【完結】田舎育ちの令嬢は王子様を魅了する

五色ひわ

文字の大きさ
72 / 115
二章 誘惑の秘宝と王女の日記

25.兄からの依頼

しおりを挟む
 ディランは、トーマスたちと歩きながら廊下でルークの部下と、城の外で秘密部隊とそれぞれ合流した。ディランは秘密部隊を警戒するルークの部下たちを宥めながら歩き、カランセ伯爵軍が殺気立って見守る中、城門を出る。

「この部隊をまとめているイチと申します。殿下、うちの部下の縄を解いていただいてもよろしいですか?」

「まぁ、いいよ」
 
 ディランが森の中で捉えた男は、ルークの部下の一人が縄で縛ったまま連れてきている。ディランがその者に視線を送ると、不満そうな顔をしながら縄を解いた。

「では、宿までご案内いたします」

 秘密部隊の人間はディランが視線を外している間に近衛騎士から町人の姿に着替えたようだ。馬を調達してくると言われたが、待っているより早いのでそのまま皆で歩いて街に入る。

 彼らが拠点にしている宿は中心街から外れたところにあった。部屋に落ち着くと、秘密部隊の人間が改めて自己紹介をはじめる。とは言っても、それぞれイチ、ニー、サン、シーと名乗ったのでディランは呆れてしまう。偽名にしても、少し捻って欲しいところだ。ちなみに、森で捉えた男がシーで一番下っ端らしい。

「覚えやすくていいだろう? こいつ等、毎回名前が変わるから、覚えるの大変なんだよ」

「そういう事ね」

 今回はトーマスが覚えられる名前にしたらしい。トーマスがヘラヘラと笑う横で、イチが微妙な顔をしている。

「さっそくですが、殿下にはエビネ伯爵領に我々とともに向かっていただきたいと思っています」

 話を脱線させそうなトーマスを黙らせて、イチがチャーリーからの依頼を説明する。

 エビネ伯爵領とは、ディランがいずれ貰うことになっている王家の直轄領の隣にある領地だ。エビネ伯爵はディランにやたらと接触を取りたがる珍しい人物で、ディランを王太子にしようと目論む、いわゆるディラン派であると言われている。

「何があったの?」

「ここ数年、あの領地で旅人や出稼ぎ労働者が姿を消しているようなのです」

 エビネ伯爵が何も対処しないので、チャーリーの指示で調査が行われた。その結果、秘密部隊でボロボロの状態の人間を1名保護したようだ。

「保護された人間の話から推測すると、姿を消した者たちは誘拐されて魅了状態にされている可能性が高いと思われます。そこで、魔道士であるディラン殿下にご協力いただけないかと思い、こちらに参りました」

 被害者はエビネ伯爵領に入って仕事を紹介してもらったあとの記憶が曖昧らしい。仕事を紹介した人物とも酒場で出会っただけなので顔も覚えておらず、探し出せていないようだ。

「保護した場所の周辺も探しましたが、監禁場所は分かっていません。おそらく、労働力として使いつぶして動けなくなった者を、離れた場所に捨てたのだと思われます」

「状況から魅了状態にされている可能性は高いにしても、ディラン殿下が自ら捜査に参加すべき明確な理由が見えないな。お前たちの中にも魔道士はいるだろう?」

 ディランの隣に座るルークがイチを睨みつける。単純な『誘惑の秘宝』関連の事件のようだし、ディランもルークの言うように秘密部隊だけで十分解決できると思う。ただ……

「ルーク、兄上が指示したんだ。彼らにはどうすることもできないよ。僕が引き受けるしかない」

「察していただけて助かります」

「しかし……」

 ルークはまだ納得できないようだ。口を割れとばかりにトーマス以外の4人を順番に睨みつけている。確かに何か裏がありそうだが、もしそうなら、ここで断るともっと面倒なことになるとディランは経験から知っている。

「僕とルークがいると分かっていて兄上が送り込んできた人間だよ。魔法でひどい尋問をしても口を割らないだろうし、睨んでもしょうがないよ」

「やって見ないと分からないのでは?」

 ルークが拳を握ってニヤリと笑う。ルークは冗談のフリをしているが、ディランが許可すれば、躊躇なく尋問をはじめることだろう。イチは平然としているが、後ろに控えるシーの顔が強張っている。

