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二章 誘惑の秘宝と王女の日記
25.兄からの依頼
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ディランは、トーマスたちと歩きながら廊下でルークの部下と、城の外で秘密部隊とそれぞれ合流した。ディランは秘密部隊を警戒するルークの部下たちを宥めながら歩き、カランセ伯爵軍が殺気立って見守る中、城門を出る。
「この部隊をまとめているイチと申します。殿下、うちの部下の縄を解いていただいてもよろしいですか?」
「まぁ、いいよ」
ディランが森の中で捉えた男は、ルークの部下の一人が縄で縛ったまま連れてきている。ディランがその者に視線を送ると、不満そうな顔をしながら縄を解いた。
「では、宿までご案内いたします」
秘密部隊の人間はディランが視線を外している間に近衛騎士から町人の姿に着替えたようだ。馬を調達してくると言われたが、待っているより早いのでそのまま皆で歩いて街に入る。
彼らが拠点にしている宿は中心街から外れたところにあった。部屋に落ち着くと、秘密部隊の人間が改めて自己紹介をはじめる。とは言っても、それぞれイチ、ニー、サン、シーと名乗ったのでディランは呆れてしまう。偽名にしても、少し捻って欲しいところだ。ちなみに、森で捉えた男がシーで一番下っ端らしい。
「覚えやすくていいだろう? こいつ等、毎回名前が変わるから、覚えるの大変なんだよ」
「そういう事ね」
今回はトーマスが覚えられる名前にしたらしい。トーマスがヘラヘラと笑う横で、イチが微妙な顔をしている。
「さっそくですが、殿下にはエビネ伯爵領に我々とともに向かっていただきたいと思っています」
話を脱線させそうなトーマスを黙らせて、イチがチャーリーからの依頼を説明する。
エビネ伯爵領とは、ディランがいずれ貰うことになっている王家の直轄領の隣にある領地だ。エビネ伯爵はディランにやたらと接触を取りたがる珍しい人物で、ディランを王太子にしようと目論む、いわゆるディラン派であると言われている。
「何があったの?」
「ここ数年、あの領地で旅人や出稼ぎ労働者が姿を消しているようなのです」
エビネ伯爵が何も対処しないので、チャーリーの指示で調査が行われた。その結果、秘密部隊でボロボロの状態の人間を1名保護したようだ。
「保護された人間の話から推測すると、姿を消した者たちは誘拐されて魅了状態にされている可能性が高いと思われます。そこで、魔道士であるディラン殿下にご協力いただけないかと思い、こちらに参りました」
被害者はエビネ伯爵領に入って仕事を紹介してもらったあとの記憶が曖昧らしい。仕事を紹介した人物とも酒場で出会っただけなので顔も覚えておらず、探し出せていないようだ。
「保護した場所の周辺も探しましたが、監禁場所は分かっていません。おそらく、労働力として使いつぶして動けなくなった者を、離れた場所に捨てたのだと思われます」
「状況から魅了状態にされている可能性は高いにしても、ディラン殿下が自ら捜査に参加すべき明確な理由が見えないな。お前たちの中にも魔道士はいるだろう?」
ディランの隣に座るルークがイチを睨みつける。単純な『誘惑の秘宝』関連の事件のようだし、ディランもルークの言うように秘密部隊だけで十分解決できると思う。ただ……
「ルーク、兄上が指示したんだ。彼らにはどうすることもできないよ。僕が引き受けるしかない」
「察していただけて助かります」
「しかし……」
ルークはまだ納得できないようだ。口を割れとばかりにトーマス以外の4人を順番に睨みつけている。確かに何か裏がありそうだが、もしそうなら、ここで断るともっと面倒なことになるとディランは経験から知っている。
「僕とルークがいると分かっていて兄上が送り込んできた人間だよ。魔法でひどい尋問をしても口を割らないだろうし、睨んでもしょうがないよ」
「やって見ないと分からないのでは?」
ルークが拳を握ってニヤリと笑う。ルークは冗談のフリをしているが、ディランが許可すれば、躊躇なく尋問をはじめることだろう。イチは平然としているが、後ろに控えるシーの顔が強張っている。
(尋問するならシーかな……って、違う違う)
ディランは頭を振って物騒な考えを追い出す。ルークとイチが牽制し合う横で、ディランは依頼を受けた場合のことに頭を移した。
「そういえば、調査には道具が必要だよ。一度、王都に戻ってもいいかな?」
エビネ伯爵領はカランセ伯爵領から直接行った方が近いが、身分を隠して動くなら王族には起こり得ない危険も伴う。準備は念入りにしたいところだ。
今回の旅の目的は婚約者の家族への挨拶だったので、貴族らしい服装しか用意していない。ディランは心象を悪くしたくなかったので、武器も護身用しか持ち込んでいなかった。
「それでしたら、こちらに」
今まで黙っていたニーが見覚えのあるリュックサックを机の上に置く。どう見ても王宮の私室に置いてあったディランの私物だ。
「僕の部屋に入ったんだね」
「チャーリー殿下から許可をいただきましたので」
「そう」
ディランは小さくため息をつく。なぜ、チャーリーの許可でディランの部屋に入って良いと思ったのかについては突っ込むのも面倒だ。
リュックの中には、チャーリーの仕事を手伝うときの『ディーン』の身分証がいくつか入っていた。服や小道具とセットで旅人、文官、騎士の物があるので、今回はこの3つの身分が必要になるということだろう。加えて、ディランの本来の身分に相応しい軍服も入っている。
小ぶりのリュックであるが魔道具なので見た目より容量はずっと大きく、服にシワひとつ入っていない。ディランは確認を終えると、荷物の出し入れで消費した魔力をリュックに補充した。
「出発は明日でいいかな? 婚約者に戻るって言っちゃったんだ」
「それで構いません」
「では、明日に」
ディランはルークたち護衛と共に宿を出る。トーマスだけなら伯爵家に泊まることも可能だろうが、堅苦しいのは苦手だと言うので宿で別れた。さすがに秘密部隊による尾行はなさそうだ。
「ルーク、エミリーの護衛よろしくね。エミリーに予定を決めてもらって、学院の寮まで送り届けてくれる?」
本当はディランが戻るまで伯爵領に留まってほしいが、他の生徒から魅了の件で謹慎していると思われても困る。目に見える危険があるわけではないので、どちらがエミリーのためになるのか難しいところだ。
「それは、部下に任せてもよろしいですか? なんか嫌な感じがするんです。私は殿下についていきます」
ルークが懇願するように見てくるが、ディランはゆっくりと首を振る。
「ごめん。それなら、なおさらルークにはエミリーの護衛をしてほしいな。王都についてからも気にかけておいてもらえる? 僕が安心して仕事に集中するためだから、お願いできるよね?」
「畏まりました」
「うん、よろしくね」
ディランが命令するように言うとルークは渋々頷く。ディランは何が起ころうと自分の身は自分で護れる。ルークがエミリーのそばに居てくれるなら、安心してチャーリーの無茶ぶりに応えられそうだ。
「この部隊をまとめているイチと申します。殿下、うちの部下の縄を解いていただいてもよろしいですか?」
「まぁ、いいよ」
ディランが森の中で捉えた男は、ルークの部下の一人が縄で縛ったまま連れてきている。ディランがその者に視線を送ると、不満そうな顔をしながら縄を解いた。
「では、宿までご案内いたします」
秘密部隊の人間はディランが視線を外している間に近衛騎士から町人の姿に着替えたようだ。馬を調達してくると言われたが、待っているより早いのでそのまま皆で歩いて街に入る。
彼らが拠点にしている宿は中心街から外れたところにあった。部屋に落ち着くと、秘密部隊の人間が改めて自己紹介をはじめる。とは言っても、それぞれイチ、ニー、サン、シーと名乗ったのでディランは呆れてしまう。偽名にしても、少し捻って欲しいところだ。ちなみに、森で捉えた男がシーで一番下っ端らしい。
「覚えやすくていいだろう? こいつ等、毎回名前が変わるから、覚えるの大変なんだよ」
「そういう事ね」
今回はトーマスが覚えられる名前にしたらしい。トーマスがヘラヘラと笑う横で、イチが微妙な顔をしている。
「さっそくですが、殿下にはエビネ伯爵領に我々とともに向かっていただきたいと思っています」
話を脱線させそうなトーマスを黙らせて、イチがチャーリーからの依頼を説明する。
エビネ伯爵領とは、ディランがいずれ貰うことになっている王家の直轄領の隣にある領地だ。エビネ伯爵はディランにやたらと接触を取りたがる珍しい人物で、ディランを王太子にしようと目論む、いわゆるディラン派であると言われている。
「何があったの?」
「ここ数年、あの領地で旅人や出稼ぎ労働者が姿を消しているようなのです」
エビネ伯爵が何も対処しないので、チャーリーの指示で調査が行われた。その結果、秘密部隊でボロボロの状態の人間を1名保護したようだ。
「保護された人間の話から推測すると、姿を消した者たちは誘拐されて魅了状態にされている可能性が高いと思われます。そこで、魔道士であるディラン殿下にご協力いただけないかと思い、こちらに参りました」
被害者はエビネ伯爵領に入って仕事を紹介してもらったあとの記憶が曖昧らしい。仕事を紹介した人物とも酒場で出会っただけなので顔も覚えておらず、探し出せていないようだ。
「保護した場所の周辺も探しましたが、監禁場所は分かっていません。おそらく、労働力として使いつぶして動けなくなった者を、離れた場所に捨てたのだと思われます」
「状況から魅了状態にされている可能性は高いにしても、ディラン殿下が自ら捜査に参加すべき明確な理由が見えないな。お前たちの中にも魔道士はいるだろう?」
ディランの隣に座るルークがイチを睨みつける。単純な『誘惑の秘宝』関連の事件のようだし、ディランもルークの言うように秘密部隊だけで十分解決できると思う。ただ……
「ルーク、兄上が指示したんだ。彼らにはどうすることもできないよ。僕が引き受けるしかない」
「察していただけて助かります」
「しかし……」
ルークはまだ納得できないようだ。口を割れとばかりにトーマス以外の4人を順番に睨みつけている。確かに何か裏がありそうだが、もしそうなら、ここで断るともっと面倒なことになるとディランは経験から知っている。
「僕とルークがいると分かっていて兄上が送り込んできた人間だよ。魔法でひどい尋問をしても口を割らないだろうし、睨んでもしょうがないよ」
「やって見ないと分からないのでは?」
ルークが拳を握ってニヤリと笑う。ルークは冗談のフリをしているが、ディランが許可すれば、躊躇なく尋問をはじめることだろう。イチは平然としているが、後ろに控えるシーの顔が強張っている。
(尋問するならシーかな……って、違う違う)
ディランは頭を振って物騒な考えを追い出す。ルークとイチが牽制し合う横で、ディランは依頼を受けた場合のことに頭を移した。
「そういえば、調査には道具が必要だよ。一度、王都に戻ってもいいかな?」
エビネ伯爵領はカランセ伯爵領から直接行った方が近いが、身分を隠して動くなら王族には起こり得ない危険も伴う。準備は念入りにしたいところだ。
今回の旅の目的は婚約者の家族への挨拶だったので、貴族らしい服装しか用意していない。ディランは心象を悪くしたくなかったので、武器も護身用しか持ち込んでいなかった。
「それでしたら、こちらに」
今まで黙っていたニーが見覚えのあるリュックサックを机の上に置く。どう見ても王宮の私室に置いてあったディランの私物だ。
「僕の部屋に入ったんだね」
「チャーリー殿下から許可をいただきましたので」
「そう」
ディランは小さくため息をつく。なぜ、チャーリーの許可でディランの部屋に入って良いと思ったのかについては突っ込むのも面倒だ。
リュックの中には、チャーリーの仕事を手伝うときの『ディーン』の身分証がいくつか入っていた。服や小道具とセットで旅人、文官、騎士の物があるので、今回はこの3つの身分が必要になるということだろう。加えて、ディランの本来の身分に相応しい軍服も入っている。
小ぶりのリュックであるが魔道具なので見た目より容量はずっと大きく、服にシワひとつ入っていない。ディランは確認を終えると、荷物の出し入れで消費した魔力をリュックに補充した。
「出発は明日でいいかな? 婚約者に戻るって言っちゃったんだ」
「それで構いません」
「では、明日に」
ディランはルークたち護衛と共に宿を出る。トーマスだけなら伯爵家に泊まることも可能だろうが、堅苦しいのは苦手だと言うので宿で別れた。さすがに秘密部隊による尾行はなさそうだ。
「ルーク、エミリーの護衛よろしくね。エミリーに予定を決めてもらって、学院の寮まで送り届けてくれる?」
本当はディランが戻るまで伯爵領に留まってほしいが、他の生徒から魅了の件で謹慎していると思われても困る。目に見える危険があるわけではないので、どちらがエミリーのためになるのか難しいところだ。
「それは、部下に任せてもよろしいですか? なんか嫌な感じがするんです。私は殿下についていきます」
ルークが懇願するように見てくるが、ディランはゆっくりと首を振る。
「ごめん。それなら、なおさらルークにはエミリーの護衛をしてほしいな。王都についてからも気にかけておいてもらえる? 僕が安心して仕事に集中するためだから、お願いできるよね?」
「畏まりました」
「うん、よろしくね」
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