倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです

桐山じゃろ

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第二章

25 休み

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 セレはそのまま、僕たちの家に住むことになった。
 全壊した研究所は国ができる最大限の研究設備を備えた施設だったため、完全再建には急いでも二年はかかる。
 倒壊後三日で仮設研究所は建ったが、人員が寝泊まりできるスペースは十人分ほどしか用意できず、設備も最低限しかない。
 更に、国の宝であるセレは安全確保や警護のために研究所に住んでいたので、他に家がない。
 ただ、研究所や設備がなくともセレの「研究」にはあまり差し障りがないらしい。
 設備は理論の正確さを数値化するための計算機であり、研究成果を生み出すのはあくまでも人間の頭脳。
 頭で考え、考えをまとめて書き出すまでなら、机と紙とペンとインクさえあればどこでもいいというわけだ。

 なによりセレが、方法は乱暴だったが記憶を取り戻したことにより、以前の調子を取り戻してくれたのが嬉しい。

「おはよー。朝ご飯なーにー?」
 セレとの生活がはじまって早一週間。セレは既に家の皆に馴染んでいた。
 目覚めてすぐに食堂へ現れて、皆の朝食の支度をしているルルムさんを捕まえて朝食のメニューを尋ねるセレに、ルルムさんは笑顔で応えた。
「今朝はフィレンツ風卵トーストですよ」
「やったー、あれ好きー。3回はおかわりするよー」
「ちゃんと準備してありますよ」
「ステキー」
 朝食に好物が出ると知るや、セレはその場で両手を上げて大喜びした。
 研究者であるセレは、冒険者の僕たちに負けないくらい食用旺盛だ。
 特に夕食は、リオさんと同じくらいの量を平らげることもある。
 食事の支度はルルムさんとフェリチがやってくれる。負担が増えて大変ではないかと問うたら、
「いいえ、食べっぷりのいい人がたくさんいると、作る方としても楽しいのですよ」
「ルルムさんに完全同意です」
 と、頼もしい返答を頂いた。


「さーて、ディール。今日の調子はどうー?」
 この一週間、朝食のあとはセレから質問が降ってくる。
 現在のセレの研究対象は、ドラゴン、というより僕自身のようだ。
「特になんとも。不調はないし、取り立てて気になるところもないよ」
 最初は「痛いところはないか」「気になるところはないか」「なんでもいいから昨日と違うところはないか」と細かく聞かれていたが、僕のほうが適応し、「全て問題なし」と答えることで質疑応答時間の短縮に成功している。
「じゃあ……フェリちゃーん、おねがいー」
「はい」
 僕が問題なしと言い張っても、フェリチによる魔力の確認は欠かさない。
 何せ、僕が体内にドラゴン3匹分の魔力を閉じ込めている理由や理屈は未だに不明だ。
 セレはこれまで魔物対策や転移装置、特殊鉱石に頼らない高性能の武器防具の開発を研究の対象としていたが、最近はもっぱらドラゴンの研究に勤しんでいる。
 と言っても……。
「……いつも通りです」
 フェリチが僕の胸のあたりに手をかざして数瞬、あっさりと診断結果を出した。
 この通り、果たして研究の取っ掛かりはあるのかと、こちらが心配になるくらい変化がない。
「そっかー。ありがとー、フェリちゃん。ディールも毎朝ありがとうねー」
 一週間、毎日変わらない結果を手帳に書き込んで意味はあるのかと聞いたら「変化がないことも貴重な情報」とのこと。
 セレは立ったまま器用に手帳へペンを走らせると、手帳をぱたりと閉じ、ぐぐっと背伸びをした。
「朝の観察おーわりー。ディールー、今日は何するのー?」
「城へ行くよ」
「じゃ、ついてくー」

 最近の僕は、ようやく仕事を見つけた。
 魔物がいないから冒険者はできない、不器用だから家事も無理、人の顔を覚えたり指導したりも苦手だから騎士団の指導も厳しい……と、仕事が見つからないことをリオさんについ愚痴ったら、リオさんは目を瞬かせた。
「団長補佐として事務仕事をしていたじゃないか。お前の仕事は完璧だったぞ」
 と、意外そうに言われてしまった。
 身についた力を活かす仕事を見つけなければと考えるあまりに、自分が何をしていたのかすっぱり忘れていた。
 そういえば僕は、スルカス国の騎士団にいたとき、色々あって騎士団長補佐となり、事務仕事を特に苦労することなくこなせていた。
 早速ナチさんに相談すると「それでしたら」と城の文官の仕事を斡旋してもらえたのだ。
 文官というのは、いくら手があっても困らない職場らしい。
 ナチさんに連れられて文官の職場へ行くと、早速計算の仕事を与えられた。
 仕事の仕上がりが良かったらしく、それからは毎日のように職場へ行き、夕方まで書類と向き合う生活をしている。

