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EP 5
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アメとムチと、商人の算盤
戦闘が終われば、次は「戦後処理」の時間だ。
黒焦げになったオークの死骸と、ルナが半壊させた街道。
坂上は頭痛をこらえながら、まずは延焼を防ぐためにPXで購入した「携帯ショベル」で土を被せ、火の始末をさせた。
「ええか、お嬢ちゃん。魔法ぶっ放すのはええけど、素材まで燃やしたら銭になりまへんのやで!」
ニャングルが涙目でオークの死骸を検分している。
彼の商魂は逞しかった。黒焦げの死体から、燃え残った牙や魔石をナイフで器用に抉り出し、布袋に放り込んでいく。
「肝(キモ)は全滅……肉も炭化……あーあ、これなら市場価格の三割もいきまへんわ」
「ご、ごめんなさい……」
ルナがしゅんとして小さくなっている。
その横で、龍魔呂は「くだらねぇ」と吐き捨て、血のついた拳を布で拭っていた。
坂上は、作業が一通り終わったのを見計らい、二人(と一匹と一植物)を集めた。
「注目」
坂上の手には、銀紙に包まれた板状の物体がある。
PXで購入した**『ミルクチョコレート』**だ。
彼は銀紙を剥き、パキリ、パキリと割った。
「今回の戦闘、評価は『可』だ。満点には程遠いが、生き残ったことだけは評価する」
坂上は割ったチョコの一片を、まずはルナに放った。
「えっ? 何これ? 黒い……石?」
「食ってみろ。補給物資だ」
ルナがおずおずと口に入れる。
瞬間、彼女の緑色の瞳が見開かれ、頬がとろりと緩んだ。
「んんぅぅぅ~!! なにこれぇぇ! 甘い! 濃厚! 幸せの味がするぅぅ!」
「カカオと砂糖の塊だ。疲労回復に効く」
次は龍魔呂だ。
彼は無言で受け取ると、躊躇なく口に放り込んだ。
ボリッ、と噛み砕く。
「……ッ」
龍魔呂の眉間の皺が、一瞬だけ解けた。
角砂糖とは違う、油脂を含んだ滑らかな甘みと、鼻に抜ける香ばしさ。
彼は「……悪くねぇ」とだけ呟き、もう一片を寄越せとばかりに手を突き出した。
「いいか、よく聞け」
坂上は残りのチョコを見せびらかすように持ちながら、教官のような顔つきで言った。
「俺の指示に従い、被害を最小限に抑え、完璧な仕事をこなせば、報酬としてこの『黒い宝石』を支給する。……だが、命令無視や暴走をした場合は、ナシだ」
「は、はいっ! 言うこと聞きます! お座りでもお手でもしますぅ!」
「……チッ。ガキ扱いすんな。……だが、まあ、報酬分くらいは働いてやる」
単純なアメとムチ。
だが、この二人には一番効果的だった。
食欲(ルナ)と糖分への渇望(龍魔呂)。彼らの原動力を握ることこそ、最強の統率術(マネジメント)だ。
◇
その夜。
一行は街道を進み続け、目的地の町が見える丘の上まで到達していた。
眼下には、城壁に囲まれた中規模の都市「商業都市コルム」の灯りが見えるはずだったが――。
「……暗いな」
坂上が双眼鏡を下ろして呟く。
町の灯りがまばらだ。活気があるはずの商業都市にしては、沈鬱な空気が漂っている。
「やっぱりでっか……」
ニャングルが、重い荷物を下ろして汗を拭った。
「実はな、ダンナ。コルムの町は今、兵糧攻めに遭うとるんですわ」
「兵糧攻め? 戦争か?」
「いいえ。盗賊団と魔物の群れが結託して、主要な街道を封鎖してしまいよったんです。おかげで食料が入ってこん。物価は高騰、市民は腹ペコ……」
だからこそ、危険を冒してでも物資を運べば、莫大な利益が出る。
ニャングルは「商機」と見て飛び込んだわけだ。
「へぇ。お腹が空いてるの? なら、私がご飯を作ってあげれば……」
ルナが杖を構えようとするのを、ネギオが蔦で口を塞いで止める。
「お嬢様、お控えください。あなたが魔法で大量の野菜を出せば、一時的には救われますが、暴落した価格で農家が首を吊ることになります」
