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第三章
43 すれ違い
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「こんな、聞いてない……」
僕が状況を把握する前に、女性三人のうちひとりがそう呟いて、三人ともどこかへ駆け出してしまった。
「何があった? その前に、一旦部屋に戻ろう」
フェリチの頬の腫れを治さなければ。
僕がフェリチの手を引こうとすると、フェリチが拒み、首を横に振った。
「この程度なら自分で治せます」
「えっ?」
治癒魔法は術者本人には効き難い。
しかし、フェリチは自身の頬に手を当てて、あっという間に治療してみせた。
「凄いな」
「自力では治しにくいというだけで、治せないことはないのです」
「そうか。でもとりあえず話が聞きたい」
「あー、あのねー、ディール……」
「話が聞けるまで観光させない。部屋からも出さない」
僕が断固たる態度を見せると、口を挟んできたセレは黙り込み、フェリチの背中を押して部屋へ向かい始めた。
その道すがら、軽く話を聞くところによると……。
薄々感づいてはいたが、僕が原因だった。
「ディールのせいじゃないでしょー」
とセレは言ってくれるが、僕が納得できない。
先程の女性たちは、僕に取り入るためにフェリチとセレに難癖をつけてきたそうだ。
女性たちは「勇者ディール様のお側にいるのに相応しいのは私達だ。お前たちは身を引け」という謎の理論を掲げ、無視して行こうとしたセレを足止めし、戸惑って縮こまっていたフェリチに手を上げた。
僕はひとつ大きく息を吐いてから、立ち上がった。
「ここを出よう」
またしても、よく知らない人間が、危害を加えてきた。
しかも、僕本人ならともかく、何もしていないフェリチに対して。
到底許されるものじゃない。
さっさと逃がしたりせず、捕まえて、然るべきところへ引き渡すか、僕自身がお灸を据えてやるべきだった。
それに、今後も同じようなことが起きる恐れがある。
これ以上フェリチを傷つけられたら……。
ギチギチ、と革を握りしめているような音がすると思ったら、自分の拳の音だった。
「一応聞くが、仕事はどうするつもりだ?」
「フェリチが……仲間がこんな目に遭うような場所にとどまるなんてできない。僕の名声とやらを広めたウィリディスも、もう信用ならない。仕事なんてどうでもいい」
「気持ちはわかるが、一旦落ち着け。このベル鳴らせば使用人が来るんだよな? 茶を頼んでおくから、ひとまず座っとけ」
ドルフが僕の肩をぽんぽんと叩き、座らせようとしてくる。
それでも僕は立ったままだったが、冷静になるのも必要だと感じて、座り直した。
どれくらい沈黙が流れたか。
ベルで呼ばれた使用人たちも、部屋に漂う異様な空気を察して、最初のときよりも素早く茶と菓子を並べ、速やかに出ていった。
重い空気を打開したのは、フェリチだった。
「ディールさん。私なんともありません……とは言いません。ディールさんが私を心配してくださるのはわかっています。でも、それと仕事は別の話です。魔物に脅かされているひとたちを救うためにここへ遣わされたのですから、それだけはやり遂げませんか」
「……」
他人は、僕が何者であろうと何かと理由をつけて攻撃してくる。
フェリチに危害を加えるような人間がいるところを、どうして助けなきゃならない?
