす目は実験ネズミでも観察するかのように冷ややかだった。
どうやら不興を買ったらしいと気付くと同時に、目に涙が溜まる。
嫌われた? 嫌だ。
「舌、出せよ」
淡々とした声に従い、いまだひりひり痛む舌先を恐る恐る覗かせる。
それを遠慮のない力で摘むと引っ張られ上向かされる。
舌をつりそうになりながら引かれる方向に従って身体を任せ、膝立ちになり先輩の太腿に手を置いた。
舌を絞るように奥から扱かれ、思わず嘔吐く。
咳き込んでいれば俯いた顎を掬われ、強制的に目を合わせられた。
許しを乞うように顎を掴む手に縋り、手首までなぞる。頬にてのひらが添えられればすぐに擦り寄った。
「なあ」
「っはい!」
「あのクッキー、誰に作ったんだ?」
「先輩です!」
「そうだよなあ。なのに他の奴にもあげたんだ?」
「え、あ。じ、上級生の方、だったから」
「口答えするなよ」
殴られる、と思った。
先輩の目は据わっていて、昏く剣呑な怒りを宿していた。強く射抜かれて身じろぎ一つできない。
殴られる覚悟を決めてじっと先輩の目を見つめ返した。
「その辺の上級生と俺と、どっちの言うことを聞くんだ?」
「先輩です!」
先輩はふっと息を吐くと、緩やかに口角を上げた。
「そうだよな。じゃあ、ごめんなさいしような」
先輩の人差し指が俺の口元に伸びる。唇にむに、と当たる。爪先でくすぐるように下唇をひっかかれ、じわじわと気持ち良い痺れが広がる。
気付けば口が開いていて、先輩の指を唇で食む。舌先が触れる。爪を立てられた部分を慰められるように撫でられる。『懐柔』を受けた舌が、頬の内側が、口腔全体が、緩くなぞられただけで喜び、思考が溶けていく。
「ふ、んん……っあ、ごめ、なさ」
口が勝手に「ごめんなさい」を紡ぐ。
「ちゃんとごめんなさい出来てえらいな」
よしよしと頭を撫でられる。気持ちいい。優しい。先輩。好きだ。
脇の下に手を差し込まれ抱き上げられる。股の間に座らせられ、向かい合わせで大きな胸に抱き込まれた。
苦しいくらいに圧迫され、おずおずと背中に手を回す。
「ごめんな。舌、痛かったよな?」
「大丈夫、です。俺、先輩なら何されても」
ぎゅう、と巻き付く腕の力が強まる。骨が軋むほど締め付けられ、頭に浮かんだのは蛇に捕食される小動物の姿だ。
これってある種の走馬灯?
意識が遠のいてきたところで、拘束が緩んだ。耳殻をすり、となぞられる。すりすりと続けられるうちに、耳はじんじんと熱を持ち始めた。くすぐったい。それ以上に気持ちいい。
「ん、んっ、先輩」
熱を逃がそうと先輩の胸の中で身を捩る。すると逃げるなとばかりに再び強く抱き締められる。
圧倒的な体格差を前に、ビクビクと小さく跳ねる身体さえ封じられてしまう。
耳朶をふにふにと揉まれるだけで『懐柔』された耳は全身に血と熱を巡らせる。腹に熱がこもる。
「お前、俺のことが好きなんだよな? 好きなら逃げるな。好きなんだよな? そうだよな? なあ。他の奴より。クソ兄貴より。そうなんだよな? おい。好きって言えよ」
「っ好き、好きです、好き、先輩」
耳元で切羽詰まったように、詰るように問われ、熱い息がかかって背筋が震える。
「我らが先輩殿はよほど初めてのオトモダチにご執心と見えるね」
そこへ、揶揄うような声がした。インキュバスの野郎だ。テーブルを挟んだ向かい側のソファで足を組み、優雅にお茶を嗜んでいる。
新入りが入るまではこのような行為……先輩の能力を行使して魔力の滞りを流す行為はよく三人でしていたが、インキュバスの野郎は新入りが入ってからは「新入りの教育に悪い」と言ってもっぱら観戦と野次に徹するようになっていた。
先輩は顔を一度上げたが、すぐに俺の耳元へ口先を近づけた。耳の端に柔い唇の感触がして、ぶわりと顔に熱が集まる。
「まあ、そうかもしれないな」
耳殻を唇に含みながら喋られ、ビクリと大きく背が跳ねるが、震えまで抱き込まれてしまい熱を逃せない。
「ただ君は、愛されることばかりが問題で、愛するということに無頓着な節があるようだ」
「……何が言いたい?」
「オトモダチの意見も大切に、というところかな」
「…………」
先輩は黙り込み、ちゅ、ちゅと耳殻の後ろ側に唇を押し当てた。
