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第一章
5 休息と出立
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フェリチが寝込んでしまった。
バジリスク討伐の仕事の後、随分疲れた様子だなぁと呑気に構えていたら、翌朝に高熱を出して倒れてしまったのだ。
「すみません……」
ふらふらと足元の覚束ないフェリチを抱き上げてベッドへ寝かせ、氷嚢と飲み水を部屋へ運んだ僕に、フェリチがか細い声で謝罪してくる。
意識がはっきりしているぶん、余計に苦しそうだ。
「気にしないで、休むことだけ考えて」
低危険度の仕事を何度かこなしたとはいえ、いきなり危険度C、しかも複数討伐はやりすぎた。
フェリチの頑張りすぎる性格を見抜けなかった僕の失態だ。
フェリチの熱は一日経っても下がらなかった。
簡単な病人食の用意や氷嚢の取り替えは僕にもできるが、汗拭きや着替えなんかは無理だ。
本人は起き上がるのも辛そうで、水や食事も僕が口元に運ばなければ摂ってくれない。
僕はアニスさんに助けを乞うた。
「あらあら、大変! ギルド長に伝えてから急いでいくわ。先に帰ってて」
冒険者ギルドでアニスさんに事情を話すと、アニスさんはとても慌てた様子でぱたぱたと走り去った。
言われた通り先に家に帰り、フェリチの傍についていると、医者を連れたアニスさんがやってきた。
フェリチの身体を診るからと、僕は一旦部屋から締め出された。
「左足首を酷く捻っておりましたよ。それと、バジリスクの毒を少々吸っていましたね。どちらも処置を済ませました。薬は朝昼晩の食後に一包ずつ、白湯で飲ませてください。三日分置いていきます。薬を飲み切っても良くなる気配がなければ、また呼んでください」
初老の医者は僕にそう告げて立ち去った。
「足首捻ってたのか……」
「大したことないと、思って」
「これからはどんな小さな怪我でも申告してくれ」
治癒魔法というのは、自分自身には効き目が薄い。
僕に魔法は使えないし、怪我の治療ができる薬は高価で滅多なことでは使えない。フェリチが怪我をしたらお手上げだ。
「気づかなかった僕の目も節穴だったな。ごめん」
「いえ、ディールさんは悪くないです」
治療を施され薬を飲んだフェリチは、少しだけ熱が引いた。口調も、本調子ではないが少しずつもとに戻っている。
僕には医者を呼ぶという発想がなかった。これまで大病を患ったことがなく、少しの体調不良は寝て治していたし、実家では父の前で眼が黒くなった時に連れて行かれたっきり。それ以外や騎士団では放置されていた。
フェリチはアニスさんの手によって着替えを済ませ、薬の効果で眠った。寝息はだいぶ楽そうだ。
「ありがとうございました、アニスさん。助かりました」
「どういたしまして。お薬効いてるみたいだし、一旦戻るわ。また何かあったら気軽に呼び出して頂戴」
アニスさんは屈託のない笑顔でそう言って、ギルドへ戻っていった。
フェリチが寝込んで三日目、冒険者ギルドから呼び出された。
「仲間が倒れて寝込んでいるのですが」
フェリチは自分で自分のことができるほどに回復している。
それでも、これだけ身近で倒れた人を見たことがないからか、不安で仕方がない。
ギルドの使者は「大丈夫です」と言い出した。
「話は聞いております。後ほど、アニスがここへ来ることになっています」
アニスさんが付いていてくれるならと、僕はフェリチに断りを入れてから使者と一緒にギルドへ向かった。
「カオスドラゴン討伐命令です。場所は――」
ギルドへ着くなりギルド長の部屋へ通され、ギルド長は開口一番に命令を下した。
冒険者ギルドってのは仕事を請けて報酬を貰う場所なので、貴族のような回りくどい挨拶や礼儀作法はまるっと無視される。
とはいえ、端折りすぎだ。
「僕はまだカオスドラゴンを倒せる経験値ではありませんよ」
カオスドラゴンの危険度はSS。必要経験値は三十万だ。この二ヶ月の成果と先日倒したバジリスクの経験値を入れても、全く足らない。
「経験値に関しては承知の上です。それでも君は、カオスドラゴンを倒せるだけの実力を有していると考えております」
随分と買いかぶられたものだ。
以前の僕ならば「はい」と即答していただろうが、つい先日、フェリチと「命を粗末にしない」と約束したばかりだ。
「しかし……」
渋る僕に、ギルド長は最悪な提案をしてきた。
「不安ならば別のパーティを付けましょうか」
「いえ、このまま請けます」
今度は即答した。別のパーティなんてとんでもない。きっと魔滅魔法が使える聖女付きだ。
「では、宜しくお願いしますね」
「……というわけで、出発はフェリチの体調が戻り次第だ」
「かかかカオスドラゴン!?」
家に戻ると、フェリチは普段着姿で部屋の掃除をしていた。
フェリチの看病で手一杯で、部屋の掃除まで気が回っていなかった。といっても、普段から綺麗好きのフェリチがしょっちゅう掃除してくれるおかげで、そんなに汚れていないのだが。
掃除を手伝いながらカオスドラゴンの件を話すと、フェリチは持っていた濡れ雑巾を取り落として悲鳴にも似た声を上げた。
「ギルド命令だから、断ると最悪資格剥奪される。フェリチのことは僕が守るよ。だから」
「自分の身は自分で守りますっ! 吃驚しましたけど、大丈夫です、行きます!」
濡れた手で胸元をどん、と叩くものだから、フェリチの服の胸元に水が染みた。
「掃除やっておくから、フェリチは休んで」
「大丈夫ですよ! 私もう元気ですっ!」
「万全にするためにも休んで」
「う……はい」
強めに言ってようやく、フェリチは掃除の手を止めてくれた。
カオスドラゴン討伐とひと口に言っても、カオスドラゴンの元へたどり着くまでの旅路の確認や準備、移動手段の確保、道中の魔物討伐に関するギルドとの契約等、やることは山積みだ。
今回は自分で仕事を請けたわけではなくギルド命令のため、旅に必要な物資はギルドで用意してくれてある。
移動手段も、目的地近くの人里まではギルドが手配した馬車で行くことになった。
討伐依頼を請けてから三日後の今日、僕たちは町を発った。
「……けっこう、ゆれるの、ですね……」
御者台に座る僕の後ろから、死にそうな声を出しているのはフェリチだ。
「酔った? 鞄に炭酸水入ってるから、飲んでおきなよ」
「は、はいぃ……」
高熱を出して倒れたときより具合が悪そうだ。
「遠くの景色を見てると酔いにくいらしいよ。動けるならこっちへおいで」
「ふぇぇ……」
荷台から青白い顔で出てきたフェリチは、僕の隣にぺたりと座り込んだ。
「馬車に乗ったことなさそうだね」
「初めてですう……馬をこんな、間近でみるのも……」
手には炭酸水の入った瓶を持ち、僕の話に返事をしてくれる。
こんなに大人しく、元気と余裕のないフェリチは初めてだ。
「僕も初めの頃はよく酔ったなぁ。そのうち慣れるよ」
「馬術もそうですが、ご経験があるのですね」
「冒険者になる前は騎士団にいたからね」
「お話していただいてもいいですか? 気が紛れるので」
僕は頷いてから、騎士団時代の話をした。
といっても、あまり良い思い出はないから、自然と暗い話になってしまうわけで。
入団初日に騎士団寮を締め出されて真冬の夜中に外で夜を越したことや、支給された防具の留め具を緩められて練習試合中に外れて大怪我をした挙げ句に手入れがなっていないと怒られたこと。
遠征討伐の連絡が僕にだけ伝えられず、他の騎士団員がいなくなって初めて遠征のことを知り、遠征隊帰還後に責められて規律違反で牢へ入れられた話をしたあたりで、フェリチは最初よりももっと顔色が悪くなってしまった。
「ごめん、こんな話ばっかりで」
「いえ、聞いたのは私ですから。話させてしまってごめんなさい」
「謝らなくていいよ」
しばしの沈黙ののち、フェリチが思い切ったように尋ねてきた。
「その……ディールさんは国と冒険者ギルドから庇護されておられますよね?」
「うん」
「そんなディールさんにそのようなことをして……許されたのでしょうか」
「許されなかったみたいだよ。詳しくは知らないけど」
僕を寮から締め出した連中は、僕が寮の中へ入れた頃にはもういなかった。
防具を緩めた犯人は誰だかわからなかったが、僕になにかあるたびに団員が数人ずつ減っていった。
牢に入った期間は数時間だ。すぐに出され、騎士団長から丁寧な謝罪をうけ、僕を無理やり牢へ押し込んだ副騎士団長は別の人に代わった。
最終的に、僕の役職は実質的な「騎士団長補佐」になり、立場的に平騎士団員は手を出してこなくなった。
「まあ、周りの目が冷たいのは騎士団を出るまでずっと変わらなかったけどね」
「……あの」
「っと、魔物の臭いだ。馬車止めるよ」
フェリチは何か言いかけていたが、僕が「魔物」と口にすると、さっと杖を握り直した。
「んっ……と、はい、できました」
フェリチは結界魔法も得意だ。
というか、魔滅魔法と攻撃魔法以外は全部上位級の魔法が使えるんじゃないかな。
杖をとんとんと地面に突きながら馬車の周りを小走りでぐるっと一周し、目を閉じて魔力を込めると、馬車の周囲の空気が一変した。
アニスさんも十分な結界魔法は使えたが、こんなに素早く構築できなかったし、これほど強固なものではなかった。
イエナは魔滅魔法以外見たことがない。パーティの誰かが怪我をしても「そのくらい自力でなんとかなさい」と治癒魔法すら出し渋っていた。もしかしたら使えないのではと疑っている。
「凄いな。これなら馬も安全だ」
僕が馬の首をぽんぽんと叩いてやると、馬も結界の安全性を理解したのか、満足そうに小さく鳴いた。
「えへへ……。さあ、行きましょう」
フェリチは少しだけ照れたあと、真面目な顔になった。
気配を殺しながら臭いの方向へ向かうと、頭が二つある狼が十匹ほどいた。
「ドスベロスだ。毒はないが素早くて牙の殺傷力が高い。強化魔法だけ頼む」
「はい」
距離をとり、小さな声で話したのだが、辺りは隠れるものの少ない荒野だ。ドスベロスたちにあっさりと見つかってしまった。
が、フェリチの魔法速度と僕の素早さのほうが上だった。
フェリチは僕に強化魔法を掛け終えると、すぐに自身にも結界魔法を張った。
僕の方は、その頃には一匹目のドスベロスの両首を剣で切り落とし、他のドスベロスたちの背後を取っていた。
フェリチの強化魔法がなくともドスベロスに遅れを取らないが、あったほうが格段に動きやすい。
「こっちだ!」
地面の小石をいくつか拾い、ドスベロスたちに向かって強めに投げる。
外れたいくつかがフェリチの結界に当たって跳ね返った。他はドスベロスの身体にあたり、奴らはまんまとこちらへ向かってくる。
狼系の魔物は直情的だから、簡単に挑発に乗る。
相手は複数。来た順に斬っていては次の相手の対応が間に合わない。
斬らずに攻撃を避け、牽制し、時に蹴りで距離を外し、相手の体勢が不十分になったところで、一匹ずつ倒していった。
全て倒しきり、他に魔物の臭いがせず安全であるとフェリチに合図を送ると、フェリチは結界を解いて僕のところへ走り寄ってきた。
「お怪我はありませんか?」
「無いよ。フェリチは?」
「なんともありません」
「よかった。水だけ飲ませて」
倒すのは簡単だったが、素早く動くのでこちらの運動量も多かった。
水筒の水をひと口でなるべく多く口に含み、周囲を警戒しつつ飲みこむ。
「しばらく大丈夫そうだ。馬車のところへ戻ろう」
「はい」
道中、だいたいこの調子で魔物を幾度となく潰しながら、僕たちはカオスドラゴンが出現したとされる土地へ近づいていった。
「馬車はここまでだ。この村の馬小屋で預かってくれるはずだから、置いてくる。フェリチは先に宿へ向かっておいて」
拠点のある町を発ってから八日後、山の裾野にある小さな村で、僕たちは馬車を降りた。
この先は馬車が通れない深い森と険しい山しかないため、徒歩で行くしかない。
馬小屋の主人に冒険者ギルドの証明書を見せると、すぐに馬車を引き受けてくれた。
宿の方もフェリチが似たような書類を見せたため、僕たちはかなり良い部屋へ案内された。
「はうう……ベッドがこんなにも気持ちいいと感じるの、初めてですぅ……」
フェリチは清潔なシーツの敷かれたベッドに倒れ込むようにして寝転び、猫みたいにゴロゴロしている。
ここまでの長期遠征、冒険者になってからはなかったが、騎士団時代には何度もあったから、気持ちはわかる。
「夕食をとったら早めに寝よう」
「そうしますぅ」
フェリチはまだ溶けている。
僕は何故か込み上げてくる笑みをどうにか押し殺した。
