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本編
二月三日(節分の夜)2
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「誰だろ」
慌てて箸を置いてドアへと向かう。
お坊ちゃん学園の寮らしく、部屋は無駄に広い。部屋は寝室とリビングスペースにキッチンにトイレとお風呂まで完備されている。
この島、そんなに大きくないけれどあるのは学園関係の施設だけだから、寮の造りも豪華なのだ。ちなみに僕は人数の関係で二人部屋を一人で使っている。
高位貴族(公爵、侯爵が該当する)以外は個室ではなく二人部屋になるのだけれど、この部屋のレベルって結構凄いと思う。
二人部屋は共有スペースのリビングダイニングスペースと、それぞれの個室にトイレとお風呂とキッチンスペースがある。ウォークインクローゼットもそれぞれの個室からのみ入れる様に作られていてこれがまた広い。前世の記憶で言えば超高級マンションレベルの部屋だ。
ちなみに高位貴族の個室はもっと凄いらしい。入った事無いけれど、二人部屋よりも広いという噂だ。高位貴族は使用人も学園に連れてきているから、使用人用の部屋もある。
伯爵位以下は使用人は連れてこられない代わりに、部屋の掃除や洗濯などは頼める。
洗濯は、風呂の脱衣所に設置してあるボックスに脱いだものを入れると翌日洗濯済みのものがクローゼットに戻されているし、部屋の掃除を僕は週三で頼んでいる。
家だと使用人が何から何までやってくれるから、知らない人に下着の洗濯を頼むのもクローゼットに戻されるのも当り前の感覚だったけれど、前世の記憶があるとちょっとというか、かなり恥ずかしい気がする。
恥ずかしいけれど、今更だよなあ。この部屋洗濯機なんてないし。下着だけ手洗いとかも面倒だしここは開き直るか。
前世の感覚との違いにため息をつきながら、ドアを開くと意外な人が立っていた。
「はーい。あれ、み、みや……び?」
「なんだ、元気なのか。それよりいつもこんな風にドア開けてるのか?」
「元気だけど。え、ドア?」
さっきまで雅のことを考えていたせいで、動揺してしまった。
やばい。会えると思ってなかったら心の準備が。どうしよう顔が赤くなってしまう。
「インターフォンで確認もせずに開けるのは不用心じゃないか? 俺だから良いようなものの。気をつけなければ駄目だよ」
「あ、うん。そうだね、気をつけます」
そう言えばあったなインターフォン。寮の中だから気にした事無かったけれど。
「あの、それで。どうして」
「ああ、夕飯を食堂で食べていなかったみたいだから、具合悪いのかと思ってね」
「え、それで様子見に来てくれたの? うわ、ごめん。あの、なんか疲れていて皆と食べる気になれなくて。部屋でゆっくり食べようかなって、あの、そう思って」
適当な言い訳。
実際は、前世の記憶を思い出して動揺していたから一人になりたかったんだ。
だって皆が恵方巻きを齧りついている光景とか、BLゲームだからなのか、モブ中モブの人しか食堂にいないのに、皆格好いいし可愛いんだよ。
カップルなんだろうなって人達が、お互いをちらちら見ながら赤面しつつ食べてるのとか、正視できないよ。
「夕飯はちゃんと食べたのか」
「ええと、今丁度食べ始めようとしていたところだけど」
前世の推しで今世の片想いの相手、雅。
雅は前世の俺も、今世の僕も憧れるし、好み一直線の人だ。
こうして見上げるだけで、心臓がバクバクしてる。
雅と視線を合わせる事すら戸惑ってしまうくらいに動揺している。
ラフな私服姿すら格好良いなんて、僕を動揺させないで欲しい。
ざっくり編みのグレーのセーターに黒いスリムジーンズって、格好良すぎる。好きすぎる。
僕なんて、気が抜けた部屋着でしかも子供っぽいデザイン。裏起毛のふかふかした素材の白のパーカーに、同じ様な素材の赤系チェックのハーフパンツ、いやもっと短いかな。暖房が効いてるのを良いことに裸足だったりする。
どうしよう、雅に呆れられてないかな。この格好。
「そうか。入るぞ」
「え? あの、え。あの、うん」
リビングに案内しながら、雅が部屋に来るのって初めてじゃなかったかなと考えた。
クラスメイトとは言っても交友関係が違うから、放課後部屋に来るなんてこともなかったんだ。
そう、僕達はクラスメイトとしてもそんなに親しいわけじゃ無い。なのに、付き合いの線引きがはっきりしている雅が、なぜ僕に名前呼びを許可してくれているのか、従兄弟の件があるにしても分らない。僕程度の仲で名前呼びが許されるなら、クラスメイト全員同じでもおかしくないんだ。
「二人部屋ってこういう造りなんだな。二人で使うと考えると少し狭いんじゃないか?」
「雅は一人部屋だからそう感じるのかな。まあ僕も同室者いないから一人部屋みたいなものだけど、二人だと狭く感じちゃうかもね」
僕にとっては十分な広さの部屋でも雅には狭いのかと、ちょっと驚きながらそれもそうかと納得する。
雅の部屋は、上位貴族が使う一人部屋の中でも豪華で広々したところだと噂で聞いた事がある。山城家は大貴族だから、学校側が配慮したとか、使用人も沢山いるからだとか噂されている。
雅は学園の方にも個室持ってたんだっけ? 僕は行ったことないけれど、そういうイベントがゲームにあった覚えがある。
「雅はもう夕飯食べたの? あ、お茶。ごめんねすぐお茶準備するから座っていて」
「気遣いは無用だ。持ってきた」
ずいっと目の前にコンビニの袋が差し出される。
この島には二十四時間営業のコンビニがある。
前世と今世で国の状況はかなり違っているのに、コンビニとかはしっかり存在する。
コンビニといいながら自炊したい人向け様々な食材も取り扱っているし、文房具も本も雑貨もそれなりに扱っているから、二十四時間営業の小さなデパートと言った方が正しいのかもしれない。
