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本編
二月三日(節分の夜)1
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「あああ、まさか転生しちゃうとか思わなかったよ」
食堂から運んできたトレイをローテーブルに置きながら、僕はため息をついた。
二月三日節分の今日の夕食は、恵方巻きと豚汁とサラダだ。
貴族の子息が通うお坊ちゃん学園の食堂らしく、恵方巻きの中身も豪華で伊勢海老とかウニとか蟹、大トロに各種ブランド牛肉等々好きな具材を選べる様になっていた。
「なんで急に思い出しちゃったかなあ」
今までの僕なら好物の大トロやウニで作って貰っていただろう恵方巻きだけど、食堂の光景を見た瞬間思い出した前世の記憶に動揺して、思わず前世で好きだったエビ天マヨなんて具材をチョイスしてしまった。
カウンターにはぷりぷりした身が美しい伊勢海老も、つやつやとした海の宝石箱の中身の様なイクラも、脂がのってて美味しいと一見しただけで分る大トロもあったのに、なんでよりによってエビ天マヨにしたんだろう、僕。
前世の俺、どれだけ庶民で貧乏性な味覚してたんだろ。
「仕方ないよなあ。あの光景見たら一目散に逃げたかったんだもん」
無駄に豪華な食堂のテーブルに座り恵方巻きにかぶりつく人達を見た瞬間、僕は前世の記憶と一緒に、この世界が前世でやっていたBLゲームの世界だと気がついてしまったのだから、動揺して当り前だ。
「よりによって、なんで華乙ラブの世界なんだよ」
バンバンとローテーブルを右手で叩く度に、トレイの上の食器がカタカタと音を立てる。
前世僕は社会人二年目の会社員だった。
死んだ理由は分らないけれど、今の僕は鈴森伯爵家の次男鈴森千晴なんだから何かの理由で死んで生まれ変わったんだろう。
「伯爵家の次男とか笑う。そういえば日本じゃないんだよなあ。国の名前は日本じゃなくて和の国で、前世の東京都にあたるのは東都。しかも国のトップは王様。天皇陛下いないし、総理大臣もいない。民主主義じゃないんだよなあ。伊藤博文が歴史にいないとか、どうなんだよ。この学園は東都からだいぶ遠い島に作られたって設定だったよな」
貴族の子息が通う私立華学園、僕はこの学園の一年生で男子校だから当然クラスメイトは男ばかりだ。
前世の記憶を思い出したばかりで、今の世界にも前世にも違和感バリバリだけど、この世界は貴族階級制度がある和風な国だ。なんで現代日本っぽい設定なのに、貴族の階級制度があるんだよとか、突っ込んではいけない。しかも王政、現代日本じゃありえない。
爵位持ちはそれぞれの領地を治めて、そのトップにいるのは王様。
領民とか領地の状況とかは一切ゲームに出てこないけれど、なんちゃって貴族的な要素はあるし、爵位の上下はシビアにある。
ちなみに国の形も前世の俺が覚えている日本じゃない。国の広さも段違いだ。だけど概念は前世の日本に近い、東日本に西日本的な感覚に、北海道とか京都とか、沖縄的な地域の違いもある。だけど、日本列島の配置じゃ無い。世界地図が全部和の国になったといえば分かり易いだろうか。それなのに、東日本に西日本の感覚とか矛盾だらけ。
わりとご都合主義的なゲームだったのだ。
「でも、華乙男のラブ日和ってダサい名前だよなあ」
前世の僕は自分の恋愛対象が男だって気がついていながらもそれを認めたくなくて、会社の同僚と合コンを開いては撃沈していた。
恋愛対象が男なんだから、いくら女と合コンしても無駄なのだ。
心の奥底では分っていたけれど、止められなかった。
東京で一人暮らし、彼女は当然いない。
女の子と付き合わなきゃ。男と恋愛したいなんて、思っちゃ駄目なんだと、自分に言い聞かせながらも会社や合コンで知り合う女性達と個人的なお付き合い。なんて関係にはなれず、鬱々した気持ちでネットで買ったBLゲームが「華乙男のラブ日和」だった。
俺は病的な感じにこのゲームにのめり込んだ。
華乙男と書いて、はなおとめと読む。
華乙男というのは、僕が今通っている学園の学祭で行なうミスコン。男でもミスコンなのか? っていう突っ込みは兎も角。
華乙男は可愛い男子生徒を選ぶコンテストの優勝者に贈られる名前だ。
ミスコンをやる位だから、この学園は同性カップルが多い。
というか、このゲームの世界で同性との恋愛は当り前だったりする。
基本長期休暇以外学生は島から本島には行けない。
本島と島は橋で繋がっているし、日々の食材やネットで注文した物とか普通に届くし急ぎならヘリコプター使って空輸してくれるけど、生徒は基本島に閉じ込められている。
これは深い理由があるわけじゃなく、ただゲームの設定上そうなっているだけの様な気がするけれど、特殊な環境であることは間違いない。
島にいる女性は生徒の母親位の年齢の人ばかり、男性職員は若い人もいるのだから意図的なんだろうな。
「ダサい名前のダサいゲームだったよな。スチル絵が綺麗だってだけだし、話もいまいちだった」
鈴森千晴なんて人間は主要人物にはいなかったから、僕はモブなんだろう。
主人公は木村春と書いてきむらはると読む。
女の子みたいな名前だと、攻略対象者にからかわれるエピソードがあった。和の国は日本人的な設定で、黒髪黒目が基本だというのに木村春の髪の色はパステルピンクだったりするし、攻略対象者の髪色は赤とか青とかがいる。
春は可愛らしい外見で、素直な良い子。平民なのに特待生扱いで、なぜか中途半端な二月に転校してくるところから話は始まる。
「主人公、そろそろ転校してくるのかな」
今まではゲームの世界だなんて思わずに呑気に暮らしていた。
前世の記憶は無くても、女性が少ない環境で同性同士の恋愛も普通に受け入れられているこの学園の環境は居心地がよくて、楽しい毎日だった。
前世の記憶を思い出さなくても、今世の俺も恋愛対象は男性だったからだ。
格好良い先輩見てうっとりしている同級生とか、人気のある人は親衛隊とかもあって同性が好きでも問題がない環境が嬉しくて、幸せだった。
だけど、この世界がゲームだと、しかもBLゲームの世界だと気がついてしまってこれからどうしたらいいんだろう。
「しかも雅も攻略対象者だよ。片思いだし告白する勇気なんてなかったけど、これから主人公と雅のラブラブを見なきゃいけないなんて」
食べなきゃいけないのに、食欲が湧かずにトレイの上の恵方巻きを睨む。
なぜ食堂で恵方巻きを食べている人達を見て前世の記憶を思い出したのかといえば、主人公が転校してきて攻略対象者と仲良くなっていくと、ゲームの後半で恵方巻きのイベントがあるからだと思う。
前世の俺はこのイベントがかなり衝撃的で印象に強く残っていたら、だからあれが切っ掛けで記憶が戻ったんだと思う。
ゲームのラストは二年生の三月、攻略対象者の一人に一つ年上の人がいるせいか自分達は二年生なのに、卒業式イベントでゲームが終わる。
恵方巻きイベントは、最終ルートが誰になったのか判断出来る割と重要なイベントだった。
「ルート確定するとその相手が部屋に来て、一緒に恵方巻きを食べるんだよな。それでちょっとだけ良い雰囲気になる。お友達エンドだと食堂で皆で食べるんだったかな」
なんで恵方巻き。
二月ならバレンタインだろとゲーム作成者に文句を言いたいけれど、ゲームしてた時は好きなイベントだったのだ。
僕の推しキャラは今世のクラスメイトの山城雅(やましろみやび)で、彼の設定はちょいSキャラ。銀縁眼鏡に栗色の髪の美形だったりする。ちなみに雅は侯爵家の嫡男だ。山城侯爵家は和の国の侯爵の中でも上位にあたる貴族で領地も大きいし財産もとんでもなく持っている。そんな山城侯爵家の未来の当主が雅だ。
雅ルートの時は、主人公は風邪ぎみで一人部屋で食事しようとしているところに雅がやってくる。
いつもは冷たい口調なのに、この時は主人公を心配して部屋にやってくるのだから萌えるなって方が無理だ。
だっていつもは冷たいんだよ。好感度をマックスまで上げていても冷たい口調は変わらないし、なんならSキャラ発揮してる感じなのに、このイベントの雅は優しいんだ。そこがもう、なんというか萌えた。
前世の俺の推しキャラだった雅が今世の僕の片想いの相手なのは、前世の推しだったからその記憶が僕の中に残ってて、だからこんなに好きになっちゃったんじゃ無いかと思う。
友達と言っても僕から話しかけるのは恐れ多い感じがして出来ないけれど、休み時間や体育の時間とか雅の姿をつい目で追ってしまうし、一人で部屋にいても雅の写真を見ながらつい考えてしまう。そんな相手だった。
彼はなぜか僕に親しく接してくれる。他の人よりは優しくされてると思うだって名前で呼ぶのを許されてるんだ。
高位貴族の子息は親しくない相手を名前で呼ぶことはしない。
平民なら兎も角、貴族の子息子女が相手を名前で呼ぶのは親しい関係だと周囲に知らしめる意味もある。だからクラスメイトだとしても親しくなければ名前で呼び合う事は出来ない。上位爵位とか王族達だと名前を呼ぶ許可なんて物が存在するのだ。
雅は高位貴族なのに偉ぶったところはなくて、フレンドリー。
話す機会はあまりないけれど、僕をハルと愛称で呼んで親しげにしてくれるし、僕にも名前で呼ぶ許可をくれている。
雅が許してくれたから、しがない伯爵家の次男という立場でも、侯爵家嫡男の雅の名前を恐れ多くも呼ばせて貰えているのだ。
「席は隣だけど、名前呼び許されてるだけでそんなに仲良いわけじゃないし。僕の片思いだって分ってるけど、雅ルートだったら泣けるなあ。失恋決定かあ」
攻略対象者は五人だから、ルートに入らない可能性もあるけれど雅ルートはゲームの中では条件が緩くてルートに入りやすい。
しかも主人公と雅は一年生も二年生も同じクラスになる。つまり僕とも同じクラス。
ルート確定しなくても、雅は主人公と仲良くなるし、雅ルート以外でも雅は主人公に片思いして、振られた場合は親友ポジションになる。
つまり、雅ルートでもそうでなくても僕は二人が仲良くなっていく様子をずっと見ていないといけなくなるのだ。
「はあ。憂鬱だな。主人公いつ転校してくるんだろ」
食欲がわかなくて、サラダをつまんではため息をつく。
前世みたいに無理矢理女性を恋愛対象に、なんてしなくていい環境に生まれ変わったというのに、好きだと思う相手が違う人を思う姿を見ていないといけないなんて辛すぎる。
本当この世界何が良いかって、好きな相手が同性でも悩まなくていいんだ。
貴族の嫡男以外は基本成人後平民になる。
親が複数の爵位を持っている場合はその爵位を受け継ぐ場合もあるけれど、そうじゃない場合、成人後は貴族ではなく平民になってしまう。
平民になっても元々平民だった者と、貴族家に生まれて平民になった者とでは扱いは違うらしいけれど、平民は平民だ。
次男、三男は平民になり会社勤めする様になるけれど、就職先として多いのが実は愛人だったりする。
僕が今通っている学園の様なものが和の国には幾つかあって、在学中に恋愛し小姓契約をして、成人後の立場が愛妾となる。
正妻というのは女性のみに与えられる呼称で、役割で、権利だ。
それ以外は、愛妾や愛人という名で生きていく事になる。
貴族の同性同士の恋愛の場合、当主の愛人になるのが当り前の世界だ。
和の国は女性が少ない。世界的にどうかまではゲームの設定に出てこなかったし、そもそも和の国以外の国の設定があのゲームの中にあったかどうかも怪しい。
前世の記憶を思い出した今だから気がついたけれど、この世界の僕は海外について何も知らない。テレビで海外のニュースを見たことも無ければ授業で習った事もないし、そもそも授業に英語がない。
でも日常会話には中国語っぽい言葉とか英語っぽい単語とか当り前に出てくるし、食事だってフランス料理や韓国料理やイタリア料理というのはある。
そう考えると矛盾だらけだ、この世界。
矛盾と言えば、貴族の世界で正妻とは政略結婚をした相手で、恋人や愛人的位置には同性を選ぶなんてのがまかり通っている世界だ。
次代を生む存在として、妻を持つくせに愛妾として同性を望むのは歪んでいると思うけれどそれがこの世界なのだ。
まあ、ちゃんと異性とのみ恋愛をする人も多くいる。平民なら恋愛対象が同性なのに異性と結婚して、同性の愛人を持つなんてのは少数らしい。
貴族の結婚の殆どは政略結婚だからこそ、一部の人間の同性との恋愛が当り前に認められている。でも女性が少ないから恋人からの愛妾ではなく、政略として愛妾になる。そういう話も多い。
僕はきっと、卒業後はどこかの家に愛妾として嫁ぐ事になるのかもしれない。
雅が好きだけど、雅とどうにかなりたいなんて夢の又夢だ。立場が違いすぎる。
「ただのクラスメイトだし。雅は侯爵家の跡取り息子だし、僕はしがない伯爵家の次男。雅って名前を呼んでいるのもちょっと僕の立場じゃ図々しいレベルだもんな」
そんなに親しくないのに、雅と呼んでいるのは山城という人が同じ学年にもう一人いるせいだ。
雅の従兄弟で名前は一真。クラスが違うし僕は親しくないけれど、紛らわしいから名前で呼べとだいぶ前に雅から言われたから、そうしているのだ。
クラスメイトの殆どは雅を山城君とか山城様と呼んでいる。
雅は上位貴族の嫡男らしく、友達とそうでない人間とをシビアに分けているせいだ。
僕はなぜか友達枠にいる。だから雅を名前で呼べているのだ。
「主人公と雅が仲良くなってきたら、山城君って呼ぶ様にしようかな」
ちょっと卑屈だろうか。でもそうして気持ちに線引きしないと仲良くなる二人を見ているのが辛くなりそうだ。
前世の記憶を取り戻したせいで、今後が辛い。
雅を山城君と呼ぶ未来を想像しただけで、泣ける。
「考えてもしかたないか。早くご飯食べて寝ちゃおう」
決心して恵方巻きにかぶりつこうとしたその時だった。
ピンポンとドアチャイムが鳴ったのだ。
食堂から運んできたトレイをローテーブルに置きながら、僕はため息をついた。
二月三日節分の今日の夕食は、恵方巻きと豚汁とサラダだ。
貴族の子息が通うお坊ちゃん学園の食堂らしく、恵方巻きの中身も豪華で伊勢海老とかウニとか蟹、大トロに各種ブランド牛肉等々好きな具材を選べる様になっていた。
「なんで急に思い出しちゃったかなあ」
今までの僕なら好物の大トロやウニで作って貰っていただろう恵方巻きだけど、食堂の光景を見た瞬間思い出した前世の記憶に動揺して、思わず前世で好きだったエビ天マヨなんて具材をチョイスしてしまった。
カウンターにはぷりぷりした身が美しい伊勢海老も、つやつやとした海の宝石箱の中身の様なイクラも、脂がのってて美味しいと一見しただけで分る大トロもあったのに、なんでよりによってエビ天マヨにしたんだろう、僕。
前世の俺、どれだけ庶民で貧乏性な味覚してたんだろ。
「仕方ないよなあ。あの光景見たら一目散に逃げたかったんだもん」
無駄に豪華な食堂のテーブルに座り恵方巻きにかぶりつく人達を見た瞬間、僕は前世の記憶と一緒に、この世界が前世でやっていたBLゲームの世界だと気がついてしまったのだから、動揺して当り前だ。
「よりによって、なんで華乙ラブの世界なんだよ」
バンバンとローテーブルを右手で叩く度に、トレイの上の食器がカタカタと音を立てる。
前世僕は社会人二年目の会社員だった。
死んだ理由は分らないけれど、今の僕は鈴森伯爵家の次男鈴森千晴なんだから何かの理由で死んで生まれ変わったんだろう。
「伯爵家の次男とか笑う。そういえば日本じゃないんだよなあ。国の名前は日本じゃなくて和の国で、前世の東京都にあたるのは東都。しかも国のトップは王様。天皇陛下いないし、総理大臣もいない。民主主義じゃないんだよなあ。伊藤博文が歴史にいないとか、どうなんだよ。この学園は東都からだいぶ遠い島に作られたって設定だったよな」
貴族の子息が通う私立華学園、僕はこの学園の一年生で男子校だから当然クラスメイトは男ばかりだ。
前世の記憶を思い出したばかりで、今の世界にも前世にも違和感バリバリだけど、この世界は貴族階級制度がある和風な国だ。なんで現代日本っぽい設定なのに、貴族の階級制度があるんだよとか、突っ込んではいけない。しかも王政、現代日本じゃありえない。
爵位持ちはそれぞれの領地を治めて、そのトップにいるのは王様。
領民とか領地の状況とかは一切ゲームに出てこないけれど、なんちゃって貴族的な要素はあるし、爵位の上下はシビアにある。
ちなみに国の形も前世の俺が覚えている日本じゃない。国の広さも段違いだ。だけど概念は前世の日本に近い、東日本に西日本的な感覚に、北海道とか京都とか、沖縄的な地域の違いもある。だけど、日本列島の配置じゃ無い。世界地図が全部和の国になったといえば分かり易いだろうか。それなのに、東日本に西日本の感覚とか矛盾だらけ。
わりとご都合主義的なゲームだったのだ。
「でも、華乙男のラブ日和ってダサい名前だよなあ」
前世の僕は自分の恋愛対象が男だって気がついていながらもそれを認めたくなくて、会社の同僚と合コンを開いては撃沈していた。
恋愛対象が男なんだから、いくら女と合コンしても無駄なのだ。
心の奥底では分っていたけれど、止められなかった。
東京で一人暮らし、彼女は当然いない。
女の子と付き合わなきゃ。男と恋愛したいなんて、思っちゃ駄目なんだと、自分に言い聞かせながらも会社や合コンで知り合う女性達と個人的なお付き合い。なんて関係にはなれず、鬱々した気持ちでネットで買ったBLゲームが「華乙男のラブ日和」だった。
俺は病的な感じにこのゲームにのめり込んだ。
華乙男と書いて、はなおとめと読む。
華乙男というのは、僕が今通っている学園の学祭で行なうミスコン。男でもミスコンなのか? っていう突っ込みは兎も角。
華乙男は可愛い男子生徒を選ぶコンテストの優勝者に贈られる名前だ。
ミスコンをやる位だから、この学園は同性カップルが多い。
というか、このゲームの世界で同性との恋愛は当り前だったりする。
基本長期休暇以外学生は島から本島には行けない。
本島と島は橋で繋がっているし、日々の食材やネットで注文した物とか普通に届くし急ぎならヘリコプター使って空輸してくれるけど、生徒は基本島に閉じ込められている。
これは深い理由があるわけじゃなく、ただゲームの設定上そうなっているだけの様な気がするけれど、特殊な環境であることは間違いない。
島にいる女性は生徒の母親位の年齢の人ばかり、男性職員は若い人もいるのだから意図的なんだろうな。
「ダサい名前のダサいゲームだったよな。スチル絵が綺麗だってだけだし、話もいまいちだった」
鈴森千晴なんて人間は主要人物にはいなかったから、僕はモブなんだろう。
主人公は木村春と書いてきむらはると読む。
女の子みたいな名前だと、攻略対象者にからかわれるエピソードがあった。和の国は日本人的な設定で、黒髪黒目が基本だというのに木村春の髪の色はパステルピンクだったりするし、攻略対象者の髪色は赤とか青とかがいる。
春は可愛らしい外見で、素直な良い子。平民なのに特待生扱いで、なぜか中途半端な二月に転校してくるところから話は始まる。
「主人公、そろそろ転校してくるのかな」
今まではゲームの世界だなんて思わずに呑気に暮らしていた。
前世の記憶は無くても、女性が少ない環境で同性同士の恋愛も普通に受け入れられているこの学園の環境は居心地がよくて、楽しい毎日だった。
前世の記憶を思い出さなくても、今世の俺も恋愛対象は男性だったからだ。
格好良い先輩見てうっとりしている同級生とか、人気のある人は親衛隊とかもあって同性が好きでも問題がない環境が嬉しくて、幸せだった。