「嫌だな」
僕がぽつりと呟くと、セレが「そーだよねぇー」とわざとらしく大きな声を出した。
「でも猶予だけは頂戴ー。この件を公にしてー、犯人たちが謝罪に来たらー、水に流してくれないかなー?」
「会いたくない」
「直接会わなくてもいいよぉー。危害加えられたのはフェリちゃんでー、止められなかったのは私だからー……」
「セレも悪くないだろう」
「まーまー、そこは一旦置いとこうー? 諸々私が手配しとくからー。ディールはここでゆっくりしててー」
セレは言うだけ言って立ち上がると、ベルを鳴らして使用人を呼び、扉の向こうで何事か話し合った後、
「ちょっと出てくるねー。ディールー、まだ帰っちゃ駄目だよー。フェリちゃんー、ディール止めといてー」
と言い残して、どこかへ行ってしまった。
「セレに付いとく。俺なら突っかかってくる奴ぁいねぇだろう。いても問題ないしな」
ドルフはセレの後を追って、部屋から出ていった。
部屋には、僕とフェリチが残された。
またしばらく沈黙があったが、フェリチがふと立ち上がり、部屋の中を探索するように歩き回りだした。
何をしているのかと目で追っていると、フェリチは部屋にいくつかある扉を開けては向こうを覗き込み、その中のひとつの部屋に入っていき、すぐに戻ってきた。
「ディールさん、お腹空いてませんか? ここ、キッチンと食材があるんです。何か作りますよ」
「腹は減ってないが……」
というより、食欲がなかった。
フェリチの料理と聞いても、今は気分じゃない。
「ルルムさんにお菓子の作り方をいくつか教わったんです。作っておきますから、気が向いた時に食べてください」
「わかった」
フェリチが扉の向こうへ消えた後、僕はソファの背もたれに体を預け、天井を見上げた。
そのまま目を閉じて、聴覚に集中する。
フェリチが料理をする音、宿の中の様々な音、宿の外の喧騒……。
喧騒に耳を傾けると、細切れの会話が聞こえてくる。
「勇者様の仲間に……」
「……犯人は……」
「帰ってしまわれる!?」
「魔物が……」
セレは仕事が早い。もうフェリチが「勇者様の仲間だから」という理由で手をあげられたことや、僕が魔物を処理せずに帰ろうとしていることが噂となって流れていた。
聴覚を閉ざして目を開けると、廊下に続く扉の向こうからぱたぱたと足音がして、セレが入ってきた。
「ただいまー。根回ししてきたよー」
「おかえり。早かったな」
僕とセレが短い会話をしている間に、セレの横をすり抜けるようにドルフも戻ってきて、まだテーブルの上にあったカップを一つ取り、冷めた茶を飲み干した。
「ふう。セレがこんなに機敏に動けるとは知らなかった」
冒険者のドルフと研究者のセレの体力の差は歴然だが、ドルフの方が疲れているように見える。
「具体的に何をしてきたんだ?」
セレは両手を腰に当てて、いつものにんまりとした得意気な笑みを浮かべた。
「特別なことはしてないよー。起きたことをありのまま伝えただけー」
「誰に?」
僕が重ねて問うと、セレは笑みを深めた。
「この宿のご主人とー、陛下にー」
「陛下にも?」
「当然よー。ディールにどんな仕事を任せるか、最終的な決定は陛下が下すからねー」
セレの行動の効果が覿面だったことは、夕食のときから思い知った。
宿が豪華ということは、食事も豪華だ。
その豪華な食事に更に、この国で一番古いという超熟成ワインが付いてきた。
陛下でも数年に一杯飲めれば良い方だという超高級酒が、僕達全員に一本ずつ提供されたのだ。
酒が得意ではないフェリチとセレは一口ずつしか飲まなかったので、僕とドルフは実質二本分いただいてしまったわけだが。
そんな夕食が終わって少しして、セレが呼び出され、フェリチを伴って部屋から出ていき、一刻ほどして帰ってきた。
「犯人に会ってきたよー。謝罪もらったー。ディールが会いたいって言えば会えるけどどうするー?」
「さっきも言ったけど、会いたくない」
「よねー。帰ってもらってくるねー」
セレが部屋を出ている間に、フェリチから詳しい話を聞いた。
女性たちは一様に両の頬を腫らしていたそうだ。
「私は片方だけでしたのに。治癒魔法を申し出たのですが、止められました」