前世高校生だった頃はコンビニでパンを買って部活の帰りに皆と歩きながら食べたりしてたけれど、この学園の生徒は食べ物を買ってもコンビニ内にあるイートインスペースで食べるか部屋に持ち帰って食べるのだ。
ちなみに食堂の他にカフェも三店あるしレストランもイタリア料理とかフランス料理とかあるし料亭とかもある。遊び場としては映画館にボウリング場、乗馬施設に授業じゃ使わないおしゃれな屋内プールになぜかダーツバー的な物もプラネタリウムとかもある。
お店といえば、洋服とか靴とか鞄とかその辺りは種類があまり多くない。
上位貴族の方々は直接店舗に行ったりせず、デパートだったら外商の人がやってくるし、オーダーメイドする場合もお店の人がやってくるかららしい。ちなみに僕の服は家から送られてくる。ネット購入はこの世界でも出来るけれど、僕はそういうのを利用した事がない。今着ている服も家から送られてきたものだ。
「ええと。プリンと栄養ドリンクにお茶?」
どういう組み合わせなんだろうと首を傾げて袋の中を見ていたら、雅は乱暴に袋を奪い取って勝手にソファーに座ってしまった。
「具合が悪いのでないなら、不要だったな」
「え。だからプリン一個なの?」
夕飯が食べられない位具合が悪いのかと思って、プリンと栄養ドリンク持ってきてくれたのか? そう気がついて顔が赤くなる。
ヤバいどうしよう。顔がにやける。
「俺は甘い物は好きじゃ無いからな」
「僕はそのプリン大好物。すっごく美味しいんだよ、人気があるからなかなか買えないんだよ」
「そうか。一番目立っていたから買っただけだが、好物なら良かった」
雅の一言で、好きな物を知っていてくれたわけじゃないと分ってちょっとがっかりしながら、でもわざわざ部屋に来てくれたのが嬉しくて、顔が更に赤くなる。
そんなに仲良くない僕の体調を気遣って差し入れをしてくれるなんて、雅って優しすぎる。
「具合が悪いんじゃないなら、冷める前に食べろよ」
「え。ああ、うん。あ、グラス出すから待って」
「いい、このまま飲む」
雅は袋からお茶のペットボトルを取り出すと、残りをテーブルに置いてペットボトルのキャップを開けた。
僕はローテーブルで食事しやすい様に床に直置きした特大クッションの上に座っていて、雅は向かい側のソファーに座っているんだけど。
これってなんだか食べにくい。
「その具、なんだ」
「え。あのエビ天マヨだけど」
「は?」
あ、雅がぽかんとした顔してる。
これってレアなんじゃないかな。
「えびてんまよ」
高位貴族の息子である雅はきっと見た事もない物だろう。発音がちょっとおかしい。
エビ天マヨって、B級グルメって感じだもん。見た事ないよね。
「あの。エビ天マヨ。エビの天ぷらにマヨネーズがついてるんだよ」
「それは巻き寿司の具になるものなのか。変わったものを選んだな」
確かにあの食材の中からわざわざこれを選ぶって、自分でもわけの分からないチョイスだと思う。伊勢エビもイクラもウニも美味しそうだったし、蟹とか穴子とかも美味しそうだった。前世でも伊勢エビを海苔巻きの具にしたものなんて食べた事無かったけれど、今世でも十分高級食材だ。
食堂のご飯は有料だし、結構高いのだけれど。恵方巻きセットは何の具を頼んでも同じ金額だったから、高い具材を選んだ方が徳なのだけれど、前世を思い出したショックでつい前世でよく食べていたエビ天マヨを頼んでしまったのだ。
食堂のおばちゃんもビックリしてた。生もの嫌いな人用に用意したものだけれど、人気が無かったらしい。
「食べた事ないなあと思って珍しくて。天ぷらだとご飯も温かいって聞いたから。体が冷えてたのかな、温かい物食べたかったから。まあ、もう冷めちゃってるけれど」
考え事していたせいですっかり冷めちゃったけれど。生ものは寿司飯で、お肉と天ぷらは温かいご飯で巻き寿司を作って貰えたんだ。
「ふうん。天ぷらを巻き寿司の具にするなど、考えた事もなかった」
「だよね」
返事をしながら、前世では安い回転寿司で良く食べていたネタだし、美味しいんだよと心の中で言い訳してみる。
侯爵家の子息が安い回転寿司なんて行く筈ないし、そもそも僕も今世では行ったことない位だから、エビ天マヨの巻き寿司なんて雅には珍しい物に見えるだろう。
庶民的な食べ物も食堂にはあるけれど、寿司ネタにコーンサラダとかミニハンバーグとかは流石に出てこない。あれは平民の食べ物なのだ。
「早く食べろよ」
「え、うん」
お茶を飲みながら雅にそう言われ箸を持つけれど、何だか食べにくい。
雅に見られながら恵方巻きにかぶりつくとか。何の拷問だと思う。
「雅は恵方巻きの具、何にしたの?」
気をそらしたくて雅に質問する。ゲームの雅の好きな食べ物ってなんだったかな。
お寿司なら穴子とノドグロとボタン海老、お肉は鶏肉が好きで、お菓子は好んで食べないけれどチョコレートならたまに食べる。コーヒーをカフェイン中毒レベルに飲んでるだったかな。今飲んでるのはお茶だけど。
「俺は穴子と卵の太巻き。恵方巻きとしては食べていない」
太巻きなら確かに大口あけて食べるにも限界があるから、カットしてもらったんだろう。
そういう事出来たのか。なら僕も切って貰えば良かった。
雅の返事にそう思いついたけれどもう遅い、僕の前にはエビ天マヨの中巻き寿司が一本鎮座している。
中巻きとは言え、これを無言で全部食べるのはちょっと大変だし、しかも雅の前でなんてなんて拷問なんだ。
「恵方は西南西だっけ」
ご丁寧に方位磁石までトレイにセットされている。
学食の人達の仕事出来る方向が間違っている気がするのは気のせいだろうか。
まあ、貴族の子息が食べるには行儀が悪いと言われそうだからイベント感を演出しているのかもしれない。
方位磁石で恵方を確認して、雅が座っている方とは真逆の方向にホッとしながら雅に背を向けて恵方巻きにかぶりつく。
「そういえば恵方巻きの由来って諸説あるけれど、花街で客が芸子に食べさせたのが始まりって説もあるらしいよ。食べるのは芸子だけだったらしいね。それ考えるとさ子供に食べさせるの戸惑うよね」
雅の言葉に僕の動きが止まる。
ちょっと待って。花街で芸子にって、縁起物って感じじゃなくなっちゃうじゃないか。
食堂で赤面しながら食べてた人達見て、気まずいなあと思ってたけれど、その比じゃないよ。
それって、それって、それってぇぇぇっ。
「ハル。どうした耳が赤いよ。真っ赤、熱あるの?」
雅が僕に掛ける言葉に他意が無い事は分っている。
でも、今雅の方なんて向けないし、なんならちょっとしたパニックになっていた。
僕が座っている位置から雅の顔見ようとしたら、上目使いで見上げる様になるし、それってちょっと、ちょっとというかだいぶ嫌な構図になっちゃうよ。
いや、僕が意識しなきゃいいだけなんだけど。雅に他意がないのは分ってるし。
って、他意が無いって分ってるのは凹む。
「ハル、もしかして知っていたから部屋で食べようとしてたのか? もしかして、俺が来たから食べるの躊躇ってた? だとしたらごめん」
雅の声に、恵方巻きに齧りついたまま、ぶんぶんと首を横に振る。
そんなの知るわけないよ。
ああもう、早く食べちゃおう。
「ふうん?」
「……ごほつ」
無理矢理恵方巻きを口に押し込んで、殆ど噛まずに飲み込んだから見事にむせた。
中巻きとは言え、海老の天ぷらを芯にして巻いてるのだからボリュームはかなりあるし、むせて当然だ。
「ちょ、ハル。大丈夫か」
「だいじょう……。あ」
雅に背中を摩られながら、無理矢理なんとか飲み込んで、差し出されたペットボトルのお茶をゴクゴクと飲んで気がついた。これ、雅が飲んでた奴じゃないのか。
ちょっと待て、僕。
ここで赤面したら、意識してるって丸わかりじゃないか。
「小さな口で無理して、そんな太いの食べるから。無理に頬張ってるの苦しそうだったぞ」
言いながら、雅は僕の頬に触れる。
雅に他意がないのは知ってるけれど、そういう言い方僕へ意識しろと言ってるのかと勘ぐりたくなる。
多分前世の記憶を思い出して無ければスルーしてた可能性があるけれど、今の僕は前世大人だったから雅に他意が無いというのは分ってるのに深読みしてしまう。
深読みというか、意識しろとか思うのって僕の願望だけど。
「ハルの口には太すぎるだろそれ、無理がありすぎるよ。ハル口小さいし」
「大丈夫だから」
やばい。赤くなるな。意識するな。
もう、雅の顔が直視出来ない。
好きな人に、僕の口には太すぎるだろと心配されるとか、もう妄想していい? ああ、僕ちょっと迷走してるな、これ。
「……お茶、ありがとう」
妄想は止めろ自分。と自分自身に言い聞かせながら、無理矢理お茶を飲み込んで盛大に咳き込む。
駄目だよ妄想が止まらない。恋人に言葉責めされる僕的な妄想が止まらない。
雅にそんな風に責められたら、萌えすぎて死ねる自信がある。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。行儀悪くてごめん」
僕の顔が赤いのは、咳き込んだせいだから。それ以外の理由なんてないから。
太いの食べるって、雅のを僕が……。
いや、いいんだ。僕が勝手にそう思っちゃっただけだから。
「顔赤いぞ。あんな太いの食べたから苦しかったんだろ。食べている途中に話しかけて悪かったよ。本当に悪かった」
「海老天が思いの外食べにくかっただけ、雅のせいじゃない」
俯いたままペットボトルを渡し、無言で俯いて豚汁を食べる。
おぼっちゃま学校の食堂は、豚汁でさえ上品な味付けだ。
出汁はきっと花鰹とか利尻昆布とかだろう。インスタントの顆粒出汁とは違う。
貧乏サラリーマンの前世を思い出した後だと、余計にそう感じてしまう。
「ハルはわりとそそっかしいんだから、気をつけないと」
「そそっかしくないよ。今のは不可抗力だし」
じとっと、豚汁を食べながら雅を睨む。
僕は顔を赤くして咳き込みながら食べたって言うのに、前世の俺が推しだった雅の顔は見惚れる程に格好いい。
今世の僕もうっかり見とれてしまう格好良さだ。
だからこそ、雅の他意のない言葉すら妄想の餌食にしてしまう。
雅に言われたいよ、子供っぽい部屋着を着た僕じゃなく。ちょっと恥ずかしいけど、彼シャツ一枚とかの格好で「ハルの口には太すぎる? 無理なら我慢しないでそう言って」とか言われながら雅に頭を撫でられながら、彼の足下に座ってるんだ。
僕は心配そうにする雅を見上げて「大丈夫だよ。大好きな人のだから無理でも、頑張る」とかなんとか。そしたら雅が「ハル可愛い。好きだよ」とか。
うわぁぁぁ。どうしよう言われたい。
「ハルはちっちゃいし細いし、何でも無いところで躓くし」
「そそっかしいのとか躓くとか、背がちっちゃいのと関係ないと思うんだけどっ!!」
虚しい妄想から現実に戻って雅のからかいにむっとして顔を上げると、雅が笑いながらペットボトルのお茶を飲んでいるのが見えた。
あれ、さっき僕が飲んで……。いや、その前はそもそも雅が飲んでいた。
ああ、なんて事だ。雅にはどうでもいいんだ、悲しいくらいに意識されてない。
でも、僕には重大問題な間接キス。
考えただけで熱が出そうだ。さっきの妄想以上に刺激がありすぎて、酸欠で頭がくらくらする。
「本当に体調悪くないのか?」
「え」
「顔、真っ赤だぞ、なんだかどんどん赤くなっている気がする。本当に大丈夫か?」
「さっき咳き込んだせいだよ」
言えるか、ペットボトルが気になっているなんて。
言えるわけないよ、前世なら回し飲みなんて普通にやっていたし。
今世では初だとか、回しのみというより間接キスだなんて思っちゃったとか。
そんな事、死んでも雅には気付かれたくない。だから、必死に平気な振りをする。
「ならいいけれど、無理するなよ」
「しないし。大丈夫だし」
動揺を誤魔化したくて、豚汁とサラダを急いで食べてまた咳き込んだ。
咳き込み過ぎて心配した雅がまた僕の背中を摩ってくれるから、いつまでたっても僕の赤面は収まらない。
だって雅の体温とか、僕を心配そうに見つめる顔が近すぎるのはどうしたらいいの。
なんとか冷静になろうと、苦手な数学の事とか考えようとするけれど上手くいかない。
これ以上好きになったら駄目なのに。
雅はこれから、転校してきた主人公に一目惚れするんだから。
僕はそれを友達の顔で見ていなくちゃいけないんだから。
雅ルートに入ったら、雅は主人公と恋人になるし、雅ルートじゃなくても主人公の親友になるんだから、どっちにしても僕より主人公と仲良くなってしまうんだ。
それをモブの僕は見ていないといけないんだ。それが当然の成り行きだと悟った顔で。
「ハル? 大丈夫か」
「大丈夫。プリン食べたくて、急いじゃったよ」
泣きたくなりながら、プリンを袋から取り出す。
僕の大好物のこのプリンは、一日数個しか入荷しないからなかなか食べられないんだ。
偶然でも雅がそれを買って来てくれたのが嬉しいなあって、きっとこれが最初で最後なんだろうなと思いながらパクリと一口口にする。
「はぁ、好き。…………これやっぱり美味しい。雅ありがとう」
雅は僕の背中に手を置いたままで、なんかそれが嬉しくて切なくて、思わず好きと言ってしまったから、慌てて好きってプリンの事だよと誤魔化す。
好きな物を食べられて嬉しいし、雅がわざわざ買って来てくれたのは、本当に嬉しいけれど。
口の中でとろける甘さのプリンが、何故か苦く感じてしまう。
これからこのプリンを見る度に、今日の事を思い出しちゃうんだろうな。
雅がこの部屋に来るのは、今日が最初で最後だろう。
「なんだ、美味しくなかったのか」
「え」
「違うか。何か心配事か」
「ううん。何もないよ。プリン凄く美味しいよ。これってなかなか買えないんだよ、雅凄いなあ、どうして買えちゃったの?」
良かった雅、好きって言ったの気にしてないみたいだ。上手く誤魔化せた。
内心がっかりしながら尋ねると、雅は不思議そうに首を傾げた。
「……普通に売ってたけど、そんなレアな奴だったんだ」
「え~~。一日数個しか入荷しないんだよ。超人気で、発注しても入荷しない日もあるってコンビニの店長さんが言ってたもん。雅ってば凄いラッキー、あ、ラッキーは僕か。雅のお陰で久し振りに食べられて嬉しいよ。ありがと。雅、大好き……なんだ。本当にこのプリン」
泣きそうなのを我慢して、雅にお礼を言う。
お礼を言いながら、今度は思わずじゃなく、大好きだと雅の目を見て言って、そして誤魔化す。
強がりだ、これってただの強がり。
だって告白なんて、絶対に出来ないししちゃいけない。
雅に誤魔化しながら好きって言って、それで僕は諦めなくちゃ。
泣きたいよ、好きな人がこれから僕以外の人を好きになる未来を知ってるんだから。
なんで僕はモブに転生なんかしちゃったんだろうと、悲しくなってしまう。
「心配な事と言えば、来週のテストくらいだよ」
好きだなあと思っていた人が、ゲームの攻略対象者だと気がつくなんて出来れば一生したくなかった。
主人公の為に存在している人が片想いの相手だなんて泣きの案件だけど、今は作り笑顔で誤魔化して、プリンを完食して悩みはテストの事だと嘘をついた。
「テストか。数学苦手なんだっけ? 俺が教えてやろうか」
「いいの?」
あれ、数学苦手なんて僕言った事あったかな? と内心首をひねるけど。
知ってたんだと嬉しくなる。単純な僕。
言った事なくても、同じクラスにいれば気がつくのかな。そうだったら凄い。
「ああ。ハルが都合の良い時に勉強会しよう。俺の部屋だと使用人が多くて落ち着かないからハルの部屋で、どう?」
咳き込みすぎた僕が心配なのか、雅の手は僕の背中に置かれたままでそんな状態で僕の顔を覗き込む様に見ながら言うから、まるで恋人同士みたいな距離だと嬉しくなる。
「うん。ありがとう。助かるよ」
返事をしながら、主人公はいつ来るんだっけと考える。
確か、主人公が転校してきてすぐにあるテストを受けて、テスト結果の上位に主人公の名前があって、それを見た攻略対象者の一人が主人公を褒めるんだったよね。
あれは、雅ルートじゃない別ルートだったかな。
ということは、最低でも来週には主人公がやってくる? それってこの関係、雅と僕の関係があと僅かってこと? そんなの嫌だ。
「どうした。ハル」
「なんでもないよ。勉強会本当にお願いしていいの?」
主人公が来ても、雅は約束したら叶えてくれるんだろうか。不安に思いながら尋ねると雅は、ふっと笑って頷いてくれた。
主人公に一目惚れしても、僕は友達でいられるのかな。
片想いでもいいから雅の傍にいたい。雅と少しでも繋がっていたいと願う。
「赤点取って泣かない様に、しっかり教えてやるよ」
「ありがとう」
雅は優しい。
前世の記憶なんかなくても、僕は雅に恋をした。
話す機会はあまりなかったけれど、声を掛けると雅はいつだって笑顔で返事をしてくれたんだ。
雅は格好良くて優しくて、だから僕が好きになるなんて当り前の事だった。
でも、モブの僕と雅が恋人になる可能性なんかないのだから、雅が主人公と恋人になれるように僕は応援しよう。
それがモブポジションの僕の役割だ。
だって僕なら、雅と主人公のイベントを誘導出来る筈だもん。
「僕頑張るよ」
大好きな雅が幸せになれるように。頑張って応援するよ。
決心した僕は、泣きたくなるのを堪えて雅に笑いかけた。
☆☆☆☆☆☆
風邪ネタ、恵方巻きネタ、お祭りの屋台でチョコバナナネタは、学祭女装ネタは薄い本の鉄板かなーと。
