50歳元艦長、スキル【酒保】と指揮能力で異世界を生き抜く。残り物の狂犬と天然エルフを拾ったら、現代物資と戦術で最強部隊ができあがりました

月神世一

文字の大きさ
1 / 19

EP 1

しおりを挟む
ラスト・オーダーは金曜のカレー
 東京、市ヶ谷。
 防衛省、海上幕僚監部の一室。
 窓の外には、どこまでも平和な初夏の陽光が降り注いでいるというのに、室内の空気は澱(よど)んでいた。
 サーバーの低い駆動音と、キーボードを叩く乾いた音だけが響く。
「……ぬるいな」
 坂上真一(さかがみ しんいち)は、手元のマグカップに口をつけ、眉間に皺を寄せた。
 愛飲しているブラックコーヒーが、すっかり冷めきっている。
 香りも飛んでしまった黒い液体を、それでもカフェイン摂取のためだけに流し込む。
 
 五〇歳。階級は一等海佐。
 かつてはイージス艦の艦長として、日本海の荒波と、見えないミサイルの脅威と対峙していた。
 だが今は、統合幕僚監部を経て、装備計画部・艦艇開発班への出向の身だ。
 敵はミサイルではない。財務省の予算査定と、終わりの見えない書類の山だ。
「坂上1佐、そろそろ1200(ヒトフタマルマル)です。昼休憩に入られますか?」
 部下の若手事務官が声をかけてきた。
 坂上は腕時計を一瞥する。長年の習性で愛用しているG-SHOCKが、正午を示していた。
「ああ、そうだな。……今日は金曜か」
「はい。食堂のメニューはカレーですね」
 海上自衛隊の金曜はカレー。
 洋上での曜日感覚を失わないための伝統は、陸(おか)に上がった今でも、坂上の胃袋に染み付いている。
「行くか」
 坂上は席を立ち、凝り固まった腰を伸ばした。ポキリ、と乾いた音が鳴る。
 
 ◇
 庁舎内の食堂は、制服組と背広組で混み合っていた。
 坂上のトレイには、ステンレスの皿に盛られた欧風カレー、サラダ、そして牛乳。
 
 スプーンで掬い、口に運ぶ。
 じっくりと炒められた玉ねぎの甘みと、後から追いかけてくるスパイスの刺激。
 
(……悪くない)
 現場の艦で食う、潮風混じりのカレーとは違うが、この洗練された味も嫌いではない。
 福神漬けを噛み砕きながら、坂上はふと、窓の外の青空を見上げた。
 祖父は特攻隊員として南の空に散ったと聞いている。
 その孫である自分が、こうして定年を前に、平穏にカレーを食っている。
 
 平和だ。
 退屈なほどに、平和だった。
 食事を終え、執務室に戻る前のわずかな時間。
 坂上は仮眠室へと足を運んだ。
 五〇を過ぎてから、食後の急激な血糖値の上昇には抗えない。一五分だけ目を閉じて、脳をリセットする。それが午後の激務を乗り切るための、彼のルーティンだった。
 簡易ベッドに横たわり、目を閉じる。
 遠くで、誰かが書類を落とした音がした気がした。
 
 意識が、急速に深く沈んでいく。
 
 泥のような眠り。
 重力感覚の喪失。
(……揺れている?)
 艦(ふね)の揺れか?
 いや、俺は陸勤務だ。
 
 それにしては、匂いが違う。
 消毒液とインクの匂いではない。
 
 古びた木材、埃、そして安酒と脂の匂い。
「――い、おい。起きろよオッサン」
「次の方ー! エントリーシートの記入、終わってますー?」
 雑多な喧騒が、鼓膜を叩いた。
 ◇
 坂上は、弾かれたように目を開けた。
 
 反射的に身を起こし、周囲を「索敵(スキャン)」する。
 一秒で、ここが市ヶ谷の仮眠室でないことを理解した。
 天井が高い。だが、コンクリートではなく太い梁(はり)が剥き出しの木造だ。
 壁には電子掲示板ではなく、羊皮紙のような紙がびっしりと貼られている。
 周囲にいる人間たちの服装もおかしい。
 革の鎧を着た大男、ローブを纏った女、腰に剣を下げたゴロツキのような連中。
(夢、か?)
 坂上は自分の頬をつねってみた。痛い。
 制服のポケットを探る。いつものコーヒーキャンディの感触がある。
(状況不明。だが、現実は継続している)
 パニックにはならなかった。
 長年の指揮官としての経験が、感情よりも先に状況分析を優先させたのだ。
 
 目の前には、木製のカウンターがある。
 その奥には、気だるげな表情をした受付嬢が座っていた。
 とりあえず、情報を得る必要がある。
 坂上は乱れた制服の襟を正し、カウンターへと歩み寄った。
「失礼する。……ここはどこだ? それに、この状況はどういうことだ」
 努めて冷静に、事務的な口調で尋ねる。
 受付嬢は、坂上の制服(海上自衛隊・第3種夏服)を上から下までジロジロと眺め、鼻で笑った。
「寝ぼけてるんですか? ここは『人材ギルド・マンルシア支部』ですよ。仕事を探しに来たんでしょ?」
「人材ギルド……? 派遣会社のようなものか」
「まあそんなとこです。で、登録するならこの用紙に記入してください。名前、年齢、職業、スキル」
 渡されたのは、粗末な紙と羽ペンだった。
 文字は……読める。なぜか読めるし、書ける気がする。
 坂上は眉をひそめながらも、正直に記入した。
 嘘をついて事態が拗れるのは、役所仕事で一番避けるべきことだ。
 氏名:サカガミ・シンイチ
 年齢:50歳
 前職:一等海佐(指揮官)
 スキル:なし(詳細不明のため空欄)
 書き終えた紙を渡す。
 受付嬢はそれを手に取り、ふむ、と目を通し――そして、無慈悲に言い放った。
「あのねぇ、おじさん」
 彼女はため息交じりに、紙をカウンターに放り出した。
「ここ、冒険者や傭兵を斡旋する場所なの。戦える若者が欲しいわけ」
「……む」
「50歳? しかもスキルなし? 悪いけど、介護職や清掃員の募集は今ないわよ」
 彼女は憐れむような、しかし冷徹な営業スマイルで告げた。
「うちは『シルバー人材センター』じゃないんです。期待しないでくださいねー。はい、次の方ー!」
 後ろに並んでいた若者たちが、ドッと笑い声を上げた。
 
 坂上は、突き返された紙片を拾い上げ、苦笑した。
 まさか異世界に来てまで、定年後の再就職活動のような扱いを受けるとは。
「……手厳しいな」
 彼は肩をすくめ、追われるようにカウンターを離れた。
 だが、その目は笑っていなかった。
 鋭い眼光は、すでにこの場所の「戦力分析」を始めていた。
 騒がしい待合室の隅へ向かう。
 そこには、周囲から隔絶されたように異様な空気を放つ、二つの影があった。
 一つは、殺気を撒き散らしながら角砂糖を噛み砕く、凶暴そうな男。
 もう一つは、テーブルに突っ伏して「お腹すいたぁ……」と死にかけている、美しいエルフの少女。
 坂上真一の、第二の人生における「部下」たちとの出会いだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~

津ヶ谷
ファンタジー
 綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。 ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。  目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。 その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。  その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。  そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。  これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~

華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』 たったこの一言から、すべてが始まった。 ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。 そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。 それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。 ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。 スキルとは祝福か、呪いか…… ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!! 主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。 ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。 ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。 しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。 一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。 途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。 その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。 そして、世界存亡の危機。 全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した…… ※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。

処理中です...