「当たり前だよ」
フェリチの優しさは度を越している。自分を傷つけた相手まで治そうとするなんて、僕にはできない。
「でも、反省されていたご様子でしたし……」
フェリチが言いかけた時、セレが帰ってきた。
「あれは反省してないよー。ディールの黒眼見ちゃってー、びびっただけー」
「うん」
「セレさん……」
僕は最もだと頷いているのに、フェリチは残念そうに俯いてしまった。
「フェリチ、許す許さないはフェリチの自由だけど、やらかした人間をすぐに無罪放免するのもどうかと思うよ」
僕が諭すと、フェリチは俯いたまま「はい」と小さな声で返事した。
「ディール、心配ご無用よー。彼女たちは修道院送りになるだろうからー」
修道院は、表向きはシスターを育成するための場所だが、犯罪を犯した人間を更生させるための施設でもある。
更生というのはかなり柔らかくした表現で、実態は囚人に近い厳しい生活が待っている。
「そうか」
修道院送りになったと聞いても、僕の心は一切揺らがなかった。
「ねえ、ディールってー、気づいてるー?」
セレが突然、真面目な顔になって僕に妙なことを聞いてきた。
「何が?」
僕が問い返すと、セレは僕とフェリチを何度か交互に見た後、僕に視線を固定した。
「?」
何が言いたいのかさっぱりわからないでいると、セレはフェリチに向き直った。
「フェリちゃん、直接伝えたことあるー?」
フェリチはそう聞かれた途端、顔を真っ赤にして下を向き、首をぶんぶんと横に振った。
「一体何の話だ」
セレは僕をじっと見つめ、それから肩をすくめた。
「んー、なんでもなーい」
「気になるじゃないか」
ここまで思わせぶりなことを言われて「なんでもない」はないだろう。
しかしセレは「この話は終わりー」と話を切り上げてしまい、取り付く島もなかった。
「話を戻してー。陛下の方は『そういうことなら仕事を放棄しても構わない』ってお返事だったよー」
「仕事は、していくよ。でも、僕以外はウィリディスへ帰す」
僕はフェリチが傷つくのがどうしても許せない。
ならば、フェリチには安全な場所にいてもらって、僕一人で仕事をこなす。
だいぶ冷えた頭で出した結論が、これだった。
「俺もかよ」
まず声を上げたのはドルフだった。
「ああ。ドルフはリオと一緒に家を守ってほしい」
ドルフは「なるほどな」とあっさり納得してくれた。
「私は私の仕事があるからー、絶対残るよー」
セレはいつもの「ついでに転移装置を設置していく」という仕事を請け負っている。
「じゃあ護衛の人数を増やしてもらうように頼んでおこう」
「ディールさん、私は……」
「駄目だ」
僕がばっさり切り捨てると、フェリチはぐっと言葉に詰まった。
「ディールー、フェリちゃん守る自信ないのぉー?」
セレが茶化すように言ってくる。
「実際守れなかったからな」
フェリチの頬はとっくに綺麗な状態に戻っていたが、なんとなくそこに指先で触れた。
柔らかくてすべすべしている。
「!? でぃ、ディールさんっ!?」
「ああ、ごめん。つい。痛かった?」
「痛みなんてとっくにありませんっ」
フェリチの顔が赤くなったが、本当に痛みはなさそうだ。
「そっか、よかった」
「ですから……」
「駄目だ。頼む。フェリチがこれ以上傷つくのがどうしても許せない」
言ってしまってから、違和感に気づく。
フェリチはそもそも、冒険者をやるために僕と組んだ。
魔物と相対する冒険者には怪我がつきもので、フェリチ自身も例外ではない。
なのにどうして、僕はフェリチが傷つくのを、こんなに恐れているのだろう。
「わかり、ました」
僕が考えを巡らせている間に、フェリチが決断した。
ただし、自身の服をぎゅっと握りしめ、俯いたままだ。
その足元に、ぽたぽたと水滴が落ちている。
「転移、魔道具、で、送って、ください……」
消えそうな涙声を耳にして、僕は心臓の奥のほうに重たい何かを詰め込まれたような気分になった。
「フェリチ、僕は……」
「送ってくださいっ!」
フェリチが強い口調とともに顔を上げた。
フェリチはぽろぽろと泣いていた。
「泣かせるつもりは……」
「ではどういうおつもりなのですかっ!」
「僕は、フェリチをこれ以上傷つけたくなくて」
「怪我なんて、い、いつものことじゃないですか! ディールさんは、私が、わた、わたしが……」
もう必要ないのですね、という言葉が、また僕の心臓に重しを乗せてくる。
「それだけは違う」
言い聞かせても、フェリチはしゃくりあげるだけで、何も言わなくなってしまった。
「あーあ、フェリちゃん泣かせたー」
セレが真面目とも茶化しともつかない口調で僕を責める。
「ディール、私たちを家まで送ってー」
セレはフェリチの背中をなだめるようにとんとんと叩いた後、僕に近づいた。
「フェリちゃんは任せてー。あとディールはいい加減、自力で気づいてー」
小声でこう言われたが、やはり意味がわからない。
しかし自力で気づけとは、本当に何のことなのか。
「セレ、一旦先に戻ってルルムたちに事情説明しておけ。ディール、セレから送れ。俺を最後に送った時に、セレをこちらへ連れ帰れ」
「あ、ああ」
何に気づいていないのか、それで頭が一杯になっていた僕は、ドルフの言った通りの順番でフェリチたちを送った。
僕が状況を把握する前に、女性三人のうちひとりがそう呟いて、三人ともどこかへ駆け出してしまった。
「何があった? その前に、一旦部屋に戻ろう」
フェリチの頬の腫れを治さなければ。
僕がフェリチの手を引こうとすると、フェリチが拒み、首を横に振った。
「この程度なら自分で治せます」
「えっ?」
治癒魔法は術者本人には効き難い。
しかし、フェリチは自身の頬に手を当てて、あっという間に治療してみせた。
「凄いな」
「自力では治しにくいというだけで、治せないことはないのです」
「そうか。でもとりあえず話が聞きたい」
「あー、あのねー、ディール……」
「話が聞けるまで観光させない。部屋からも出さない」
僕が断固たる態度を見せると、口を挟んできたセレは黙り込み、フェリチの背中を押して部屋へ向かい始めた。
その道すがら、軽く話を聞くところによると……。
薄々感づいてはいたが、僕が原因だった。
「ディールのせいじゃないでしょー」
とセレは言ってくれるが、僕が納得できない。
先程の女性たちは、僕に取り入るためにフェリチとセレに難癖をつけてきたそうだ。
女性たちは「勇者ディール様のお側にいるのに相応しいのは私達だ。お前たちは身を引け」という謎の理論を掲げ、無視して行こうとしたセレを足止めし、戸惑って縮こまっていたフェリチに手を上げた。
僕はひとつ大きく息を吐いてから、立ち上がった。
「ここを出よう」
またしても、よく知らない人間が、危害を加えてきた。
しかも、僕本人ならともかく、何もしていないフェリチに対して。
到底許されるものじゃない。
さっさと逃がしたりせず、捕まえて、然るべきところへ引き渡すか、僕自身がお灸を据えてやるべきだった。
それに、今後も同じようなことが起きる恐れがある。
これ以上フェリチを傷つけられたら……。
ギチギチ、と革を握りしめているような音がすると思ったら、自分の拳の音だった。
「一応聞くが、仕事はどうするつもりだ?」
「フェリチが……仲間がこんな目に遭うような場所にとどまるなんてできない。僕の名声とやらを広めたウィリディスも、もう信用ならない。仕事なんてどうでもいい」
「気持ちはわかるが、一旦落ち着け。このベル鳴らせば使用人が来るんだよな? 茶を頼んでおくから、ひとまず座っとけ」
ドルフが僕の肩をぽんぽんと叩き、座らせようとしてくる。
それでも僕は立ったままだったが、冷静になるのも必要だと感じて、座り直した。
どれくらい沈黙が流れたか。
ベルで呼ばれた使用人たちも、部屋に漂う異様な空気を察して、最初のときよりも素早く茶と菓子を並べ、速やかに出ていった。
重い空気を打開したのは、フェリチだった。
「ディールさん。私なんともありません……とは言いません。ディールさんが私を心配してくださるのはわかっています。でも、それと仕事は別の話です。魔物に脅かされているひとたちを救うためにここへ遣わされたのですから、それだけはやり遂げませんか」
「……」
他人は、僕が何者であろうと何かと理由をつけて攻撃してくる。
フェリチに危害を加えるような人間がいるところを、どうして助けなきゃならない?
「嫌だな」
僕がぽつりと呟くと、セレが「そーだよねぇー」とわざとらしく大きな声を出した。
「でも猶予だけは頂戴ー。この件を公にしてー、犯人たちが謝罪に来たらー、水に流してくれないかなー?」
「会いたくない」
「直接会わなくてもいいよぉー。危害加えられたのはフェリちゃんでー、止められなかったのは私だからー……」
「セレも悪くないだろう」
「まーまー、そこは一旦置いとこうー? 諸々私が手配しとくからー。ディールはここでゆっくりしててー」
セレは言うだけ言って立ち上がると、ベルを鳴らして使用人を呼び、扉の向こうで何事か話し合った後、
「ちょっと出てくるねー。ディールー、まだ帰っちゃ駄目だよー。フェリちゃんー、ディール止めといてー」
と言い残して、どこかへ行ってしまった。
「セレに付いとく。俺なら突っかかってくる奴ぁいねぇだろう。いても問題ないしな」
ドルフはセレの後を追って、部屋から出ていった。
部屋には、僕とフェリチが残された。
またしばらく沈黙があったが、フェリチがふと立ち上がり、部屋の中を探索するように歩き回りだした。
何をしているのかと目で追っていると、フェリチは部屋にいくつかある扉を開けては向こうを覗き込み、その中のひとつの部屋に入っていき、すぐに戻ってきた。
「ディールさん、お腹空いてませんか? ここ、キッチンと食材があるんです。何か作りますよ」
「腹は減ってないが……」
というより、食欲がなかった。
フェリチの料理と聞いても、今は気分じゃない。
「ルルムさんにお菓子の作り方をいくつか教わったんです。作っておきますから、気が向いた時に食べてください」
「わかった」
フェリチが扉の向こうへ消えた後、僕はソファの背もたれに体を預け、天井を見上げた。
そのまま目を閉じて、聴覚に集中する。
フェリチが料理をする音、宿の中の様々な音、宿の外の喧騒……。
喧騒に耳を傾けると、細切れの会話が聞こえてくる。
「勇者様の仲間に……」
「……犯人は……」
「帰ってしまわれる!?」
「魔物が……」
セレは仕事が早い。もうフェリチが「勇者様の仲間だから」という理由で手をあげられたことや、僕が魔物を処理せずに帰ろうとしていることが噂となって流れていた。
聴覚を閉ざして目を開けると、廊下に続く扉の向こうからぱたぱたと足音がして、セレが入ってきた。
「ただいまー。根回ししてきたよー」
「おかえり。早かったな」
僕とセレが短い会話をしている間に、セレの横をすり抜けるようにドルフも戻ってきて、まだテーブルの上にあったカップを一つ取り、冷めた茶を飲み干した。
「ふう。セレがこんなに機敏に動けるとは知らなかった」
冒険者のドルフと研究者のセレの体力の差は歴然だが、ドルフの方が疲れているように見える。
「具体的に何をしてきたんだ?」
セレは両手を腰に当てて、いつものにんまりとした得意気な笑みを浮かべた。
「特別なことはしてないよー。起きたことをありのまま伝えただけー」
「誰に?」
僕が重ねて問うと、セレは笑みを深めた。
「この宿のご主人とー、陛下にー」
「陛下にも?」
「当然よー。ディールにどんな仕事を任せるか、最終的な決定は陛下が下すからねー」
セレの行動の効果が覿面だったことは、夕食のときから思い知った。
宿が豪華ということは、食事も豪華だ。
その豪華な食事に更に、この国で一番古いという超熟成ワインが付いてきた。
陛下でも数年に一杯飲めれば良い方だという超高級酒が、僕達全員に一本ずつ提供されたのだ。
酒が得意ではないフェリチとセレは一口ずつしか飲まなかったので、僕とドルフは実質二本分いただいてしまったわけだが。
そんな夕食が終わって少しして、セレが呼び出され、フェリチを伴って部屋から出ていき、一刻ほどして帰ってきた。
「犯人に会ってきたよー。謝罪もらったー。ディールが会いたいって言えば会えるけどどうするー?」
「さっきも言ったけど、会いたくない」
「よねー。帰ってもらってくるねー」
セレが部屋を出ている間に、フェリチから詳しい話を聞いた。
女性たちは一様に両の頬を腫らしていたそうだ。
「私は片方だけでしたのに。治癒魔法を申し出たのですが、止められました」
「当たり前だよ」
フェリチの優しさは度を越している。自分を傷つけた相手まで治そうとするなんて、僕にはできない。
「でも、反省されていたご様子でしたし……」
フェリチが言いかけた時、セレが帰ってきた。
「あれは反省してないよー。ディールの黒眼見ちゃってー、びびっただけー」
「うん」
「セレさん……」
僕は最もだと頷いているのに、フェリチは残念そうに俯いてしまった。
「フェリチ、許す許さないはフェリチの自由だけど、やらかした人間をすぐに無罪放免するのもどうかと思うよ」
僕が諭すと、フェリチは俯いたまま「はい」と小さな声で返事した。
「ディール、心配ご無用よー。彼女たちは修道院送りになるだろうからー」
修道院は、表向きはシスターを育成するための場所だが、犯罪を犯した人間を更生させるための施設でもある。
更生というのはかなり柔らかくした表現で、実態は囚人に近い厳しい生活が待っている。
「そうか」
修道院送りになったと聞いても、僕の心は一切揺らがなかった。
「ねえ、ディールってー、気づいてるー?」
セレが突然、真面目な顔になって僕に妙なことを聞いてきた。
「何が?」
僕が問い返すと、セレは僕とフェリチを何度か交互に見た後、僕に視線を固定した。
「?」
何が言いたいのかさっぱりわからないでいると、セレはフェリチに向き直った。
「フェリちゃん、直接伝えたことあるー?」
フェリチはそう聞かれた途端、顔を真っ赤にして下を向き、首をぶんぶんと横に振った。
「一体何の話だ」
セレは僕をじっと見つめ、それから肩をすくめた。
「んー、なんでもなーい」
「気になるじゃないか」
ここまで思わせぶりなことを言われて「なんでもない」はないだろう。
しかしセレは「この話は終わりー」と話を切り上げてしまい、取り付く島もなかった。
「話を戻してー。陛下の方は『そういうことなら仕事を放棄しても構わない』ってお返事だったよー」
「仕事は、していくよ。でも、僕以外はウィリディスへ帰す」
僕はフェリチが傷つくのがどうしても許せない。
ならば、フェリチには安全な場所にいてもらって、僕一人で仕事をこなす。
だいぶ冷えた頭で出した結論が、これだった。
「俺もかよ」
まず声を上げたのはドルフだった。
「ああ。ドルフはリオと一緒に家を守ってほしい」
ドルフは「なるほどな」とあっさり納得してくれた。
「私は私の仕事があるからー、絶対残るよー」
セレはいつもの「ついでに転移装置を設置していく」という仕事を請け負っている。
「じゃあ護衛の人数を増やしてもらうように頼んでおこう」
「ディールさん、私は……」
「駄目だ」
僕がばっさり切り捨てると、フェリチはぐっと言葉に詰まった。
「ディールー、フェリちゃん守る自信ないのぉー?」
セレが茶化すように言ってくる。
「実際守れなかったからな」
フェリチの頬はとっくに綺麗な状態に戻っていたが、なんとなくそこに指先で触れた。
柔らかくてすべすべしている。
「!? でぃ、ディールさんっ!?」
「ああ、ごめん。つい。痛かった?」
「痛みなんてとっくにありませんっ」
フェリチの顔が赤くなったが、本当に痛みはなさそうだ。
「そっか、よかった」
「ですから……」
「駄目だ。頼む。フェリチがこれ以上傷つくのがどうしても許せない」
言ってしまってから、違和感に気づく。
フェリチはそもそも、冒険者をやるために僕と組んだ。
魔物と相対する冒険者には怪我がつきもので、フェリチ自身も例外ではない。
なのにどうして、僕はフェリチが傷つくのを、こんなに恐れているのだろう。
「わかり、ました」
僕が考えを巡らせている間に、フェリチが決断した。
ただし、自身の服をぎゅっと握りしめ、俯いたままだ。
その足元に、ぽたぽたと水滴が落ちている。
「転移、魔道具、で、送って、ください……」
消えそうな涙声を耳にして、僕は心臓の奥のほうに重たい何かを詰め込まれたような気分になった。
「フェリチ、僕は……」
「送ってくださいっ!」
フェリチが強い口調とともに顔を上げた。
フェリチはぽろぽろと泣いていた。
「泣かせるつもりは……」
「ではどういうおつもりなのですかっ!」
「僕は、フェリチをこれ以上傷つけたくなくて」
「怪我なんて、い、いつものことじゃないですか! ディールさんは、私が、わた、わたしが……」
もう必要ないのですね、という言葉が、また僕の心臓に重しを乗せてくる。
「それだけは違う」
言い聞かせても、フェリチはしゃくりあげるだけで、何も言わなくなってしまった。
「あーあ、フェリちゃん泣かせたー」
セレが真面目とも茶化しともつかない口調で僕を責める。
「ディール、私たちを家まで送ってー」
セレはフェリチの背中をなだめるようにとんとんと叩いた後、僕に近づいた。
「フェリちゃんは任せてー。あとディールはいい加減、自力で気づいてー」
小声でこう言われたが、やはり意味がわからない。
しかし自力で気づけとは、本当に何のことなのか。
「セレ、一旦先に戻ってルルムたちに事情説明しておけ。ディール、セレから送れ。俺を最後に送った時に、セレをこちらへ連れ帰れ」
「あ、ああ」
何に気づいていないのか、それで頭が一杯になっていた僕は、ドルフの言った通りの順番でフェリチたちを送った。
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→37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
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魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
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A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
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これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
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