弟に前世を告白され、モブの私は悪役になると決めました

珂里

文字の大きさ
26 / 27

顛末

しおりを挟む
「その汚らわしい口でシャーロットの名を呼ぶな。」


ヘンリーはシャーロットを腕の中に抱き留めたまま、眉間に皺を寄せてイザベラに蔑みの視線を浴びせる。


「先程も言ったでしょう?私がみすみす可愛いシャーロットを一人にさせる訳がない。貴方が仕込んでいた毒は事前に睡眠薬へすり替えおいたから、シャーロットは眠っているだけだ。まあ、今から起こる事をこの子には見せたくなかったから丁度良いのだけれど。」


ヘンリーは慈しむようにシャーロットの頭を撫で、額に優しくキスを落とした。

真っ青な顔でカタカタと体を震わせるイザベラは、両脇から取り押さえられながら何とか立っているという状態だった。

ヘンリーは再びイザベラに視線を向けると、口の端を少し上げ冷たく微笑む。


「フフッ。顔が真っ青ですよ。そんなに今のこの状況が怖いですか?あぁ、それとも毒がいい感じに体に蓄積されてきたのかな?そろそろ効果が出てきてもおかしくない頃だからね。」

「ど、毒?何を言って……食事は飲み物まで全て私が口にする前に侍女に毒見をさせているもの。そんな事出来るわけが…………」

真っ青な顔色を更に酷くさせて反論するイザベラを、ヘンリーは冷たい笑みはそのままに目を細めて見上げた。


「本当に飲食物以外、何も口に入れていませんか?」

「当たり前でしょ!他に何があるって言うのよ!」


イザベラはそう言いながらイライラした様子で右手親指の爪をギリギリと噛んだ。

イザベラをジッと見ていたヘンリーはその様子を見てほくそ笑む。


「言ったそばから口に入れているではありませんか。」

「え?」

「最近、思い通りにならない事が多くて、よく親指の爪を噛んでいませんか?……それ、イザベラ様がイライラした時にですよね。」


イザベラが目を見開き、爪を咥えたまま動きを止めた。


「あぁ、癖だから本人にあまり自覚は無いのかな?侍女達からの報告によると、イザベラ様は最近頻繁にマニキュアを塗り直させているようですね。そんなに僕に色々と邪魔をされて悔しかったですか?」

「ま、まさか…………」

「フフッ、気付いてませんでした?アンソニーは既にの人間ですよ?というかもうイザベラ様の周りにいる人間に貴方の味方はいないと思いますけど。」


茫然として膝から崩れ落ちるイザベラを両脇を取り押さえている警備隊員が眉間を皺を寄せつつ辛うじて支えている。

ヘンリーはシャーロットの頭を愛しそうに撫でながらイザベラを一瞥し、笑みを深めた。


「言ったでしょう?もう終わりだって。貴方には消えてもらいます。私達の……シャーロットの前から永遠に消えてください。」


ヘンリーは眠っているシャーロットを抱きかかえて立ち上がると、両脇から取り押さえられ項垂れるイザベラを冷たく見下ろす。

恐怖を感じたイザベラはビクッと肩を震わせ恐る恐るヘンリーを見上げた。


「今まで通り好き勝手に遊んでいるだけならば良かったものを…………お前はシャーロットとルーカスの生みの親という、ただそれだけで生かしておいたのだ。それなのに……シャーロットに手を出せばどうなるのか身をもって思い知るが良い。」

過呼吸気味にヒィヒィと嗚咽し涙を流すイザベラに、美しい笑みを浮かべた王妃が歩み寄って来た。

そしてイザベラの肩に手を置き、耳元に顔を近付けそっと囁く。


「私の代わりにシャーロットとルーカスを産んでくれてありがとう。後は私に任せて、貴方は安心して消えてちょうだい。」


美しく微笑む王妃を見て、イザベラはヘンリーから感じる恐怖を王妃にも感じ取り、震えが止まらない。

そして、全てを悟ったのだ。

自分はこの2人になのだと。


イザベラは王妃を、ただ気の弱い女だと思っていた。

愛しているだろう国王が側妃を迎える事になっても、側妃が我儘放題に振る舞っても、嫌な顔をせずにただ黙って静かに微笑んでたから。

憎いであろう女の産んだ子供達を我が子のように可愛がっているサマを見て、頭がおかしいのではないかと思ったくらいだ。

イザベラは自分の産んだ子にさえも愛情が湧かず、この国にいる要因ともなっているシャーロットとルーカスを産んだ時からずっと憎んでいる。

幼少の頃から王女として蝶よ花よと大事に育てられ我儘に育ったイザベラは、大人になってもその傲慢な性格は変わらなかった。

想い人がいる中、政略結婚をさせられても王女として多少なりとも責務があると理解していたイザベラは渋々隣国に嫁いで来たが、内心では自分の思い通りにならない事に憤慨していたのだ。

故に子を産んでからは責務を果たしたと言わんばかりに遊び歩いた。

周りもそれを黙認し、イザベラを自由にさせていた為、イザベラもそれでいいのだと、自分は何をしてもいいのだと思っていたのだ。


ヘンリーが成人してからは母国であるボヴェルデンから頻繁連絡がくるようになり、なんとかルーカスを皇太子にするようにしろと言われ始める。

イザベラにとって国取り等には然程興味は無かったが、自分が嫌いな者達を苦しめる事が出来るなら面白そうだと、ボヴェルデンに言われるがままヘンリーをどうにかしようと行動にうつした。

ヘンリーが成人する前からボヴェルデンからはヘンリーに刺客が送られていたようだが、国王も王妃もヘンリーも涼しい顔でそれ等をかわし平然としている。

大国であるこの国には、その全てがボヴェルデンの仕業だと分かっているであろうが、イザベラにそれを何も言わない。それ等についてイザベラが問い詰められたり責められたりした事は一度も無かった。

そんな事も、イザベラをイラつかせていたが、国王や王妃、ヘンリーに溺愛されているシャーロットとルーカスを見かける度にそのイライラは積み重なっていった。


そして、イザベラが綿密に練った計画を、あの日、シャーロットに邪魔をされてイザベラのイライラは頂点に達する。

毒を飲めと言われて大人しく飲んだシャーロットに驚きはしたが、逆に腹が立って部屋に押しかけると、あろうことかシャーロットはイザベラを挑発してきたのだ。

イザベラはシャーロットのその態度に激怒し、憎らしい感情が沸々と込み上げるのを止めなかった。


ーーこの子さえいなければ。


シャーロットを愛しいと思う感情を微塵も持ち合わせていないイザベラの頭には、自分の邪魔をする忌々しい人間を排除するという考えしか既に無かった。



けれど、それがいけなかった。


イザベラは分かっていなかったのだ。


シャーロットが、どれだけ周りの人間から愛されているのかを。



この国で怒らせてはいけない者達に、どれだけ愛されているのかを。



イザベラは、分かっていなかった。




ガタガタと震えるイザベラを、王妃とヘンリーは冷たく見下ろしている。

ヘンリーがイザベラを取り押さえている警備隊に「連れて行け」と合図をすると、警備隊はイザベラを引き摺るように歩き出した。

イザベラは絶叫し、涙や鼻水を垂れ流して抵抗するが、警備隊はそれに構う事なくズルズルとイザベラを引き摺って行く。

激しく抵抗する中、イザベラの目の端に王妃とヘンリーの姿を捉えた。

目の端に映った王妃とヘンリーは、それはそれは満足気に笑っていた。


イザベラが今まで見た中で一番、嬉しそうに笑っていたのだ。



その笑顔を見て、もう自分がどんなに足掻いても無駄なのだと理解する。




イザベラはパタリと抵抗をやめ、静かに涙を流しながら警備隊に引き摺られて部屋を出て行った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能だと思われていた日陰少女は、魔法学校のS級パーティの参謀になって可愛がられる

あきゅう
ファンタジー
魔法がほとんど使えないものの、魔物を狩ることが好きでたまらないモネは、魔物ハンターの資格が取れる魔法学校に入学する。 魔法が得意ではなく、さらに人見知りなせいで友達はできないし、クラスでもなんだか浮いているモネ。 しかし、ある日、魔物に襲われていた先輩を助けたことがきっかけで、モネの隠れた才能が周りの学生や先生たちに知られていくことになる。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。

拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。

追放聖女は、辺境で魔道具工房を開きたい ~ギルド末端職人ですが、「聖印」で規格外の魔道具を作ったら、堅物工房長に異端だと目をつけられました~

とびぃ
ファンタジー
「聖なる力を機械(まどうぐ)に使うとは何事か!」 聖女アニエスは、そのユニークすぎる才能を「神への冒涜」と断罪され、婚約者である王子から追放を言い渡されてしまう。 彼女の持つ『聖印』は、聖力を用いてエネルギー効率を100%にする、魔導工学の常識を覆すチート技術。しかし、保守的な神殿と王宮に、彼女の革新性を理解できる者はいなかった。 全てを失ったアニエスは、辺境の街テルムで、Fランクの魔道具職人「アニー」として、静かなスローライフ(のはず)を夢見る。 しかし、現実は甘くなく、待っていたのは雀の涙ほどの報酬と、厳しい下請け作業だけ。 「このままでは、餓死してしまう……!」 生きるために、彼女はついに禁断の『聖印』を使った自作カイロを、露店で売り始める。 クズ魔石なのに「異常なほど長持ちする」うえ、「腰痛が治る」という謎の副作用までついたカイロは、寒い辺境の街で瞬く間に大人気に! だがその噂は、ギルドの「規格(ルール)の番人」と呼ばれる、堅物で冷徹なAランク工房長リアムの耳に入ってしまう。 「非科学的だ」「ギルドの規格を汚染する異端者め」 アニーを断罪しに来たリアム。しかし、彼はそのガラクタを解析し、そこに隠された「効率100%(ロス・ゼロ)」の真実と、神の領域の『聖印』理論に気づき、技術者として激しく興奮する。 「君は『異端』ではない。『新しい法則』そのものだ!」 二人の技術者の魂が共鳴する一方、アニエスの力を感知した王都の神殿からは、彼女を「浄化(しょうきょ)」するための冷酷な『調査隊』が迫っていた――! 追放聖女の、ものづくりスローライフ(のはずが、堅物工房長と技術革新で世界を揺るがす!?)物語、開幕!

婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ

水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。 それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。 黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。 叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。 ですが、私は知らなかった。 黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。 残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!

aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。 そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。 それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。 淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。 古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。 知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。 これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。

処理中です...