40 / 115
一章 田舎育ちの令嬢
40.魔道具を試す
しおりを挟む
ディランは自室で十二分に休憩をとって落ち着いてから研究部屋に戻った。部屋にはエミリーの姿はなく、ボードゥアンが一人で仕事をしている。
「あの……エミリーは?」
「エミリーちゃんなら昼食作りに行ってもらったよ。ディランが帰ってこなかったからさ」
「すみません」
ディランは謝りながらも、滲み出る不満を隠しきれなかった。こんな自分は見せたくないので、エミリーがいなくて良かったと思う。
「ディラン落ち着いた?」
ボードゥアンはディランの様子も気にせずヘラリと笑う。今日のボードゥアンは弟を揶揄う悪戯好きの兄といった感じだ。本当の兄がやることに比べたら優しいが、比べる相手が悪い。
「大丈夫ですけど、笑い事じゃないですよ」
「ごめんごめん。とりあえず、魔法を受けた感想を教えてよ。貴重な経験だよ」
ボードゥアンはディランの苦情をサラリと聞き流して本題に入る。ボードゥアンがワクワクした顔でノートを開くので、ディランは仕方なく自分に起こった事を話して聞かせた。
「……といった感じです」
「なるほど、面白いね」
ボードゥアンは熱心にメモを取っている。ディランとしては全然面白くない。
「いや、貴重な体験談を聞けて良かったよ。ボクにもかけてほしいけど、今のエミリーちゃんには難しいだろうからね。残念だな」
「し、師匠……」
ディランは顔を真っ赤にして俯く。魔法を使い慣れないエミリーには意志に反する魔法は出せない。せっかく落ち着いたのに、無意識に煽るような事を言うのはやめてほしい。
「そうだ。エミリーちゃんに協力してもらえたから、魔力吸収の魔道具作りを始めてるよ。今、魔吸草を煮出してるところ」
「は、はい」
ボードゥアンはノートを閉じると、金属製の箱を叩く。魔道具の材料を煮る時に使う魔道具だ。ディランは唐突に話を変えられて慌てるが、なんとか頭を切り替える。
「もう良さそうだね」
ボードゥアンが金属製の箱を開けて、中から小さいバケツを取り出す。湯気のたったバケツから独特の酸っぱい匂いが広がった。
魔力を吸収する魔道具は、魔道士には必須の魔道具なので、効率的な作り方が広まっている。魔道士団にも度々依頼が来るので、その度に効率化が進められてきたのだろう。
金製の腕輪と魔力を吸いたい人間の髪2本を容器に入れて、煮出した魔吸草の液を注ぐ。あとはなるべく新鮮な魔吸草に決められた魔法陣を書いた紙を巻いて、腕輪が魔導具になるまでじっくりゆっくり、半日ほどかけて魔力を注げば……
「はい、完成! 午前中に仕上がって良かったよ」
「はい。師匠、お疲れさまです」
ディランは全然疲れてそうに見えないボードゥアンを労う。半日どころか、ゆで卵ができるより早い。ボードゥアンは、一時期、制作時間短縮が面白くてハマっていたらしい。論文にもなっているが、魔道具製作の技術力や魔力消費などの問題で誰も真似できない。ボードゥアンが天才と言われるのは、このあたりも関係している。
「エミリーちゃんに試すのは、ご飯をゆっくり食べてからにしよう」
「はい」
ディランは片付けを手伝って、ボードゥアンとともに台所へ向かう。エミリーは昼食を作り終えて、台所でお茶を飲んでいた。
「あ、お疲れさまです。今、スープを温め直しますね」
「エ、エミリー。一人で作らせてごめんね」
「い、いえ。気にしないで下さい」
お互いにモジモジするディランとエミリーを、ボードゥアンが微笑ましげに眺めている。助け舟を出してくれる気はなさそうだ。
(うん、知ってた)
ディランは自力で気持ちを立て直して、昼食を終える頃には冷静さを取り戻していた。ボードゥアンの提案で買い置きのチーズケーキを食べてから、研究部屋に戻る。すぐに腕輪を試してもらったが、魅了の魔力に反応はなかった。
「駄目だね」
「す、すみません」
ボードゥアンが難しい顔をするので、エミリーが申しわけなさそうに謝る。
「エミリーのせいじゃないよ」
ディランは考え込んでいるボードゥアンの代わりにエミリーを慰めた。ボードゥアンは研究に没頭しているだけで怒っているわけではない。
その後、ボードゥアンが何度か魔道具を改良してくれたが、良い結果は得られなかった。
「エミリーちゃんは、魔道士適正はなかったんだっけ」
「はい」
「僕が立ち会ったので、それは間違いありません」
「うーん、魅了の魔法を発動させたときには、他の魔法と変わらないと思ったんだけどな」
ボードゥアンがエミリーの手を握ったり離したりして調べていたが、打開策はみつからないようだ。
「師匠、どうしますか?」
「魔力吸収の魔道具は淘汰されていて、昔はいろいろな魔法陣で作ったものがあったらしいから調べてみるしかないかな」
魔力吸収の魔導具が開発されるまでは、魔道士が魔法で吸引して治療していた。その方法は想いの力が素なので個性があり、その魔法から作られた魔道具は、作った魔道士によって性能が違っていたようだ。
魔道具を作るときには魔法陣が現れる。それを魔道士団が書き留めて収集し、効率的に作れて有効性の高い魔法陣を選定した。その結果が今の魔力吸収の魔道具に使われている魔法陣だ。
「魔道士団に資料が残っているでしょうか?」
「研究棟の倉庫を探してみる必要があるね」
非効率な魔法陣の中に、エミリーの魔力でも吸引できるものがあるかもしれない。ディランは、落ち込む時間を与えないボードゥアンを改めて尊敬した。
「あの……エミリーは?」
「エミリーちゃんなら昼食作りに行ってもらったよ。ディランが帰ってこなかったからさ」
「すみません」
ディランは謝りながらも、滲み出る不満を隠しきれなかった。こんな自分は見せたくないので、エミリーがいなくて良かったと思う。
「ディラン落ち着いた?」
ボードゥアンはディランの様子も気にせずヘラリと笑う。今日のボードゥアンは弟を揶揄う悪戯好きの兄といった感じだ。本当の兄がやることに比べたら優しいが、比べる相手が悪い。
「大丈夫ですけど、笑い事じゃないですよ」
「ごめんごめん。とりあえず、魔法を受けた感想を教えてよ。貴重な経験だよ」
ボードゥアンはディランの苦情をサラリと聞き流して本題に入る。ボードゥアンがワクワクした顔でノートを開くので、ディランは仕方なく自分に起こった事を話して聞かせた。
「……といった感じです」
「なるほど、面白いね」
ボードゥアンは熱心にメモを取っている。ディランとしては全然面白くない。
「いや、貴重な体験談を聞けて良かったよ。ボクにもかけてほしいけど、今のエミリーちゃんには難しいだろうからね。残念だな」
「し、師匠……」
ディランは顔を真っ赤にして俯く。魔法を使い慣れないエミリーには意志に反する魔法は出せない。せっかく落ち着いたのに、無意識に煽るような事を言うのはやめてほしい。
「そうだ。エミリーちゃんに協力してもらえたから、魔力吸収の魔道具作りを始めてるよ。今、魔吸草を煮出してるところ」
「は、はい」
ボードゥアンはノートを閉じると、金属製の箱を叩く。魔道具の材料を煮る時に使う魔道具だ。ディランは唐突に話を変えられて慌てるが、なんとか頭を切り替える。
「もう良さそうだね」
ボードゥアンが金属製の箱を開けて、中から小さいバケツを取り出す。湯気のたったバケツから独特の酸っぱい匂いが広がった。
魔力を吸収する魔道具は、魔道士には必須の魔道具なので、効率的な作り方が広まっている。魔道士団にも度々依頼が来るので、その度に効率化が進められてきたのだろう。
金製の腕輪と魔力を吸いたい人間の髪2本を容器に入れて、煮出した魔吸草の液を注ぐ。あとはなるべく新鮮な魔吸草に決められた魔法陣を書いた紙を巻いて、腕輪が魔導具になるまでじっくりゆっくり、半日ほどかけて魔力を注げば……
「はい、完成! 午前中に仕上がって良かったよ」
「はい。師匠、お疲れさまです」
ディランは全然疲れてそうに見えないボードゥアンを労う。半日どころか、ゆで卵ができるより早い。ボードゥアンは、一時期、制作時間短縮が面白くてハマっていたらしい。論文にもなっているが、魔道具製作の技術力や魔力消費などの問題で誰も真似できない。ボードゥアンが天才と言われるのは、このあたりも関係している。
「エミリーちゃんに試すのは、ご飯をゆっくり食べてからにしよう」
「はい」
ディランは片付けを手伝って、ボードゥアンとともに台所へ向かう。エミリーは昼食を作り終えて、台所でお茶を飲んでいた。
「あ、お疲れさまです。今、スープを温め直しますね」
「エ、エミリー。一人で作らせてごめんね」
「い、いえ。気にしないで下さい」
お互いにモジモジするディランとエミリーを、ボードゥアンが微笑ましげに眺めている。助け舟を出してくれる気はなさそうだ。
(うん、知ってた)