柔い感触が何度もして、ビクビクと震えながら先輩の背に腕を回して縋り付く。
制服が皺になってるから、後でアイロンをかけさせてもらわないといけない。なんて現実逃避しなければならない程度には切羽詰まってきていた。率直に言うと射精しそうだ。
「……お前、俺にどうしてほしい?」
「んんっ、ん、俺、は……」
頭に靄がかかる。『懐柔』だ。言わされる。自白剤みたいな使い方できるの、すごい。さすが先輩。
「おれのこと、好きになって、ほしいっ……おれは、先輩だけ、絶対好きだけど、先輩はいつも、兄上のこととか、家族のことを気にして、それとおれのことをくらべてる、から」
「おれだけ、好きになってほしい」
喘ぎ喘ぎ、言葉を紡ぐ。頭の靄が薄まっていく。『懐柔』が終わったらしい。そして失言に気づく。
「あっ! ちが、俺、先輩の考えとか感じ方を否定したいわけじゃなくて、すみませっ……」
「好きだよ」
先輩が俺の耳の奥に、脳味噌まで直接吹き込むように優しい声で何か言った。
一拍遅れで「好きだ」という音の形に脳が処理をする。瞬間、耳が破裂したかと錯覚した。気持ちいいの爆発。脳味噌からドバドバと幸福を感じるホルモンが分泌されている。そうして爆発は耳ではなく下腹部から起こっていた。
「は? なに、え、あ?」
ガクガクと腰が震え、ぐしょりと下履きが湿って重くなる。
「はっ、お前今ので射精したのか?」
射精した? したのか。してるこれ。
ギュンッと物凄い速さで顔に血が集まる。
「すみま、すみませっ、俺、トイレ、行きます!」
死に物狂いで先輩の腕からもがき抜け出すと、トイレに走った。
そりゃ先輩の能力で魔力の滞りを流すのはいつも気持ち良かったけど! さすがに射精なんかしたことはなかったのに!
「可愛いなあ。あいつ、全部俺のなんだよな? 俺のこと好きって言ったもんな? 何しても俺だけを好きでいるってことだよな?」
「……私の忠言を聞いていたかい? まったく。君にも間違いなく兄君と同じ傲慢の血が流れているようだ」
魔獣は狼の言うことはよく聞き、大人しく研究機関に輸送された。
元に戻らなかったものといえば、男子生徒の純潔と財布くらいのものである。
「呆気ないものだね」
「何の話だ? それよりどっちが塩でどっちが砂糖なのか教えろよ」
「健気なことだ。こちらだよ」
調理実習室Ⅰでは、料理部の生徒がひしめき合いそれぞれの卓でそれぞれの料理に励んでいた。
ある卓では合法薬草を、ある卓ではオムライスを、そして反生徒会メンバーの卓はクッキーの調理中である。
遠くからは「フン! フン!」という力強い掛け声と共にパキョ、メキョと乾いた音が響く。
料理部にはひたすら卵を割る修行僧のような生徒がいるという噂は本当だったらしい。
「生地を寝かすってなんだ? 寝るのか? 布団いる?」
「いいから冷蔵庫にさっさとしまいたまえ」
俺はバカだし自分でも料理ができる性質には思えないが、見事生徒会との決闘に勝利した先輩にどうしても菓子を振る舞いたくてインキュバスの野郎に指南を仰ぎつつ悪戦苦闘しているところだ。
「先輩! 三十分寝かせ? たら焼きます! 楽しみにしててくださいね!」
「ああ」
先輩は三日月型に目を細めた。緩く弧を描いた唇は自然に口角が上がっている。上機嫌だ。
「そんな表情もできたものだったかね、君は」
「……変な顔をしているか?」
先輩は左手で口元を覆い隠した。
右手が浮いたのが見えて頭を下げる。頭にあたたかくて大きいてのひらの感触がして、「グッ」と喉から低い呻き声が勝手に漏れた。頭を下げたまま動けなくなってしまう。
先輩の手に撫でられるのが世界で一番好きだ。
「素敵な夢を見ている顔さ」
その後「一七〇度って四百度くらいのことか?」と聞くと「違うと思うよ」などと算数を諭されつつ、クッキーは完成した。
「私がいなければ塩味のある炭が出来上がっていたことだろう」とインキュバスの野郎は得意気だ。
無事にクッキーを作り上げた反生徒会は料理部の部員たちに囲まれてしまった。
「クッキーって作れるものなのか!?」
「反生徒会って器用な奴が多いんだな」
「そういえばオムライスの新入り、休学して実家に帰ってるらしいぞ」
