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一章 田舎育ちの令嬢
35.魔吸草
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ディランが採ってきてもらった黄色い草は、魔吸草という草だ。栽培が難しく森から採取するしか方法がない。
ディランも含め魔力の高い人間は、力を溜め込み過ぎると体調を崩す。子供の頃には常時、魔力を吸う魔道具をつけ、それでも体調を崩したときには薬を服用してきた。どちらも材料は魔吸草なのだ。
ディランは、エミリーに子供の頃の話を聞いて、普通の魔法とも共通点があることを知った。魔力の強い魔道士でも魔力を吸う魔道具を付けていると、難しい魔法は使えない。魅了の魔法を制御するのにも、魔吸草やそれを使って作った魔道具が使えるかもしれないと思ったのだ。
「これだけあれば、失敗を気にせず挑戦できそうです。急なお願いだったのに、ありがとうございます」
「うん、でも最初の手紙で予想してたから見つけたときに採取しただけだよ。根ごと持ってきて、宿では水につけてたから、鮮度は問題ないと思う」
魔吸草は乱雑に積み上げてある割には萎れていない。ボードゥアンが丁寧に扱っていたことが窺える。
「ジャムより先に、こっちの処理をした方が良かったですかね?」
「ジャムの方が優先に決まってるでしょ。魔吸草は鮮度が落ちても食べるわけじゃないから後でいいよ。これだけあれば、たりるでしょ」
「師匠は本当にジャムが好きですよね」
どう考えても、一般市場で手に入る果物を後回しにするべきだが、苦労して採ってきてくれた本人が言うのだからしょうがない。媒介植物の鮮度が落ちると魔道具を作るときの必要量が増える。しかし、ボードゥアンの言う通り、これだけの魔吸草があれば、不足することはないだろう。
ディランは、それでも、もったいないので、ジャム鍋の中を気にしながら魔吸草の根を水につけていく。
「あとで団員に、魔吸草を使いたい人がいないか確認しておいてくれる? いなければ、半分は干して保存しておこうか? 予備を考えても、ちょっと多すぎるよね」
「了解です」
研究棟の団員とは、ボードゥアンだけの頃には交流していなかったようだが、今はディランが仲介する形で、ご近所付き合いをしている。始めた頃は『面倒だから置き場所に困ったなら捨てちゃいなよ』と言っていたが、こちらが必要なものを分けてくれることも多いので、ボードゥアンも近頃は協力的になっている。
「そういえば、なんで最初の手紙で魔吸草が必要だって分かったんですか?」
「王女が処刑された事件については、師匠から聞いたことがあったんだ。ディランの手紙と合わせて考えたら、なんとなく予想がついたからさ」
ボードゥアンの師匠は前魔道士団長だ。ディランは、魔道士団で魅了の魔法の話を代々伝えてきたのかと思ったが少し違っていた。
「魔道士アルビーが研究しても面白くなさそうな精神訓練に、なんで人生を捧げたのか気になって聞いたんだ。そしたら、禁書室に連れていかれて説教されたってわけ。面白さ以外にも人には大事なものがいっぱいあるんだってさ。そんなの知れないよって感じだよね」
「へ!? 禁書室に入ったんですか?」
「あ、これ秘密だった。内緒にしてね」
ボードゥアンはペロリと舌を出す。ディランは、鍋をかき回すヘラの制御が乱れなかったことで、自分の進歩を感じた。
歴代の魔道士団長が禁書室の保護魔法を上掛けしているので、団長はその時に入ることができる。ボードゥアンに聞いたら、禁書室の魔法も手伝ったと言ったが、本来許されることではない。
魔道士団長が禁書室に入るときには、監視役の王族もいるはずだが、どうやってボードゥアンは入ったのだろう。王族が監視をサボったか、監視の目を掻い潜ったのか。どちらにしろ、表沙汰になったら大変なことになる。
(あまり考えないほうが良さそうだな)
監視役の王族は時期的にディランの父親である王太子だ。そのことに思い至って、ディランは何も聞かなかったことにした。
「ディランも魅了の魔法のことを、簡単に話しちゃだめだよ。王族以外が知ってはいけない知識だからね。ディランは大丈夫でも、場合によっては聞いた相手の首が飛ぶよ」
ボードゥアンは「物理的にね」と笑顔でウィンクした。全然笑えない。
「微妙な案件に巻き込んで申し訳ありません。でも、師匠の力が必要で……」
「あ、ボクに関しては別にいいんだよ。面白そうだしね」
「……ありがとうございます」
面白ければ物理的に首が飛んでも良いのかと一瞬疑問に思ったが、今回に限っては王太子にボードゥアンを巻き込む事は伝えてあるので問題ない。
「あ、さっきの話はチャーリー王子にだけは絶対に言わないでね。流石に冗談では済まなくなるからさ」