(尋問するならシーかな……って、違う違う)

 ディランは頭を振って物騒な考えを追い出す。ルークとイチが牽制し合う横で、ディランは依頼を受けた場合のことに頭を移した。

「そういえば、調査には道具が必要だよ。一度、王都に戻ってもいいかな?」

 エビネ伯爵領はカランセ伯爵領から直接行った方が近いが、身分を隠して動くなら王族には起こり得ない危険も伴う。準備は念入りにしたいところだ。

 今回の旅の目的は婚約者の家族への挨拶だったので、貴族らしい服装しか用意していない。ディランは心象を悪くしたくなかったので、武器も護身用しか持ち込んでいなかった。

「それでしたら、こちらに」

 今まで黙っていたニーが見覚えのあるリュックサックを机の上に置く。どう見ても王宮の私室に置いてあったディランの私物だ。

「僕の部屋に入ったんだね」

「チャーリー殿下から許可をいただきましたので」

「そう」

 ディランは小さくため息をつく。なぜ、チャーリーの許可でディランの部屋に入って良いと思ったのかについては突っ込むのも面倒だ。

 リュックの中には、チャーリーの仕事を手伝うときの『ディーン』の身分証がいくつか入っていた。服や小道具とセットで旅人、文官、騎士の物があるので、今回はこの3つの身分が必要になるということだろう。加えて、ディランの本来の身分に相応しい軍服も入っている。

 小ぶりのリュックであるが魔道具なので見た目より容量はずっと大きく、服にシワひとつ入っていない。ディランは確認を終えると、荷物の出し入れで消費した魔力をリュックに補充した。

「出発は明日でいいかな? 婚約者に戻るって言っちゃったんだ」

「それで構いません」

「では、明日に」

 ディランはルークたち護衛と共に宿を出る。トーマスだけなら伯爵家に泊まることも可能だろうが、堅苦しいのは苦手だと言うので宿で別れた。さすがに秘密部隊による尾行はなさそうだ。

「ルーク、エミリーの護衛よろしくね。エミリーに予定を決めてもらって、学院の寮まで送り届けてくれる?」

 本当はディランが戻るまで伯爵領に留まってほしいが、他の生徒から魅了の件で謹慎していると思われても困る。目に見える危険があるわけではないので、どちらがエミリーのためになるのか難しいところだ。

「それは、部下に任せてもよろしいですか? なんか嫌な感じがするんです。私は殿下についていきます」

 ルークが懇願するように見てくるが、ディランはゆっくりと首を振る。

「ごめん。それなら、なおさらルークにはエミリーの護衛をしてほしいな。王都についてからも気にかけておいてもらえる? 僕が安心して仕事に集中するためだから、お願いできるよね?」

「畏まりました」

「うん、よろしくね」

 ディランが命令するように言うとルークは渋々頷く。ディランは何が起ころうと自分の身は自分で護れる。ルークがエミリーのそばに居てくれるなら、安心してチャーリーの無茶ぶりに応えられそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】べつに平凡な令嬢……のはずなのに、なにかと殿下に可愛がれているんです

朝日みらい
恋愛
アシェリー・へーボンハスは平凡な公爵令嬢である。 取り立てて人目を惹く容姿でもないし……令嬢らしくちゃんと着飾っている、普通の令嬢の内の1人である。 フィリップ・デーニッツ王太子殿下に密かに憧れているが、会ったのは宴会の席であいさつした程度で、 王太子妃候補になれるほど家格は高くない。 本人も素敵な王太子殿下との恋を夢見るだけで、自分の立場はキチンと理解しているつもり。 だから、まさか王太子殿下に嫁ぐなんて夢にも思わず、王妃教育も怠けている。 そんなアシェリーが、宮廷内の貴重な蔵書をたくさん読めると、軽い気持ちで『次期王太子妃の婚約選考会』に参加してみたら、なんと王太子殿下に見初められ…。 王妃候補として王宮に住み始めたアシュリーの、まさかのアツアツの日々が始まる?!

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~

めもぐあい
恋愛
 イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。  成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。  だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。  そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。   ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

皇帝陛下の愛娘は今日も無邪気に笑う

下菊みこと
恋愛
愛娘にしか興味ない冷血の皇帝のお話。 小説家になろう様でも掲載しております。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

処理中です...