「俺は新婚旅行とかって噂を聞いたけど……」
「一つもらっていいか?」
さすが第五高等魔界学園の生徒たちは遠慮というものを知らない。好き勝手に喋り、返事を待たずにひょいひょいとクッキーを口に放り入れてしまう。
上下関係に弱い俺は上級生に強く出られず、先輩に渡す分のクッキーを素早く確保すると「っス……」と返事のような子音をボソボソ呟き先輩の背に隠れた。
大勢に囲まれたりするのは不得意なのだ。
「反生徒会長、決闘面白かったぞ」
「またやる時は声かけろよ」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
先輩の外面の良い微笑。
困ったように下がった眉と、それでいて全く困っていないような三日月型に細められた目。
不機嫌になっているとは思ったが、何に怒ったのか分からなかった。
早速俺たちは祝杯をあげるべく先輩の部屋にお邪魔した。
インキュバスの野郎は持参したハーブティー(合法)を淹れるためにキッチンへ入り、学生寮にしては破格の待遇に広いキッチンで悠々と湯を沸かしていた。
ソファに先輩が深く腰掛ける。体格のいい先輩に合わせた大きく丈夫なつくりだ。
先輩に目で促され、先輩の膝の間に挟まる形で床に直接正座した。
先輩の左隣が定位置ではあるのだが、なぜ今日は床なのだろう。
「? 先輩……」
呼びかけに答えず、先輩は俺の頬を摘んだ。ほとんどつねったに近い力加減で、眉根を寄せてしまう。
頬を引っ張られるままに口を開くと、すぐに親指が口腔へ侵入した。
「えぅ、あ」
反射的に、招き入れるよう、歯を立てぬように空間をつくり、機嫌を伺うようにちろりと親指の腹を舌で撫でる。
「い゛っ……」
しかし舌に爪をたてられ、痛みに呻くと舌を奥へと縮み込ませた。
「先輩、なんで」
見上げた先輩の眉は不快気にしかめられ、見下ろす目は実験ネズミでも観察するかのように冷ややかだった。
どうやら不興を買ったらしいと気付くと同時に、目に涙が溜まる。
嫌われた? 嫌だ。
「舌、出せよ」
淡々とした声に従い、いまだひりひり痛む舌先を恐る恐る覗かせる。
それを遠慮のない力で摘むと引っ張られ上向かされる。
舌をつりそうになりながら引かれる方向に従って身体を任せ、膝立ちになり先輩の太腿に手を置いた。
舌を絞るように奥から扱かれ、思わず嘔吐く。
咳き込んでいれば俯いた顎を掬われ、強制的に目を合わせられた。
許しを乞うように顎を掴む手に縋り、手首までなぞる。頬にてのひらが添えられればすぐに擦り寄った。
「なあ」
「っはい!」
「あのクッキー、誰に作ったんだ?」
「先輩です!」
「そうだよなあ。なのに他の奴にもあげたんだ?」
「え、あ。じ、上級生の方、だったから」
「口答えするなよ」
殴られる、と思った。
先輩の目は据わっていて、昏く剣呑な怒りを宿していた。強く射抜かれて身じろぎ一つできない。
殴られる覚悟を決めてじっと先輩の目を見つめ返した。
「その辺の上級生と俺と、どっちの言うことを聞くんだ?」
「先輩です!」
先輩はふっと息を吐くと、緩やかに口角を上げた。
「そうだよな。じゃあ、ごめんなさいしような」
先輩の人差し指が俺の口元に伸びる。唇にむに、と当たる。爪先でくすぐるように下唇をひっかかれ、じわじわと気持ち良い痺れが広がる。
気付けば口が開いていて、先輩の指を唇で食む。舌先が触れる。爪を立てられた部分を慰められるように撫でられる。『懐柔』を受けた舌が、頬の内側が、口腔全体が、緩くなぞられただけで喜び、思考が溶けていく。
「ふ、んん……っあ、ごめ、なさ」
口が勝手に「ごめんなさい」を紡ぐ。
「ちゃんとごめんなさい出来てえらいな」
よしよしと頭を撫でられる。気持ちいい。優しい。先輩。好きだ。
脇の下に手を差し込まれ抱き上げられる。股の間に座らせられ、向かい合わせで大きな胸に抱き込まれた。
苦しいくらいに圧迫され、おずおずと背中に手を回す。
「ごめんな。舌、痛かったよな?」
「大丈夫、です。俺、先輩なら何されても」
ぎゅう、と巻き付く腕の力が強まる。骨が軋むほど締め付けられ、頭に浮かんだのは蛇に捕食される小動物の姿だ。
これってある種の走馬灯?