バジリスク討伐の仕事の後、随分疲れた様子だなぁと呑気に構えていたら、翌朝に高熱を出して倒れてしまったのだ。
「すみません……」
ふらふらと足元の覚束ないフェリチを抱き上げてベッドへ寝かせ、氷嚢と飲み水を部屋へ運んだ僕に、フェリチがか細い声で謝罪してくる。
意識がはっきりしているぶん、余計に苦しそうだ。
「気にしないで、休むことだけ考えて」
低危険度の仕事を何度かこなしたとはいえ、いきなり危険度C、しかも複数討伐はやりすぎた。
フェリチの頑張りすぎる性格を見抜けなかった僕の失態だ。
フェリチの熱は一日経っても下がらなかった。
簡単な病人食の用意や氷嚢の取り替えは僕にもできるが、汗拭きや着替えなんかは無理だ。
本人は起き上がるのも辛そうで、水や食事も僕が口元に運ばなければ摂ってくれない。
僕はアニスさんに助けを乞うた。
「あらあら、大変! ギルド長に伝えてから急いでいくわ。先に帰ってて」
冒険者ギルドでアニスさんに事情を話すと、アニスさんはとても慌てた様子でぱたぱたと走り去った。
言われた通り先に家に帰り、フェリチの傍についていると、医者を連れたアニスさんがやってきた。
フェリチの身体を診るからと、僕は一旦部屋から締め出された。
「左足首を酷く捻っておりましたよ。それと、バジリスクの毒を少々吸っていましたね。どちらも処置を済ませました。薬は朝昼晩の食後に一包ずつ、白湯で飲ませてください。三日分置いていきます。薬を飲み切っても良くなる気配がなければ、また呼んでください」
初老の医者は僕にそう告げて立ち去った。
「足首捻ってたのか……」
「大したことないと、思って」
「これからはどんな小さな怪我でも申告してくれ」
治癒魔法というのは、自分自身には効き目が薄い。
僕に魔法は使えないし、怪我の治療ができる薬は高価で滅多なことでは使えない。フェリチが怪我をしたらお手上げだ。
「気づかなかった僕の目も節穴だったな。ごめん」
「いえ、ディールさんは悪くないです」
治療を施され薬を飲んだフェリチは、少しだけ熱が引いた。口調も、本調子ではないが少しずつもとに戻っている。
僕には医者を呼ぶという発想がなかった。これまで大病を患ったことがなく、少しの体調不良は寝て治していたし、実家では父の前で眼が黒くなった時に連れて行かれたっきり。それ以外や騎士団では放置されていた。
フェリチはアニスさんの手によって着替えを済ませ、薬の効果で眠った。寝息はだいぶ楽そうだ。
「ありがとうございました、アニスさん。助かりました」
「どういたしまして。お薬効いてるみたいだし、一旦戻るわ。また何かあったら気軽に呼び出して頂戴」
アニスさんは屈託のない笑顔でそう言って、ギルドへ戻っていった。
フェリチが寝込んで三日目、冒険者ギルドから呼び出された。
「仲間が倒れて寝込んでいるのですが」
フェリチは自分で自分のことができるほどに回復している。
それでも、これだけ身近で倒れた人を見たことがないからか、不安で仕方がない。
ギルドの使者は「大丈夫です」と言い出した。
「話は聞いております。後ほど、アニスがここへ来ることになっています」
アニスさんが付いていてくれるならと、僕はフェリチに断りを入れてから使者と一緒にギルドへ向かった。
「カオスドラゴン討伐命令です。場所は――」
ギルドへ着くなりギルド長の部屋へ通され、ギルド長は開口一番に命令を下した。
冒険者ギルドってのは仕事を請けて報酬を貰う場所なので、貴族のような回りくどい挨拶や礼儀作法はまるっと無視される。
とはいえ、端折りすぎだ。
「僕はまだカオスドラゴンを倒せる経験値ではありませんよ」
カオスドラゴンの危険度はSS。必要経験値は三十万だ。この二ヶ月の成果と先日倒したバジリスクの経験値を入れても、全く足らない。
「経験値に関しては承知の上です。それでも君は、カオスドラゴンを倒せるだけの実力を有していると考えております」
随分と買いかぶられたものだ。
以前の僕ならば「はい」と即答していただろうが、つい先日、フェリチと「命を粗末にしない」と約束したばかりだ。
「しかし……」
渋る僕に、ギルド長は最悪な提案をしてきた。
「不安ならば別のパーティを付けましょうか」
「いえ、このまま請けます」