「えぇー!? 善意なのにぃー!?」
「経済とは生き物なのですよ。……やれやれ」
坂上は顎をさすった。
食料危機。物流の寸断。
それは、彼のスキル【酒保】が最も輝く状況であり、同時に最も慎重さが求められる局面でもあった。
(下手に俺が日本の食料をばら撒けば、ルナと同じ結果になる。だが……)
飢えた子供がいれば、龍魔呂のトラウマスイッチが入る可能性もある。
龍魔呂は丘の上から、じっと暗い町を見下ろしている。その横顔は険しい。
「……おい、オッサン」
「なんだ」
「あの町から……嫌な『音』がしやがる」
龍魔呂の野性の勘か、あるいは彼にしか聞こえない幻聴か。
彼は自身の腕を抱くようにして、小さく震えていた。
「子供の泣き声だ。……腹が減って泣いてやがる」
坂上は、龍魔呂の肩に手を置いた。
「安心しろ。俺たちが来たからには、餓死者は出させん」
彼はニャングルに向き直った。
「ニャングル。その荷物の中身は何だ?」
「小麦と塩、それと乾燥芋だす。高値で売れるはずやったんやけど……」
「よし。町に入ったら、俺の『商品』も合わせて売り出すぞ」
「へ?」
「俺のスキルなら、この状況を打開できる物資を用意できる。……ただし、売り方はお前に任せる。市場を壊さず、かつ市民を救うギリギリのラインを見極めろ」
ニャングルの猫耳がピクリと反応した。
金貨の匂い。それも、とびきりデカイ商売の予感。
「だ、ダンナ……あんた、まさか『あの店(PX)』の商品を卸してくれるんでっか!?」
「ああ。コーヒー、缶詰、レトルト食品……なんでもござれだ」
ニャングルはゴクリと唾を飲み込み、ニヤリと笑った。算盤を弾く音が、チャキッと鳴る。
「……乗りました。地獄の沙汰も金次第、飢饉の町も商い次第。一丁、派手にかましましょか!」
坂上は頷き、全員に号令をかけた。
「総員、進め。作戦目標は『コルムの食卓』の奪還だ」
五〇歳の新人指揮官と、問題児だらけの部隊。
彼らの最初の本格的な任務(ミッション)が、今始まろうとしていた。
戦闘が終われば、次は「戦後処理」の時間だ。
黒焦げになったオークの死骸と、ルナが半壊させた街道。
坂上は頭痛をこらえながら、まずは延焼を防ぐためにPXで購入した「携帯ショベル」で土を被せ、火の始末をさせた。
「ええか、お嬢ちゃん。魔法ぶっ放すのはええけど、素材まで燃やしたら銭になりまへんのやで!」
ニャングルが涙目でオークの死骸を検分している。
彼の商魂は逞しかった。黒焦げの死体から、燃え残った牙や魔石をナイフで器用に抉り出し、布袋に放り込んでいく。
「肝(キモ)は全滅……肉も炭化……あーあ、これなら市場価格の三割もいきまへんわ」
「ご、ごめんなさい……」
ルナがしゅんとして小さくなっている。
その横で、龍魔呂は「くだらねぇ」と吐き捨て、血のついた拳を布で拭っていた。
坂上は、作業が一通り終わったのを見計らい、二人(と一匹と一植物)を集めた。
「注目」
坂上の手には、銀紙に包まれた板状の物体がある。
PXで購入した**『ミルクチョコレート』**だ。
彼は銀紙を剥き、パキリ、パキリと割った。
「今回の戦闘、評価は『可』だ。満点には程遠いが、生き残ったことだけは評価する」
坂上は割ったチョコの一片を、まずはルナに放った。
「えっ? 何これ? 黒い……石?」
「食ってみろ。補給物資だ」
ルナがおずおずと口に入れる。
瞬間、彼女の緑色の瞳が見開かれ、頬がとろりと緩んだ。
「んんぅぅぅ~!! なにこれぇぇ! 甘い! 濃厚! 幸せの味がするぅぅ!」
「カカオと砂糖の塊だ。疲労回復に効く」
次は龍魔呂だ。
彼は無言で受け取ると、躊躇なく口に放り込んだ。
ボリッ、と噛み砕く。
「……ッ」
龍魔呂の眉間の皺が、一瞬だけ解けた。
角砂糖とは違う、油脂を含んだ滑らかな甘みと、鼻に抜ける香ばしさ。
彼は「……悪くねぇ」とだけ呟き、もう一片を寄越せとばかりに手を突き出した。
「いいか、よく聞け」
坂上は残りのチョコを見せびらかすように持ちながら、教官のような顔つきで言った。
「俺の指示に従い、被害を最小限に抑え、完璧な仕事をこなせば、報酬としてこの『黒い宝石』を支給する。……だが、命令無視や暴走をした場合は、ナシだ」
「は、はいっ! 言うこと聞きます! お座りでもお手でもしますぅ!」
「……チッ。ガキ扱いすんな。……だが、まあ、報酬分くらいは働いてやる」
単純なアメとムチ。
だが、この二人には一番効果的だった。
食欲(ルナ)と糖分への渇望(龍魔呂)。彼らの原動力を握ることこそ、最強の統率術(マネジメント)だ。
◇
その夜。
一行は街道を進み続け、目的地の町が見える丘の上まで到達していた。
眼下には、城壁に囲まれた中規模の都市「商業都市コルム」の灯りが見えるはずだったが――。
「……暗いな」
坂上が双眼鏡を下ろして呟く。
町の灯りがまばらだ。活気があるはずの商業都市にしては、沈鬱な空気が漂っている。
「やっぱりでっか……」
ニャングルが、重い荷物を下ろして汗を拭った。
「実はな、ダンナ。コルムの町は今、兵糧攻めに遭うとるんですわ」
「兵糧攻め? 戦争か?」
「いいえ。盗賊団と魔物の群れが結託して、主要な街道を封鎖してしまいよったんです。おかげで食料が入ってこん。物価は高騰、市民は腹ペコ……」
だからこそ、危険を冒してでも物資を運べば、莫大な利益が出る。
ニャングルは「商機」と見て飛び込んだわけだ。
「へぇ。お腹が空いてるの? なら、私がご飯を作ってあげれば……」
ルナが杖を構えようとするのを、ネギオが蔦で口を塞いで止める。
「お嬢様、お控えください。あなたが魔法で大量の野菜を出せば、一時的には救われますが、暴落した価格で農家が首を吊ることになります」
「えぇー!? 善意なのにぃー!?」
「経済とは生き物なのですよ。……やれやれ」
坂上は顎をさすった。
食料危機。物流の寸断。
それは、彼のスキル【酒保】が最も輝く状況であり、同時に最も慎重さが求められる局面でもあった。
(下手に俺が日本の食料をばら撒けば、ルナと同じ結果になる。だが……)
飢えた子供がいれば、龍魔呂のトラウマスイッチが入る可能性もある。
龍魔呂は丘の上から、じっと暗い町を見下ろしている。その横顔は険しい。
「……おい、オッサン」
「なんだ」
「あの町から……嫌な『音』がしやがる」
龍魔呂の野性の勘か、あるいは彼にしか聞こえない幻聴か。
彼は自身の腕を抱くようにして、小さく震えていた。
「子供の泣き声だ。……腹が減って泣いてやがる」
坂上は、龍魔呂の肩に手を置いた。
「安心しろ。俺たちが来たからには、餓死者は出させん」
彼はニャングルに向き直った。
「ニャングル。その荷物の中身は何だ?」
「小麦と塩、それと乾燥芋だす。高値で売れるはずやったんやけど……」
「よし。町に入ったら、俺の『商品』も合わせて売り出すぞ」
「へ?」
「俺のスキルなら、この状況を打開できる物資を用意できる。……ただし、売り方はお前に任せる。市場を壊さず、かつ市民を救うギリギリのラインを見極めろ」
ニャングルの猫耳がピクリと反応した。
金貨の匂い。それも、とびきりデカイ商売の予感。
「だ、ダンナ……あんた、まさか『あの店(PX)』の商品を卸してくれるんでっか!?」
「ああ。コーヒー、缶詰、レトルト食品……なんでもござれだ」
ニャングルはゴクリと唾を飲み込み、ニヤリと笑った。算盤を弾く音が、チャキッと鳴る。
「……乗りました。地獄の沙汰も金次第、飢饉の町も商い次第。一丁、派手にかましましょか!」
坂上は頷き、全員に号令をかけた。
「総員、進め。作戦目標は『コルムの食卓』の奪還だ」
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