【完結】異世界から来た聖女ではありません!

五色ひわ

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一章 役目を終えて【ミシュリーヌ】

第15話 浄化薬

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 野営ができそうな場所に着くと、ミシュリーヌはいつものように焚き火を作る。ノロノロと動きながら、気づかれないように周囲に結界を張った。

 これまでの旅では、聖魔法が使えることを知られたくなくて使用せずにきた。しかし、今日は疲弊している者が多いので、そうも言っていられない。オーギュストの張る結界と違って結界が魔獣に反撃するわけではないので、一日なら気づく者もいないだろう。

「今後、我々の商会はあなたの村には寄らないことに決めたよ」

「そんな、困ります!」

「囮になるときに街道を進むのは礼儀違反だ。他の経路を通ることにするよ」

 馬車の中では、村人と商会の話し合いが行われている。どちらも興奮していて声が大きい。ミシュリーヌは、漏れ聴こえてくる声に唇を噛んだ。

 賠償金を請求しないのは、かなりの温情だろう。でも、商会が立ち寄らなくなったら、村はどうなるのだろう?

 ミシュリーヌがこの国に来た頃には、放棄された村をよく見かけた。その頃に戻ったような状況に、心が締め付けられる。ミシュリーヌは、この国の人を守っていると自負していた。だが、ミシュリーヌに隠されていた部分も多いのかもしれない。

 これから、こんな場面を見ることが増えるのだろう。一人で生きていく中で、受け止められるだろうか?

「ミーシャ。馬車の中のことは気にするな。君が考えることじゃない」

 振り返ると、ヤニックが猪の魔獣を捌いていた。ミシュリーヌは小さく頷いて駆け寄る。逃げるように襲撃現場を離れたのに、ちゃっかり食用に適した魔獣を運んでいたらしい。

「ミーシャちゃん、今日は猪鍋だよ」

「美味しそうですね」

 焚き火の前で調理する冒険者が、鍋の中の野菜をすくって見せてくれる。次々にかけられる明るい声が、ミシュリーヌの心を慰める。

「本当は数日置きたいところだけどな」

「魔獣だから、肉の熟成は早いんじゃないか?」

 先程まで、ぐったりしていた人たちも陽気に料理に参加している。冒険者たちは本当にたくましい。

 サビーヌさんは?

 サビーヌがいないことに気がついて、ミシュリーヌはキョロキョロと視線を彷徨わせる。それに気がついて、冒険者の一人が隅の方を視線で示した。冒険者が切なげに見つめる先には、サビーヌの姿があった。木に身体を預けてぼんやりと座っている。

 ミシュリーヌはゆっくりと近づきながら、バッグの中の浄化薬を探った。サビーヌには感謝してもしきれないほど、お世話になっている。正体を明かしてでも渡したかった。

『病気の夫の薬』

 そう話していたのが、浄化薬のことなのだろう。ミシュリーヌがあの日、臨時で作ったものだ。

「あの……、サビーヌさん。私、実は……」

 ミシュリーヌが声をかけると、サビーヌがゆっくりと顔をあげる。

 ミシュリーヌが頼まれて何となく作ったうちの一本。それがどれだけ重いものだったのかを、ミシュリーヌはサビーヌの表情から知る。

「リュックは……私の夫は浄化薬を使っても助からないわ。もう手遅れなの。だから、代わりに助けられて良かったと思ってる」

 サビーヌは無理やり作った笑顔をミシュリーヌに向ける。それはミシュリーヌに語っているようで、自分に言い聞かせているような言葉だった。

「最初は足の先だったみたいなんだけど、私に心配かけたくないって隠してたのよ。気がついたときには、魔素がかなり広がっていたわ」

 なぜ、隠していたのだろう?

 ミシュリーヌは口に出せないまま、考えてしまう。領ごとに一つある神殿では、浄化薬を販売している。ミシュリーヌが作って送る量は魔素に侵されるであろう人数と、神官の生産能力からきちんと計算されている。放置すると命の危険もあるが、魔素に侵された場合の治療には猶予がある。慌てずに神殿に向かえば良い。

「王都で浄化終了のお祝いが開かれるって聞いて、家族に夫を任せて最後の望みにかけたの。でも、本当は弱っていくリュックを見ていられなかっただけ。私は逃げたのよ」

「そんなこと……」

 ミシュリーヌの否定の言葉は、サビーヌの瞳によって止められた。その後に語られたサビーヌの夫リュックの病状は、もう一度否定するには深刻すぎた。

「神様が諦めろって言って下さったんだと思う」

 ミシュリーヌはバッグの中の浄化薬を出せないまま、ギュッと握る。サビーヌに渡すべきなのか悩んでしまう。

 サビーヌの話が正確ならば、おそらく浄化薬を使っても怪我をする前のように働くことは難しいだろう。良くて寝たきり、悪ければそのまま……という可能性もある。いや、はっきり言ってしまえば、奇跡でも起こらない限り後者の可能性が高い。

 では、ミシュリーヌが直接治療を行ったとしたらどうだろう? 

 ミシュリーヌは顔を上げかけて、この国に来てすぐのことを思い出す。浄化薬の生産が追いついていなかったあの頃。浄化に向かう際に、専用の療養所に慰問に行くことも多かった。

 助けられなかった命を覚えている。

 あの頃より成長しているが、今のミシュリーヌにできるだろうか?

 期待させて、もう一度絶望に突き落とすことになったなら……

 ミシュリーヌは話す決断ができなくて、サビーヌの話を黙って聞いていた。
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