90 / 115
終章 王子様の決断
9.儀式
しおりを挟む
朝になって、ディランは呼びに来たハリソンとともに魔道士団の団長室に向かった。魔道士団長から次期魔道士団長候補の指名を受けるためだ。
「ディラン殿下、お待ちしておりました」
「お久しぶりです。朝早くにお時間いただいて申し訳ありません」
「お気になされずに」
久しぶりに会う団長は顔色が悪く、椅子から立ち上がるのも大変そうだった。面会をほとんど秘書に任せているのも頷ける。
指名の際に使う魔道具にも通例とは異なり、団長ではなくディランが自分で魔法を込めた。団長がその魔道具を一振りすると魔法陣がディランの足元に浮かび上がり、ディランの肩に魔道士団を表す紋章が刻まれる。
「これって、指名が解除されたら消えますか?」
「はい、もちろんです。ただ、指名が解除されるのは新しい団長に代わったときだけですので……ディラン殿下の場合は、殿下が魔道士団長になったときですね」
ディランがシャツをめくって紋章を確認していると、魔道士団長がのんびりとした口調で伝えてくる。ディランが顔を上げると、団長は一見するとただの優しい紳士のように微笑んでいたが、この獲物は絶対に逃さないと言うような雰囲気を感じた。
(兄上や父上と同じ人種みたいだね)
団長は魔力が強く身分もあるディランを後継者にしたいのだろう。後継者がボードゥアンしかいないと聞いたときから嫌な予感はしていた。それでも、この状況を避けなかったのは、逃げても意味がないと悟っていたからだ。
(もう少し覚悟をする時間がほしいな)
ディランは明言を避けて、ハリソンとともに魔道士団をあとにした。
「次は追跡の権限を得るため、王太子殿下の謁見室にお願いします」
「うん」
ディランはハリソンの誘導に応じて謁見室に入る。そこには、国王、王太子、王太子妃が待っていた。
「あれ、兄上はいらっしゃらないのですか?」
追跡の権限を得るには王族3人の承認が必要だが、もちろんその一人がチャーリーでも問題ない。この3人を呼び出す手間を考えれば、チャーリー自身も加わった方が楽なはずだ。
「チャーリーは熱を出して倒れたから、部屋で休ませている」
「頬が腫れる病気の後遺症だと、本人は言っておりましたわ」
王太子の言葉に、王太子妃が笑顔で補足する。
(怪我のせいで発熱したってこと!?)
ディランは青くなるが、3人とも余裕の表情だ。
「ディラン、次からは見えないところにしろ。チャーリーが王太子になったら公務の欠席は難しい」
「へ!?」
国王がニヤリと笑うので、ディランは狼狽える。チャーリーが話したとは思えないが、すべて知られているようだ。
「気にするな。あいつには良い薬だ」
「そんなことより、早く始めましょう。シャーロットちゃんの苦労が無駄になってしまうわ」
「そうだな」
王太子妃は大切な息子が異母弟に傷つけられたのに、『そんなことより』とサラリと流す。この人たちには敵わないとディランは黙って頭を下げた。
「ディラン、そこに座りなさい」
「は、はい」
謁見室の中央には見慣れぬ椅子がおいてある。ディランが座るとたくさんの人の魔力を感じた。
承認に使う特別な椅子なので、歴代の魔道士団長の魔力が込められているのだろう。ディランは温かい魔力に包まれて静かに瞳を閉じた。
〈〈我々はシクノチェスの名を持つ者なり。魔道士団を率いてきた者たちよ。この者、ディラン・シクノチェスに魔道士団を率いる力を与えよ〉〉
3人が同時に唱えると、ディランは光に包まれる。その光が、ディランの中に吸い込まれるように消えていった。
「これで魔道士団長の権限を行使できるようになったはずだ」
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことではない。しっかり励めよ。これも渡しておく」
王太子がディランの右手をとって中指に指輪をはめる。魔道士団の紋章が入った指輪は、ディランの中指に合わせて縮みピッタリとはまった。
「これが『鍵』ですか?」
「『鍵』はこっちだ」
今度は、王太子がチェーンのついた指輪を取り出してディランの首にかける。
「これって……」
ディランは自分の胸元に輝く見慣れた指輪に驚いた。大きな蘭が印象的な指輪は、チャーリーの印章指輪だ。
「伴侶の指輪が『鍵』になる」
「夫婦2人が同時に捕まったときには、どうするんですか?」
「他に『鍵』になるほど思い入れを持っている王族がいれば、その者の印章指輪が『鍵』になる。いなければ助ける理由も無かろう」
国王の言葉にディランは苦笑する。シクノチェス王家の血は厳しく冷たいものだ。何度も同族で争ってきたので、自分が捕らわれたときの心配より居場所を知られて暗殺されることを恐れたのだろう。
チャーリーの印章指輪はディランが捕らわれたときにも『鍵』になるだろうか。ディランはそんなことを考えながら、美しい指輪を見ていた。
「ディラン殿下、お待ちしておりました」
「お久しぶりです。朝早くにお時間いただいて申し訳ありません」
「お気になされずに」
久しぶりに会う団長は顔色が悪く、椅子から立ち上がるのも大変そうだった。面会をほとんど秘書に任せているのも頷ける。
指名の際に使う魔道具にも通例とは異なり、団長ではなくディランが自分で魔法を込めた。団長がその魔道具を一振りすると魔法陣がディランの足元に浮かび上がり、ディランの肩に魔道士団を表す紋章が刻まれる。
「これって、指名が解除されたら消えますか?」
「はい、もちろんです。ただ、指名が解除されるのは新しい団長に代わったときだけですので……ディラン殿下の場合は、殿下が魔道士団長になったときですね」
ディランがシャツをめくって紋章を確認していると、魔道士団長がのんびりとした口調で伝えてくる。ディランが顔を上げると、団長は一見するとただの優しい紳士のように微笑んでいたが、この獲物は絶対に逃さないと言うような雰囲気を感じた。
(兄上や父上と同じ人種みたいだね)
団長は魔力が強く身分もあるディランを後継者にしたいのだろう。後継者がボードゥアンしかいないと聞いたときから嫌な予感はしていた。それでも、この状況を避けなかったのは、逃げても意味がないと悟っていたからだ。
