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EP 2
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森の中の茶室と、無礼なる女王
アナスタシア世界、東方の大森林。
鬱蒼とした木々の隙間から木漏れ日が差し込む中、一人の男が降り立った。
水神飛鳥は、ふわりと舞う着物の裾を払い、周囲を見渡した。
鳥のさえずりと、獣の気配。明らかに日本のそれではない植生。しかし、飛鳥の表情に焦りはなかった。
「……ここは、何処なのでしょう」
状況は不明。だが、取り乱しても湯が冷めるだけだ。
飛鳥は一つ息を吐くと、自身の役目を再確認するようにつぶやいた。
「私は茶道家。私に出来る事は、いつ何時も、一服の茶を出す事のみ」
彼は懐から扇子を取り出し、結界を張るようにすっと線を引いた。
「スキル発動――『水鏡の茶席』」
世界が塗り替わる。
ゴザの敷かれた荒れた地面に、突如として青畳が出現した。
四畳半の空間。朱色の野点傘(のだてがさ)が開き、風炉釜からはシュンシュンと湯の沸く音が立ち上る。
異界の森に、侘び寂びの空間が切り取られた瞬間だった。
飛鳥は端然と正座し、客人を待った。
ガサガサッ、と茂みが揺れた。
現れたのは、粗末な腰布を巻いた小鬼――ゴブリンだった。
「ギャ? ナンダ、オマエハ」
「お初にお目にかかります。私は水神飛鳥と申します」
飛鳥は深々と頭を下げた。相手が魔物であろうと、茶席の前では等しく「客」である。
「旅の途中とお見受けします。一服、お茶を飲まれませんか?」
「ギャハハハ! ヒョロいニンゲンだ! クッてやる!」
「まあ、そう仰らず。どうぞ、お座り下さい」
飛鳥が手をかざすと、ふわりとした絹の座布団が出現した。
警戒しつつも、ゴブリンはその上に腰を下ろした。
「……!?」
ゴブリンの目が丸くなった。
ゴワゴワの地面や岩の上しか知らない彼にとって、その極上の座り心地は未知の体験だった。
「コレハ……キモチイイナ……」
「気に入って頂けて良かったです。では、お菓子をどうぞ」
差し出されたのは、美しい懐紙に乗った栗の甘露煮と練り切り。
ゴブリンはそれを鷲掴みにし、口に放り込んだ。
「!! ウマイ! ウマイゾ! 甘イ! ナンダコレハ! ギャギャ!」
砂糖など貴重品以下のこの世界で、洗練された和菓子の甘さは脳髄を揺さぶる快楽だった。
ゴブリンは上機嫌になり、涎を垂らして次を催促する。
「では、お茶を」
飛鳥は流れるような所作で茶を点て、鮮やかな緑色の液体が入った茶碗を差し出した。
甘いものの後には、これだ。ゴブリンは期待に胸を膨らませ、茶を一気に煽った。
「…………」
数秒の沈黙。
「――マズイッ!!!」
ゴブリンが茶碗を地面に叩きつけた。
「ニガイ! シブい! 毒ダ! オマエ、オレサマを騙シタナ!」
「おや、大人のお味はお気に召しませんでしたか」
飛鳥が残念そうに眉を下げた、その時だった。
ヒュンッ――ドスッ!!
風を切り裂く音と共に、一本の矢が飛来した。
矢は正確にゴブリンの眉間を射貫いた。
「ギャ……」
ゴブリンは短い断末魔を上げ、どうと倒れた。
ビチャリ。
赤黒い血が飛び散り、清浄な畳と、飛鳥の白い足袋を汚した。
「何だここは!?」
茂みを踏み砕き、威圧的な声が響いた。
現れたのは、黄金の髪をなびかせた長身の女剣士。
サバルテ獣人国の女王、レオナ・サバルテである。背後には弓を構えた従者ミーナの姿も見える。
「珍しい魔力反応があったから来てみれば……人間か? しかもゴブリン相手に座り込んで、何を遊んでいる」
レオナは倒れたゴブリンを跨ぎ、ドカドカと歩み寄った。
その泥と血にまみれた革のブーツが、青畳の上に踏み入る。
「おい貴様。ここがサバルテの領土と知っての――」
「――お下がり下さいッ!!」
鋭い喝破(かっぱ)が、森の空気を震わせた。
レオナは思わず言葉を詰まらせた。
「な、何……?」
見上げれば、そこに居たのは先程までの穏やかな優男ではなかった。
静かな湖面が、突如として底知れぬ深淵に変わったかのような、凄絶な気迫。
飛鳥の瞳が、剣呑な光を宿してレオナを射抜いていた。
「貴様……余に向かって……」
「身分など関係ありません」
飛鳥は静かに、しかし絶対的な拒絶を込めて言った。
「ここは茶席。主(あるじ)と客が心を交わす『一期一会』の場です」
彼は視線を、レオナの足元――泥足で踏みつけられた畳と、飛び散った血痕へと落とした。
「血で穢し、土足で踏み荒らすなど……断じて許されぬ野暮。人を傷つける者が来る所ではありません」
「なっ……!」
レオナは言葉を失った。
彼女は「闘気」の使い手だ。強者のオーラには敏感である。
だが、目の前の男から感じるのは闘気ではない。
ただひたすらに研ぎ澄まされた、妥協なき「職人の矜持」。それが物理的な圧力となって、百戦錬磨の女王の足を止めさせていた。
「……直ちに、畳から降りていただきたい」
凛とした声が響く。
異世界最強の武力を持つ女王と、茶道具しか持たない茶道家。
睨み合う二人の間に、緊張の糸が張り詰めた。
アナスタシア世界、東方の大森林。
鬱蒼とした木々の隙間から木漏れ日が差し込む中、一人の男が降り立った。
水神飛鳥は、ふわりと舞う着物の裾を払い、周囲を見渡した。
鳥のさえずりと、獣の気配。明らかに日本のそれではない植生。しかし、飛鳥の表情に焦りはなかった。
「……ここは、何処なのでしょう」
状況は不明。だが、取り乱しても湯が冷めるだけだ。
飛鳥は一つ息を吐くと、自身の役目を再確認するようにつぶやいた。
「私は茶道家。私に出来る事は、いつ何時も、一服の茶を出す事のみ」
彼は懐から扇子を取り出し、結界を張るようにすっと線を引いた。
「スキル発動――『水鏡の茶席』」
世界が塗り替わる。
ゴザの敷かれた荒れた地面に、突如として青畳が出現した。
四畳半の空間。朱色の野点傘(のだてがさ)が開き、風炉釜からはシュンシュンと湯の沸く音が立ち上る。
異界の森に、侘び寂びの空間が切り取られた瞬間だった。
飛鳥は端然と正座し、客人を待った。
ガサガサッ、と茂みが揺れた。
現れたのは、粗末な腰布を巻いた小鬼――ゴブリンだった。
「ギャ? ナンダ、オマエハ」
「お初にお目にかかります。私は水神飛鳥と申します」
飛鳥は深々と頭を下げた。相手が魔物であろうと、茶席の前では等しく「客」である。
「旅の途中とお見受けします。一服、お茶を飲まれませんか?」
「ギャハハハ! ヒョロいニンゲンだ! クッてやる!」
「まあ、そう仰らず。どうぞ、お座り下さい」
飛鳥が手をかざすと、ふわりとした絹の座布団が出現した。
警戒しつつも、ゴブリンはその上に腰を下ろした。
「……!?」
ゴブリンの目が丸くなった。
ゴワゴワの地面や岩の上しか知らない彼にとって、その極上の座り心地は未知の体験だった。
「コレハ……キモチイイナ……」
「気に入って頂けて良かったです。では、お菓子をどうぞ」
差し出されたのは、美しい懐紙に乗った栗の甘露煮と練り切り。
ゴブリンはそれを鷲掴みにし、口に放り込んだ。
「!! ウマイ! ウマイゾ! 甘イ! ナンダコレハ! ギャギャ!」
砂糖など貴重品以下のこの世界で、洗練された和菓子の甘さは脳髄を揺さぶる快楽だった。
ゴブリンは上機嫌になり、涎を垂らして次を催促する。
「では、お茶を」
飛鳥は流れるような所作で茶を点て、鮮やかな緑色の液体が入った茶碗を差し出した。
甘いものの後には、これだ。ゴブリンは期待に胸を膨らませ、茶を一気に煽った。
「…………」
数秒の沈黙。
「――マズイッ!!!」
ゴブリンが茶碗を地面に叩きつけた。
「ニガイ! シブい! 毒ダ! オマエ、オレサマを騙シタナ!」
「おや、大人のお味はお気に召しませんでしたか」
飛鳥が残念そうに眉を下げた、その時だった。
ヒュンッ――ドスッ!!
風を切り裂く音と共に、一本の矢が飛来した。
矢は正確にゴブリンの眉間を射貫いた。
「ギャ……」
ゴブリンは短い断末魔を上げ、どうと倒れた。
ビチャリ。
赤黒い血が飛び散り、清浄な畳と、飛鳥の白い足袋を汚した。
「何だここは!?」
茂みを踏み砕き、威圧的な声が響いた。
現れたのは、黄金の髪をなびかせた長身の女剣士。
サバルテ獣人国の女王、レオナ・サバルテである。背後には弓を構えた従者ミーナの姿も見える。
「珍しい魔力反応があったから来てみれば……人間か? しかもゴブリン相手に座り込んで、何を遊んでいる」
レオナは倒れたゴブリンを跨ぎ、ドカドカと歩み寄った。
その泥と血にまみれた革のブーツが、青畳の上に踏み入る。
「おい貴様。ここがサバルテの領土と知っての――」
「――お下がり下さいッ!!」
鋭い喝破(かっぱ)が、森の空気を震わせた。
レオナは思わず言葉を詰まらせた。
「な、何……?」
見上げれば、そこに居たのは先程までの穏やかな優男ではなかった。
静かな湖面が、突如として底知れぬ深淵に変わったかのような、凄絶な気迫。
飛鳥の瞳が、剣呑な光を宿してレオナを射抜いていた。
「貴様……余に向かって……」
「身分など関係ありません」
飛鳥は静かに、しかし絶対的な拒絶を込めて言った。
「ここは茶席。主(あるじ)と客が心を交わす『一期一会』の場です」
彼は視線を、レオナの足元――泥足で踏みつけられた畳と、飛び散った血痕へと落とした。
「血で穢し、土足で踏み荒らすなど……断じて許されぬ野暮。人を傷つける者が来る所ではありません」
「なっ……!」
レオナは言葉を失った。
彼女は「闘気」の使い手だ。強者のオーラには敏感である。
だが、目の前の男から感じるのは闘気ではない。
ただひたすらに研ぎ澄まされた、妥協なき「職人の矜持」。それが物理的な圧力となって、百戦錬磨の女王の足を止めさせていた。
「……直ちに、畳から降りていただきたい」
凛とした声が響く。
異世界最強の武力を持つ女王と、茶道具しか持たない茶道家。
睨み合う二人の間に、緊張の糸が張り詰めた。
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