【完結】異世界から来た聖女ではありません!

五色ひわ

文字の大きさ
29 / 160
二章 無事を祈って【オーギュスト】

第1話 ミシュリーヌからの手紙

しおりを挟む
 オーギュストは机の上に置かれた二通の手紙を前に、ゆっくりと息を吐き出した。

 差出人の名前は書かれていない。一通はジョエルの実家であるヴァーグ伯爵家から特殊な方法で転送されてきたもの。もう一通は魔導師団に届けられていたものだ。

「ミシュリーヌの魔力を感じる」

 ミシュリーヌが男と駆け落ちして以来、初めて送られて来た手紙だ。ミシュリーヌの魔力を感じとるだけで、オーギュストの胸がズキリと痛む。

 ミシュリーヌに手紙を送る余裕があると分かって安心することができた。しかし、自由に過ごしているということは、脅すなどされて駆け落ちしたふりをしているわけではない。やはり、内心では落ち込んでしまう。
 
 オーギュストは誰よりもミシュリーヌの近くにいたのに、彼女のことを何も分かっていなかった。情けないことに、自分とミシュリーヌは想い合っていると信じ切っていたのだ。ミシュリーヌのはにかんだ笑顔が他の者にも向けられている可能性など想像もしていなかった。

「お届けするのが遅くなって申し訳ありません」

 魔導師団副団長のヌーヴェル伯爵が丁重に謝罪する。オーギュストは思考から抜け出して、ゆっくりと首を振った。

 手紙が魔導師団に届けられたのは三日前。魔力を帯びていたため、危険物として専門の部署に回されていたらしい。ヴァーグ伯爵家から手紙が転送されてきたのを受けて、ヌーヴェル伯爵に探してきてもらったのだ。

「差出人が書かれていないんだ。仕方がないさ」

 冒険者が魔法の封蝋を押した手紙を持ってくるなど特殊案件すぎる。魔法の封蝋はオーギュストが自分で作るなら原価は安いが、伝授がないと買えない高価なものなのだ。浄化薬も所持していたようだが、祝賀パーティの日に配られた物である可能性もあり、緊急連絡だと言われても信じられなかったのだろう。オーギュストだって、誰かを暗殺するための手紙だと言われたほうが信じられる。
 
 そもそも、オーギュスト個人に宛てた手紙は、相手が高位貴族か神官からのものばかりだ。使いの者が直接届けにくるか、よく連絡を取り合う相手なら魔法をかけた伝書鳩を使う。

 このような状況は想定されていないのだ。オーギュストは、探し出してくれただけでも感謝している。

「忙しいのに、手間を取らせたな」

「いいえ。何かありましたら、いつでもお申し付けください」

 ヌーヴェル伯爵は恭しく頭を下げて、団長室を出ていく。いつもは砕けた態度を取っているが、久しぶりに貴族らしい。今回のことをかなり重く受け止めているのだろう。確かに、今後のために改善策を講じる必要はある。

 オーギュストはジョエルと二人っきりになった部屋で、だらしなく姿勢を崩した。執務用の革張りの椅子がギシギシと音を立てる。

「開けないのですか?」

 ジョエルがお茶を入れ直しながら聞いてくる。

「ん?」

 オーギュストは分からないふりをして、淹れたてのお茶を飲んだ。いつもより苦い気がするが、気のせいだろうか。

「手紙ですよ。わざわざ二通も用意されているんですよ。重要な事が書いてあるに決まってるじゃないですか」

 誤魔化したのに、ジョエルは誤魔化されてくれないらしい。こういうときのジョエルは容赦ない。少しだけ、心の準備に時間がほしい。

「殿下……」

「今更、ミシュリーヌから送られてくる手紙なんて、分かり切っているだろう? 早く離婚したことを公表してくれ。そんなところだ。手紙は分厚いから新しい男との結婚証明書が入っているのかもな」

 市井で暮らしているなら、『ミーシャ』の身分で結婚してしまうことは可能だ。オーギュストの愛する『ミシュリーヌ』は本人に存在さえ捨てられた可能性がある。オーギュストがボソボソと言うと、ジョエルがわざとらしくため息をつく。

「本気で言ってます? まぁ、本気なんですよね。妃殿下の置き手紙の内容を信じているのは殿下くらいですよ」

「私だけということはないだろう」

「では、妃殿下のお相手はどなたなのですか?」

「……」

 ミシュリーヌは体調を崩して離宮で療養していることになっている。箝口令がしかれる中での調査だが、ミシュリーヌが駆け落ちした相手の検討がついていない。ミシュリーヌは近衛や神官と良好な関係を保っていたが、今も関わっていた者全員が勤務を続けており、姿を消した者がいないのだ。だが……

「あの置き手紙に書かれていたミシュリーヌの気持ちが嘘だとは思えない。溢れ出すような愛情を贈っていた相手がいることは間違いないんだ」

 オーギュストは置き手紙を読んだときの、胸を引き裂かれるような酷い感情を思い出してため息をつく。

「だから、それは殿下への気持ちが書かれているだけで……」

「なぜ言い切れる? それなら、ミシュリーヌはどうして居なくなった?」

「それは……」

 ミシュリーヌが失踪してから、毎日毎日繰り返されてきた会話だ。ジョエルが答えを持っていないことは、オーギュストもよく知っている。

「もう、良い。読めば文句はないのだろう?」

 オーギュストは乱暴に手紙を手に取る。それでも、ミシュリーヌからの感情を全て読み取りたくて、丁寧に手紙を開いた。オーギュストにしか読めないように施されていた封印さえ愛おしい。

「……」

「何が書かれているのですか?」

「ジョエル、ヌーヴェル伯爵を呼び戻せ。いや、口の堅い信頼できる者を連れてここに来るようにと伝えてくれ」

 ジョエルはオーギュストが見せた手紙を読むと、神妙な顔で頷いて部屋を出ていく。

 今すぐにでも、ミシュリーヌを助けに行きたい。オーギュストは全てを投げ出したい衝動を抑えて、最善の行動について考えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました

ミズメ
恋愛
婚約者を妹に奪われ、悪女として断罪された公爵令嬢フィオレッタ・グラシェルは、王都を追われ、身分を隠して辺境の町で静かに暮らしていた。ある日、迷子の少女ティナと出会い、川辺で花を摘み笑い合うひとときを過ごす。そこに現れたのは、ティナを捜していた辺境の若き領主ヴェルフリート・エルグランドだった。 ティナに懐かれたフィオレッタは子育てのために契約結婚をすることに。ティナの子守りをしながら、辺境で自らの才覚を発揮していくフィオレッタに、ヴェルフリートや領地の人々も惹かれていく。 「俺は、君を幸せにしたい」 いずれ幸せになる、追放令嬢のお話。 ・感想いただけると元気もりもりになります!!

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...