今度は即答した。別のパーティなんてとんでもない。きっと魔滅魔法が使える聖女付きだ。
「では、宜しくお願いしますね」
「……というわけで、出発はフェリチの体調が戻り次第だ」
「かかかカオスドラゴン!?」
家に戻ると、フェリチは普段着姿で部屋の掃除をしていた。
フェリチの看病で手一杯で、部屋の掃除まで気が回っていなかった。といっても、普段から綺麗好きのフェリチがしょっちゅう掃除してくれるおかげで、そんなに汚れていないのだが。
掃除を手伝いながらカオスドラゴンの件を話すと、フェリチは持っていた濡れ雑巾を取り落として悲鳴にも似た声を上げた。
「ギルド命令だから、断ると最悪資格剥奪される。フェリチのことは僕が守るよ。だから」
「自分の身は自分で守りますっ! 吃驚しましたけど、大丈夫です、行きます!」
濡れた手で胸元をどん、と叩くものだから、フェリチの服の胸元に水が染みた。
「掃除やっておくから、フェリチは休んで」
「大丈夫ですよ! 私もう元気ですっ!」
「万全にするためにも休んで」
「う……はい」
強めに言ってようやく、フェリチは掃除の手を止めてくれた。
カオスドラゴン討伐とひと口に言っても、カオスドラゴンの元へたどり着くまでの旅路の確認や準備、移動手段の確保、道中の魔物討伐に関するギルドとの契約等、やることは山積みだ。
今回は自分で仕事を請けたわけではなくギルド命令のため、旅に必要な物資はギルドで用意してくれてある。
移動手段も、目的地近くの人里まではギルドが手配した馬車で行くことになった。
討伐依頼を請けてから三日後の今日、僕たちは町を発った。
「……けっこう、ゆれるの、ですね……」
御者台に座る僕の後ろから、死にそうな声を出しているのはフェリチだ。
「酔った? 鞄に炭酸水入ってるから、飲んでおきなよ」
「は、はいぃ……」
高熱を出して倒れたときより具合が悪そうだ。
「遠くの景色を見てると酔いにくいらしいよ。動けるならこっちへおいで」
「ふぇぇ……」
荷台から青白い顔で出てきたフェリチは、僕の隣にぺたりと座り込んだ。
「馬車に乗ったことなさそうだね」
「初めてですう……馬をこんな、間近でみるのも……」
手には炭酸水の入った瓶を持ち、僕の話に返事をしてくれる。
こんなに大人しく、元気と余裕のないフェリチは初めてだ。
「僕も初めの頃はよく酔ったなぁ。そのうち慣れるよ」
「馬術もそうですが、ご経験があるのですね」
「冒険者になる前は騎士団にいたからね」
「お話していただいてもいいですか? 気が紛れるので」
僕は頷いてから、騎士団時代の話をした。
といっても、あまり良い思い出はないから、自然と暗い話になってしまうわけで。
入団初日に騎士団寮を締め出されて真冬の夜中に外で夜を越したことや、支給された防具の留め具を緩められて練習試合中に外れて大怪我をした挙げ句に手入れがなっていないと怒られたこと。
遠征討伐の連絡が僕にだけ伝えられず、他の騎士団員がいなくなって初めて遠征のことを知り、遠征隊帰還後に責められて規律違反で牢へ入れられた話をしたあたりで、フェリチは最初よりももっと顔色が悪くなってしまった。
「ごめん、こんな話ばっかりで」
「いえ、聞いたのは私ですから。話させてしまってごめんなさい」
「謝らなくていいよ」
しばしの沈黙ののち、フェリチが思い切ったように尋ねてきた。
「その……ディールさんは国と冒険者ギルドから庇護されておられますよね?」
「うん」
「そんなディールさんにそのようなことをして……許されたのでしょうか」
「許されなかったみたいだよ。詳しくは知らないけど」
僕を寮から締め出した連中は、僕が寮の中へ入れた頃にはもういなかった。
防具を緩めた犯人は誰だかわからなかったが、僕になにかあるたびに団員が数人ずつ減っていった。
牢に入った期間は数時間だ。すぐに出され、騎士団長から丁寧な謝罪をうけ、僕を無理やり牢へ押し込んだ副騎士団長は別の人に代わった。
最終的に、僕の役職は実質的な「騎士団長補佐」になり、立場的に平騎士団員は手を出してこなくなった。
「まあ、周りの目が冷たいのは騎士団を出るまでずっと変わらなかったけどね」
「……あの」
「っと、魔物の臭いだ。馬車止めるよ」
フェリチは何か言いかけていたが、僕が「魔物」と口にすると、さっと杖を握り直した。
「んっ……と、はい、できました」
フェリチは結界魔法も得意だ。
というか、魔滅魔法と攻撃魔法以外は全部上位級の魔法が使えるんじゃないかな。
杖をとんとんと地面に突きながら馬車の周りを小走りでぐるっと一周し、目を閉じて魔力を込めると、馬車の周囲の空気が一変した。
アニスさんも十分な結界魔法は使えたが、こんなに素早く構築できなかったし、これほど強固なものではなかった。
イエナは魔滅魔法以外見たことがない。パーティの誰かが怪我をしても「そのくらい自力でなんとかなさい」と治癒魔法すら出し渋っていた。もしかしたら使えないのではと疑っている。
「凄いな。これなら馬も安全だ」
僕が馬の首をぽんぽんと叩いてやると、馬も結界の安全性を理解したのか、満足そうに小さく鳴いた。
「えへへ……。さあ、行きましょう」
フェリチは少しだけ照れたあと、真面目な顔になった。
気配を殺しながら臭いの方向へ向かうと、頭が二つある狼が十匹ほどいた。
「ドスベロスだ。毒はないが素早くて牙の殺傷力が高い。強化魔法だけ頼む」
「はい」
距離をとり、小さな声で話したのだが、辺りは隠れるものの少ない荒野だ。ドスベロスたちにあっさりと見つかってしまった。
が、フェリチの魔法速度と僕の素早さのほうが上だった。
フェリチは僕に強化魔法を掛け終えると、すぐに自身にも結界魔法を張った。
僕の方は、その頃には一匹目のドスベロスの両首を剣で切り落とし、他のドスベロスたちの背後を取っていた。
フェリチの強化魔法がなくともドスベロスに遅れを取らないが、あったほうが格段に動きやすい。
「こっちだ!」
地面の小石をいくつか拾い、ドスベロスたちに向かって強めに投げる。
外れたいくつかがフェリチの結界に当たって跳ね返った。他はドスベロスの身体にあたり、奴らはまんまとこちらへ向かってくる。
狼系の魔物は直情的だから、簡単に挑発に乗る。
相手は複数。来た順に斬っていては次の相手の対応が間に合わない。
斬らずに攻撃を避け、牽制し、時に蹴りで距離を外し、相手の体勢が不十分になったところで、一匹ずつ倒していった。
全て倒しきり、他に魔物の臭いがせず安全であるとフェリチに合図を送ると、フェリチは結界を解いて僕のところへ走り寄ってきた。
「お怪我はありませんか?」
「無いよ。フェリチは?」
「なんともありません」
「よかった。水だけ飲ませて」
倒すのは簡単だったが、素早く動くのでこちらの運動量も多かった。
水筒の水をひと口でなるべく多く口に含み、周囲を警戒しつつ飲みこむ。
「しばらく大丈夫そうだ。馬車のところへ戻ろう」
「はい」
道中、だいたいこの調子で魔物を幾度となく潰しながら、僕たちはカオスドラゴンが出現したとされる土地へ近づいていった。
「馬車はここまでだ。この村の馬小屋で預かってくれるはずだから、置いてくる。フェリチは先に宿へ向かっておいて」
拠点のある町を発ってから八日後、山の裾野にある小さな村で、僕たちは馬車を降りた。
この先は馬車が通れない深い森と険しい山しかないため、徒歩で行くしかない。
馬小屋の主人に冒険者ギルドの証明書を見せると、すぐに馬車を引き受けてくれた。
宿の方もフェリチが似たような書類を見せたため、僕たちはかなり良い部屋へ案内された。
「はうう……ベッドがこんなにも気持ちいいと感じるの、初めてですぅ……」
フェリチは清潔なシーツの敷かれたベッドに倒れ込むようにして寝転び、猫みたいにゴロゴロしている。
ここまでの長期遠征、冒険者になってからはなかったが、騎士団時代には何度もあったから、気持ちはわかる。
「夕食をとったら早めに寝よう」
「そうしますぅ」
フェリチはまだ溶けている。
僕は何故か込み上げてくる笑みをどうにか押し殺した。
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しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
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