ディランは自力で気持ちを立て直して、昼食を終える頃には冷静さを取り戻していた。ボードゥアンの提案で買い置きのチーズケーキを食べてから、研究部屋に戻る。すぐに腕輪を試してもらったが、魅了の魔力に反応はなかった。
「駄目だね」
「す、すみません」
ボードゥアンが難しい顔をするので、エミリーが申しわけなさそうに謝る。
「エミリーのせいじゃないよ」
ディランは考え込んでいるボードゥアンの代わりにエミリーを慰めた。ボードゥアンは研究に没頭しているだけで怒っているわけではない。
その後、ボードゥアンが何度か魔道具を改良してくれたが、良い結果は得られなかった。
「エミリーちゃんは、魔道士適正はなかったんだっけ」
「はい」
「僕が立ち会ったので、それは間違いありません」
「うーん、魅了の魔法を発動させたときには、他の魔法と変わらないと思ったんだけどな」
ボードゥアンがエミリーの手を握ったり離したりして調べていたが、打開策はみつからないようだ。
「師匠、どうしますか?」
「魔力吸収の魔道具は淘汰されていて、昔はいろいろな魔法陣で作ったものがあったらしいから調べてみるしかないかな」
魔力吸収の魔導具が開発されるまでは、魔道士が魔法で吸引して治療していた。その方法は想いの力が素なので個性があり、その魔法から作られた魔道具は、作った魔道士によって性能が違っていたようだ。
魔道具を作るときには魔法陣が現れる。それを魔道士団が書き留めて収集し、効率的に作れて有効性の高い魔法陣を選定した。その結果が今の魔力吸収の魔道具に使われている魔法陣だ。
「魔道士団に資料が残っているでしょうか?」
「研究棟の倉庫を探してみる必要があるね」
非効率な魔法陣の中に、エミリーの魔力でも吸引できるものがあるかもしれない。ディランは、落ち込む時間を与えないボードゥアンを改めて尊敬した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】べつに平凡な令嬢……のはずなのに、なにかと殿下に可愛がれているんです
朝日みらい
恋愛
アシェリー・へーボンハスは平凡な公爵令嬢である。
取り立てて人目を惹く容姿でもないし……令嬢らしくちゃんと着飾っている、普通の令嬢の内の1人である。
フィリップ・デーニッツ王太子殿下に密かに憧れているが、会ったのは宴会の席であいさつした程度で、
王太子妃候補になれるほど家格は高くない。
本人も素敵な王太子殿下との恋を夢見るだけで、自分の立場はキチンと理解しているつもり。
だから、まさか王太子殿下に嫁ぐなんて夢にも思わず、王妃教育も怠けている。
そんなアシェリーが、宮廷内の貴重な蔵書をたくさん読めると、軽い気持ちで『次期王太子妃の婚約選考会』に参加してみたら、なんと王太子殿下に見初められ…。
王妃候補として王宮に住み始めたアシュリーの、まさかのアツアツの日々が始まる?!
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~
めもぐあい
恋愛
イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。
成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。
だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。
そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。
ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~
白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。
父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。
財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。
それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。
「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」
覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる