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第二章
36 赤いドラゴン
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◇
イエナの右眼の変化を見たコーヴスは、気絶したイエナをそのままにして、小屋の中に散らばっていた手荷物をかき集めた。
その中から、使えそうなものだけを厳選し、穴の空いた鞄を簡単に繕って中に詰めて肩から下げた。
そして、未だ気絶したままのイエナを背負って小屋を出た。
ディールは、瞳の色が変わるからという理由で国から手厚い保護を受けた。
ならば、イエナの右眼の色が変わったところを見たと訴えれば、イエナは保護を受けられる。
ついでに俺も、イエナの保護者か何かとして、最悪でもおこぼれに預かれるだろう。
街道に出て、適当な荷馬車と交渉して乗せてもらい、コーヴスはイエナを背負ったままスルカス王都を目指した。
到着する頃には、廃墟と化していることなど知らずに。
荷馬車は順調に王都への道を進んでいたが、もう少しで王城が見えるというあたりで、馬が御者に反抗して一歩も前へ進まなくなった。
「こら、どうしたどうした。腹が減ったのか?」
馬に餌を与えたり、撫でたりおだてたりしても、馬は動こうとしない。
「あっちにいるわ。だから動かないのよ」
気絶した状態で荷馬車に載せられてから丸一日後に目を覚ましたイエナは、不気味なほど大人しく、コーヴスや商人たちの言う事を聞いてよく働いていた。
そのイエナが、荷台の上で立ち上がり、遠くを眺めてそんな事を言いだした。
「イエナ? 何を言ってるんだ」
コーヴスが尋ねても上の空の様子だ。
イエナはそのまま、荷台を飛び降り、馬が行こうとしない方向へと駆け去ってしまった。
「お、おい、イエナっ」
コーヴスは慌てて追いかけた。
◇
「……このっ!」
思い切り振った剣は、赤い靄をするりと通り抜けた。
靄は僕から離れた場所で瞬時に形作り、ドラゴンの姿になる。
リヴィディネドラゴンは、靄の姿のときは物理攻撃が通用しないのだ。
フェリチを連れてくれば……と何度かよぎったが、この小賢しいドラゴンはフェリチが魔法を使った瞬間にフェリチを狙うに違いない。
ドラゴンの姿のときを狙っても、奴は靄からドラゴン、ドラゴンから靄になるのが速すぎる。
なかなか隙が見つからない。
「せめて魔法が使えれば……」
ドラゴンの魔力を魔法に変換する術は、セレやフェリチに協力してもらってあれこれ試した。
しかし、炎を灯す魔法のひとつすら使えない。
『そなたが未だ恐れておるから使えぬのだ』
頭の中で金色のドラゴンが勝手に喋る。
図星なのが腹立たしい。
転移魔道具を何度使っても減る様子の見えない魔力量だ。もし暴発させたら……と思うと、魔法の発動を心の何処かで拒んでしまっているのだ。
と、実体化したリヴィディネドラゴンが僕に向かって炎を吐いた。
思わず剣を横に構えたが、炎は僕の前に結界でもあるかのように、ふたつに分かれて僕を避けた。
『ほれ、結界魔法は使えるではないか』
どうやら無意識のうちに、魔法を使えているらしい。
ならば攻撃魔法も……やはり、できない。
実体化したリヴィディネドラゴンの元へ跳び、切りつけたが、ドラゴンは赤い靄と化して僕を嘲笑うかのように漂った。
このあたりは平野が続いている。
多少、暴発させても大丈夫だ。
自分に強く言い聞かせて、精神を集中しかけた時。
人の気配がこちらへ近づいてきた。
「お、おい、あれ、ドラゴンじゃねーか! イエナ! 戻れ! くそっ、一体どうしちまったんだ!?」
聞き覚えのある声と、明らかに知っている名前。
どうしてこう、タイミング最悪の時に限ってあいつらが現れるんだ。
「なっ、ディール!?」
「命が惜しけりゃとっとと逃げろ!」
コーヴスが僕に気づき、こちらもイエナとコーヴスの姿を確認した。
コーヴスはドラゴンに警戒して近づいてこないが、イエナがどんどんこちらへ向かってくる。
「おい、戻……!?」
イエナの右眼の周囲が、覚えのある状態になっている。
赤かった瞳は灰色に変色し、右眼の回りは血管が浮いていて、頬には黒い液体が伝っていた。
イエナは僕のすぐ横まで歩いてくると、ドラゴンに向かって両手を広げた。
「私はここよ」
何を言っているんだこいつは。
頭の中で勝手に喋る金色のドラゴンはともかく、ドラゴンが人語を解するわけがない。
僕が呆気にとられていると、リヴィディネドラゴンはまたしても炎を吐いた。
「え……きゃああああ!」
うるさい。が、真横で死なれるのも寝覚めが悪い。
僕はもう一度結界魔法を使い、炎を防いだ。
「コーヴス! イエナを連れて行け!」
さっさとこの場から消えてもらいたいのに、コーヴスを見れば腰を抜かして座り込んでしまっている。
「コーヴス!!」
もう一度思い切り叫ぶと、コーヴスは飛び上がって……ひとりで逃げた。
「ええ……」
逃げてくれるのは助かるが、イエナをどうしよう。
リヴィディネドラゴンの炎を防ぎながら、隣で立ち尽くしているイエナを見る。
こっちは放心状態で、動く気配がない。
「イエナ! 逃げろ!!」
大声を出してみるも、やはりイエナは動かない。
こいつを守る理由はひとつも無いというのに。
しかし、やはり目の前で死なれては……。
「……して」
「?」
イエナが小さな声で何か言っている。
よくよく耳を傾けてみた。
「どうして、戻ってこないの」
一体何の話だ。
『この雌は元、器じゃ』
金色のドラゴンの言うことも理解不能……そういえば、セレがドラゴンと関わった時も、器だとか言ってたな。
リヴィディネドラゴンは、イエナを器にしていたのか。
炎を吐ききったリヴィディネドラゴンが僕とイエナへ襲いかかる。
僕はイエナを思い切り横へ突き飛ばし、剣を振った。
ドラゴンはまた靄になり、僕の攻撃は無効化された。
これでは打つ手がない。
『攻撃魔法を使えばいいではないか』
金色のドラゴンが楽しそうに囁く。
周りにいるのは、イエナだけ。
相手は、七匹のドラゴンのうちの一匹。
僕は、覚悟を決めた。
その瞬間、僕の脳裏に魔法の使い方が流れ込んできた。
これまでフェリチやセレに習ったものが、蘇ったのか。
それとも、金色のドラゴンのお節介か。
今は、どちらでもいい。
リヴィディネドラゴンが形を成そうとする前に、ドラゴンに向かって左手をかざした。
「消えろ!!」
炎でも水でも雷でもない何かが、靄と実体の中間くらいの形状になっているドラゴンにぶち当たった。
ドラゴンの足元の草は塵と化したが、思ったより周りに影響が出ていない。
右眼がビキビキと音を立てて痛む。
僕が放っているのは、おそらく魔法ではない。魔力そのものをぶつけている。
だから転移魔道具や結界魔法を使った時のように、無痛ではないのだ。
ドラゴンさえ倒せれば、何でもいい。
僕が魔力をぶち当てたそばから、リヴィディネドラゴンの身体は消失していった。
靄の部分は強風にあおられた煙のように消し飛んだ。
魔力を放って数十秒ほどで、リヴィディネドラゴンは完全に消え去った。
「ふう……」
息が切れる。全身の節々が痛い。ドラゴンの魔力をそのまま使うのは、体に負担がかかるようだ。
しかし眼のほうは、魔力を使い始めてすぐこそ痛かったが、今はなんともない。
どうせこのあと、リヴィディネドラゴンの魔力が入ってきて、また激痛にのたうつのだろうが。
とさり、と音がして振り返ると、イエナが気を失って倒れていた。
コーヴスらしい気配は遥か遠くにある。
ドラゴンから離しておいた第二王子も気を失ったまま。
……どうしよう、これ。
「仕方なかったから」
僕は第二王子とイエナを運ぶために転移魔道具を二回使い、城へ帰還した。
第二王子は王子の私室に監視付きで放り込まれ、イエナの方は貴賓室のベッドを借りて寝かされた。
「仕方ないですが……どうしましょうね」
フェリチが複雑そうな顔で、イエナに治癒魔法を使った。それでもイエナは目覚めない。
「ディール殿、お戻りになったのですか。……この女性は?」
フルマ伯爵がやってきたので簡単に事情を説明した。
「リヴィディネドラゴンを……お疲れ様でした。本来なら勲章と報酬を……」
「今はそれどころじゃないでしょう」
「申し訳ないのですが、仰るとおりです。ところで、そちらの女性が元聖女イエナだということであれば、こちらで引き取ります。懸賞首ですので」
「懸賞首?」
よくよく話を聞けば、僕を国外追放処分にした際、首謀者である第二王子の傍にいたのが、このイエナだったというのだ。
イエナは投獄され、折を見て極刑に処される予定だったのだが、多数の聖女が突然死したため、刑を先延ばしにする代わりに魔滅魔法を使わせていた。
クヒディタスドラゴン襲来の混乱の最中に逃げ出してから行方不明だったらしい。
「もしかして、コーヴスも?」
「コーヴスとは? ……元仲間で、クヒディタスドラゴン討伐時に手柄をよこせと!? そのようなことが……」
フルマ伯爵が絶句してしまった。
コーヴスに関しては特に懸賞を懸けられたりはしていないようだ。
「その男については調べておきましょう。一先ず……」
フルマ伯爵が今後のことを話しかけた時。
「う、うう……」
イエナが目を覚ました。
目覚めてすぐのイエナは混乱して取り乱し、暴れたので、取り押さえて縛り上げた。
フェリチが怪我の有無を確認している間に落ち着いたらしく、今度はやけにしおらしくなった。
「わ、私、とんでもないことを……」
一応話を聞いてみると、これまでの記憶ははっきりしている上に、自分でも「悪いことをした」と自覚していた。
「なぜだか、どうしようもなかったの。自分で自分を止められなかった……。全ての男は私の思い通りになるって信じて疑わなくて……どうして、あんなことを……。ごめんなさい、ディール。謝って済む問題じゃないのは分かってるけど……」
嘘を吐いているようには見えない。
急に大人しく反省されても、反応に困る。
「ところでイエナ、右眼が灰色になってたけど、今まで気づかなかったのか?」
「右眼が? ディールみたいに? 誰にも言われたこと無いし、自分で見た覚えもないわ」
こんなにしおらしいイエナを見るのは初めてだ。
「瞳の色が変わるのでしたら、保護しなければなりませんが……」
フルマ伯爵が顎に手を当てた時、フェリチが遠慮がちに挙手した。
「ちょっと待ってください」
フェリチがイエナの顔に手をかざした。魔力を調べているようだ。
「……ドラゴンの魔力は感じませんね。セレさんと同じように、一時的にドラゴンが取り憑いていたせいかと思われます」
おお、とその場にいたイエナ以外が唸った。
「では、ディール殿は常にドラゴンがその、取り憑いていると?」
フルマ伯爵がやや引き気味に尋ねてきた。
「ドラゴンそのものではなく、ドラゴンの魔力だけが眼に収まっています」
無意識のうちに右眼に手をやっていた。
リヴィディネドラゴンの魔力は、まだ身体に入ってきた感覚はない。
右眼の周辺にはセレが作った肌布が貼ってあるが、血管が浮いている感触もない。
僕に変化がなく、ドラゴンそのものがいるわけではないと聞いて安心したのか、フルマ伯爵はほっと息を吐いた。
スルカス国王を看取り、貴族を鎮圧し、ドラゴンと戦って……気づけばすっかり深夜になっていた。
「今日はここに泊まらせてもらいましょうね」
「うん」
僕が「魔法のようなものを使った」「魔力を直接放った気がする」とフェリチに話したら、フェリチに「もう休みましょう」と強めに言われた。
スルカス城にはあまり良い思い出がないから、城で一番上等なベッドのひとつを借りていても、なかなか寝付けなかった。
素振りでもしようかと起き上がって剣を取り、騎士団の練習場へ向かおうとすると、廊下でフェリチに会った。
「ディールさん、どちらへ?」
「寝付けないから身体動かそうかなって……」
「睡眠魔法を試してみませんか? 今のディールさんはいつもより魔力が減っていますから、効くかも知れません」
「それはお願いするけど……フェリチはどうしてここに?」
「私もなんだか寝付けなくて」
「色々あったもんね」
貴賓室前の廊下には大きな窓があって、夜空がよく見える。
東の空が少し明るくなりつつある。
「ディールさん、イエナさんは……」
「うん?」
「処刑されてしまうのでしょうか。ドラゴンのせいで言動がおかしかったのだと、証明できませんか」
フェリチは心根が優しいし、以前のイエナをよく知らないからの発言であることは分かる。
僕としても、あんな状態のイエナを見てしまった以上、極刑はやりすぎだと思わざるを得ない。
「僕に決められることじゃないな。でも、フェリチがそう言うなら、フルマ伯爵に相談はしてみるよ」
僕の答えに、フェリチは安堵の表情を浮かべた。
イエナの右眼の変化を見たコーヴスは、気絶したイエナをそのままにして、小屋の中に散らばっていた手荷物をかき集めた。
その中から、使えそうなものだけを厳選し、穴の空いた鞄を簡単に繕って中に詰めて肩から下げた。
そして、未だ気絶したままのイエナを背負って小屋を出た。
ディールは、瞳の色が変わるからという理由で国から手厚い保護を受けた。
ならば、イエナの右眼の色が変わったところを見たと訴えれば、イエナは保護を受けられる。
ついでに俺も、イエナの保護者か何かとして、最悪でもおこぼれに預かれるだろう。
街道に出て、適当な荷馬車と交渉して乗せてもらい、コーヴスはイエナを背負ったままスルカス王都を目指した。
到着する頃には、廃墟と化していることなど知らずに。
荷馬車は順調に王都への道を進んでいたが、もう少しで王城が見えるというあたりで、馬が御者に反抗して一歩も前へ進まなくなった。
「こら、どうしたどうした。腹が減ったのか?」
馬に餌を与えたり、撫でたりおだてたりしても、馬は動こうとしない。
「あっちにいるわ。だから動かないのよ」
気絶した状態で荷馬車に載せられてから丸一日後に目を覚ましたイエナは、不気味なほど大人しく、コーヴスや商人たちの言う事を聞いてよく働いていた。
そのイエナが、荷台の上で立ち上がり、遠くを眺めてそんな事を言いだした。
「イエナ? 何を言ってるんだ」
コーヴスが尋ねても上の空の様子だ。
イエナはそのまま、荷台を飛び降り、馬が行こうとしない方向へと駆け去ってしまった。
「お、おい、イエナっ」
コーヴスは慌てて追いかけた。
◇
「……このっ!」
思い切り振った剣は、赤い靄をするりと通り抜けた。
靄は僕から離れた場所で瞬時に形作り、ドラゴンの姿になる。
リヴィディネドラゴンは、靄の姿のときは物理攻撃が通用しないのだ。
フェリチを連れてくれば……と何度かよぎったが、この小賢しいドラゴンはフェリチが魔法を使った瞬間にフェリチを狙うに違いない。
ドラゴンの姿のときを狙っても、奴は靄からドラゴン、ドラゴンから靄になるのが速すぎる。
なかなか隙が見つからない。
「せめて魔法が使えれば……」
ドラゴンの魔力を魔法に変換する術は、セレやフェリチに協力してもらってあれこれ試した。
しかし、炎を灯す魔法のひとつすら使えない。
『そなたが未だ恐れておるから使えぬのだ』
頭の中で金色のドラゴンが勝手に喋る。
図星なのが腹立たしい。
転移魔道具を何度使っても減る様子の見えない魔力量だ。もし暴発させたら……と思うと、魔法の発動を心の何処かで拒んでしまっているのだ。
と、実体化したリヴィディネドラゴンが僕に向かって炎を吐いた。
思わず剣を横に構えたが、炎は僕の前に結界でもあるかのように、ふたつに分かれて僕を避けた。
『ほれ、結界魔法は使えるではないか』
どうやら無意識のうちに、魔法を使えているらしい。
ならば攻撃魔法も……やはり、できない。
実体化したリヴィディネドラゴンの元へ跳び、切りつけたが、ドラゴンは赤い靄と化して僕を嘲笑うかのように漂った。
このあたりは平野が続いている。
多少、暴発させても大丈夫だ。
自分に強く言い聞かせて、精神を集中しかけた時。
人の気配がこちらへ近づいてきた。
「お、おい、あれ、ドラゴンじゃねーか! イエナ! 戻れ! くそっ、一体どうしちまったんだ!?」
聞き覚えのある声と、明らかに知っている名前。
どうしてこう、タイミング最悪の時に限ってあいつらが現れるんだ。
「なっ、ディール!?」
「命が惜しけりゃとっとと逃げろ!」
コーヴスが僕に気づき、こちらもイエナとコーヴスの姿を確認した。
コーヴスはドラゴンに警戒して近づいてこないが、イエナがどんどんこちらへ向かってくる。
「おい、戻……!?」
イエナの右眼の周囲が、覚えのある状態になっている。
赤かった瞳は灰色に変色し、右眼の回りは血管が浮いていて、頬には黒い液体が伝っていた。
イエナは僕のすぐ横まで歩いてくると、ドラゴンに向かって両手を広げた。
「私はここよ」
何を言っているんだこいつは。
頭の中で勝手に喋る金色のドラゴンはともかく、ドラゴンが人語を解するわけがない。
僕が呆気にとられていると、リヴィディネドラゴンはまたしても炎を吐いた。
「え……きゃああああ!」
うるさい。が、真横で死なれるのも寝覚めが悪い。
僕はもう一度結界魔法を使い、炎を防いだ。
「コーヴス! イエナを連れて行け!」
さっさとこの場から消えてもらいたいのに、コーヴスを見れば腰を抜かして座り込んでしまっている。
「コーヴス!!」
もう一度思い切り叫ぶと、コーヴスは飛び上がって……ひとりで逃げた。
「ええ……」
逃げてくれるのは助かるが、イエナをどうしよう。
リヴィディネドラゴンの炎を防ぎながら、隣で立ち尽くしているイエナを見る。
こっちは放心状態で、動く気配がない。
「イエナ! 逃げろ!!」
大声を出してみるも、やはりイエナは動かない。
こいつを守る理由はひとつも無いというのに。
しかし、やはり目の前で死なれては……。
「……して」
「?」
イエナが小さな声で何か言っている。
よくよく耳を傾けてみた。
「どうして、戻ってこないの」
一体何の話だ。
『この雌は元、器じゃ』
金色のドラゴンの言うことも理解不能……そういえば、セレがドラゴンと関わった時も、器だとか言ってたな。
リヴィディネドラゴンは、イエナを器にしていたのか。
炎を吐ききったリヴィディネドラゴンが僕とイエナへ襲いかかる。
僕はイエナを思い切り横へ突き飛ばし、剣を振った。
ドラゴンはまた靄になり、僕の攻撃は無効化された。
これでは打つ手がない。
『攻撃魔法を使えばいいではないか』
金色のドラゴンが楽しそうに囁く。
周りにいるのは、イエナだけ。
相手は、七匹のドラゴンのうちの一匹。
僕は、覚悟を決めた。
その瞬間、僕の脳裏に魔法の使い方が流れ込んできた。
これまでフェリチやセレに習ったものが、蘇ったのか。
それとも、金色のドラゴンのお節介か。
今は、どちらでもいい。
リヴィディネドラゴンが形を成そうとする前に、ドラゴンに向かって左手をかざした。
「消えろ!!」
炎でも水でも雷でもない何かが、靄と実体の中間くらいの形状になっているドラゴンにぶち当たった。
ドラゴンの足元の草は塵と化したが、思ったより周りに影響が出ていない。
右眼がビキビキと音を立てて痛む。
僕が放っているのは、おそらく魔法ではない。魔力そのものをぶつけている。
だから転移魔道具や結界魔法を使った時のように、無痛ではないのだ。
ドラゴンさえ倒せれば、何でもいい。
僕が魔力をぶち当てたそばから、リヴィディネドラゴンの身体は消失していった。
靄の部分は強風にあおられた煙のように消し飛んだ。
魔力を放って数十秒ほどで、リヴィディネドラゴンは完全に消え去った。
「ふう……」
息が切れる。全身の節々が痛い。ドラゴンの魔力をそのまま使うのは、体に負担がかかるようだ。
しかし眼のほうは、魔力を使い始めてすぐこそ痛かったが、今はなんともない。
どうせこのあと、リヴィディネドラゴンの魔力が入ってきて、また激痛にのたうつのだろうが。
とさり、と音がして振り返ると、イエナが気を失って倒れていた。
コーヴスらしい気配は遥か遠くにある。
ドラゴンから離しておいた第二王子も気を失ったまま。
……どうしよう、これ。
「仕方なかったから」
僕は第二王子とイエナを運ぶために転移魔道具を二回使い、城へ帰還した。
第二王子は王子の私室に監視付きで放り込まれ、イエナの方は貴賓室のベッドを借りて寝かされた。
「仕方ないですが……どうしましょうね」
フェリチが複雑そうな顔で、イエナに治癒魔法を使った。それでもイエナは目覚めない。
「ディール殿、お戻りになったのですか。……この女性は?」
フルマ伯爵がやってきたので簡単に事情を説明した。
「リヴィディネドラゴンを……お疲れ様でした。本来なら勲章と報酬を……」
「今はそれどころじゃないでしょう」
「申し訳ないのですが、仰るとおりです。ところで、そちらの女性が元聖女イエナだということであれば、こちらで引き取ります。懸賞首ですので」
「懸賞首?」
よくよく話を聞けば、僕を国外追放処分にした際、首謀者である第二王子の傍にいたのが、このイエナだったというのだ。
イエナは投獄され、折を見て極刑に処される予定だったのだが、多数の聖女が突然死したため、刑を先延ばしにする代わりに魔滅魔法を使わせていた。
クヒディタスドラゴン襲来の混乱の最中に逃げ出してから行方不明だったらしい。
「もしかして、コーヴスも?」
「コーヴスとは? ……元仲間で、クヒディタスドラゴン討伐時に手柄をよこせと!? そのようなことが……」
フルマ伯爵が絶句してしまった。
コーヴスに関しては特に懸賞を懸けられたりはしていないようだ。
「その男については調べておきましょう。一先ず……」
フルマ伯爵が今後のことを話しかけた時。
「う、うう……」
イエナが目を覚ました。
目覚めてすぐのイエナは混乱して取り乱し、暴れたので、取り押さえて縛り上げた。
フェリチが怪我の有無を確認している間に落ち着いたらしく、今度はやけにしおらしくなった。
「わ、私、とんでもないことを……」
一応話を聞いてみると、これまでの記憶ははっきりしている上に、自分でも「悪いことをした」と自覚していた。
「なぜだか、どうしようもなかったの。自分で自分を止められなかった……。全ての男は私の思い通りになるって信じて疑わなくて……どうして、あんなことを……。ごめんなさい、ディール。謝って済む問題じゃないのは分かってるけど……」
嘘を吐いているようには見えない。
急に大人しく反省されても、反応に困る。
「ところでイエナ、右眼が灰色になってたけど、今まで気づかなかったのか?」
「右眼が? ディールみたいに? 誰にも言われたこと無いし、自分で見た覚えもないわ」
こんなにしおらしいイエナを見るのは初めてだ。
「瞳の色が変わるのでしたら、保護しなければなりませんが……」
フルマ伯爵が顎に手を当てた時、フェリチが遠慮がちに挙手した。
「ちょっと待ってください」
フェリチがイエナの顔に手をかざした。魔力を調べているようだ。
「……ドラゴンの魔力は感じませんね。セレさんと同じように、一時的にドラゴンが取り憑いていたせいかと思われます」
おお、とその場にいたイエナ以外が唸った。
「では、ディール殿は常にドラゴンがその、取り憑いていると?」
フルマ伯爵がやや引き気味に尋ねてきた。
「ドラゴンそのものではなく、ドラゴンの魔力だけが眼に収まっています」
無意識のうちに右眼に手をやっていた。
リヴィディネドラゴンの魔力は、まだ身体に入ってきた感覚はない。
右眼の周辺にはセレが作った肌布が貼ってあるが、血管が浮いている感触もない。
僕に変化がなく、ドラゴンそのものがいるわけではないと聞いて安心したのか、フルマ伯爵はほっと息を吐いた。
スルカス国王を看取り、貴族を鎮圧し、ドラゴンと戦って……気づけばすっかり深夜になっていた。
「今日はここに泊まらせてもらいましょうね」
「うん」
僕が「魔法のようなものを使った」「魔力を直接放った気がする」とフェリチに話したら、フェリチに「もう休みましょう」と強めに言われた。
スルカス城にはあまり良い思い出がないから、城で一番上等なベッドのひとつを借りていても、なかなか寝付けなかった。
素振りでもしようかと起き上がって剣を取り、騎士団の練習場へ向かおうとすると、廊下でフェリチに会った。
「ディールさん、どちらへ?」
「寝付けないから身体動かそうかなって……」
「睡眠魔法を試してみませんか? 今のディールさんはいつもより魔力が減っていますから、効くかも知れません」
「それはお願いするけど……フェリチはどうしてここに?」
「私もなんだか寝付けなくて」
「色々あったもんね」
貴賓室前の廊下には大きな窓があって、夜空がよく見える。
東の空が少し明るくなりつつある。
「ディールさん、イエナさんは……」
「うん?」
「処刑されてしまうのでしょうか。ドラゴンのせいで言動がおかしかったのだと、証明できませんか」
フェリチは心根が優しいし、以前のイエナをよく知らないからの発言であることは分かる。
僕としても、あんな状態のイエナを見てしまった以上、極刑はやりすぎだと思わざるを得ない。
「僕に決められることじゃないな。でも、フェリチがそう言うなら、フルマ伯爵に相談はしてみるよ」
僕の答えに、フェリチは安堵の表情を浮かべた。
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防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
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魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
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勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
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A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
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これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
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