(もう少し覚悟をする時間がほしいな)
ディランは明言を避けて、ハリソンとともに魔道士団をあとにした。
「次は追跡の権限を得るため、王太子殿下の謁見室にお願いします」
「うん」
ディランはハリソンの誘導に応じて謁見室に入る。そこには、国王、王太子、王太子妃が待っていた。
「あれ、兄上はいらっしゃらないのですか?」
追跡の権限を得るには王族3人の承認が必要だが、もちろんその一人がチャーリーでも問題ない。この3人を呼び出す手間を考えれば、チャーリー自身も加わった方が楽なはずだ。
「チャーリーは熱を出して倒れたから、部屋で休ませている」
「頬が腫れる病気の後遺症だと、本人は言っておりましたわ」
王太子の言葉に、王太子妃が笑顔で補足する。
(怪我のせいで発熱したってこと!?)
ディランは青くなるが、3人とも余裕の表情だ。
「ディラン、次からは見えないところにしろ。チャーリーが王太子になったら公務の欠席は難しい」
「へ!?」
国王がニヤリと笑うので、ディランは狼狽える。チャーリーが話したとは思えないが、すべて知られているようだ。
「気にするな。あいつには良い薬だ」
「そんなことより、早く始めましょう。シャーロットちゃんの苦労が無駄になってしまうわ」
「そうだな」
王太子妃は大切な息子が異母弟に傷つけられたのに、『そんなことより』とサラリと流す。この人たちには敵わないとディランは黙って頭を下げた。
「ディラン、そこに座りなさい」
「は、はい」
謁見室の中央には見慣れぬ椅子がおいてある。ディランが座るとたくさんの人の魔力を感じた。
承認に使う特別な椅子なので、歴代の魔道士団長の魔力が込められているのだろう。ディランは温かい魔力に包まれて静かに瞳を閉じた。
〈〈我々はシクノチェスの名を持つ者なり。魔道士団を率いてきた者たちよ。この者、ディラン・シクノチェスに魔道士団を率いる力を与えよ〉〉
3人が同時に唱えると、ディランは光に包まれる。その光が、ディランの中に吸い込まれるように消えていった。
「これで魔道士団長の権限を行使できるようになったはずだ」
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことではない。しっかり励めよ。これも渡しておく」
王太子がディランの右手をとって中指に指輪をはめる。魔道士団の紋章が入った指輪は、ディランの中指に合わせて縮みピッタリとはまった。
「これが『鍵』ですか?」
「『鍵』はこっちだ」
今度は、王太子がチェーンのついた指輪を取り出してディランの首にかける。
「これって……」
ディランは自分の胸元に輝く見慣れた指輪に驚いた。大きな蘭が印象的な指輪は、チャーリーの印章指輪だ。
「伴侶の指輪が『鍵』になる」
「夫婦2人が同時に捕まったときには、どうするんですか?」
「他に『鍵』になるほど思い入れを持っている王族がいれば、その者の印章指輪が『鍵』になる。いなければ助ける理由も無かろう」
国王の言葉にディランは苦笑する。シクノチェス王家の血は厳しく冷たいものだ。何度も同族で争ってきたので、自分が捕らわれたときの心配より居場所を知られて暗殺されることを恐れたのだろう。
チャーリーの印章指輪はディランが捕らわれたときにも『鍵』になるだろうか。ディランはそんなことを考えながら、美しい指輪を見ていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】べつに平凡な令嬢……のはずなのに、なにかと殿下に可愛がれているんです
朝日みらい
恋愛
アシェリー・へーボンハスは平凡な公爵令嬢である。
取り立てて人目を惹く容姿でもないし……令嬢らしくちゃんと着飾っている、普通の令嬢の内の1人である。
フィリップ・デーニッツ王太子殿下に密かに憧れているが、会ったのは宴会の席であいさつした程度で、
王太子妃候補になれるほど家格は高くない。
本人も素敵な王太子殿下との恋を夢見るだけで、自分の立場はキチンと理解しているつもり。
だから、まさか王太子殿下に嫁ぐなんて夢にも思わず、王妃教育も怠けている。
そんなアシェリーが、宮廷内の貴重な蔵書をたくさん読めると、軽い気持ちで『次期王太子妃の婚約選考会』に参加してみたら、なんと王太子殿下に見初められ…。
王妃候補として王宮に住み始めたアシュリーの、まさかのアツアツの日々が始まる?!
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~
めもぐあい
恋愛
イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。
成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。
だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。
そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。
ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~
白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。
父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。
財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。
それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。
「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」
覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる