闘破蒼穹(とうはそうきゅう)

きりしま つかさ

文字の大きさ
211 / 1,458
0200

第0224話 0005蛇毒刹印

しおりを挟む
風沙の中、黒衣の人物はしばらく待ってからため息をついた。

やがて体を回りながら、細い手で黒い布を上げた。

すると白く優雅な顔立ちが、荒れ狂う砂嵐にさらわれそうになる。

その目は少年の笑みを見つめ、赤らんだ唇が自然と緩んだ。

先ほど炎(えん)が叫んだ言葉の衝撃は、彼女にはあまり響いていない。

彼女自身も知っているように、あれは単なる冗談だったのだ。

しかし、その一言が胸の奥深くに何かを触れたようだ。

「あー、やっぱり見破られたか」云芝(うんじ)は額前髪を払い、不思議な長剣を手に取りながら、頬に浮かんだ諦めの表情を見せた。

「へっ」と炎は笑みを返し、蓮台座を手に近づいていった。

「半年ぶりだね?元気?」

云芝は赤い唇を噛んで、普段のような冷静さを取り戻そうとするが、少年の輝くような笑顔を見ると、その平静はすぐに崩れる。

何度か繰り返した後、彼女はため息をつき、小さく頷いた。

炎の体を見て回す云芝の目は光を帯びた。

半年の鍛錬で背筋が伸び、かつて柔らかい線だった顔も若干黒みを帯びていた。

その変化に、彼女は複雑な感情を抱いた。

云芝のような立場の人間が見たことのある男たちの中には、見目麗しい者も多々ある。

しかし、この少年だけが特別だ。

彼の成長に心打たれるのは、彼と結びついた複雑な関係ゆえだろう。

「斗師になったのか?」

云芝は驚きを隠せない表情で炎を見つめた。

半年前別れた時もまだ斗者だった炎が、短い期間で突破したことに、彼女は意外に思った。

「運のいいだけだよ」炎は笑顔で頷いた。

云芝の目元を視線で追うと、「あの、どうして古河(こが)さんと一緒にいるんだ?」

とやさしく尋ねた。

云芝は一瞬硬直し、眼差しを動かした。

「古河さんは加マ帝国(がまていこく)の交友関係が広いからね。

かつて借り物があったこともあり、彼が異火を探すために私を同行させたんだ」

炎は頷きながら、蓮台座を見下ろし、「そうか……でも、異火を持っていないなら古河さんは怒るんじゃない?」

と尋ねた。

云芝は目元を曇らせ、「そのうち……いずれも返すつもりよ」と優しい声で答えた。



「もしかしたらそうかもしれないが、私の役目は彼らの安全を守ることだけだ。

それ以上の義務はないし、彼もあなたを神秘な斗皇強者として見ているから、その点では理解しているはずよ。

もし私が失敗したとしても、彼は何も言わないでしょう。

当然、少し落ち込むこともありそうね。



雲芝がため息をついた。

古河とは旧知とはいえ、彼女の性格も頑固だということは知っている。

もし本当に強奪しようとしたなら、この子はたちまち顔を真っ赤にして反撃するに違いない。

普段から見ても同年代よりも成熟しているように見えるが、あることに関しては三歳の子供より頑固で、欲しいものには絶対に手放さないのだ。

細い手で額を揉む雲芝はため息をついた。

こんな運命的な出会いとは思ってもいない。

あの男との関係は複雑だが、彼がここまで来るのは自然な流れだったのかもしれない。

他の斗皇強者であれば、云芝は異火を取り返す方法を考えるだろう。

「へへ」

似たような笑みを浮かべて、蕭炎は蓮座を抱きしめながらぼやく。

「ごめん、これはずっと探し続けてきたものなんだ。

もしも沙漠に来ていなければ、メデューザの女にも行っていたかもしれない」

雲芝が蕭炎の手元を見つめる。

その青い蓮座は彼の掌に乗っている。

云芝は眉をひそめて尋ねた。

「これを持っていても、少しでも付着したら即死だよ?」

「うん、そうかも…けど必要なんだ」

萧炎は笑みを浮かべて曖昧に答えた。

蕭炎の曖昧な態度を見て云芝は諦めの表情になった。

彼が言いたくないことは聞かないことにした。

その代わりに、遠くを見るように沙漠の先を見つめる。

「まずはここから離れて。

あとに蛇人族の斗王強者が2人追ってくる。

私が少し時間を稼ぐわ」

「それだけ? また逃げ出すのか?」

蕭炎が肩をすくめて笑った。

「ごめんな、前回は急用があったから…」

云芝がその言葉の裏にある不満を察知し、弱音を吐いた。

「彼らを止めた後は、古河たちと合流するわ。

約束していたんだもの」

「こんなに急か?」

蕭炎がため息をつきながら笑った。

「久しぶりに会えたのに、すぐに別れるなんて…次に会うのはいつになるんだろう? あなたたちみたいな神秘的な存在はいつも突然現れて突然消えるのよね」

