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一章 田舎育ちの令嬢
22.魔道士アルビー
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ディランは一旦禁書室を出て、一般書庫にいる司書のもとに向かった。
「忙しいのに、ごめん。魔道士アルビーの書いた『魅了状態と精神訓練』の原書ってある?」
「魔道士アルビーが直筆した本をお探しですか?」
「うん、できれば。なかったら、なるべく当時に近い複製本を見せてほしいんだ」
「確認して参ります」
司書はディランに一礼すると、閉架書庫に本を探しに行ってくれた。『魅了状態と精神訓練』の著者である魔道士アルビーは魔道士団長をしていた。王家に仕える立場だったのなら、著書は献上され王宮書庫で管理されている可能性が高い。現代においても重要な知識であるから尚更だ。
原書なら何らかの情報が読み取れるかもしれないし、最低でも発行年が分かれば王女の事件に出てくるアルビーが同一人物であるかが確定できる。
「ディラン殿下、お待たせ致しました」
ディランが書庫をフラフラしていると、司書が本を2冊抱えてやってくる。司書の表情から、ディランの目的が果たせていない事が分かった。事情がありそうなので、座って話を聞くことにする。
「確かに『魅了状態と精神訓練』の原書は、王宮書庫で保管されていたようです。こちらが記録です」
司書は持ってきた本のうちの一つを机の上に広げて見せる。王宮書庫に保管されている本の一覧のようだ。ただ……
「『魅了状態と精神訓練』の原書の欄は紛失となっているね」
「はい、申し訳ありません」
「謝らなくていいよ。紛失した背景について知っていることはある?」
「いいえ、最後に確認されたのが200年ほど前なので詳細な記録が残っておりません」
「そっか、分かったよ。ありがとう」
司書は何か知っている様子だったが敢えて追求しなかった。他にも消えた本があるのだから、司書がディランと同じ推測をしていてもおかしくはない。
(『魅了状態と精神訓練』も禁書になってるってことかな? あの中を探すのは面倒くさいな)
司書は現存する中で一番古いという100年ほど前の『魅了状態と精神訓練』も見せてくれたが、現代のものとあまり変わらなかったので、お礼を言って返却した。
ディランは禁書室に戻ると両手を前に差し出して魔力を這わせる。
「『魅了状態と精神訓練』の原書が読みたいんだ。破ったりしないから、こっちに来てくれないかな?」
カタカタ
部屋の奥から小さな音がする。ディランの魔力では呼び寄せることまではできなかったが、場所の検討はついた。
失せ物を探す際によく使われる魔法だが、まともな魔道士なら禁書室では使わないだろう。先人が仕掛けたトラップが発動する可能性がある。
でも、なんとなくだが、禁書室の魔法がディランを受け入れているように感じたのだ。ディランに敵対する魔法はないという直感を信じた。探すのが面倒だったのもある。
カタカタ
ディランが音のする方に近づいていくと、古い本が一冊読んで欲しそうに揺れていた。その本を手に取ると、表紙には『魅了状態と精神訓練』と書いてある。
ディランは近くの椅子に座って、本を机の上にそっと置いた。かなり多くの人の手に触れてきたのかボロボロだ。ディランは破いてしまわぬよう古い紙を慎重にめくる。
本に書かれた訓練の方法は特筆することもなく、現在行われているものと変わりなかった。
(空振りかな?)
ディランがそう思いながら最後のページを開くと、現代の本にはない魔道士アルビー直筆と思われるあとがきがあった。
『私は一人の女性の名誉を傷つけ、人生を捨てさせた事への贖罪の気持ちから魅了についての研究を始めた。神話に語られたことが真実である可能性に思い至らなかった、自分の浅はかさと傲慢さを今でも悔いている。
この本を手にする者は、厳しい訓練を受けることになるだろう。しかし、最後までやりきってほしい。それが自分と大切な人を守ることに繋がるのだから。
そして、この本が、彼女と、これから生まれるかもしれない同じ運命を背負った者たちの一助になることを切に願う。』
(……)
ディランは静かに本を閉じる。あとがきに添えられた日付は、ヴァランティーヌ王女が処刑されてから30年後のものだった。魔道士アルビーは、30年間、その出来事を忘れずに生きてきたのだろう。
『これから生まれるかもしれない同じ運命を背負った者たちの一助になることを切に願う。』
(魔道士アルビー、あなたのお陰で、僕は今ここに来れています)
もし、ディランたち高位貴族まで魅了状態に陥っていたとしたら、エミリーはどうなっていたのだろう。そう考えると、今まで文句ばかり言っていた、厳しすぎる訓練を考えたアルビーに、初めて感謝の言葉を贈りたくなった。
「忙しいのに、ごめん。魔道士アルビーの書いた『魅了状態と精神訓練』の原書ってある?」
「魔道士アルビーが直筆した本をお探しですか?」
「うん、できれば。なかったら、なるべく当時に近い複製本を見せてほしいんだ」
「確認して参ります」
司書はディランに一礼すると、閉架書庫に本を探しに行ってくれた。『魅了状態と精神訓練』の著者である魔道士アルビーは魔道士団長をしていた。王家に仕える立場だったのなら、著書は献上され王宮書庫で管理されている可能性が高い。現代においても重要な知識であるから尚更だ。
原書なら何らかの情報が読み取れるかもしれないし、最低でも発行年が分かれば王女の事件に出てくるアルビーが同一人物であるかが確定できる。
「ディラン殿下、お待たせ致しました」
ディランが書庫をフラフラしていると、司書が本を2冊抱えてやってくる。司書の表情から、ディランの目的が果たせていない事が分かった。事情がありそうなので、座って話を聞くことにする。
「確かに『魅了状態と精神訓練』の原書は、王宮書庫で保管されていたようです。こちらが記録です」
司書は持ってきた本のうちの一つを机の上に広げて見せる。王宮書庫に保管されている本の一覧のようだ。ただ……
「『魅了状態と精神訓練』の原書の欄は紛失となっているね」
「はい、申し訳ありません」
「謝らなくていいよ。紛失した背景について知っていることはある?」
「いいえ、最後に確認されたのが200年ほど前なので詳細な記録が残っておりません」
「そっか、分かったよ。ありがとう」
司書は何か知っている様子だったが敢えて追求しなかった。他にも消えた本があるのだから、司書がディランと同じ推測をしていてもおかしくはない。
(『魅了状態と精神訓練』も禁書になってるってことかな? あの中を探すのは面倒くさいな)
司書は現存する中で一番古いという100年ほど前の『魅了状態と精神訓練』も見せてくれたが、現代のものとあまり変わらなかったので、お礼を言って返却した。
ディランは禁書室に戻ると両手を前に差し出して魔力を這わせる。
「『魅了状態と精神訓練』の原書が読みたいんだ。破ったりしないから、こっちに来てくれないかな?」
カタカタ
部屋の奥から小さな音がする。ディランの魔力では呼び寄せることまではできなかったが、場所の検討はついた。
失せ物を探す際によく使われる魔法だが、まともな魔道士なら禁書室では使わないだろう。先人が仕掛けたトラップが発動する可能性がある。
でも、なんとなくだが、禁書室の魔法がディランを受け入れているように感じたのだ。ディランに敵対する魔法はないという直感を信じた。探すのが面倒だったのもある。
カタカタ
ディランが音のする方に近づいていくと、古い本が一冊読んで欲しそうに揺れていた。その本を手に取ると、表紙には『魅了状態と精神訓練』と書いてある。
ディランは近くの椅子に座って、本を机の上にそっと置いた。かなり多くの人の手に触れてきたのかボロボロだ。ディランは破いてしまわぬよう古い紙を慎重にめくる。
本に書かれた訓練の方法は特筆することもなく、現在行われているものと変わりなかった。
(空振りかな?)
ディランがそう思いながら最後のページを開くと、現代の本にはない魔道士アルビー直筆と思われるあとがきがあった。
『私は一人の女性の名誉を傷つけ、人生を捨てさせた事への贖罪の気持ちから魅了についての研究を始めた。神話に語られたことが真実である可能性に思い至らなかった、自分の浅はかさと傲慢さを今でも悔いている。
この本を手にする者は、厳しい訓練を受けることになるだろう。しかし、最後までやりきってほしい。それが自分と大切な人を守ることに繋がるのだから。
そして、この本が、彼女と、これから生まれるかもしれない同じ運命を背負った者たちの一助になることを切に願う。』
(……)
ディランは静かに本を閉じる。あとがきに添えられた日付は、ヴァランティーヌ王女が処刑されてから30年後のものだった。魔道士アルビーは、30年間、その出来事を忘れずに生きてきたのだろう。
『これから生まれるかもしれない同じ運命を背負った者たちの一助になることを切に願う。』
(魔道士アルビー、あなたのお陰で、僕は今ここに来れています)
もし、ディランたち高位貴族まで魅了状態に陥っていたとしたら、エミリーはどうなっていたのだろう。そう考えると、今まで文句ばかり言っていた、厳しすぎる訓練を考えたアルビーに、初めて感謝の言葉を贈りたくなった。
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