だけど、この世界がゲームだと、しかもBLゲームの世界だと気がついてしまってこれからどうしたらいいんだろう。
「しかも雅も攻略対象者だよ。片思いだし告白する勇気なんてなかったけど、これから主人公と雅のラブラブを見なきゃいけないなんて」
食べなきゃいけないのに、食欲が湧かずにトレイの上の恵方巻きを睨む。
なぜ食堂で恵方巻きを食べている人達を見て前世の記憶を思い出したのかといえば、主人公が転校してきて攻略対象者と仲良くなっていくと、ゲームの後半で恵方巻きのイベントがあるからだと思う。
前世の俺はこのイベントがかなり衝撃的で印象に強く残っていたら、だからあれが切っ掛けで記憶が戻ったんだと思う。
ゲームのラストは二年生の三月、攻略対象者の一人に一つ年上の人がいるせいか自分達は二年生なのに、卒業式イベントでゲームが終わる。
恵方巻きイベントは、最終ルートが誰になったのか判断出来る割と重要なイベントだった。
「ルート確定するとその相手が部屋に来て、一緒に恵方巻きを食べるんだよな。それでちょっとだけ良い雰囲気になる。お友達エンドだと食堂で皆で食べるんだったかな」
なんで恵方巻き。
二月ならバレンタインだろとゲーム作成者に文句を言いたいけれど、ゲームしてた時は好きなイベントだったのだ。
僕の推しキャラは今世のクラスメイトの山城雅(やましろみやび)で、彼の設定はちょいSキャラ。銀縁眼鏡に栗色の髪の美形だったりする。ちなみに雅は侯爵家の嫡男だ。山城侯爵家は和の国の侯爵の中でも上位にあたる貴族で領地も大きいし財産もとんでもなく持っている。そんな山城侯爵家の未来の当主が雅だ。
雅ルートの時は、主人公は風邪ぎみで一人部屋で食事しようとしているところに雅がやってくる。
いつもは冷たい口調なのに、この時は主人公を心配して部屋にやってくるのだから萌えるなって方が無理だ。
だっていつもは冷たいんだよ。好感度をマックスまで上げていても冷たい口調は変わらないし、なんならSキャラ発揮してる感じなのに、このイベントの雅は優しいんだ。そこがもう、なんというか萌えた。
前世の俺の推しキャラだった雅が今世の僕の片想いの相手なのは、前世の推しだったからその記憶が僕の中に残ってて、だからこんなに好きになっちゃったんじゃ無いかと思う。
友達と言っても僕から話しかけるのは恐れ多い感じがして出来ないけれど、休み時間や体育の時間とか雅の姿をつい目で追ってしまうし、一人で部屋にいても雅の写真を見ながらつい考えてしまう。そんな相手だった。
彼はなぜか僕に親しく接してくれる。他の人よりは優しくされてると思うだって名前で呼ぶのを許されてるんだ。
高位貴族の子息は親しくない相手を名前で呼ぶことはしない。
平民なら兎も角、貴族の子息子女が相手を名前で呼ぶのは親しい関係だと周囲に知らしめる意味もある。だからクラスメイトだとしても親しくなければ名前で呼び合う事は出来ない。上位爵位とか王族達だと名前を呼ぶ許可なんて物が存在するのだ。
雅は高位貴族なのに偉ぶったところはなくて、フレンドリー。
話す機会はあまりないけれど、僕をハルと愛称で呼んで親しげにしてくれるし、僕にも名前で呼ぶ許可をくれている。
雅が許してくれたから、しがない伯爵家の次男という立場でも、侯爵家嫡男の雅の名前を恐れ多くも呼ばせて貰えているのだ。
「席は隣だけど、名前呼び許されてるだけでそんなに仲良いわけじゃないし。僕の片思いだって分ってるけど、雅ルートだったら泣けるなあ。失恋決定かあ」
攻略対象者は五人だから、ルートに入らない可能性もあるけれど雅ルートはゲームの中では条件が緩くてルートに入りやすい。
しかも主人公と雅は一年生も二年生も同じクラスになる。つまり僕とも同じクラス。
ルート確定しなくても、雅は主人公と仲良くなるし、雅ルート以外でも雅は主人公に片思いして、振られた場合は親友ポジションになる。
つまり、雅ルートでもそうでなくても僕は二人が仲良くなっていく様子をずっと見ていないといけなくなるのだ。