云芝は微笑んで少年の顔を見つめた。

少し考えた末、突然尋ねた。

「ずっと一人で修行しているのか?」

「んー、そうかな?」

萧炎が頬を撫でながら笑ってうなずいた。

薬老の存在は口外していない。



「あなたは確かに修業の才能があるが、良い玉も慎重に磨く必要がある。

単独で修行するなら、無駄な道を歩むかもしれない……もし気に入れば、私が一つ場所を紹介しよう。

そこでは最良の修業環境を得られる」

雲芝は美目をわずかに揺らし、微笑んで言った。

「どこだ?」

驚いたように聞き返したのは蕭炎だが、実際にはそれほど興味はない。

しかし好奇心が勝ってつい口に出す。

「雲嵐宗」

雲芝は笑みを浮かべて続けた。

「雲嵐宗は加マー帝国で非常に強い勢力だ。

私の知り合いがそこに入っている。

もし……」ここで言葉が途切れた。

彼女は少年の表情を見たからだ。

先程まで穏やかな顔が突然暗くなったのだ。

「どうしたの?」

雲芝は困惑して尋ねる。

「ふん、それも無駄。

雲嵐宗のようなところに私が行く必要があるか?去ってみれば恥を晒すだけだ」

蕭炎は首を横に振り、冷笑気味に言った。

雲芝はその態度の急な変化に眉を顰める。

「雲嵐宗はお前が想像するよりずっと良いところよ。

そしてお前の修業才能なら誰も笑えないわ。

私はお前のためにそうしているの。

少なくともそこでは最適な斗気法や技を得られるし、弟子たちも千里に一人の精鋭ばかりだから、仲良くなるはず」

「あー、もういい。

その宗門なんて好きじゃない。

自分で修業する方が良い。

行く気はない」

雲芝が雲嵐宗を褒め立てた瞬間から、蕭炎の中にはわずかに不快感が湧いてきた。

特に「千里に一人」という言葉が聞こえた時、突然怒りが込み上げてきた。

「千里に一人?あのくらいの質ならナラン・ヨーランのような女を生んだ所なんかどうしよう」

顔色が暗くなり、深呼吸してから不耐らしく手を振りながら淡々と告げる。

「話はここまで。

お前が古河たちに会いに行くならここで別れよう。

私も急用がある。

今後も会うことはないかもしれない」

「今日は助けてくれてありがとう。

また機会があれば返礼するよ」

そう言うのと同時に、蕭炎は掌に乗せた蓮座を背負い、翼を広げて空高く飛び上がった。

その後ろ姿はすぐに小さく消えた。

雲芝は沙丘に立ち、遠ざかる小さな黒点を見つめる。

しばらくして唇を噛み、頬を赤らめて憤りを露わにする。

「どうやらこの男は我儘だ。

自分の好意を無視するなんて……まるで狼の前で善行したみたい」

彼女は紅唇に指を当てて考え、突然足を踏んづけた。

その力技が沙丘に10メートルの溝を作り出す。

「返礼?私がそんな小物の斗師の恩恵を受けようか!」

長剣を構えると息を吸い、顔から不満な表情が消えた。

代わりに冷やかな表情になった雲芝は、視界の端にある二つの小さな黒点を見つめる。

「この二人も取り払いよう……私が彼らの皮を剥いでやる」

剣先から鋭い光が飛び出し、雲芝はその光を二つの目標に向けて構えた。

彼女の顔には、狼に好意を見せたような不満が浮かんでいた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界最弱と呼ばれた少年、気づけば伝説級勇者でした ~追放されたので気ままに旅してたら、全種族の姫たちに囲まれていました~

fuwamofu
ファンタジー
魔力量ゼロの落ちこぼれとして勇者パーティを追放された少年リアン。 絶望の果てに始めた自由な旅の中で、偶然助けた少女たちが次々と彼に惹かれていく。 だが誰も知らない。彼こそが古代勇者の血を継ぎ、世界を滅ぼす運命の「真なる勇者」だということを──。 無自覚最強の少年が、世界を変える奇跡を紡ぐ異世界ファンタジー!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

追放されたけど実は世界最強でした ~元下僕の俺、気ままに旅していたら神々に愛されてた件~

fuwamofu
ファンタジー
「お前なんか要らない」と勇者パーティから追放された青年リオ。 しかし彼は知らなかった。自分が古代最強の血筋であり、封印級スキル「創世の権能」を無意識に使いこなしていたことを。 気ままな旅の途中で救ったのは、王女、竜族、聖女、そして神。彼女たちは次々とリオに惹かれていく。 裏切った勇者たちは没落し、リオの存在はやがて全大陸を巻き込む伝説となる――。 無自覚にチートでハーレムな最強冒険譚、ここに開幕!

処理中です...