闘破蒼穹(とうはそうきゅう)

きりしま つかさ

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第0947話 残巻

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雷電の世界が眼前に広がる。

無限の蒼穹から滝のように降り注ぐ稲妻たちが、轟音と共に天を揺らし、雷神の気威を放ちながらも、その実体は全て断簡(だんかん)の残滓(ざんし)に過ぎない。

蕭炎(しょうえん)の霊力がその空間に浸み込むと同時に、傾斜する稲妻たちが不意打ちのように虚を突く。

瞬間的な閃光で天穹を埋め尽くした後、銀色の粒子群が次第に消散していく。

「散れ」

指先から放たれた霊力は波紋のように広がり、暴走する稲妻たちを粉々に砕いた。

その残骸は無数の銀色の光点となり、やがて虚無へと溶けていく。

下方には巨大な銀色の湖が存在した。

雷電が蛇のように蠢くその表面からは、ある種の不気味さが漂っている。

三千雷幻身(さんぜんらいはんしん)に関する記述は一切なく、ただ断簡だけが残されている。

蕭炎の視線が銀色の湖面に注がれる。

指を軽く叩くと、その霊力は湖全体を包み込む。

雷光が急速に消散すると、鏡のように澄んだ水面が現れた。

湖面に微かな波紋が生まれた瞬間、雷電でできた文字列が浮かび上がる。

高空から見下ろす蕭炎の視界には、その文字が鮮明に映り込む。

彼は目を細めながら、一つひとつ詳細に記憶していく。

約十数分後、全ての文字を頭の中に刻み込んだ蕭炎は眉を顰めた。

これらの情報は三千雷幻身の修練法であることは間違いないが、その順序は全くと言っていいほど乱雑で、何から手をつけて良いのか分からない。

「風雷閣(ふうらいかく)での地位もそれなりだったはずだ。

なぜこのような不完全な断簡しか残っていないのか……」

しばらく瞑目して情報を整理し始めると、その作業は一時間近くにも及んだ。



蕭炎が再び目を開いたとき、彼の疑問はすべて消えていた。

長時間にわたる仔細な研究の後、確かに問題を発見したのである。

これらの情報は三千雷幻身の修練法であることは間違いないが、不完全であり、全体の一部に過ぎない。

先ほど感じたほのかな欠陥感はそのためであった。

「三千雷幻身はいくつかに分かれているようだ。

遠沈雲の手元にはそのうち一つだけだが、残念だったね」

蕭炎はため息をつくと、風雷の部屋の秘宝としてこの三千雷幻身が単一人物に与えられるわけがないと考えた。

分けて保管する方が安全だからだ。

「他に何個あるのか分からないが、機会があれば集めたい。

もし私がこれを修練できれば、今後の大きな力になるだろう」

彼はため息をつき、再び雷電世界を見やったが、首を横に振ると、その姿は次第に薄らいだ。

やがて完全に消えた。

蕭炎の消失後、この雷電世界はまたも狂暴な状態に戻った。

山洞で目を開けた蕭炎は、手にある輝く銀色の巻物を見つめながら苦笑した。

地階上位の斗技であることは事実だが、そう簡単に得られるものではない。

しかし少なくとも一部を得たのは収穫だ。

他の部分は風雷の部屋の長老たちに分散しているかもしれない。

機会があれば入手する手立てを考えるべきだろう。

息を吐きながら、蕭炎は巻物を幽海の納戒に入れた。

次いでそのことに心を向けないようにした。

今は体内の血雷印を解消することが最優先だ。

沈雲の言う通り、それが存在すればどこにいても追跡されるからである。

息を吐きながら、蕭炎は修練に入った。

意識を体の中に潜り込ませ、一寸ずつ身体を探し始めた。

しかし検査が終わったとき、彼は驚愕した。

異常な兆候は一切なく、血雷印の存在も確認できなかったのだ。

「不可能だ……私は確かに見たはずなのに」

彼は呟いた。

すると、琉璃蓮心火が経脈をゆっくりと流れ、突然爆発して全身に広がった。

体内で炎が燃え盛る中、やっと異常な動きを感じた。

そこは偏僻な場所だったが、蓮心火の探査網には逃れられなかった。

一条の経脈に、薄赤い銀色の印が微かに光っていたのである。



「確かに深く隠されていたな。

異火の力がなければ、見つけるのは難しいだろう」

猩紅に染まった銀色の烙印を見つめながら、蕭炎は冷笑を浮かべた。

その中に宿る奇妙なエネルギーを感じ取ったのだ。

彼はかつて三千雷動を修練する際に狂風と雷電から吸収した類似の力だった。

このエネルギーは普段の斗気よりも強大で、普通の人間がこれを刻まれたら消去しようとしても体に大きなダメージを与えるだろう。

しかし異火の力はそれよりさらに厄介で不思議なものだ。

碧緑の炎が瞬時に現れ、その烙印と経絡を包み込むと、途端に灼熱の気流が広がった。

琉璃蓮心火を完全に統制しているため、この高温は彼には害にならなかった。

むしろ経絡に温かい安堵感を与えた。

一方で血雷烙印はその熱に歪みを見せ、徐々に虚無へと消えていった。

「この血雷の烙印も確かに奇妙だな。

異火がこれほどの時間をかけてしか消せないとは……でも結局、私の実力が足りていないんだ。

皇極丹を服用する必要があるかもしれない」

異火の中で薄れていく血雷烙印を見ながら、彼は心の中でつぶやいた。

皇極丹は斗皇以上の強者が使う高級薬物で、服用すると一星乃至二星の実力向上が期待できる。

ただし一度しか効果がないため、通常は使わないものだ。

しかし現在の状況では頼るしかないかもしれない。

「血雷の烙印を解消したら安全な場所で皇極丹を服用し、速やかに斗宗へ昇級する必要がある。

中州での活動には少なくとも斗皇以上の実力が必要なんだ」

決意を固めると、蕭炎は心身を守りつつ異火を駆動させ、血雷烙印の解消作業を続けた。

約二時間後、その烙印は異火の焼き付けで血色の霧となり、ついに無に帰した。

目を開けた彼は安堵の息を吐き、「やっと終わった」と呟いた。

立ち上がり、地妖傀を納戒へ収めると洞口へ向かう途中、突然山中に轟音が響き、激しい揺れが山洞に伝わってきた。

「蕭炎!老夫の前に出てこい!」

驚愕する蕭炎の耳に暴怒した咆哮が届く。

その声は『沈雲』という名を連想させた。

「やはり追ってきたか……洪天嘯も来ているはずだ。

二人の斗宗強者に対し、本気で戦わないと危ない」

深呼吸しながら彼の目には決意の色が浮かんだ。

弱い獲物は牙を剥くのだ。

「ふん、小僧よ!老夫が蘇ったばかりに見つけてくれたとは、これは運命というものだな」

突然頭の中で老人の皮肉な笑い声が響いた。

「曜老先生?」

その懐かしい笑い声に驚きを隠せない彼は叫んだ。

目には抑え切れない喜びが滲んでいた。



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