 更に、一週間ほど前からここへセレが紛れ込むことになって、職場の同僚からは悲鳴のような歓声が上がった。
 セレの計算能力は、ずば抜けている。常人の百倍くらいの速度で、難しい計算もさくっと終わらせてしまうのだ。
「ひいい、1週間分の仕事が1時間で終わってるうう」
「お、俺、今週末休みがとれるのか!?」
「ああ、この調子なら三日くらい休んでもいいぞ」
「みみみ三日!?」
 数カ月ぶりに休暇を得られると騒ぐ同僚たちの横で、複雑な財務処理を涼しい顔で済ませたセレを見ると、セレはニヒヒと笑った。
「お休みだってー。ディールはお休みの日って何するのー?」
 僕は僕で目の前の書類をどうにか片付けていて、別の同僚から感謝の言葉を授かっているところだった。
「休みは……体が鈍らないように鍛錬したり、武器の手入れしたりかな」
「それ、休んでるのー?」
「仕事してないから休んでるんじゃないかな」
「なにか違うようなー?」
 セレは小首をかしげてしまったが、それがいつもの僕だ。
「他にどうしていいかわからないし」
 というのが、正直なところで。
 セレは僕の言葉を聞いて、カッと目を見開いた。
「休みっていうのはー、朝やりたいだけ二度寝してー、お菓子食べながらゴロゴロしてー、美味しいお茶屋さんへ甘いもの食べに行ったりー、娯楽小説読んで過ごしたりすることだよー」
「え、あ、うん。そういう休み方があることは知ってる」
 朝はぱっちりと目が覚めて二度寝なんてしたくてもできないし、甘いものはそんなに得意じゃないし、読書も趣味じゃない。
 ウィリディスに来たばかりの頃こそ、何ができるか、何をしたらよいのかわからなくて、一日を無為に過ごしたこともあったけれど、大抵は体を動かすとか仕事をするとかしていないと落ち着かない性質なのだ。
 セレにこういうことを掻い摘んで説明すると、セレは腕を組んで唸りだした。
「うーん、なるほどー。なるほどー……」
 上を向いたりしたを向いたり、何事かぶつぶつつぶやいたかと思ったら、押し黙ったり。
 こういう状態のセレは何度も見ているが、毎回落ち着かない気分になる。
「セレ?」
 僕が声を掛けるのとほぼ同時に、セレが我に返って僕にずいっと顔を近づけた。
「ディール」
「な、何?」
「明日は徹底的に休もー! ディールは何もしちゃだめー! ごはんは私が運ぶー! トイレ以外でベッドから動いちゃ駄目だよー!」
 突然すぎる提案に、僕は一瞬目眩がした。
「なんだそれ、病人扱いじゃないか」
 首を横に振って全力の拒否を示したが、セレは一歩も引かなかった。
 それどころか、話を聞いてしまっていた同僚たちから援護射撃まで得ていた。
「そうですよディールさん。貴方いつも職場に来たら最後まで帰らないじゃないですか」
「それは仕事が終わらないからで……」
「明日の仕事は明日やればいいのに、先の先の仕事までやってますよね? 今度の三連休だってディールさんがお膳立てしてくれたお陰ですし」
「お膳立てなんて……」
「ディールさんが毎日こつこつ仕事の下準備を整えてくれていたから、今日セレブロム様が一気に仕事を進められたんです」
「ほんとそうー。ディール、字ぃ綺麗だからやりやすかったー」
「でも、だからってベッドから動くなって……」
「そのくらいの勢いで体を休めろってことですよ。ね、セレブロム様」
「うんうん」
 いいや、セレの目は本気だった。このままでは、ものの例えではなく本気で僕は三日間、とこの上の人になる。
「さ、今日はもうやりたくっても仕事はありませんからね」

