52 / 100
第五章 最凶ダンジョン天魔窟
EP 2
しおりを挟む
魔王ラスティア、カジノで破産する
地下迷宮『天魔窟』のB3階。
そこは、上階の賑やかなゲーセンとは一線を画す、大人の社交場だった。
カジノ『ロイヤル・スライム』。
深紅の絨毯が敷き詰められ、シャンデリアが妖しく輝く店内。ディーラーを務めるのは、蝶ネクタイをした知能の高い「ハイ・スライム」たちだ。
そんな優雅な空間に、悲痛な絶叫が響き渡った。
「い、嫌ぁぁぁぁッ!! 嘘よ! 嘘だと言ってぇぇぇ!!」
ルーレット台の前で、ドレス姿の美女が床に崩れ落ちていた。
魔王ラスティアである。
彼女の目の前では、無情にもルーレットの球が「黒」のポケットに収まっていた。
「あ、赤……。私は『赤』に全財産(Kコイン10万枚)を賭けたのよ!? なんで黒が来るのよぉぉ!」
ラスティアは台をバンバンと叩いた。
彼女はカジノに入ってからというもの、魔王らしい豪快さでチップを賭け続け、そして見事に負け続けていた。
ビギナーズラックなどない。あるのは「魔王は運が悪い」という、勇者物語のお約束だけだった。
「ラスティアさん、大丈夫?」
見かねたカイトが声をかける。
「大丈夫なわけないでしょ! 今月の『お菓子代』も『ドレス代』も、全部スッカラカンよ! うぅ……これじゃあ明日から水しか飲めないわ……」
世界の半分を支配する魔王が、ゲームのコインごときで明日をも知れぬ生活に転落している。
スライムのディーラーが、プルプルと震えながら「お客様、お代の追加は……?」と催促する。
「うぅ……。借金……いえ、国庫から前借りを……」
ラスティアが震える手で、禁断の誓約書(借用書)にサインしようとした、その時だった。
パシッ。
黒い革手袋の手が、ラスティアの手首を掴んで止めた。
「……見苦しいですよ、閣下」
冷ややかな声。
そこに立っていたのは、漆黒の執務服を着こなし、片眼鏡(モノクル)を光らせた男――魔族宰相ルーベンスだった。
「ル、ルーベンス!? 助けて! このスライムがイカサマを!」
「イカサマなどありません。貴女が確率論を無視して、感情のままにチップをばら撒いただけです」
ルーベンスはため息をつき、ラスティアの首根っこを掴んで椅子から引き剥がした。
「下がっていてください。……私が取り返します」
†
ルーベンスは静かに席に座った。
ゲームはルーレットから、**『ブラックジャック』**へと変更された。
対戦相手は、このカジノで最強と呼ばれる「キング・スライム」のディーラーだ。
「カイト殿。私にコインを10枚だけ貸していただけますか?」
「え? 10枚だけでいいの?」
「ええ。元手はそれで十分です」
ルーベンスは受け取ったコインを、指先で弄んだ。
片眼鏡の奥の瞳が、冷徹な光を帯びる。
「始めましょうか。……授業料(教育)の時間だ」
カードが配られる。
ルーベンスは手札を見もしない。ただ、場に出たカードと、山札の厚み、そしてディーラーの微細な魔力振動を観察していた。
『超・高速演算(マスマティカル・プロセッシング)』
彼の脳内で、膨大な数式が走る。
既に出たカードの記憶(カウンティング)。
残りのカードから導き出される確率分布。
スライムの表面張力から予測する次のカードの滑り具合。
「……ヒット」
「……スタンド」
「……ダブルダウン」
ルーベンスの指示は機械のように正確だった。
最初は小さな勝ちだったが、徐々にレートを上げ、雪だるま式にチップが増えていく。
「な、なっ……!?」
ディーラーのスライムが脂汗(粘液)を流し始めた。
勝てない。
強い手札を出しても、ギリギリの点数で躱(かわ)される。バーストさせようとしても、寸前で止められる。
まるで、次に配られるカードが全て見えているかのような――。
「……終わりだ」
ルーベンスが最後のカードをめくった。
【A】と【J】。
最強の手役、ブラックジャック。
「私の勝ちだ。……配当は3倍。ここまでの勝ち分と合わせて、ラスティア様の負債(10万枚)をちょうど回収させていただく」
ザザザザザッ……!
山のようなチップが、ルーベンスの元へ押し寄せた。
完全勝利。
カジノ内からどよめきと拍手が起こる。
†
「す、すごーい!! ルーベンス、愛してるわーッ!!」
ラスティアが歓喜の悲鳴を上げ、ルーベンスに抱きついた。
「よかったぁ! これでお菓子が買えるわ! ねえ、次はバカラやりましょうよ! 貴方となら無敵よ!」
調子に乗る魔王。
ルーベンスは、抱きついてくるラスティアを冷めた目で見下ろし、こめかみをピキピキと引きつらせた。
(……チッ。この浪費家ババアが。少しは反省しろ)
心の中では毒づきながらも、彼は表情を崩さずに言った。
「閣下。……本日はもう閉店です。これ以上遊ぶなら、来年度の城の改修予算(ピンク色の外壁塗装)を白紙に戻しますが?」
「ひっ!? ご、ごめんなさい! 帰ります! 大人しく帰りますぅ!」
ラスティアは慌てて引き下がった。
金庫番には逆らえないのだ。
「やれやれ……。カイト殿、お騒がせしました」
ルーベンスは肩をすくめ、カイトに借りたコイン10枚を返した。
「いやあ、かっこよかったよルーベンスさん! 数学ってすごいんだね!」
カイトが感心すると、ルーベンスはフッと口元を緩めた。
「フフ……。計算通りにいかないのは、カイト殿の野菜の成長速度くらいですよ」
大人の余裕を見せつける宰相。
だが、この平穏な地下遊園地に、新たな来訪者が迫っていた。
「なんじゃこりゃあぁぁぁッ!! ワシらの技術がパクられとるぞぉぉッ!!」
地響きのような怒鳴り声。
現れたのは、筋肉ダルマのような小柄な老人――ドワーフの国王ガンテツだった。
彼の背後には、鋼鉄の巨人がそびえ立っていた。
次回、ロボット対決!?
「ドワーフ王、ロボットを持って殴り込み」へ続く!
地下迷宮『天魔窟』のB3階。
そこは、上階の賑やかなゲーセンとは一線を画す、大人の社交場だった。
カジノ『ロイヤル・スライム』。
深紅の絨毯が敷き詰められ、シャンデリアが妖しく輝く店内。ディーラーを務めるのは、蝶ネクタイをした知能の高い「ハイ・スライム」たちだ。
そんな優雅な空間に、悲痛な絶叫が響き渡った。
「い、嫌ぁぁぁぁッ!! 嘘よ! 嘘だと言ってぇぇぇ!!」
ルーレット台の前で、ドレス姿の美女が床に崩れ落ちていた。
魔王ラスティアである。
彼女の目の前では、無情にもルーレットの球が「黒」のポケットに収まっていた。
「あ、赤……。私は『赤』に全財産(Kコイン10万枚)を賭けたのよ!? なんで黒が来るのよぉぉ!」
ラスティアは台をバンバンと叩いた。
彼女はカジノに入ってからというもの、魔王らしい豪快さでチップを賭け続け、そして見事に負け続けていた。
ビギナーズラックなどない。あるのは「魔王は運が悪い」という、勇者物語のお約束だけだった。
「ラスティアさん、大丈夫?」
見かねたカイトが声をかける。
「大丈夫なわけないでしょ! 今月の『お菓子代』も『ドレス代』も、全部スッカラカンよ! うぅ……これじゃあ明日から水しか飲めないわ……」
世界の半分を支配する魔王が、ゲームのコインごときで明日をも知れぬ生活に転落している。
スライムのディーラーが、プルプルと震えながら「お客様、お代の追加は……?」と催促する。
「うぅ……。借金……いえ、国庫から前借りを……」
ラスティアが震える手で、禁断の誓約書(借用書)にサインしようとした、その時だった。
パシッ。
黒い革手袋の手が、ラスティアの手首を掴んで止めた。
「……見苦しいですよ、閣下」
冷ややかな声。
そこに立っていたのは、漆黒の執務服を着こなし、片眼鏡(モノクル)を光らせた男――魔族宰相ルーベンスだった。
「ル、ルーベンス!? 助けて! このスライムがイカサマを!」
「イカサマなどありません。貴女が確率論を無視して、感情のままにチップをばら撒いただけです」
ルーベンスはため息をつき、ラスティアの首根っこを掴んで椅子から引き剥がした。
「下がっていてください。……私が取り返します」
†
ルーベンスは静かに席に座った。
ゲームはルーレットから、**『ブラックジャック』**へと変更された。
対戦相手は、このカジノで最強と呼ばれる「キング・スライム」のディーラーだ。
「カイト殿。私にコインを10枚だけ貸していただけますか?」
「え? 10枚だけでいいの?」
「ええ。元手はそれで十分です」
ルーベンスは受け取ったコインを、指先で弄んだ。
片眼鏡の奥の瞳が、冷徹な光を帯びる。
「始めましょうか。……授業料(教育)の時間だ」
カードが配られる。
ルーベンスは手札を見もしない。ただ、場に出たカードと、山札の厚み、そしてディーラーの微細な魔力振動を観察していた。
『超・高速演算(マスマティカル・プロセッシング)』
彼の脳内で、膨大な数式が走る。
既に出たカードの記憶(カウンティング)。
残りのカードから導き出される確率分布。
スライムの表面張力から予測する次のカードの滑り具合。
「……ヒット」
「……スタンド」
「……ダブルダウン」
ルーベンスの指示は機械のように正確だった。
最初は小さな勝ちだったが、徐々にレートを上げ、雪だるま式にチップが増えていく。
「な、なっ……!?」
ディーラーのスライムが脂汗(粘液)を流し始めた。
勝てない。
強い手札を出しても、ギリギリの点数で躱(かわ)される。バーストさせようとしても、寸前で止められる。
まるで、次に配られるカードが全て見えているかのような――。
「……終わりだ」
ルーベンスが最後のカードをめくった。
【A】と【J】。
最強の手役、ブラックジャック。
「私の勝ちだ。……配当は3倍。ここまでの勝ち分と合わせて、ラスティア様の負債(10万枚)をちょうど回収させていただく」
ザザザザザッ……!
