水神飛鳥の異世界茶会記 ~戦闘力ゼロの茶道家が、神業の【陶芸】と至高の【和菓子】で、野蛮な異世界を「癒やし」で侵略するようです~

月神世一

文字の大きさ
23 / 24

EP 23

しおりを挟む
血塗れの畳と、温かな掌
​静寂が支配するはずの茶室『水鏡庵』は、今、鉄錆のような血の臭いと、緊迫した空気に包まれていた。
​「……っ、はぁ、はぁ……」
​畳の上に横たえられた犬耳族の従者、ルクスの呼吸は浅く、速い。
エリザの無理難題に応えるため、魔境を駆けずり回り、身体は魔獣の爪痕や打撲でボロボロだった。傷口から溢れ出る血が、青々とした畳を赤黒く染めていく。
​「しっかりしてください。今、先生が来ますからね」
​飛鳥は自身の着物の袖が汚れるのも構わず、スキルで出した清浄な水をボウルに満たし、手拭いを絞ってはルクスの傷口を押さえていた。
普段、一滴の茶のしずくが落ちることさえ嫌う彼が、畳が血の海になることを一顧だにしない。
彼にとって、「道具への敬意」以上に「命への敬意」が勝るからだ。
​バァン! と躙り口(にじりぐち)が激しく開かれた。
​「飛鳥! 先生を連れてきた! 王宮医のマルーナさんだ!」
​飛び込んできたのは、レオナ(とミーナ)だった。女王自らが先導し、後ろから白衣を着た羊耳族の女性が入ってくる。
​「患者はここね! ……ひどい怪我」
​医師マルーナは、一瞬眉をひそめたが、すぐにプロの顔になった。
彼女はルクスのそばに跪くと、両手に淡い光を灯した。
​「『癒やしの羊毛(ヒーリング・ウール)』……傷よ、塞がりなさい」
​温かな光がルクスの身体を包み込む。
魔法による急速な細胞の再生。それは同時に、強烈な熱と痛みを伴う荒療治でもあった。
​「――うっ、ううっ……!!」
​意識のないルクスが、苦悶の声を漏らして身をよじった。
恐怖と痛みで、彼の腕が何かを求めて宙を彷徨う。
​ギュッ。
​その手を、誰かが強く、そして温かく握りしめた。
​「……大丈夫。大丈夫ですよ」
​飛鳥だった。
彼はルクスの冷たくなった手を両手で包み込み、もう片方の手で、強張った背中を優しくさすり続けた。
​「貴方はもう安全です。もう誰も、貴方を傷つけません」
​まるで幼子をあやすような、一定のリズム。
その体温と、耳元で響く穏やかなバリトンの声が、ルクスの悪夢を払拭していく。
​「う……あ……」
​ルクスの表情から険しさが消え、安らかな寝息へと変わっていった。
無意識のうちに、ルクスは飛鳥の手を握り返していた。命綱を離すまいとするように。
​数刻後。
マルーナが額の汗を拭い、ふぅと息を吐いた。
​「……ふぅ。もう大丈夫よ。峠は越えたわ」
「ありがとうございます、マルーナ先生」
​飛鳥が深々と頭を下げる。
その声に反応するように、ルクスの瞼がピクリと動いた。
​「……ん……」
​ゆっくりと目が開く。
見慣れた薄汚れた天井でも、エリザの怒鳴り声が響く屋敷でもない。
見たこともない美しい木目の天井と、優しく香るイグサの匂い。
​「あ、あれ……ここは……?」
「気が付きましたか」
​視線を横に向けると、そこには優しく微笑む飛鳥の顔があった。
​「良かった……。本当に、良かったです」
​「み、ミーナ様……? 飛鳥様!? ど、どうなってるんですか?」
​ルクスは飛び起きようとして、激痛に顔を歪めた。
自分の状況が理解できない。自分は道具のように扱われ、使い潰されて死ぬはずだったのに。
​「落ち着けルクス。お前はさっき気絶して、ここまで運ばれたんだ」
​ミーナが水差しを持って近寄ってきた。
​「そして、そこで治療を受けた。……良かったな、生きてて」
「ミーナ様……」
​「もう大丈夫よ。全身打撲に裂傷、栄養失調まであったけど……貴方の生命力と、彼の手当てのおかげね。頑張ったわね」
​マルーナが慈愛に満ちた瞳で微笑みかける。
​「手当て……俺なんかに……?」
​ルクスは呆然と自分の手を見た。
そこには、温かな感触が残っていた。夢うつつの中で、ずっと自分を励まし続けてくれた手の温もり。
そして気付く。
自分が寝かされていた場所――そこは、エリザ様が「何億積んでも入りたい」と切望していた、あの神聖な茶室の畳の上だということに。
​その畳には、自分の汚れた血が染み付いている。
​「あ、あぁ……申し訳、ありません……! 俺の血で、こんな高貴な場所を……!」
​ルクスが顔面蒼白になって謝ろうとした瞬間、飛鳥がその肩を静かに抱いた。
​「謝る必要などありません」
​飛鳥は、血の染みを気にする様子もなく、ただルクスの目を見て言った。
​「畳は張り替えれば済みますが、貴方の命は一つしかありません。……生きていてくれて、本当に良かった。元気になられて、何よりです」
​「――っ」
​ルクスの瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
痛みによる涙ではない。
生まれて初めて、「人」として扱われたことへの、魂の慟哭だった。
​「うぅ……あぁぁ……ありがとうございます……!」
​男泣きするルクスの背中を、飛鳥はいつまでも優しくさすり続けた。
その光景を、レオナとミーナ、そしてマルーナは、静かに、温かい眼差しで見守っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~

荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
 ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。  それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。 「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」 『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。  しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。  家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。  メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。  努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。 『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』 ※別サイトにも掲載しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...