【完結】田舎育ちの令嬢は王子様を魅了する

五色ひわ

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一章 田舎育ちの令嬢

39.魅了の魔法

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 ディランたちは、しばらく夏期休暇をのんびり過ごした。

 3人での生活になれた頃、ボードゥアンの提案で研究部屋に集まる。本格的に魅了の魔法について調べることになったのだ。

「まずは、自分の意思で魅了の魔法が使えるか試してみよっか」 

 ボードゥアンが、緊張気味なエミリーが落ち着くのを待って、話を切り出す。

「私、魔法は使ったことがないんです。どうすればいいですか?」

「簡単だよ。相手に好きになってもらいたいって強く願えばいいんだ。ディランに向かってやってごらん」

 エミリーが、離れて立っていたディランに視線を向けてくる。そんな説明の後に見られると、ディランは緊張してしまう。

「何で僕?」

「それ、ボクの口から聞きたい?」

 ボードゥアンに意味深な笑顔で言われて、ディランは視線をそらす。ディランは、なんとか動揺を隠そうとしたが、エミリーからは心配するような視線を送られてしまった。

 子供が初めて魔法を発動させるのは、水が飲みたいとか母親に褒められたいとか純粋な望みからだ。つまり、訓練を受けていない人間は、本当に望んでいるときにしか魔法を発動させられない。 

 ボードゥアンは優しいが、何よりも魔法の研究が優先する。ディランの心情は天秤にかけられることなく無視されたようだ。

「じゃあ、やってみて」

 ボードゥアンが軽い口調でエミリーを促すので、ディランはゴクリと唾を飲み込んだ。発動したならば、つまりはディランを魅了したいということで……

「いきます!」

 エミリーは大きな声で宣言してディランを睨みつけた。魅了とは程遠い表情だが、いつもエミリーの周囲を漂っている独特の魔力が、宣言とともに増してきている。ディランが、そんなふうに冷静に分析できたのは最初だけだった。

(エミリーがほしい!)

 ディランは欲望に支配されてエミリーに手をのばす。もうすぐエミリーの肩を掴むというところで、背中にピリリと刺激が走った。ディランが自分に普段からかけている保護魔法が発動したのだ。それでも、抵抗しきれずに、身体が勝手にエミリーへと向かう。

 エミリーは驚いた顔をしているがディランを避けもしないし、魅了の魔法を止めることもしない。初めて魔法を発動させたのだ。動揺して動けなくても無理はない。

(可愛いから何でも許すけど……って、これはまずいな) 

 ディランは理性が吹っ飛びそうになって唇を強く噛む。滲み出た血を利用して最大級の保護魔法を自分にかけ直した。

「エミリーちゃん、もう止めていいよ」

 ボードゥアンの気の抜けた声に反応して、エミリーが力を抜いた。それに伴ってエミリーから漂う魔力も、いつもどおりの濃さに戻る。

 ディランは、それでも魅了の魔法の影響が残っていて、自分の足ではエミリーから離れられない。このままではいけないと、魔法を使って距離をとった。

「そこまでして防ぐことないのに……」

 ボードゥアンはガッカリした様子で無責任な事を呟いている。エミリーはペタンと床に座り込んで真っ赤になっていた。

「ディラン、分かった? これが魅了されるってことだよ」

「十分理解しました」

 ディランは滝のように流れ落ちる汗を拭った。ボードゥアンはディランに魅了状態を分からせるために、エミリーを止めなかったのだろうか。ボードゥアンの澄ました顔からは何も読み取れない。

「エミリー大丈夫? 気持ち悪いとかない?」

「だ、大丈夫です。すみません。腰が抜けました」

「ごめん、僕のせいだよね」

 ディランはエミリーを助け起こすために近づこうとして、身体に残る熱に気づいて立ち止まる。エミリーの信頼を裏切らないためには、近づかない方が良さそうだ。

「汗かいちゃったから、着替えてくるね。師匠、エミリーの事よろしくお願いします」
 
「うん、了解」

 ボードゥアンはディランを揶揄うことなく、あっさりとエミリーを引き受けて、ひらひりと手を振っている。ディランは逃げるように部屋を出て、自分が使っている部屋に戻った。

(エミリーが自分の意志で僕を魅了したってことは……僕にもチャンスがあるって思っていい?)

 冷たいシャワーを浴びて魅了の影響が消えても、ディランが考えるのはエミリーのことだけだった。
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