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一章 役目を終えて【ミシュリーヌ】
第7話 ガエル
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ミシュリーヌは会場の隅のソファーに座ってため息をついた。ヘクターの後に第二王子ガエルとも踊ったが、何を話したか覚えていない。
オーギュストには、王族席に戻るようにと言われていたが、ミシュリーヌは戻る気になれなかった。王族席はとにかく目立つ。どんなに頑張っても笑顔を貼り付けられそうになかったからだ。
結局、ミシュリーヌはガエルにお願いして、近くのソファーまでエスコートしてもらった。そのガエルは、ミシュリーヌのすぐ近くで女性に囲まれている。
「ガエル殿下、私と踊っていただけませんか?」
「ぜひ、わたくしとも願いします」
「お誘いありがとう。でも、ごめんね。ここにいる全員と踊るのは難しいから、誰とも踊らないよ。僕はみんなの王子様だからね」
ガエルの周囲に集まる令嬢たちから艶っぽいため息がもれる。ミシュリーヌに背中を向けているので分からないが、ガエルがウインクでもしたのだろう。
ガエルには、公爵令嬢のエレオノーレという婚約者がいるが、一緒にいるところはあまり見かけない。二人が結婚しないのは、冷え切った関係にあるからだという噂だ。
結婚したらガエルがエレオノーレの実家であるフリルネロ公爵家に入り、公爵位を継ぐことになっている。何人の愛人を連れて婿入りするのかと、社交界ではエレオノーレへの同情の声も多い。
ただ、ミシュリーヌにとってガエルは優しい人だ。女性たちと仲良くすることにも、なにか理由があるのではないかとすら考えてしまう。
今もガエルはミシュリーヌを会場から隠すような位置に立って、たくさんの女性に囲まれている。暗い顔をしているミシュリーヌが目立たせないように配慮してくれているのだろう。ガエルは女遊びをしていても、どこか憎めない人なのだ。
「ミシュリーヌ様、隣に座ってもよろしいかしら?」
ミシュリーヌは突然声をかけられて、ビクッと肩を震わせる。仮にもミシュリーヌは王族だ。緊急でもない限り、休んでいるところに声をかけてくる者はいない。そう思ったから、オーギュストが心配して駆けつけてしまう控室ではなく、会場に残っていたのだ。
でも、話しかけられたのだから無視するわけにもいかない。ミシュリーヌは聖女らしい笑顔を貼り付けて振り返る。そこには、オーギュストと踊っていた例の女性が立っていた。
「……」
まさか、落ち込む原因を作った本人と対峙するとは思っていなかった。ミシュリーヌは逃げることもできずに、ぼんやりと女性を見上げる。豊満な胸とくびれた腰。オーギュストは色っぽい女性が好みなのだろうか。ミシュリーヌは小柄な自分の身体に視線を落として、小さく息を吐いた。
「許可を下さって、ありがとうございます」
ミシュリーヌは何も言っていないのに、女性は勝手に隣に座り込む。ミシュリーヌは思わず助けを求めるようにオーギュストを探してしまった。
オーギュストは知らない令嬢とホールの中央でダンスを踊っている。一瞬目があった気がするが、気のせいだろう。
「ヴァネッサ・ビビよ。私のことはご存知かしら? オーギュスト様から聞いていて?」
「ヴァネッサ・ビビ……様」
ミシュリーヌがビクビクしながら名前を呼ぶと、ヴァネッサは馬鹿にしたようにクスリと笑う。
「悪く思わないでね。先に私達の仲を裂いたのはあなたの方よ。ずっと妹のように可愛がってもらっていたのだから、そろそろ独り立ちをしても良い頃でしょ?」
「独り立ち?」
ミシュリーヌは理解が追いつかなくて、ボソリと言葉をもらす。ヴァネッサはミシュリーヌの反応など気にする様子もない。
「まさか、彼の優しさに漬け込んで、離婚を拒んでいるわけではないわよね? 聖女の地位を盾に縋り付くなんて見苦しいわよ。もう、この国には必要のない力じゃない」
「り、離婚? そんな話は聞いていません!」
ミシュリーヌは叫んでしまって、慌てて唇を噛む。ヴァネッサは余裕の笑みを浮かべて、ミシュリーヌを見ていた。
「あら、そうなの? あなたが年齢以上に子供っぽいから言いにくいのかもしれないわね」
「……」
「それなら、私から教えてあげるわ。私とオーギュスト様は、今でも愛し合っているの。『浄化が終わって聖女の力が必要なくなったら一緒になろう』って約束してくれたのよ」
オーギュストはパーティーが終わったあとに話があると言っていた。まさか、ヴァネッサを愛しているから別れてくれと言うつもりなのだろうか?
言い返したいのに言葉が何も出てこない。
「ああ、そうだわ。あなたも来たいなら席を用意するわよ。私とオーギュスト様は結婚式の日取りも決めているの」
ヴァネッサが無理やりミシュリーヌの手に握らせたのは小さなカードだった。土地勘のないミシュリーヌには小さく書かれた地図を見てもよく分からないが、二人は王都の北町で式を挙げる予定らしい。そこには王家所有の屋敷があり、仲の良い友人だけを呼んで二人の理想を詰め込んだ手作りの結婚式を計画しているとヴァネッサは嬉しそうに語った。
「――……結婚指輪もオーギュスト様がデザインして、有名な工房が作り始めているのよ」
ヴァネッサが口にしたジュエリーの工房の名前は、オーギュストの贔屓にしている店だった。オーギュストが離宮に店主を呼んでくれたので、ミシュリーヌも装飾品を購入したことがある。
「そんな……」
「疑うなら、ここで聞いてみると良いわ」
ヴァネッサはクスリと笑って、ミシュリーヌの握るカードを長い爪で弾く。
「どうせなら、あなたの方から離れてくれないかしら? 愛されてもいないのに側にいるなんて辛いでしょ?」
愛されてもいないのに……
ミシュリーヌは反論もできないまま、ヴァネッサの言葉を心の中で繰り返していた。
オーギュストには、王族席に戻るようにと言われていたが、ミシュリーヌは戻る気になれなかった。王族席はとにかく目立つ。どんなに頑張っても笑顔を貼り付けられそうになかったからだ。
結局、ミシュリーヌはガエルにお願いして、近くのソファーまでエスコートしてもらった。そのガエルは、ミシュリーヌのすぐ近くで女性に囲まれている。
「ガエル殿下、私と踊っていただけませんか?」
「ぜひ、わたくしとも願いします」
「お誘いありがとう。でも、ごめんね。ここにいる全員と踊るのは難しいから、誰とも踊らないよ。僕はみんなの王子様だからね」
ガエルの周囲に集まる令嬢たちから艶っぽいため息がもれる。ミシュリーヌに背中を向けているので分からないが、ガエルがウインクでもしたのだろう。
ガエルには、公爵令嬢のエレオノーレという婚約者がいるが、一緒にいるところはあまり見かけない。二人が結婚しないのは、冷え切った関係にあるからだという噂だ。
結婚したらガエルがエレオノーレの実家であるフリルネロ公爵家に入り、公爵位を継ぐことになっている。何人の愛人を連れて婿入りするのかと、社交界ではエレオノーレへの同情の声も多い。
ただ、ミシュリーヌにとってガエルは優しい人だ。女性たちと仲良くすることにも、なにか理由があるのではないかとすら考えてしまう。
今もガエルはミシュリーヌを会場から隠すような位置に立って、たくさんの女性に囲まれている。暗い顔をしているミシュリーヌが目立たせないように配慮してくれているのだろう。ガエルは女遊びをしていても、どこか憎めない人なのだ。
「ミシュリーヌ様、隣に座ってもよろしいかしら?」
ミシュリーヌは突然声をかけられて、ビクッと肩を震わせる。仮にもミシュリーヌは王族だ。緊急でもない限り、休んでいるところに声をかけてくる者はいない。そう思ったから、オーギュストが心配して駆けつけてしまう控室ではなく、会場に残っていたのだ。
でも、話しかけられたのだから無視するわけにもいかない。ミシュリーヌは聖女らしい笑顔を貼り付けて振り返る。そこには、オーギュストと踊っていた例の女性が立っていた。
「……」
まさか、落ち込む原因を作った本人と対峙するとは思っていなかった。ミシュリーヌは逃げることもできずに、ぼんやりと女性を見上げる。豊満な胸とくびれた腰。オーギュストは色っぽい女性が好みなのだろうか。ミシュリーヌは小柄な自分の身体に視線を落として、小さく息を吐いた。
「許可を下さって、ありがとうございます」
ミシュリーヌは何も言っていないのに、女性は勝手に隣に座り込む。ミシュリーヌは思わず助けを求めるようにオーギュストを探してしまった。
オーギュストは知らない令嬢とホールの中央でダンスを踊っている。一瞬目があった気がするが、気のせいだろう。
「ヴァネッサ・ビビよ。私のことはご存知かしら? オーギュスト様から聞いていて?」
「ヴァネッサ・ビビ……様」
ミシュリーヌがビクビクしながら名前を呼ぶと、ヴァネッサは馬鹿にしたようにクスリと笑う。
「悪く思わないでね。先に私達の仲を裂いたのはあなたの方よ。ずっと妹のように可愛がってもらっていたのだから、そろそろ独り立ちをしても良い頃でしょ?」
「独り立ち?」
ミシュリーヌは理解が追いつかなくて、ボソリと言葉をもらす。ヴァネッサはミシュリーヌの反応など気にする様子もない。
「まさか、彼の優しさに漬け込んで、離婚を拒んでいるわけではないわよね? 聖女の地位を盾に縋り付くなんて見苦しいわよ。もう、この国には必要のない力じゃない」
「り、離婚? そんな話は聞いていません!」
ミシュリーヌは叫んでしまって、慌てて唇を噛む。ヴァネッサは余裕の笑みを浮かべて、ミシュリーヌを見ていた。
「あら、そうなの? あなたが年齢以上に子供っぽいから言いにくいのかもしれないわね」
「……」
「それなら、私から教えてあげるわ。私とオーギュスト様は、今でも愛し合っているの。『浄化が終わって聖女の力が必要なくなったら一緒になろう』って約束してくれたのよ」
オーギュストはパーティーが終わったあとに話があると言っていた。まさか、ヴァネッサを愛しているから別れてくれと言うつもりなのだろうか?
言い返したいのに言葉が何も出てこない。
「ああ、そうだわ。あなたも来たいなら席を用意するわよ。私とオーギュスト様は結婚式の日取りも決めているの」
ヴァネッサが無理やりミシュリーヌの手に握らせたのは小さなカードだった。土地勘のないミシュリーヌには小さく書かれた地図を見てもよく分からないが、二人は王都の北町で式を挙げる予定らしい。そこには王家所有の屋敷があり、仲の良い友人だけを呼んで二人の理想を詰め込んだ手作りの結婚式を計画しているとヴァネッサは嬉しそうに語った。
「――……結婚指輪もオーギュスト様がデザインして、有名な工房が作り始めているのよ」
ヴァネッサが口にしたジュエリーの工房の名前は、オーギュストの贔屓にしている店だった。オーギュストが離宮に店主を呼んでくれたので、ミシュリーヌも装飾品を購入したことがある。
「そんな……」
「疑うなら、ここで聞いてみると良いわ」
ヴァネッサはクスリと笑って、ミシュリーヌの握るカードを長い爪で弾く。
「どうせなら、あなたの方から離れてくれないかしら? 愛されてもいないのに側にいるなんて辛いでしょ?」
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