山のようなチップが、ルーベンスの元へ押し寄せた。
完全勝利。
カジノ内からどよめきと拍手が起こる。
†
「す、すごーい!! ルーベンス、愛してるわーッ!!」
ラスティアが歓喜の悲鳴を上げ、ルーベンスに抱きついた。
「よかったぁ! これでお菓子が買えるわ! ねえ、次はバカラやりましょうよ! 貴方となら無敵よ!」
調子に乗る魔王。
ルーベンスは、抱きついてくるラスティアを冷めた目で見下ろし、こめかみをピキピキと引きつらせた。
(……チッ。この浪費家ババアが。少しは反省しろ)
心の中では毒づきながらも、彼は表情を崩さずに言った。
「閣下。……本日はもう閉店です。これ以上遊ぶなら、来年度の城の改修予算(ピンク色の外壁塗装)を白紙に戻しますが?」
「ひっ!? ご、ごめんなさい! 帰ります! 大人しく帰りますぅ!」
ラスティアは慌てて引き下がった。
金庫番には逆らえないのだ。
「やれやれ……。カイト殿、お騒がせしました」
ルーベンスは肩をすくめ、カイトに借りたコイン10枚を返した。
「いやあ、かっこよかったよルーベンスさん! 数学ってすごいんだね!」
カイトが感心すると、ルーベンスはフッと口元を緩めた。
「フフ……。計算通りにいかないのは、カイト殿の野菜の成長速度くらいですよ」
大人の余裕を見せつける宰相。
だが、この平穏な地下遊園地に、新たな来訪者が迫っていた。
「なんじゃこりゃあぁぁぁッ!! ワシらの技術がパクられとるぞぉぉッ!!」
地響きのような怒鳴り声。
現れたのは、筋肉ダルマのような小柄な老人――ドワーフの国王ガンテツだった。
彼の背後には、鋼鉄の巨人がそびえ立っていた。
次回、ロボット対決!?
「ドワーフ王、ロボットを持って殴り込み」へ続く!
75
あなたにおすすめの小説
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
『しろくま通りのピノ屋さん 〜転生モブは今日もお菓子を焼く〜』
miigumi
ファンタジー
前世では病弱で、病室の窓から空を見上げることしかできなかった私。
そんな私が転生したのは、魔法と剣があるファンタジーの世界。
……とはいえ、勇者でも聖女でもなく、物語に出てこない“モブキャラ”でした。
貴族の家に生まれるも馴染めず、破門されて放り出された私は、街の片隅――
「しろくま通り」で、小さなお菓子屋さんを開くことにしました。
相棒は、拾ったまんまるのペンギンの魔物“ピノ”。
季節の果物を使って、前世の記憶を頼りに焼いたお菓子は、
気づけばちょっぴり評判に。
できれば平和に暮らしたいのに、
なぜか最近よく現れるやさしげな騎士さん――
……って、もしかして勇者パーティーの人なんじゃ?!
静かに暮らしたい元病弱転生モブと、
彼女の焼き菓子に癒される人々の、ちょっと甘くて、ほんのり騒がしい日々の物語。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
最強陛下の育児論〜5歳児の娘に振り回されているが、でもやっぱり可愛くて許してしまうのはどうしたらいいものか〜
楠ノ木雫
ファンタジー
孤児院で暮らしていた女の子リンティの元へ、とある男達が訪ねてきた。その者達が所持していたものには、この国の紋章が刻まれていた。そう、この国の皇城から来た者達だった。その者達は、この国の皇女を捜しに来ていたようで、リンティを見た瞬間間違いなく彼女が皇女だと言い出した。
言い合いになってしまったが、リンティは皇城に行く事に。だが、この国の皇帝の二つ名が〝冷血の最強皇帝〟。そして、タイミング悪く首を撥ねている瞬間を目の当たりに。
こんな無慈悲の皇帝が自分の父。そんな事実が信じられないリンティ。だけど、あれ? 皇帝が、ぬいぐるみをプレゼントしてくれた?
リンティがこの城に来てから、どんどん皇帝がおかしくなっていく姿を目の当たりにする周りの者達も困惑。一体どうなっているのだろうか?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜
たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。
だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。
契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。
農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。
そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。
戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!
追放された薬師でしたが、特に気にもしていません
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。
まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。
だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥
たまにやりたくなる短編。
ちょっと連載作品
「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる