【完結】田舎育ちの令嬢は王子様を魅了する

五色ひわ

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二章 誘惑の秘宝と王女の日記

33.隠れ里の現状

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 ディランたちはトーマスの回復を待って、アングレカム伯爵領に移動した。領内で一番大きな街に入ると、酒場で聞き込みをはじめる。

 エビネ伯爵邸で得た情報だけでは、『隠れ里』が名前の通り村のようなものなのか、組織の呼び名なのかも分からない。潜入前同様、地道な捜査が必要になるはずだと思っていた。ところが……

「ああ、知ってるよ。怪しい商売をしていた奴らだろう?」
「今まで散々悪さしておいて、助けを求めて来るんだから笑っちゃうよな」

「「……」」

 『隠れ里』は一つも隠れていなかった。街の人は、ガラの悪い連中が領内に住み着いて、ずっと不安に思いながらも何もできずにいたらしい。

 それなのに、突然この街に傷だらけで助けを求めて来たというのだから、偶然居合わせた人は怖かっただろう。『隠れ里』の住民は、今も大きな病院に入院中のようだ。

 アングレカム伯爵は街の人の不安の声を聞いても、全く動いていなかった。街に『隠れ里』の者たちが逃げ込んできているし、その状況下でも未だに罪に対する調査が行われていない。それらのことから考えて、アングレカム伯爵も捜査すべきだろう。

「ディーン、とりあえず病院に行ってみないか?」

「それがいいね」

 ディランたちは、騎士団の制服に着替えて、ぞろぞろと病院に向かう。

「入院患者にそんなやつはいない。さっさと帰れ」

 ディランは、病院のスタッフと言うよりはゴロツキに近い男たちに静止された。この病院もアングレカム伯爵に関係がある施設だ。そのため、騎士団相手にも強気に出れるのだろう。実際は、本物の騎士団ではないので、対応は間違っていない。

「やっちゃうか?」

 トーマスが嬉しそうに拳を握るが、ディランは首を振る。今のところトーマスは魅了状態になっていただけなので、暴れたりないのだろう。

「『正式な手順』をとって、それでも駄目ならトーマスに任せるよ」

 トーマスの暴走を抑えたディランたちは、宿に戻って『正式な』書類を作り上げた。王子であるディランが作るのだから、偽物であって偽物でない。

「ディラン・シクノチェス殿下の命により病院を改める。これより、我々の行動を妨害する者は拘束されていただく。妙な態度を取れば、シクノチェス王家への不敬と取るぞ」

 ディランは自分の名前を盾に、本来の身分のときに着る質の良い軍服で病院にズカズカと入っていく。名前が書かれているのは文具店で買ったばかりのペラペラの紙だが仕方ない。

(せめて、読み上げるのは別の人がやってほしかったな)

 トーマスは笑いを堪えているし、なんとなく締まらない。

 奥にいた看護師らしい男性に案内をお願いして、『隠れ里』の住民の入院する一角にディランたちは向かった。扉を開けると大部屋にベッドが敷き詰められている。

 数人は未だに意識不明のようだが、他の住民は怪我のわりには元気がいい。

「我々は被害者です。銀髪の女にやられたんだ。あの女を見つけて捕まえてください!」
「突然やってきて、笑顔で攻撃してきたんだぞ!」
「あんな背の高い女がいるかよ。男だよ。若い男の魔道士だ」
「ニコニコと笑いながら人を痛めつける恐ろしい魔女だ!」

 ディランは住民たちの証言に苦笑する。魔道士、銀髪、背が高い、男か女か分からない……。この特徴に当てはまる人物を一人だけ知っている。その者はここにいる人間を簡単に制圧できるし、『誘惑の秘宝』の原料である魅惑草を大量に持っていた。

(師匠か……)

 トーマスやイチたちもディランの方をチラチラ見ているので、同じことを思っているのだろう。師匠が魅惑草欲しさに犯罪組織を崩壊させた。おそらく、意識のない人間が魔道具を作っていた魔道士なのだろう。

「君たちが誰に襲われたかなんてどうでもいいよ。僕らが知りたいのは『隠れ里』の場所と君たちが作っていた魔道具についてだけだ」

「なんのことですか?」

「とぼけると安全は保証できないよ」

 ディランはボードゥアンが得意とする魔法を見た目だけ再現する。殺傷能力はないが、住民たちの顔からサッと血の気がひいた。

「ち、地図はお持ちですか? すぐに場所をお教えします」

「イチ、お願い」

「お任せください」

 イチが地図を広げ、住民たちから話を聞き始めた。ニーは住民たちを連行する人員を集めるため、病室を出ていく。

「さすがはチャーリー殿下の弟。力で解決するなら、俺がやりたかったな」

 トーマスが何か言っているが、ディランは聞かなかったことにした。


 翌日、ディランたちは『隠れ里』に向かった。魅惑草が育てられていたと思われる場所は焼け野原になっている。『誘惑の秘宝』を作っていた証拠は燃えてしまったと落胆しかけたところで、頭の上から証拠が降ってきた。魔道士団でよく使われる伝言魔法の一種だ。ディランの魔力に反応して落ちてきたのだから、誰の仕業かは言うまでもない。

 この事件に銀髪の魔道士の話を持ち出せば面倒が増えるだけだ。隠れ里の住民が証拠隠滅のために自分たちで田畑を焼き、怪我も仲間割れが原因だと結論付けてしまえば良いだろう。犯罪者に罪が一つ増えようと、ディランはこの際気にしない。

 ボードゥアンにはディランから一言だけ言わせてもらうことにしよう。今回の事件にディランが参加させられたのは、それが理由かもしれない。


 二章 終
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