追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ

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15 賢者、解放する

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*****



 ロージアン国王には、歴代の国王にのみ引き継がれる、密命専用の手駒がいた。
 国王が特定の仕草をすると、それを合図に国王の意図を汲み取って行動を起こす、優れた手駒であった。
 手駒のことを、国王はイズナと呼んでいる。

 イズナたちの現在の最優先事項は、第三王女を見つけ出し、連れ戻すことだ。
 彼らは独自の探索網と、人間離れした運動能力で、第三王女の居場所を突き止めた。

 エレル達が住む森の深部は、一流の傭兵ですら手の出せない魔獣の巣窟だが、イズナは単独でも魔王を倒せるほどの実力の持ち主たちである。

 イズナはチュアの居所を探り当てていた。



*****



 森の更に奥へ移り住み、町が遠ざかってから、買い出しは僕が一手に引き受けていた。
 森の食材採取も僕がやりたいが、働きたがりのチュアが「分担したほうが手っ取り早いです」と正論を言ってくるので逆らえず任せている。
「行ってくる」
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「チュアこそ、外に出る時は必ずキュウを連れて行け。キュウ、いいな?」
「はいっす!」
 チュアの料理を最初の三分の一の量で満足することを覚えたので、買い出しの頻度はかなり減った。
 それでも、月に一度は町でなければ入手が難しいものの買い出しが必要だ。

 魔王討伐から四ヶ月。町へは行く度に姿を変え、魔法薬売りも最小限にした成果か、町に現れる「奇妙な人物」の噂は聞かなくなった。

 チュアとキュウ曰く「平凡顔」で買い物を済ませ、町を出て人気のない場所で転移魔法を使う。
 家には瞬時に到着する。
 僕ひとりで買い物へいくと、往復時間を含めても一時間程度で済む。

「戻った。……チュアたちはまだ外か」
 いつもなら帰ってくるまで一人で過ごすのだが、この時は何故か「迎えに行こう」という気分になった。
 チュアとキュウに渡した指輪と首輪には、魔獣避けの他に様々な護りの魔法を施してある。
 余程のことがない限り安全だ。


 そのはずだった。



「賢者も出てきたか。好都合だ」
 指輪と首輪の気配を追いかけた先で見たのは、口から血を吐いて動かないキュウと、全身黒ずくめのやつに拘束されているチュアだった。
 チュアは気絶させられている。

「止まれ、それ以上動いたら、そこの狐に止めを刺すぞ」
 キュウの近くにも黒ずくめはいて、キュウの喉元に刃物を当てる。確か、脇差と呼ばれるナイフの一種だ。
 僕は指ひとつ動かさない状態で、キュウへ治癒魔法を掛けた。
 キュウはぱちりと目を開け、動こうとしたが、脇差を見て身体を竦めてしまう。
「治癒魔法を、遠隔で使ったのか。さすがは賢者といったところか」
 さっきから喋っている黒ずくめが、今度はチュアの喉元に刃物を。
「何故キュウを攻撃した。チュアをどうするつもりだ」
 自分でも驚くほど低い声が出た。
「第三王女殿下を名で呼ぶとは無礼な。殿下には城へ帰っていただく。そこの狐は邪魔をしたから攻撃した。賢者殿、貴方も城へ」
「誰が行くか。チュアを離せ」
「できません。仕方ありませんね」

 背後から殺気を感じた。
 咄嗟に結界魔法を展開すると、背後の殺気は結界に弾かれて吹き飛んだ。
「流石にお強いですね。それ以上魔法を使うのも禁止します」
 チュアを拘束している黒ずくめがそう言うと、チュアが身じろぎをした。
「……!!」
 チュアが意識を取り戻した。チュアの口には布が噛ませられているから、何か喋りたくても言葉にならない。
 それに気づくや、チュアは出来得る限りの力で暴れだした。
 可動範囲は狭いが、黒ずくめが鬱陶しそうにチュアを見下ろしている。
「チュア、すぐ助けるからじっとしてろ!」
「無駄ですよ、殿下。……王女殿下は無傷で、という命ですが、致命傷までなら治療できますねっ」
 反応が間に合わなかった。

 そいつは、チュアの胸元に、刃物を突き刺した。



 空気が破裂するような音は、多分僕が立てた。

「なっ……!?」
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!!」

 黒ずくめどもの悲鳴が聞こえる。

 僕にとって、魔力というのは邪魔なものだった。

 これのせいで、親に捨てられた。
 これのせいで、身分不相応な場所に居続ける羽目になった。
 これのせいで、教育係から疎まれて折檻を受けた。

 せめて人並みの魔力量であろうと、僕は魔力を身体の中へ閉じ込めた。

 今、僕にとって邪魔なものは、チュアとキュウを傷つけた、黒ずくめの奴らだ。

 あいつらは、かなり強い。魔獣ですら退けるキュウをあんな風にしたのだから。
 だったら、あいつらを排除できるなら、何だって使ってやる。

 そう考えたら、自然と魔力を解き放っていた。


 手を軽く振るだけで、だけ、吹き飛んだ。
 拘束を解かれたチュアのもとへ駆け寄り、抱き上げて治癒魔法を掛ける。チュアは目を覚ますと、自力で口枷を解いた。
 キュウに刃物を当てていた奴も吹き飛んだので、キュウが足元へ駆け寄ってくる。
「え、エレル様? そのお姿は……変身ではないですよね」
「そんなことはどうでもいい。痛むところはないか」
「そんなことって……はい、どこも怪我はありません」
「さっき胸に刃物を刺されていたんだぞ。本当にもう痛くないか?」
「は、はい、なんともありません」
「良かった」
 ほっとしたら、荒れ狂っていた魔力が静かになった。

「ぐ……我らをこうも簡単に……」
 黒ずくめの殆どは絶命していたが、一人だけ生き残っていた。
 はじめて人を殺めてしまった。
「チュア、あれは何なんだ?」
「おそらく、国王陛下の手駒でしょう。影に生きる者を何人か使っていると、聞いたことがあります」
「殺してしまってもいいか」
 もう何人も殺している。あと一人くらい増えたところで、僕の罪は変わらない。
 そもそも、向こうだってチュアを殺しかけたのだ。正当防衛というやつだろう。

 チュアは僕の腕の中で口元に手を当てて少し考え、首を横に振った。
「伝令代わりに生かしておきましょう」
「なるほど。聞こえていたか? お前は見逃す。だが、次はない」
「……」
 黒ずくめは小さく舌打ちし、何事か呻くとその場から消えた。
 転移魔法を使った様子だった。


 森の景色は惨憺たる有様になってしまった。
「済まなかった。使ってくれ」
 チュアを抱き上げたまま、僕は森に対して謝罪した。
 身体から少量の魔力が抜けていき、折れた樹木からは新たな芽吹きが、抉れた地面は草で覆われた。
「エレル様のせいではありませんのに」
 治っていく森を眺めながら、チュアが悲しそうにつぶやいた。
「森を壊したのは僕に間違いない。もう少し上手く魔力を使えたら良かったんだが」
 唐突な出来事だったとはいえ、魔力を制御することまで思考が回らなかった。
「エレルさま、エレルさま。どうして急に大きくなられたんっすか?」
「大きく? ……お?」
 キュウに問われ、改めて自分の体を見下ろすと、随分視線が高かった。
「わからん。封じていた魔力を解き放ったせいだろうか」
「封じてたんっすか!? エレルさまが自分で!? あの量を!?」
「どういう意味だ」
「魔力なんてあればあるだけ便利なものっすから、自分で制限するなんて普通はしないっす! 封じててもあれだけ魔力量があって、尚且つ倍以上の魔力を封じてたなんて……あっ! エレルさま、だから身体が小さかったんっすね!」
「関係あるだろうか」
「それしか考えられないっすよ!」
「ふむ。まあそんなことより、帰ろう」
「はいっす!」
「エレル様、降ろして頂けませんか」
「このまま転移魔法を使ったほうが早いだろう」
「ええと……」
 チュアが何か言いたそうだったが、一刻も早くこの場から離れたかった僕は、家まで転移魔法を使った。



 家で改めて、チュアとキュウの身体を診た。
 外傷は見当たらなかったが、念のために思いつく限りの治癒魔法を掛けておいた。
「もう平気ですよ。エレル様こそ、お疲れでは」
「僕こそなんともない。それに、すまなかった」
 僕は二人に向かって頭を下げた。チュアとキュウが顔を見合わせている気配がする。
「どうしてエレルさまが謝るっすか!?」
「キュウさんの仰るとおりです。私たちを助けてくださったじゃないですか」
 僕は頭を下げたまま、二人に言った。
「護りの魔法は、魔獣相手しか想定していなかった。一番厄介なのは人間だと、身に沁みていたはずなのに。今後は二人の許可なく触れようとするもの全てを弾けるように魔法を掛け直しておく」
「そこまでしなくても……。でも、エレル様が安心できるのでしたら、やってくださいませ」
 チュアとキュウが指輪と首輪を僕の目の前に差し出した。
 僕はそれらを受け取り、魔法を構築し直す。
 より堅固に、万が一傷ついたら治癒魔法が発動するようにもした。
「これでいい。二人が無事で、本当によかった」
「エレルさま、表情が硬いっす」
「私たちは無事ですよ。エレル様のお陰です」
「……」
 何故だが目頭が熱い。気がついたら、目から水滴がぽたぽたと流れ落ちていた。
「な、何故泣かれていらっしゃるのですかっ!?」
「ああ、これは泣いているのか。わからん」
「泣いたことがないのですか?」
「記憶にない」
「じゃあ、泣いてください」
 以前、子供扱いするなと言ってからやらなくなったのに。
 チュアは僕の頭を胸に抱きしめた。
 柔らかい感触が心地よい。

 目から出る水滴を、枯れるまでそのままにしておいた。



「元に戻らないな」
 僕は急に大きくなった自分の体を持て余していた。
 変身魔法の幻影と違って、しっかりと肉体がある。
 チュアより頭二つ分も背が高くなったせいか、先程も扉の枠に頭をぶつけてしまった。
「元にもどりたいんすか?」
「そうだな。二十年あの姿だったから、慣れている姿の方が……」
「大きな姿も素敵ですよ。年齢相応に見えますし」
「このままでいい」
 僕はチュアの一言で意見を変えた。
 チュアがいいと言うなら、このままでも悪くない。
「お着替えを買い直したほうが良さそうですね。次に町へ行くときは、私も連れて行ってください」
「着せ替え人形にしないと約束するなら」
「……善処します」
 この時、言葉の前の沈黙をもっと気にしておけばよかったのだ。

 次に町へ行った時、僕は二時間ほど着せ替え人形にされた。
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