意識が遠のいてきたところで、拘束が緩んだ。耳殻をすり、となぞられる。すりすりと続けられるうちに、耳はじんじんと熱を持ち始めた。くすぐったい。それ以上に気持ちいい。
「ん、んっ、先輩」
熱を逃がそうと先輩の胸の中で身を捩る。すると逃げるなとばかりに再び強く抱き締められる。
圧倒的な体格差を前に、ビクビクと小さく跳ねる身体さえ封じられてしまう。
耳朶をふにふにと揉まれるだけで『懐柔』された耳は全身に血と熱を巡らせる。腹に熱がこもる。
「お前、俺のことが好きなんだよな? 好きなら逃げるな。好きなんだよな? そうだよな? なあ。他の奴より。クソ兄貴より。そうなんだよな? おい。好きって言えよ」
「っ好き、好きです、好き、先輩」
耳元で切羽詰まったように、詰るように問われ、熱い息がかかって背筋が震える。
「我らが先輩殿はよほど初めてのオトモダチにご執心と見えるね」
そこへ、揶揄うような声がした。インキュバスの野郎だ。テーブルを挟んだ向かい側のソファで足を組み、優雅にお茶を嗜んでいる。
新入りが入るまではこのような行為……先輩の能力を行使して魔力の滞りを流す行為はよく三人でしていたが、インキュバスの野郎は新入りが入ってからは「新入りの教育に悪い」と言ってもっぱら観戦と野次に徹するようになっていた。
先輩は顔を一度上げたが、すぐに俺の耳元へ口先を近づけた。耳の端に柔い唇の感触がして、ぶわりと顔に熱が集まる。
「まあ、そうかもしれないな」
耳殻を唇に含みながら喋られ、ビクリと大きく背が跳ねるが、震えまで抱き込まれてしまい熱を逃せない。
「ただ君は、愛されることばかりが問題で、愛するということに無頓着な節があるようだ」
「……何が言いたい?」
「オトモダチの意見も大切に、というところかな」
「…………」
先輩は黙り込み、ちゅ、ちゅと耳殻の後ろ側に唇を押し当てた。
柔い感触が何度もして、ビクビクと震えながら先輩の背に腕を回して縋り付く。
制服が皺になってるから、後でアイロンをかけさせてもらわないといけない。なんて現実逃避しなければならない程度には切羽詰まってきていた。率直に言うと射精しそうだ。
「……お前、俺にどうしてほしい?」
「んんっ、ん、俺、は……」
頭に靄がかかる。『懐柔』だ。言わされる。自白剤みたいな使い方できるの、すごい。さすが先輩。
「おれのこと、好きになって、ほしいっ……おれは、先輩だけ、絶対好きだけど、先輩はいつも、兄上のこととか、家族のことを気にして、それとおれのことをくらべてる、から」
「おれだけ、好きになってほしい」
喘ぎ喘ぎ、言葉を紡ぐ。頭の靄が薄まっていく。『懐柔』が終わったらしい。そして失言に気づく。
「あっ! ちが、俺、先輩の考えとか感じ方を否定したいわけじゃなくて、すみませっ……」
「好きだよ」
先輩が俺の耳の奥に、脳味噌まで直接吹き込むように優しい声で何か言った。
一拍遅れで「好きだ」という音の形に脳が処理をする。瞬間、耳が破裂したかと錯覚した。気持ちいいの爆発。脳味噌からドバドバと幸福を感じるホルモンが分泌されている。そうして爆発は耳ではなく下腹部から起こっていた。
「は? なに、え、あ?」
ガクガクと腰が震え、ぐしょりと下履きが湿って重くなる。
「はっ、お前今ので射精したのか?」
射精した? したのか。してるこれ。
ギュンッと物凄い速さで顔に血が集まる。
「すみま、すみませっ、俺、トイレ、行きます!」
死に物狂いで先輩の腕からもがき抜け出すと、トイレに走った。
そりゃ先輩の能力で魔力の滞りを流すのはいつも気持ち良かったけど! さすがに射精なんかしたことはなかったのに!
「可愛いなあ。あいつ、全部俺のなんだよな? 俺のこと好きって言ったもんな? 何しても俺だけを好きでいるってことだよな?」
「……私の忠言を聞いていたかい? まったく。君にも間違いなく兄君と同じ傲慢の血が流れているようだ」
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