「はあ。憂鬱だな。主人公いつ転校してくるんだろ」
食欲がわかなくて、サラダをつまんではため息をつく。
前世みたいに無理矢理女性を恋愛対象に、なんてしなくていい環境に生まれ変わったというのに、好きだと思う相手が違う人を思う姿を見ていないといけないなんて辛すぎる。
本当この世界何が良いかって、好きな相手が同性でも悩まなくていいんだ。
貴族の嫡男以外は基本成人後平民になる。
親が複数の爵位を持っている場合はその爵位を受け継ぐ場合もあるけれど、そうじゃない場合、成人後は貴族ではなく平民になってしまう。
平民になっても元々平民だった者と、貴族家に生まれて平民になった者とでは扱いは違うらしいけれど、平民は平民だ。
次男、三男は平民になり会社勤めする様になるけれど、就職先として多いのが実は愛人だったりする。
僕が今通っている学園の様なものが和の国には幾つかあって、在学中に恋愛し小姓契約をして、成人後の立場が愛妾となる。
正妻というのは女性のみに与えられる呼称で、役割で、権利だ。
それ以外は、愛妾や愛人という名で生きていく事になる。
貴族の同性同士の恋愛の場合、当主の愛人になるのが当り前の世界だ。
和の国は女性が少ない。世界的にどうかまではゲームの設定に出てこなかったし、そもそも和の国以外の国の設定があのゲームの中にあったかどうかも怪しい。
前世の記憶を思い出した今だから気がついたけれど、この世界の僕は海外について何も知らない。テレビで海外のニュースを見たことも無ければ授業で習った事もないし、そもそも授業に英語がない。
でも日常会話には中国語っぽい言葉とか英語っぽい単語とか当り前に出てくるし、食事だってフランス料理や韓国料理やイタリア料理というのはある。
そう考えると矛盾だらけだ、この世界。
矛盾と言えば、貴族の世界で正妻とは政略結婚をした相手で、恋人や愛人的位置には同性を選ぶなんてのがまかり通っている世界だ。
次代を生む存在として、妻を持つくせに愛妾として同性を望むのは歪んでいると思うけれどそれがこの世界なのだ。
まあ、ちゃんと異性とのみ恋愛をする人も多くいる。平民なら恋愛対象が同性なのに異性と結婚して、同性の愛人を持つなんてのは少数らしい。
貴族の結婚の殆どは政略結婚だからこそ、一部の人間の同性との恋愛が当り前に認められている。でも女性が少ないから恋人からの愛妾ではなく、政略として愛妾になる。そういう話も多い。
僕はきっと、卒業後はどこかの家に愛妾として嫁ぐ事になるのかもしれない。
雅が好きだけど、雅とどうにかなりたいなんて夢の又夢だ。立場が違いすぎる。
「ただのクラスメイトだし。雅は侯爵家の跡取り息子だし、僕はしがない伯爵家の次男。雅って名前を呼んでいるのもちょっと僕の立場じゃ図々しいレベルだもんな」
そんなに親しくないのに、雅と呼んでいるのは山城という人が同じ学年にもう一人いるせいだ。
雅の従兄弟で名前は一真。クラスが違うし僕は親しくないけれど、紛らわしいから名前で呼べとだいぶ前に雅から言われたから、そうしているのだ。
クラスメイトの殆どは雅を山城君とか山城様と呼んでいる。
雅は上位貴族の嫡男らしく、友達とそうでない人間とをシビアに分けているせいだ。
僕はなぜか友達枠にいる。だから雅を名前で呼べているのだ。
「主人公と雅が仲良くなってきたら、山城君って呼ぶ様にしようかな」
ちょっと卑屈だろうか。でもそうして気持ちに線引きしないと仲良くなる二人を見ているのが辛くなりそうだ。
前世の記憶を取り戻したせいで、今後が辛い。
雅を山城君と呼ぶ未来を想像しただけで、泣ける。
「考えてもしかたないか。早くご飯食べて寝ちゃおう」
決心して恵方巻きにかぶりつこうとしたその時だった。
ピンポンとドアチャイムが鳴ったのだ。
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