 こうして僕は、昼前に職場を追い出され……。

「わかりました。ディールさん、剣も外してくださいね」
「ええっ!?」
 屋敷に戻るとセレが瞬く間にフェリチとルルムさんに事の次第を説明してしまい、僕は明日からではなく、直ちに自室のベッドから動けなくなってしまった。
 しかも剣まで部屋の隅に立てかけるようフェリチに指示され、渋々従った。
 剣を……護身用の短剣すら持たずに過ごすなんて、一体何年ぶりだろう。
「ふふふ」
「何だよ」
 僕が部屋の隅に剣を立てかけてベッドに戻ると、セレが謎の笑みを浮かべた。
「だってー、フェリちゃんの言うことは素直に聞くんだもんー」
「……」
 何も言い返せなかった。
 どうしてか、フェリチに頼まれると断れないし、嫌だと思ったことすらない。
 剣に関しても、フェリチの言うことならと聞いたのだ。
 助けを求めてフェリチを見ると、フェリチは顔を真赤にして明後日の方向を見ていた。
「フェリチ、どうかしたの? 具合悪い?」
 最近は体の不調はちゃんと訴えるようになってくれたのに、また前みたいに隠すようになってしまったのだろうか。
「なんっでもありませんっ! お茶をお持ちしますねっ!」
 フェリチはぱたぱたと部屋から出ていってしまった。
「セレ、フェリチの具合みてくれる?」
「大丈夫だよー。私ここにいるの悪いから、フェリちゃん手伝ってくるねー」
「え? う、うん」
 セレは顔にニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、フェリチのあとを追った。

 食事はフェリチとルルムさん、それにセレまでが部屋に運んできてくれて、何なら食べさせようとまでしてくれた。
 流石にそれは断固拒否して、自分で食べたが。
 今日は体をほとんど動かしていないせいか、フェリチの料理すらもあまり入らなかった。

 夜にはリオさんがワイン瓶を3本持ってやってきて、長々と話をした。
「どんな塩梅だ?」
「退屈になるんじゃないかって不安だったんですけど、セレが置いていったお勧めの本が意外に面白くて」
 ベッドのサイドテーブルには、全十二巻からなる冒険活劇の娯楽小説が積んである。
 読書に慣れていない僕は読むのに時間がかかるため、まだ1巻目の半分ほどしか進んでいない。
 三日間ベッドにいたとしても、全て読みきれないだろうが、セレは「もう読んじゃったやつだからー、無期限で貸すよー」と言ってくれている。
 僕が積まれた本を指差すと、リオさんは一番上の一冊を手に取り、表紙をじっと見た。
「ああ、これか。これを基にした演劇を観たことがあるぞ」
「演劇ですか」
「興味無いか?」
「うーん、一度も観たことがないので、なんとも言えないですね」
「一度も? 学院でもか」
「学院で? ……ああ、あのときかな。寮の自室の外から板を打ち付けられて出られなかった日があったんですよ。外から歓声とか音楽とか聞こえてきて、全部終わったあとでやっと板を外してもらえました」
 なにか楽しげな催しがある日はいつも何かしらの妨害を受けて、参加できなかった。
 国に保護されていた僕にそんなことをするやつは軒並み停学処分、繰り返せば退学になるというのに、似たようなことをやらかす奴が後を絶たなかった。
「……ディール……」
 リオさんがなんとも言えない表情で、目に涙を溜めている。僕がこういう話をすると、リオさんはすぐに涙ぐんでしまう。案外涙もろい人なのだ。
「済んだことです。それより、このベッドから出られないの刑が終わったら、演劇観に行ってみたいです」
「それはいいな。だが、この話は今は上演していないかもしれん。別のものでもいいか?」
「なんでも良いです。リオさんのお勧めがあればそれで」
「よし、上演中の作品をいくつか見繕っておこう」

 と、リオさんが折角、ウィリディス中の劇団の上演作品を調べてくれたというのに、僕が演劇を観られるようになるのは、だいぶ先の話になる。


「ディール、調子はどう? ……って、聞くまでもないよね。ごめん、ここまでとは思わなくて」
 セレが心配そうな表情で僕の顔を覗き込んでいる。セレの隣ではフェリチも似たような表情をしていて、部屋にはリオさんとルルムさん、それにナチさんまでいる。
「え……?」
 状況がつかめなかった。
 ただ、全身が、考えるのも面倒なくらいに気怠くて、何ならセレの声すら鬱陶しい。
「ディール、働いたり戦ったりすることで魔力を上手く外に流して調整してるんじゃないかって仮説を立てたの。それが正しいことは証明できたから、これ以上は……」
 何の話だろう。
 とにかく、眠い。
 目を開けているのも億劫だ。
 僕は自分のものとは思えないほど重たい手をどうにか持ち上げて振ってセレを遠ざけ、瞼を閉じた。
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