学園ものなので、今後その辺り盛り込んでいきたいと思ってます。
慌てて箸を置いてドアへと向かう。
お坊ちゃん学園の寮らしく、部屋は無駄に広い。部屋は寝室とリビングスペースにキッチンにトイレとお風呂まで完備されている。
この島、そんなに大きくないけれどあるのは学園関係の施設だけだから、寮の造りも豪華なのだ。ちなみに僕は人数の関係で二人部屋を一人で使っている。
高位貴族(公爵、侯爵が該当する)以外は個室ではなく二人部屋になるのだけれど、この部屋のレベルって結構凄いと思う。
二人部屋は共有スペースのリビングダイニングスペースと、それぞれの個室にトイレとお風呂とキッチンスペースがある。ウォークインクローゼットもそれぞれの個室からのみ入れる様に作られていてこれがまた広い。前世の記憶で言えば超高級マンションレベルの部屋だ。
ちなみに高位貴族の個室はもっと凄いらしい。入った事無いけれど、二人部屋よりも広いという噂だ。高位貴族は使用人も学園に連れてきているから、使用人用の部屋もある。
伯爵位以下は使用人は連れてこられない代わりに、部屋の掃除や洗濯などは頼める。
洗濯は、風呂の脱衣所に設置してあるボックスに脱いだものを入れると翌日洗濯済みのものがクローゼットに戻されているし、部屋の掃除を僕は週三で頼んでいる。
家だと使用人が何から何までやってくれるから、知らない人に下着の洗濯を頼むのもクローゼットに戻されるのも当り前の感覚だったけれど、前世の記憶があるとちょっとというか、かなり恥ずかしい気がする。
恥ずかしいけれど、今更だよなあ。この部屋洗濯機なんてないし。下着だけ手洗いとかも面倒だしここは開き直るか。
前世の感覚との違いにため息をつきながら、ドアを開くと意外な人が立っていた。
「はーい。あれ、み、みや……び?」
「なんだ、元気なのか。それよりいつもこんな風にドア開けてるのか?」
「元気だけど。え、ドア?」
さっきまで雅のことを考えていたせいで、動揺してしまった。
やばい。会えると思ってなかったら心の準備が。どうしよう顔が赤くなってしまう。
「インターフォンで確認もせずに開けるのは不用心じゃないか? 俺だから良いようなものの。気をつけなければ駄目だよ」
「あ、うん。そうだね、気をつけます」
そう言えばあったなインターフォン。寮の中だから気にした事無かったけれど。
「あの、それで。どうして」
「ああ、夕飯を食堂で食べていなかったみたいだから、具合悪いのかと思ってね」
「え、それで様子見に来てくれたの? うわ、ごめん。あの、なんか疲れていて皆と食べる気になれなくて。部屋でゆっくり食べようかなって、あの、そう思って」
適当な言い訳。
実際は、前世の記憶を思い出して動揺していたから一人になりたかったんだ。
だって皆が恵方巻きを齧りついている光景とか、BLゲームだからなのか、モブ中モブの人しか食堂にいないのに、皆格好いいし可愛いんだよ。
カップルなんだろうなって人達が、お互いをちらちら見ながら赤面しつつ食べてるのとか、正視できないよ。
「夕飯はちゃんと食べたのか」
「ええと、今丁度食べ始めようとしていたところだけど」
前世の推しで今世の片想いの相手、雅。
雅は前世の俺も、今世の僕も憧れるし、好み一直線の人だ。
こうして見上げるだけで、心臓がバクバクしてる。
雅と視線を合わせる事すら戸惑ってしまうくらいに動揺している。
ラフな私服姿すら格好良いなんて、僕を動揺させないで欲しい。
ざっくり編みのグレーのセーターに黒いスリムジーンズって、格好良すぎる。好きすぎる。
僕なんて、気が抜けた部屋着でしかも子供っぽいデザイン。裏起毛のふかふかした素材の白のパーカーに、同じ様な素材の赤系チェックのハーフパンツ、いやもっと短いかな。暖房が効いてるのを良いことに裸足だったりする。
どうしよう、雅に呆れられてないかな。この格好。
「そうか。入るぞ」
「え? あの、え。あの、うん」
リビングに案内しながら、雅が部屋に来るのって初めてじゃなかったかなと考えた。
クラスメイトとは言っても交友関係が違うから、放課後部屋に来るなんてこともなかったんだ。
そう、僕達はクラスメイトとしてもそんなに親しいわけじゃ無い。なのに、付き合いの線引きがはっきりしている雅が、なぜ僕に名前呼びを許可してくれているのか、従兄弟の件があるにしても分らない。僕程度の仲で名前呼びが許されるなら、クラスメイト全員同じでもおかしくないんだ。
「二人部屋ってこういう造りなんだな。二人で使うと考えると少し狭いんじゃないか?」
「雅は一人部屋だからそう感じるのかな。まあ僕も同室者いないから一人部屋みたいなものだけど、二人だと狭く感じちゃうかもね」
僕にとっては十分な広さの部屋でも雅には狭いのかと、ちょっと驚きながらそれもそうかと納得する。
雅の部屋は、上位貴族が使う一人部屋の中でも豪華で広々したところだと噂で聞いた事がある。山城家は大貴族だから、学校側が配慮したとか、使用人も沢山いるからだとか噂されている。
雅は学園の方にも個室持ってたんだっけ? 僕は行ったことないけれど、そういうイベントがゲームにあった覚えがある。
「雅はもう夕飯食べたの? あ、お茶。ごめんねすぐお茶準備するから座っていて」
「気遣いは無用だ。持ってきた」
ずいっと目の前にコンビニの袋が差し出される。
この島には二十四時間営業のコンビニがある。
前世と今世で国の状況はかなり違っているのに、コンビニとかはしっかり存在する。
コンビニといいながら自炊したい人向け様々な食材も取り扱っているし、文房具も本も雑貨もそれなりに扱っているから、二十四時間営業の小さなデパートと言った方が正しいのかもしれない。
前世高校生だった頃はコンビニでパンを買って部活の帰りに皆と歩きながら食べたりしてたけれど、この学園の生徒は食べ物を買ってもコンビニ内にあるイートインスペースで食べるか部屋に持ち帰って食べるのだ。
ちなみに食堂の他にカフェも三店あるしレストランもイタリア料理とかフランス料理とかあるし料亭とかもある。遊び場としては映画館にボウリング場、乗馬施設に授業じゃ使わないおしゃれな屋内プールになぜかダーツバー的な物もプラネタリウムとかもある。
お店といえば、洋服とか靴とか鞄とかその辺りは種類があまり多くない。
上位貴族の方々は直接店舗に行ったりせず、デパートだったら外商の人がやってくるし、オーダーメイドする場合もお店の人がやってくるかららしい。ちなみに僕の服は家から送られてくる。ネット購入はこの世界でも出来るけれど、僕はそういうのを利用した事がない。今着ている服も家から送られてきたものだ。
「ええと。プリンと栄養ドリンクにお茶?」
どういう組み合わせなんだろうと首を傾げて袋の中を見ていたら、雅は乱暴に袋を奪い取って勝手にソファーに座ってしまった。
「具合が悪いのでないなら、不要だったな」
「え。だからプリン一個なの?」
夕飯が食べられない位具合が悪いのかと思って、プリンと栄養ドリンク持ってきてくれたのか? そう気がついて顔が赤くなる。
ヤバいどうしよう。顔がにやける。
「俺は甘い物は好きじゃ無いからな」
「僕はそのプリン大好物。すっごく美味しいんだよ、人気があるからなかなか買えないんだよ」
「そうか。一番目立っていたから買っただけだが、好物なら良かった」
雅の一言で、好きな物を知っていてくれたわけじゃないと分ってちょっとがっかりしながら、でもわざわざ部屋に来てくれたのが嬉しくて、顔が更に赤くなる。
そんなに仲良くない僕の体調を気遣って差し入れをしてくれるなんて、雅って優しすぎる。
「具合が悪いんじゃないなら、冷める前に食べろよ」
「え。ああ、うん。あ、グラス出すから待って」
「いい、このまま飲む」
雅は袋からお茶のペットボトルを取り出すと、残りをテーブルに置いてペットボトルのキャップを開けた。
僕はローテーブルで食事しやすい様に床に直置きした特大クッションの上に座っていて、雅は向かい側のソファーに座っているんだけど。
これってなんだか食べにくい。
「その具、なんだ」
「え。あのエビ天マヨだけど」
「は?」
あ、雅がぽかんとした顔してる。
これってレアなんじゃないかな。
「えびてんまよ」
高位貴族の息子である雅はきっと見た事もない物だろう。発音がちょっとおかしい。
エビ天マヨって、B級グルメって感じだもん。見た事ないよね。
「あの。エビ天マヨ。エビの天ぷらにマヨネーズがついてるんだよ」
「それは巻き寿司の具になるものなのか。変わったものを選んだな」
確かにあの食材の中からわざわざこれを選ぶって、自分でもわけの分からないチョイスだと思う。伊勢エビもイクラもウニも美味しそうだったし、蟹とか穴子とかも美味しそうだった。前世でも伊勢エビを海苔巻きの具にしたものなんて食べた事無かったけれど、今世でも十分高級食材だ。
食堂のご飯は有料だし、結構高いのだけれど。恵方巻きセットは何の具を頼んでも同じ金額だったから、高い具材を選んだ方が徳なのだけれど、前世を思い出したショックでつい前世でよく食べていたエビ天マヨを頼んでしまったのだ。
食堂のおばちゃんもビックリしてた。生もの嫌いな人用に用意したものだけれど、人気が無かったらしい。
「食べた事ないなあと思って珍しくて。天ぷらだとご飯も温かいって聞いたから。体が冷えてたのかな、温かい物食べたかったから。まあ、もう冷めちゃってるけれど」
考え事していたせいですっかり冷めちゃったけれど。生ものは寿司飯で、お肉と天ぷらは温かいご飯で巻き寿司を作って貰えたんだ。
「ふうん。天ぷらを巻き寿司の具にするなど、考えた事もなかった」
「だよね」
返事をしながら、前世では安い回転寿司で良く食べていたネタだし、美味しいんだよと心の中で言い訳してみる。
侯爵家の子息が安い回転寿司なんて行く筈ないし、そもそも僕も今世では行ったことない位だから、エビ天マヨの巻き寿司なんて雅には珍しい物に見えるだろう。
庶民的な食べ物も食堂にはあるけれど、寿司ネタにコーンサラダとかミニハンバーグとかは流石に出てこない。あれは平民の食べ物なのだ。
「早く食べろよ」
「え、うん」
お茶を飲みながら雅にそう言われ箸を持つけれど、何だか食べにくい。
雅に見られながら恵方巻きにかぶりつくとか。何の拷問だと思う。
「雅は恵方巻きの具、何にしたの?」
気をそらしたくて雅に質問する。ゲームの雅の好きな食べ物ってなんだったかな。
お寿司なら穴子とノドグロとボタン海老、お肉は鶏肉が好きで、お菓子は好んで食べないけれどチョコレートならたまに食べる。コーヒーをカフェイン中毒レベルに飲んでるだったかな。今飲んでるのはお茶だけど。
「俺は穴子と卵の太巻き。恵方巻きとしては食べていない」
太巻きなら確かに大口あけて食べるにも限界があるから、カットしてもらったんだろう。
そういう事出来たのか。なら僕も切って貰えば良かった。
雅の返事にそう思いついたけれどもう遅い、僕の前にはエビ天マヨの中巻き寿司が一本鎮座している。
中巻きとは言え、これを無言で全部食べるのはちょっと大変だし、しかも雅の前でなんてなんて拷問なんだ。
「恵方は西南西だっけ」
ご丁寧に方位磁石までトレイにセットされている。
学食の人達の仕事出来る方向が間違っている気がするのは気のせいだろうか。
まあ、貴族の子息が食べるには行儀が悪いと言われそうだからイベント感を演出しているのかもしれない。
方位磁石で恵方を確認して、雅が座っている方とは真逆の方向にホッとしながら雅に背を向けて恵方巻きにかぶりつく。
「そういえば恵方巻きの由来って諸説あるけれど、花街で客が芸子に食べさせたのが始まりって説もあるらしいよ。食べるのは芸子だけだったらしいね。それ考えるとさ子供に食べさせるの戸惑うよね」
雅の言葉に僕の動きが止まる。
ちょっと待って。花街で芸子にって、縁起物って感じじゃなくなっちゃうじゃないか。
食堂で赤面しながら食べてた人達見て、気まずいなあと思ってたけれど、その比じゃないよ。
それって、それって、それってぇぇぇっ。
「ハル。どうした耳が赤いよ。真っ赤、熱あるの?」
雅が僕に掛ける言葉に他意が無い事は分っている。
でも、今雅の方なんて向けないし、なんならちょっとしたパニックになっていた。
僕が座っている位置から雅の顔見ようとしたら、上目使いで見上げる様になるし、それってちょっと、ちょっとというかだいぶ嫌な構図になっちゃうよ。
いや、僕が意識しなきゃいいだけなんだけど。雅に他意がないのは分ってるし。
って、他意が無いって分ってるのは凹む。
「ハル、もしかして知っていたから部屋で食べようとしてたのか? もしかして、俺が来たから食べるの躊躇ってた? だとしたらごめん」
雅の声に、恵方巻きに齧りついたまま、ぶんぶんと首を横に振る。
そんなの知るわけないよ。
ああもう、早く食べちゃおう。
「ふうん?」
「……ごほつ」
無理矢理恵方巻きを口に押し込んで、殆ど噛まずに飲み込んだから見事にむせた。
中巻きとは言え、海老の天ぷらを芯にして巻いてるのだからボリュームはかなりあるし、むせて当然だ。
「ちょ、ハル。大丈夫か」
「だいじょう……。あ」
雅に背中を摩られながら、無理矢理なんとか飲み込んで、差し出されたペットボトルのお茶をゴクゴクと飲んで気がついた。これ、雅が飲んでた奴じゃないのか。
ちょっと待て、僕。
ここで赤面したら、意識してるって丸わかりじゃないか。
「小さな口で無理して、そんな太いの食べるから。無理に頬張ってるの苦しそうだったぞ」
言いながら、雅は僕の頬に触れる。
雅に他意がないのは知ってるけれど、そういう言い方僕へ意識しろと言ってるのかと勘ぐりたくなる。
多分前世の記憶を思い出して無ければスルーしてた可能性があるけれど、今の僕は前世大人だったから雅に他意が無いというのは分ってるのに深読みしてしまう。
深読みというか、意識しろとか思うのって僕の願望だけど。
「ハルの口には太すぎるだろそれ、無理がありすぎるよ。ハル口小さいし」
「大丈夫だから」
やばい。赤くなるな。意識するな。
もう、雅の顔が直視出来ない。
好きな人に、僕の口には太すぎるだろと心配されるとか、もう妄想していい? ああ、僕ちょっと迷走してるな、これ。
「……お茶、ありがとう」
妄想は止めろ自分。と自分自身に言い聞かせながら、無理矢理お茶を飲み込んで盛大に咳き込む。
駄目だよ妄想が止まらない。恋人に言葉責めされる僕的な妄想が止まらない。
雅にそんな風に責められたら、萌えすぎて死ねる自信がある。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。行儀悪くてごめん」
僕の顔が赤いのは、咳き込んだせいだから。それ以外の理由なんてないから。
太いの食べるって、雅のを僕が……。
いや、いいんだ。僕が勝手にそう思っちゃっただけだから。
「顔赤いぞ。あんな太いの食べたから苦しかったんだろ。食べている途中に話しかけて悪かったよ。本当に悪かった」
「海老天が思いの外食べにくかっただけ、雅のせいじゃない」
俯いたままペットボトルを渡し、無言で俯いて豚汁を食べる。
おぼっちゃま学校の食堂は、豚汁でさえ上品な味付けだ。
出汁はきっと花鰹とか利尻昆布とかだろう。インスタントの顆粒出汁とは違う。
貧乏サラリーマンの前世を思い出した後だと、余計にそう感じてしまう。
「ハルはわりとそそっかしいんだから、気をつけないと」
「そそっかしくないよ。今のは不可抗力だし」
じとっと、豚汁を食べながら雅を睨む。
僕は顔を赤くして咳き込みながら食べたって言うのに、前世の俺が推しだった雅の顔は見惚れる程に格好いい。
今世の僕もうっかり見とれてしまう格好良さだ。
だからこそ、雅の他意のない言葉すら妄想の餌食にしてしまう。
雅に言われたいよ、子供っぽい部屋着を着た僕じゃなく。ちょっと恥ずかしいけど、彼シャツ一枚とかの格好で「ハルの口には太すぎる? 無理なら我慢しないでそう言って」とか言われながら雅に頭を撫でられながら、彼の足下に座ってるんだ。
僕は心配そうにする雅を見上げて「大丈夫だよ。大好きな人のだから無理でも、頑張る」とかなんとか。そしたら雅が「ハル可愛い。好きだよ」とか。
うわぁぁぁ。どうしよう言われたい。
「ハルはちっちゃいし細いし、何でも無いところで躓くし」
「そそっかしいのとか躓くとか、背がちっちゃいのと関係ないと思うんだけどっ!!」
虚しい妄想から現実に戻って雅のからかいにむっとして顔を上げると、雅が笑いながらペットボトルのお茶を飲んでいるのが見えた。
あれ、さっき僕が飲んで……。いや、その前はそもそも雅が飲んでいた。
ああ、なんて事だ。雅にはどうでもいいんだ、悲しいくらいに意識されてない。
でも、僕には重大問題な間接キス。
考えただけで熱が出そうだ。さっきの妄想以上に刺激がありすぎて、酸欠で頭がくらくらする。
「本当に体調悪くないのか?」
「え」
「顔、真っ赤だぞ、なんだかどんどん赤くなっている気がする。本当に大丈夫か?」
「さっき咳き込んだせいだよ」
言えるか、ペットボトルが気になっているなんて。
言えるわけないよ、前世なら回し飲みなんて普通にやっていたし。
今世では初だとか、回しのみというより間接キスだなんて思っちゃったとか。
そんな事、死んでも雅には気付かれたくない。だから、必死に平気な振りをする。
「ならいいけれど、無理するなよ」
「しないし。大丈夫だし」