あらゆる魔法を使いこなすボードゥアンでも、チャーリー相手では命の危険を感じるらしい。
(さすが兄上……)
ディランはチャーリーの恐ろしさを再確認して、ジャム鍋に意識を戻した。
ディランも含め魔力の高い人間は、力を溜め込み過ぎると体調を崩す。子供の頃には常時、魔力を吸う魔道具をつけ、それでも体調を崩したときには薬を服用してきた。どちらも材料は魔吸草なのだ。
ディランは、エミリーに子供の頃の話を聞いて、普通の魔法とも共通点があることを知った。魔力の強い魔道士でも魔力を吸う魔道具を付けていると、難しい魔法は使えない。魅了の魔法を制御するのにも、魔吸草やそれを使って作った魔道具が使えるかもしれないと思ったのだ。
「これだけあれば、失敗を気にせず挑戦できそうです。急なお願いだったのに、ありがとうございます」
「うん、でも最初の手紙で予想してたから見つけたときに採取しただけだよ。根ごと持ってきて、宿では水につけてたから、鮮度は問題ないと思う」
魔吸草は乱雑に積み上げてある割には萎れていない。ボードゥアンが丁寧に扱っていたことが窺える。
「ジャムより先に、こっちの処理をした方が良かったですかね?」
「ジャムの方が優先に決まってるでしょ。魔吸草は鮮度が落ちても食べるわけじゃないから後でいいよ。これだけあれば、たりるでしょ」
「師匠は本当にジャムが好きですよね」
どう考えても、一般市場で手に入る果物を後回しにするべきだが、苦労して採ってきてくれた本人が言うのだからしょうがない。媒介植物の鮮度が落ちると魔道具を作るときの必要量が増える。しかし、ボードゥアンの言う通り、これだけの魔吸草があれば、不足することはないだろう。
ディランは、それでも、もったいないので、ジャム鍋の中を気にしながら魔吸草の根を水につけていく。
「あとで団員に、魔吸草を使いたい人がいないか確認しておいてくれる? いなければ、半分は干して保存しておこうか? 予備を考えても、ちょっと多すぎるよね」
「了解です」
研究棟の団員とは、ボードゥアンだけの頃には交流していなかったようだが、今はディランが仲介する形で、ご近所付き合いをしている。始めた頃は『面倒だから置き場所に困ったなら捨てちゃいなよ』と言っていたが、こちらが必要なものを分けてくれることも多いので、ボードゥアンも近頃は協力的になっている。
「そういえば、なんで最初の手紙で魔吸草が必要だって分かったんですか?」
「王女が処刑された事件については、師匠から聞いたことがあったんだ。ディランの手紙と合わせて考えたら、なんとなく予想がついたからさ」
ボードゥアンの師匠は前魔道士団長だ。ディランは、魔道士団で魅了の魔法の話を代々伝えてきたのかと思ったが少し違っていた。
「魔道士アルビーが研究しても面白くなさそうな精神訓練に、なんで人生を捧げたのか気になって聞いたんだ。そしたら、禁書室に連れていかれて説教されたってわけ。面白さ以外にも人には大事なものがいっぱいあるんだってさ。そんなの知れないよって感じだよね」
「へ!? 禁書室に入ったんですか?」
「あ、これ秘密だった。内緒にしてね」
ボードゥアンはペロリと舌を出す。ディランは、鍋をかき回すヘラの制御が乱れなかったことで、自分の進歩を感じた。
歴代の魔道士団長が禁書室の保護魔法を上掛けしているので、団長はその時に入ることができる。ボードゥアンに聞いたら、禁書室の魔法も手伝ったと言ったが、本来許されることではない。
魔道士団長が禁書室に入るときには、監視役の王族もいるはずだが、どうやってボードゥアンは入ったのだろう。王族が監視をサボったか、監視の目を掻い潜ったのか。どちらにしろ、表沙汰になったら大変なことになる。
(あまり考えないほうが良さそうだな)
監視役の王族は時期的にディランの父親である王太子だ。そのことに思い至って、ディランは何も聞かなかったことにした。
「ディランも魅了の魔法のことを、簡単に話しちゃだめだよ。王族以外が知ってはいけない知識だからね。ディランは大丈夫でも、場合によっては聞いた相手の首が飛ぶよ」
ボードゥアンは「物理的にね」と笑顔でウィンクした。全然笑えない。
「微妙な案件に巻き込んで申し訳ありません。でも、師匠の力が必要で……」
「あ、ボクに関しては別にいいんだよ。面白そうだしね」
「……ありがとうございます」
面白ければ物理的に首が飛んでも良いのかと一瞬疑問に思ったが、今回に限っては王太子にボードゥアンを巻き込む事は伝えてあるので問題ない。
「あ、さっきの話はチャーリー王子にだけは絶対に言わないでね。流石に冗談では済まなくなるからさ」
あらゆる魔法を使いこなすボードゥアンでも、チャーリー相手では命の危険を感じるらしい。
(さすが兄上……)
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