側妃契約は満了しました。

夢草 蝶

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側妃契約は満了しました。

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「俺はこのミアを正妃に迎える。お前は側妃になり、俺とミアのために働け!」

 などと当時、私の婚約者だったセコード王太子殿下は仰りました。
 明確な裏切りと理不尽な要求を前に、いっそ顔面に拳でも叩きつけてやりたい気分でしたが、思いとどまりました。
 このセコード殿下は正妃の子で、当時の国王陛下の長男という理由だけで立太子された方です。性格の方は──まぁ、こんなことを仰るだけで、大体の方はお察し下さるかと。

「私が正妃! きゃあん、うれしー!」

 どうやら、セコード殿下が見初めた女性──ミア様という方もセコード殿下と同じ匂いがぷんぷんします。
 このまま、この二人が国の頂に立ったら、この国終わりますね。と、私は思ったのです。
 正直、セコード殿下に未練はありませんでしたが、生まれ育った国が愚王によって沈んでいくのは忍びないと。
 なので、側妃となることを受け入れることにしたのです。

「お申し出、承りました。セコード殿下の側妃になりましょう。ただし──」





「どういうことだ一体!?」

「何のことでしょう?」

 をしていると、セコードがノックもなしに部屋に飛び込んで来ました。
 毎日、昼はどこかの女性たちと、夜はミア様と楽しく過ごされているセコード陛下が私の部屋にいらっしゃるのは、これが初めてでした。そして、でもあります。

「何故、俺とミアの仕事がどれも手付かずなんだ! お前は側妃だろう!? もっと自覚を持ってしっかり仕事をしろ?」

「はい?」

 何を仰っているんでしょうか、この方は。

 あれから五年の月日が建ちました。殿下は陛下になられました。けれど、変わったのは呼び名だけです。中身はあの婚約破棄を突きつけて来た時のまま。

「何故、私がセコード陛下とミア様のお仕事をせねばなりませんの?」

「健忘症にでもなったのか? お前は側妃として俺とミアの仕事をするというだっただろう!」

「約束ではなく、ですわ。言葉は正しくお使い下さいませ。それはそれとして、そういうお話ですか。確かに、私がセコード陛下の側妃になると決まった際にお二人のお仕事をするというでしたけれど、それは先日満了しました。お世話になりました」

「は!?」

「ですから、契約満了です」

 セコード陛下は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしておりますが、知ったことではありません。
 五年のあの時。側妃になることを了承した際に、私は立会人元、細かなルールを決め、セコード殿下に契約を飲ませました。そして、その中には契約期間についての項目もありました。その期間が五年だったのです。先日、ようやく契約満了を迎え、私はとうとうお役御免になりました!
 なので、もうセコード陛下たちのお仕事をする必要はないのです!

「本当にお忘れですの? 契約書まで作りましたのに」

 私が契約書を見せると、セコード陛下が乱暴に奪われました。

「こんなものっ!」

「それは写しです。破いても無駄ですわ。原本は隣国の銀行の金庫に預けてあります」

「なっ!」

 大切な契約書ですもの。やすやすと持ち歩いている訳ないでしょう。

「なら、政務はどうするのだ!? 誰がやる!?」

 臣下や国民が聞いたら卒倒しそうな台詞ですわね。
 当然ですが、このセコード陛下。毎日遊び歩いてらっしゃいますので、政治力は皆無です。もしかしたら、現在誰が、どの役職についているかも把握していないかもしれません。
 え? それで国が回るのかって? 回らなかったら、五年の内に滅んでますわ。
 幸い、だらしがないのはトップのお二人だけですので。

「それなら心配いりません。第二王子殿下──今は王弟殿下ですわね。弟君にはお仕事について話してありますから。引き継ぎのそちらに致しましたわ。そうそう。殿下、兄王様が全然お仕事をなさらないから、国の舵取りは任せておけないと大変ご立腹でしたよ? 簒奪にはお気をつけて? やる気満々でしたから」

「はぁ!?」

 そんなに驚かれても。
 セコード陛下とミア様にはお子様がお一人いらっしゃいますが、まだ三歳。セコード陛下の名代を任せる訳には参りません。側妃と第二王位継承権者の王弟殿下では、後者の方が国王の名代に相応しいですから。
 王弟殿下はセコード陛下と同腹の兄弟とは思えないくらい仕事が大好きな方です。特に野心家という訳ではありませんけれど、セコード陛下の仕事のしなささに最近は呆れを通り越して、怒りを感じ始めているらしく、ならば私が玉座に座る! とメラメラ燃えておりました。頼もしい限りですわ。

「そもそも、側妃を辞めてどうするというのだ? 出戻りの令嬢など、実家では冷遇されるだろう! 悪いことは言わない。考え直し──」

「お気遣いなく。私の家族は五年前の件でとっても怒るくらい私のことを愛してくてれますから。大変だったんですよ? 何故か婚約破棄された私が先王陛下と一緒に宥めることになったんですから。それに、出戻りなんてしませんので」

「な、何だと・・・・・・! じゃあ、どうするんだ?」

「私はこれから隣国へ渡ります。有難いことに、隣国の国王陛下が私を正妃として終身雇用して下さるようで。なので、ご心配は無用ですわ」

「はぁ!!!?」

 セコード陛下、今日一の驚きっぷりですわね。
 ええ、実は私、三年程前に他国の王侯貴族をお招きした大規模な夜会の際に、隣国の国王陛下の話し相手を務めることななりまして。その方がなかなか食えないお方な上、かなりの話し上手だったのです。それでうっかり側妃契約のことまで話してしまったのですわ。あそこまで引き出されるなんて、恐ろしいですが、王としては素晴らしい方ですわ。
 そして、その際にこう言われたのです。

 ──そなたにその気があるのなら、その側妃契約とやらが完了後、私と正妃契約を結んでくれないか?

 と。その時はその場限りの冗談と受け流しましたが、どうやら隣国の陛下は真剣だったようで。
 契約満了間際に、を申し込まれました。
 ええ、お断りする理由もないので、お受けしましたよ?

「不貞ではないか!」

「私は側妃契約についてお話しただけで、別に二人きりで会ってた訳でも、疚しい関係を持ってた訳でもないので、不貞には該当しないかと」

 そもそも、陛下が言えた義理ですか?

「ま、待ってくれ! なら、俺はどうしたらいいんだ!?」

「国のためを思うなら、真面目にお仕事をなさるか、王弟殿下に王位をお譲りになっては?」

「冗談じゃないぞ! 一日中椅子と尻をくっつけているような生活も、あいつに王位を譲るのも真っ平だ! そうだ! 契約延長だ! 延長するなら、お前のことももっと優遇してやっても──」

 どうしても楽をしたいようで、セコード陛下が必死に取り縋っていらっしゃいます。

「お断り致します!」

 もちろん、聞きませんが。

「そんなぁああああああ!」

 セコード陛下はがっくしと床に両手を付かれてしまいました。丁度いいです。この隙にお暇するとしましょう。
 こうして私は、共に政務に努めてきた官吏や、身の回りのお世話をしてくれた侍女との別れを惜しみつつ、生まれ育った国を後にし、隣国へと旅立ちました。





 あれから更に二年の時が経ちました。
 私は正式に隣国で正妃となり、忙しくも充実した日々を過ごしております。
 最近変わったことと言えば──そうそう。故国で新王がお立ちになりましたね。ええ、あの王弟殿下です。
 結局、私が出ていった後、セコード陛下は王位を譲らずに、王弟殿下を私の代わりにしたようですけれど、当然王弟殿下が聞き入れる筈がありません。多くの重臣からの賛同を得て、退位へと追い込まれたようです。その後は王族から籍を抜かれ、ミア様と二人、平民に落とされ、僻地で王家の監視付きの生活を細々と送っているとか。
 二人のお子様はまだ幼く、無駄な継承権争いは起こしたくないと、新王陛下が養子としてお迎えになったようですから、心配は無用でしょう。意外にも王子殿下との仲は良好なそうです。あの仕事人間が。まぁ、それは私もですが。
 私がくすりと笑うと、ふわりと背後から抱き締められました。私の正真正銘の旦那様──国王陛下です。

「何を笑っているんだい?」

 優しい声で陛下が訊ねられます。

「いえ、今の幸せを噛み締めておりました」

「その幸せには私も貢献出来ている?」

「もちろん。貢献度堂々のですわ!」

「それは嬉しいな。君にはいつも大変な仕事を任せているから、もっと低いと思った」

「陛下はもっと大変なお仕事をされているでしょう? それに信頼して任せて下さっているのであれば、嬉しいです。何でも任されるのは嫌ですけれど、お仕事は大好きですから! あ、けれど、しばらくは新しいお仕事一つに専念させて下さいませね?」

「もちろん。政務は私に任せて、。ああ、けれど、私ももっと新しい仕事をしたいなぁ。何とか時間作れないかな?」

「ふふ、宰相様にご相談してみてはいかがでしょう? 

「そうしてみるよ」

 そう言って、私たちは笑い合いました。すると、

「あー、うー!」

「あらまぁ」

「お母様に抱っこされてご機嫌だねぇ」

 腕の中の可愛い我が子がきゃっきゃっと笑っています。ええ、私の幸せ貢献度第一位はこの子です! 最近首が据わってきたところですが、初子のため、初めてのことばかりで日々奮闘です。
 私の今一番大切なお仕事。愛する我が子のお母様。それ以外は臨機応変き対応しつつ、休業中です。

 可愛い我が子は腕の中。私は愛する人の腕の中。
 これ以上の幸せがあるでしょうか?
 改めて、側妃だった頃には想像もつかなかった幸せに浸りながら、陛下がお仕事へ戻られる時間まで、家族三人で楽しく過ごしたとある日の昼下がりでした。
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感想 3

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みんなの感想(3件)

クレサ
2025.09.13 クレサ
ネタバレ含む
2025.09.20 夢草 蝶

ご感想嬉しいです。
ありがとうございます。

解除
penpen
2025.07.27 penpen

読み返し中に思った事
前愚王の落し胤と主人公の子供(娘)が恋に落ちるに1ペソ

2025.08.17 夢草 蝶

ご感想ありがとうございます。

そうなったとしても育ての親的に心配はいらなそうですね。親世代は多少の気まずさがありそうです。

解除
閑人
2025.02.25 閑人
ネタバレ含む
2025.03.02 夢草 蝶

ご感想ありがとうございます。

書いてる途中に新しい展開や設定を作ってしまう癖があるので、とにかく短編で最後まで書こうと思って書いたお話でしたが、惜しんでいただけるのは嬉しいです。

解除

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