動揺を誤魔化したくて、豚汁とサラダを急いで食べてまた咳き込んだ。
咳き込み過ぎて心配した雅がまた僕の背中を摩ってくれるから、いつまでたっても僕の赤面は収まらない。
だって雅の体温とか、僕を心配そうに見つめる顔が近すぎるのはどうしたらいいの。
なんとか冷静になろうと、苦手な数学の事とか考えようとするけれど上手くいかない。
これ以上好きになったら駄目なのに。
雅はこれから、転校してきた主人公に一目惚れするんだから。
僕はそれを友達の顔で見ていなくちゃいけないんだから。
雅ルートに入ったら、雅は主人公と恋人になるし、雅ルートじゃなくても主人公の親友になるんだから、どっちにしても僕より主人公と仲良くなってしまうんだ。
それをモブの僕は見ていないといけないんだ。それが当然の成り行きだと悟った顔で。
「ハル? 大丈夫か」
「大丈夫。プリン食べたくて、急いじゃったよ」
泣きたくなりながら、プリンを袋から取り出す。
僕の大好物のこのプリンは、一日数個しか入荷しないからなかなか食べられないんだ。
偶然でも雅がそれを買って来てくれたのが嬉しいなあって、きっとこれが最初で最後なんだろうなと思いながらパクリと一口口にする。
「はぁ、好き。…………これやっぱり美味しい。雅ありがとう」
雅は僕の背中に手を置いたままで、なんかそれが嬉しくて切なくて、思わず好きと言ってしまったから、慌てて好きってプリンの事だよと誤魔化す。
好きな物を食べられて嬉しいし、雅がわざわざ買って来てくれたのは、本当に嬉しいけれど。
口の中でとろける甘さのプリンが、何故か苦く感じてしまう。
これからこのプリンを見る度に、今日の事を思い出しちゃうんだろうな。
雅がこの部屋に来るのは、今日が最初で最後だろう。
「なんだ、美味しくなかったのか」
「え」
「違うか。何か心配事か」
「ううん。何もないよ。プリン凄く美味しいよ。これってなかなか買えないんだよ、雅凄いなあ、どうして買えちゃったの?」
良かった雅、好きって言ったの気にしてないみたいだ。上手く誤魔化せた。
内心がっかりしながら尋ねると、雅は不思議そうに首を傾げた。
「……普通に売ってたけど、そんなレアな奴だったんだ」
「え~~。一日数個しか入荷しないんだよ。超人気で、発注しても入荷しない日もあるってコンビニの店長さんが言ってたもん。雅ってば凄いラッキー、あ、ラッキーは僕か。雅のお陰で久し振りに食べられて嬉しいよ。ありがと。雅、大好き……なんだ。本当にこのプリン」
泣きそうなのを我慢して、雅にお礼を言う。
お礼を言いながら、今度は思わずじゃなく、大好きだと雅の目を見て言って、そして誤魔化す。
強がりだ、これってただの強がり。
だって告白なんて、絶対に出来ないししちゃいけない。
雅に誤魔化しながら好きって言って、それで僕は諦めなくちゃ。
泣きたいよ、好きな人がこれから僕以外の人を好きになる未来を知ってるんだから。
なんで僕はモブに転生なんかしちゃったんだろうと、悲しくなってしまう。
「心配な事と言えば、来週のテストくらいだよ」
好きだなあと思っていた人が、ゲームの攻略対象者だと気がつくなんて出来れば一生したくなかった。
主人公の為に存在している人が片想いの相手だなんて泣きの案件だけど、今は作り笑顔で誤魔化して、プリンを完食して悩みはテストの事だと嘘をついた。
「テストか。数学苦手なんだっけ? 俺が教えてやろうか」
「いいの?」
あれ、数学苦手なんて僕言った事あったかな? と内心首をひねるけど。
知ってたんだと嬉しくなる。単純な僕。
言った事なくても、同じクラスにいれば気がつくのかな。そうだったら凄い。
「ああ。ハルが都合の良い時に勉強会しよう。俺の部屋だと使用人が多くて落ち着かないからハルの部屋で、どう?」
咳き込みすぎた僕が心配なのか、雅の手は僕の背中に置かれたままでそんな状態で僕の顔を覗き込む様に見ながら言うから、まるで恋人同士みたいな距離だと嬉しくなる。
「うん。ありがとう。助かるよ」
返事をしながら、主人公はいつ来るんだっけと考える。
確か、主人公が転校してきてすぐにあるテストを受けて、テスト結果の上位に主人公の名前があって、それを見た攻略対象者の一人が主人公を褒めるんだったよね。
あれは、雅ルートじゃない別ルートだったかな。
ということは、最低でも来週には主人公がやってくる? それってこの関係、雅と僕の関係があと僅かってこと? そんなの嫌だ。
「どうした。ハル」
「なんでもないよ。勉強会本当にお願いしていいの?」
主人公が来ても、雅は約束したら叶えてくれるんだろうか。不安に思いながら尋ねると雅は、ふっと笑って頷いてくれた。
主人公に一目惚れしても、僕は友達でいられるのかな。
片想いでもいいから雅の傍にいたい。雅と少しでも繋がっていたいと願う。
「赤点取って泣かない様に、しっかり教えてやるよ」
「ありがとう」
雅は優しい。
前世の記憶なんかなくても、僕は雅に恋をした。
話す機会はあまりなかったけれど、声を掛けると雅はいつだって笑顔で返事をしてくれたんだ。
雅は格好良くて優しくて、だから僕が好きになるなんて当り前の事だった。
でも、モブの僕と雅が恋人になる可能性なんかないのだから、雅が主人公と恋人になれるように僕は応援しよう。
それがモブポジションの僕の役割だ。
だって僕なら、雅と主人公のイベントを誘導出来る筈だもん。
「僕頑張るよ」
大好きな雅が幸せになれるように。頑張って応援するよ。
決心した僕は、泣きたくなるのを堪えて雅に笑いかけた。
☆☆☆☆☆☆
風邪ネタ、恵方巻きネタ、お祭りの屋台でチョコバナナネタは、学祭女装ネタは薄い本の鉄板かなーと。
学園ものなので、今後その辺り盛り込んでいきたいと思ってます。
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