16 / 160
一章 役目を終えて【ミシュリーヌ】
第15話 浄化薬
しおりを挟む
野営ができそうな場所に着くと、ミシュリーヌはいつものように焚き火を作る。ノロノロと動きながら、気づかれないように周囲に結界を張った。
これまでの旅では、聖魔法が使えることを知られたくなくて使用せずにきた。しかし、今日は疲弊している者が多いので、そうも言っていられない。オーギュストの張る結界と違って結界が魔獣に反撃するわけではないので、一日なら気づく者もいないだろう。
「今後、我々の商会はあなたの村には寄らないことに決めたよ」
「そんな、困ります!」
「囮になるときに街道を進むのは礼儀違反だ。他の経路を通ることにするよ」
馬車の中では、村人と商会の話し合いが行われている。どちらも興奮していて声が大きい。ミシュリーヌは、漏れ聴こえてくる声に唇を噛んだ。
賠償金を請求しないのは、かなりの温情だろう。でも、商会が立ち寄らなくなったら、村はどうなるのだろう?
ミシュリーヌがこの国に来た頃には、放棄された村をよく見かけた。その頃に戻ったような状況に、心が締め付けられる。ミシュリーヌは、この国の人を守っていると自負していた。だが、ミシュリーヌに隠されていた部分も多いのかもしれない。
これから、こんな場面を見ることが増えるのだろう。一人で生きていく中で、受け止められるだろうか?
「ミーシャ。馬車の中のことは気にするな。君が考えることじゃない」
振り返ると、ヤニックが猪の魔獣を捌いていた。ミシュリーヌは小さく頷いて駆け寄る。逃げるように襲撃現場を離れたのに、ちゃっかり食用に適した魔獣を運んでいたらしい。
「ミーシャちゃん、今日は猪鍋だよ」
「美味しそうですね」
焚き火の前で調理する冒険者が、鍋の中の野菜をすくって見せてくれる。次々にかけられる明るい声が、ミシュリーヌの心を慰める。
「本当は数日置きたいところだけどな」
「魔獣だから、肉の熟成は早いんじゃないか?」
先程まで、ぐったりしていた人たちも陽気に料理に参加している。冒険者たちは本当にたくましい。
サビーヌさんは?
サビーヌがいないことに気がついて、ミシュリーヌはキョロキョロと視線を彷徨わせる。それに気がついて、冒険者の一人が隅の方を視線で示した。冒険者が切なげに見つめる先には、サビーヌの姿があった。木に身体を預けてぼんやりと座っている。
ミシュリーヌはゆっくりと近づきながら、バッグの中の浄化薬を探った。サビーヌには感謝してもしきれないほど、お世話になっている。正体を明かしてでも渡したかった。
『病気の夫の薬』
そう話していたのが、浄化薬のことなのだろう。ミシュリーヌがあの日、臨時で作ったものだ。
「あの……、サビーヌさん。私、実は……」
ミシュリーヌが声をかけると、サビーヌがゆっくりと顔をあげる。
ミシュリーヌが頼まれて何となく作ったうちの一本。それがどれだけ重いものだったのかを、ミシュリーヌはサビーヌの表情から知る。
「リュックは……私の夫は浄化薬を使っても助からないわ。もう手遅れなの。だから、代わりに助けられて良かったと思ってる」
サビーヌは無理やり作った笑顔をミシュリーヌに向ける。それはミシュリーヌに語っているようで、自分に言い聞かせているような言葉だった。
「最初は足の先だったみたいなんだけど、私に心配かけたくないって隠してたのよ。気がついたときには、魔素がかなり広がっていたわ」
なぜ、隠していたのだろう?
ミシュリーヌは口に出せないまま、考えてしまう。領ごとに一つある神殿では、浄化薬を販売している。ミシュリーヌが作って送る量は魔素に侵されるであろう人数と、神官の生産能力からきちんと計算されている。放置すると命の危険もあるが、魔素に侵された場合の治療には猶予がある。慌てずに神殿に向かえば良い。
「王都で浄化終了のお祝いが開かれるって聞いて、家族に夫を任せて最後の望みにかけたの。でも、本当は弱っていくリュックを見ていられなかっただけ。私は逃げたのよ」
「そんなこと……」
ミシュリーヌの否定の言葉は、サビーヌの瞳によって止められた。その後に語られたサビーヌの夫リュックの病状は、もう一度否定するには深刻すぎた。
「神様が諦めろって言って下さったんだと思う」
ミシュリーヌはバッグの中の浄化薬を出せないまま、ギュッと握る。サビーヌに渡すべきなのか悩んでしまう。
サビーヌの話が正確ならば、おそらく浄化薬を使っても怪我をする前のように働くことは難しいだろう。良くて寝たきり、悪ければそのまま……という可能性もある。いや、はっきり言ってしまえば、奇跡でも起こらない限り後者の可能性が高い。
では、ミシュリーヌが直接治療を行ったとしたらどうだろう?
ミシュリーヌは顔を上げかけて、この国に来てすぐのことを思い出す。浄化薬の生産が追いついていなかったあの頃。浄化に向かう際に、専用の療養所に慰問に行くことも多かった。
助けられなかった命を覚えている。
あの頃より成長しているが、今のミシュリーヌにできるだろうか?
期待させて、もう一度絶望に突き落とすことになったなら……
ミシュリーヌは話す決断ができなくて、サビーヌの話を黙って聞いていた。
これまでの旅では、聖魔法が使えることを知られたくなくて使用せずにきた。しかし、今日は疲弊している者が多いので、そうも言っていられない。オーギュストの張る結界と違って結界が魔獣に反撃するわけではないので、一日なら気づく者もいないだろう。
「今後、我々の商会はあなたの村には寄らないことに決めたよ」
「そんな、困ります!」
「囮になるときに街道を進むのは礼儀違反だ。他の経路を通ることにするよ」
馬車の中では、村人と商会の話し合いが行われている。どちらも興奮していて声が大きい。ミシュリーヌは、漏れ聴こえてくる声に唇を噛んだ。
賠償金を請求しないのは、かなりの温情だろう。でも、商会が立ち寄らなくなったら、村はどうなるのだろう?
ミシュリーヌがこの国に来た頃には、放棄された村をよく見かけた。その頃に戻ったような状況に、心が締め付けられる。ミシュリーヌは、この国の人を守っていると自負していた。だが、ミシュリーヌに隠されていた部分も多いのかもしれない。
これから、こんな場面を見ることが増えるのだろう。一人で生きていく中で、受け止められるだろうか?
「ミーシャ。馬車の中のことは気にするな。君が考えることじゃない」
振り返ると、ヤニックが猪の魔獣を捌いていた。ミシュリーヌは小さく頷いて駆け寄る。逃げるように襲撃現場を離れたのに、ちゃっかり食用に適した魔獣を運んでいたらしい。
「ミーシャちゃん、今日は猪鍋だよ」
「美味しそうですね」
焚き火の前で調理する冒険者が、鍋の中の野菜をすくって見せてくれる。次々にかけられる明るい声が、ミシュリーヌの心を慰める。
「本当は数日置きたいところだけどな」
「魔獣だから、肉の熟成は早いんじゃないか?」
先程まで、ぐったりしていた人たちも陽気に料理に参加している。冒険者たちは本当にたくましい。
サビーヌさんは?
サビーヌがいないことに気がついて、ミシュリーヌはキョロキョロと視線を彷徨わせる。それに気がついて、冒険者の一人が隅の方を視線で示した。冒険者が切なげに見つめる先には、サビーヌの姿があった。木に身体を預けてぼんやりと座っている。
ミシュリーヌはゆっくりと近づきながら、バッグの中の浄化薬を探った。サビーヌには感謝してもしきれないほど、お世話になっている。正体を明かしてでも渡したかった。
『病気の夫の薬』
そう話していたのが、浄化薬のことなのだろう。ミシュリーヌがあの日、臨時で作ったものだ。
「あの……、サビーヌさん。私、実は……」
ミシュリーヌが声をかけると、サビーヌがゆっくりと顔をあげる。
ミシュリーヌが頼まれて何となく作ったうちの一本。それがどれだけ重いものだったのかを、ミシュリーヌはサビーヌの表情から知る。
「リュックは……私の夫は浄化薬を使っても助からないわ。もう手遅れなの。だから、代わりに助けられて良かったと思ってる」
サビーヌは無理やり作った笑顔をミシュリーヌに向ける。それはミシュリーヌに語っているようで、自分に言い聞かせているような言葉だった。
「最初は足の先だったみたいなんだけど、私に心配かけたくないって隠してたのよ。気がついたときには、魔素がかなり広がっていたわ」
なぜ、隠していたのだろう?
ミシュリーヌは口に出せないまま、考えてしまう。領ごとに一つある神殿では、浄化薬を販売している。ミシュリーヌが作って送る量は魔素に侵されるであろう人数と、神官の生産能力からきちんと計算されている。放置すると命の危険もあるが、魔素に侵された場合の治療には猶予がある。慌てずに神殿に向かえば良い。
「王都で浄化終了のお祝いが開かれるって聞いて、家族に夫を任せて最後の望みにかけたの。でも、本当は弱っていくリュックを見ていられなかっただけ。私は逃げたのよ」
「そんなこと……」
ミシュリーヌの否定の言葉は、サビーヌの瞳によって止められた。その後に語られたサビーヌの夫リュックの病状は、もう一度否定するには深刻すぎた。
「神様が諦めろって言って下さったんだと思う」
ミシュリーヌはバッグの中の浄化薬を出せないまま、ギュッと握る。サビーヌに渡すべきなのか悩んでしまう。
サビーヌの話が正確ならば、おそらく浄化薬を使っても怪我をする前のように働くことは難しいだろう。良くて寝たきり、悪ければそのまま……という可能性もある。いや、はっきり言ってしまえば、奇跡でも起こらない限り後者の可能性が高い。
では、ミシュリーヌが直接治療を行ったとしたらどうだろう?
ミシュリーヌは顔を上げかけて、この国に来てすぐのことを思い出す。浄化薬の生産が追いついていなかったあの頃。浄化に向かう際に、専用の療養所に慰問に行くことも多かった。
助けられなかった命を覚えている。
あの頃より成長しているが、今のミシュリーヌにできるだろうか?
期待させて、もう一度絶望に突き落とすことになったなら……
ミシュリーヌは話す決断ができなくて、サビーヌの話を黙って聞いていた。
47
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました
ミズメ
恋愛
婚約者を妹に奪われ、悪女として断罪された公爵令嬢フィオレッタ・グラシェルは、王都を追われ、身分を隠して辺境の町で静かに暮らしていた。ある日、迷子の少女ティナと出会い、川辺で花を摘み笑い合うひとときを過ごす。そこに現れたのは、ティナを捜していた辺境の若き領主ヴェルフリート・エルグランドだった。
ティナに懐かれたフィオレッタは子育てのために契約結婚をすることに。ティナの子守りをしながら、辺境で自らの才覚を発揮していくフィオレッタに、ヴェルフリートや領地の人々も惹かれていく。
「俺は、君を幸せにしたい」
いずれ幸せになる、追放令嬢のお話。
・感想いただけると元気もりもりになります!!
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる