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二章 無事を祈って【オーギュスト】
第1話 ミシュリーヌからの手紙
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オーギュストは机の上に置かれた二通の手紙を前に、ゆっくりと息を吐き出した。
差出人の名前は書かれていない。一通はジョエルの実家であるヴァーグ伯爵家から特殊な方法で転送されてきたもの。もう一通は魔導師団に届けられていたものだ。
「ミシュリーヌの魔力を感じる」
ミシュリーヌが男と駆け落ちして以来、初めて送られて来た手紙だ。ミシュリーヌの魔力を感じとるだけで、オーギュストの胸がズキリと痛む。
ミシュリーヌに手紙を送る余裕があると分かって安心することができた。しかし、自由に過ごしているということは、脅すなどされて駆け落ちしたふりをしているわけではない。やはり、内心では落ち込んでしまう。
オーギュストは誰よりもミシュリーヌの近くにいたのに、彼女のことを何も分かっていなかった。情けないことに、自分とミシュリーヌは想い合っていると信じ切っていたのだ。ミシュリーヌのはにかんだ笑顔が他の者にも向けられている可能性など想像もしていなかった。
「お届けするのが遅くなって申し訳ありません」
魔導師団副団長のヌーヴェル伯爵が丁重に謝罪する。オーギュストは思考から抜け出して、ゆっくりと首を振った。
手紙が魔導師団に届けられたのは三日前。魔力を帯びていたため、危険物として専門の部署に回されていたらしい。ヴァーグ伯爵家から手紙が転送されてきたのを受けて、ヌーヴェル伯爵に探してきてもらったのだ。
「差出人が書かれていないんだ。仕方がないさ」
冒険者が魔法の封蝋を押した手紙を持ってくるなど特殊案件すぎる。魔法の封蝋はオーギュストが自分で作るなら原価は安いが、伝授がないと買えない高価なものなのだ。浄化薬も所持していたようだが、祝賀パーティの日に配られた物である可能性もあり、緊急連絡だと言われても信じられなかったのだろう。オーギュストだって、誰かを暗殺するための手紙だと言われたほうが信じられる。
そもそも、オーギュスト個人に宛てた手紙は、相手が高位貴族か神官からのものばかりだ。使いの者が直接届けにくるか、よく連絡を取り合う相手なら魔法をかけた伝書鳩を使う。
このような状況は想定されていないのだ。オーギュストは、探し出してくれただけでも感謝している。
「忙しいのに、手間を取らせたな」
「いいえ。何かありましたら、いつでもお申し付けください」
ヌーヴェル伯爵は恭しく頭を下げて、団長室を出ていく。いつもは砕けた態度を取っているが、久しぶりに貴族らしい。今回のことをかなり重く受け止めているのだろう。確かに、今後のために改善策を講じる必要はある。
オーギュストはジョエルと二人っきりになった部屋で、だらしなく姿勢を崩した。執務用の革張りの椅子がギシギシと音を立てる。
「開けないのですか?」
ジョエルがお茶を入れ直しながら聞いてくる。
「ん?」
オーギュストは分からないふりをして、淹れたてのお茶を飲んだ。いつもより苦い気がするが、気のせいだろうか。
「手紙ですよ。わざわざ二通も用意されているんですよ。重要な事が書いてあるに決まってるじゃないですか」
誤魔化したのに、ジョエルは誤魔化されてくれないらしい。こういうときのジョエルは容赦ない。少しだけ、心の準備に時間がほしい。
「殿下……」
「今更、ミシュリーヌから送られてくる手紙なんて、分かり切っているだろう? 早く離婚したことを公表してくれ。そんなところだ。手紙は分厚いから新しい男との結婚証明書が入っているのかもな」
市井で暮らしているなら、『ミーシャ』の身分で結婚してしまうことは可能だ。オーギュストの愛する『ミシュリーヌ』は本人に存在さえ捨てられた可能性がある。オーギュストがボソボソと言うと、ジョエルがわざとらしくため息をつく。
「本気で言ってます? まぁ、本気なんですよね。妃殿下の置き手紙の内容を信じているのは殿下くらいですよ」
「私だけということはないだろう」
「では、妃殿下のお相手はどなたなのですか?」
「……」
ミシュリーヌは体調を崩して離宮で療養していることになっている。箝口令がしかれる中での調査だが、ミシュリーヌが駆け落ちした相手の検討がついていない。ミシュリーヌは近衛や神官と良好な関係を保っていたが、今も関わっていた者全員が勤務を続けており、姿を消した者がいないのだ。だが……
「あの置き手紙に書かれていたミシュリーヌの気持ちが嘘だとは思えない。溢れ出すような愛情を贈っていた相手がいることは間違いないんだ」
オーギュストは置き手紙を読んだときの、胸を引き裂かれるような酷い感情を思い出してため息をつく。
「だから、それは殿下への気持ちが書かれているだけで……」
「なぜ言い切れる? それなら、ミシュリーヌはどうして居なくなった?」
「それは……」
ミシュリーヌが失踪してから、毎日毎日繰り返されてきた会話だ。ジョエルが答えを持っていないことは、オーギュストもよく知っている。
「もう、良い。読めば文句はないのだろう?」
オーギュストは乱暴に手紙を手に取る。それでも、ミシュリーヌからの感情を全て読み取りたくて、丁寧に手紙を開いた。オーギュストにしか読めないように施されていた封印さえ愛おしい。
「……」
「何が書かれているのですか?」
「ジョエル、ヌーヴェル伯爵を呼び戻せ。いや、口の堅い信頼できる者を連れてここに来るようにと伝えてくれ」
ジョエルはオーギュストが見せた手紙を読むと、神妙な顔で頷いて部屋を出ていく。
今すぐにでも、ミシュリーヌを助けに行きたい。オーギュストは全てを投げ出したい衝動を抑えて、最善の行動について考えた。
差出人の名前は書かれていない。一通はジョエルの実家であるヴァーグ伯爵家から特殊な方法で転送されてきたもの。もう一通は魔導師団に届けられていたものだ。
「ミシュリーヌの魔力を感じる」
ミシュリーヌが男と駆け落ちして以来、初めて送られて来た手紙だ。ミシュリーヌの魔力を感じとるだけで、オーギュストの胸がズキリと痛む。
ミシュリーヌに手紙を送る余裕があると分かって安心することができた。しかし、自由に過ごしているということは、脅すなどされて駆け落ちしたふりをしているわけではない。やはり、内心では落ち込んでしまう。
オーギュストは誰よりもミシュリーヌの近くにいたのに、彼女のことを何も分かっていなかった。情けないことに、自分とミシュリーヌは想い合っていると信じ切っていたのだ。ミシュリーヌのはにかんだ笑顔が他の者にも向けられている可能性など想像もしていなかった。
「お届けするのが遅くなって申し訳ありません」
魔導師団副団長のヌーヴェル伯爵が丁重に謝罪する。オーギュストは思考から抜け出して、ゆっくりと首を振った。
手紙が魔導師団に届けられたのは三日前。魔力を帯びていたため、危険物として専門の部署に回されていたらしい。ヴァーグ伯爵家から手紙が転送されてきたのを受けて、ヌーヴェル伯爵に探してきてもらったのだ。
「差出人が書かれていないんだ。仕方がないさ」
冒険者が魔法の封蝋を押した手紙を持ってくるなど特殊案件すぎる。魔法の封蝋はオーギュストが自分で作るなら原価は安いが、伝授がないと買えない高価なものなのだ。浄化薬も所持していたようだが、祝賀パーティの日に配られた物である可能性もあり、緊急連絡だと言われても信じられなかったのだろう。オーギュストだって、誰かを暗殺するための手紙だと言われたほうが信じられる。
そもそも、オーギュスト個人に宛てた手紙は、相手が高位貴族か神官からのものばかりだ。使いの者が直接届けにくるか、よく連絡を取り合う相手なら魔法をかけた伝書鳩を使う。
このような状況は想定されていないのだ。オーギュストは、探し出してくれただけでも感謝している。
「忙しいのに、手間を取らせたな」
「いいえ。何かありましたら、いつでもお申し付けください」
ヌーヴェル伯爵は恭しく頭を下げて、団長室を出ていく。いつもは砕けた態度を取っているが、久しぶりに貴族らしい。今回のことをかなり重く受け止めているのだろう。確かに、今後のために改善策を講じる必要はある。
オーギュストはジョエルと二人っきりになった部屋で、だらしなく姿勢を崩した。執務用の革張りの椅子がギシギシと音を立てる。
「開けないのですか?」
ジョエルがお茶を入れ直しながら聞いてくる。
「ん?」
オーギュストは分からないふりをして、淹れたてのお茶を飲んだ。いつもより苦い気がするが、気のせいだろうか。
「手紙ですよ。わざわざ二通も用意されているんですよ。重要な事が書いてあるに決まってるじゃないですか」
誤魔化したのに、ジョエルは誤魔化されてくれないらしい。こういうときのジョエルは容赦ない。少しだけ、心の準備に時間がほしい。
「殿下……」
「今更、ミシュリーヌから送られてくる手紙なんて、分かり切っているだろう? 早く離婚したことを公表してくれ。そんなところだ。手紙は分厚いから新しい男との結婚証明書が入っているのかもな」
市井で暮らしているなら、『ミーシャ』の身分で結婚してしまうことは可能だ。オーギュストの愛する『ミシュリーヌ』は本人に存在さえ捨てられた可能性がある。オーギュストがボソボソと言うと、ジョエルがわざとらしくため息をつく。
「本気で言ってます? まぁ、本気なんですよね。妃殿下の置き手紙の内容を信じているのは殿下くらいですよ」
「私だけということはないだろう」
「では、妃殿下のお相手はどなたなのですか?」
「……」
ミシュリーヌは体調を崩して離宮で療養していることになっている。箝口令がしかれる中での調査だが、ミシュリーヌが駆け落ちした相手の検討がついていない。ミシュリーヌは近衛や神官と良好な関係を保っていたが、今も関わっていた者全員が勤務を続けており、姿を消した者がいないのだ。だが……
「あの置き手紙に書かれていたミシュリーヌの気持ちが嘘だとは思えない。溢れ出すような愛情を贈っていた相手がいることは間違いないんだ」
オーギュストは置き手紙を読んだときの、胸を引き裂かれるような酷い感情を思い出してため息をつく。
「だから、それは殿下への気持ちが書かれているだけで……」
「なぜ言い切れる? それなら、ミシュリーヌはどうして居なくなった?」
「それは……」
ミシュリーヌが失踪してから、毎日毎日繰り返されてきた会話だ。ジョエルが答えを持っていないことは、オーギュストもよく知っている。
「もう、良い。読めば文句はないのだろう?」
オーギュストは乱暴に手紙を手に取る。それでも、ミシュリーヌからの感情を全て読み取りたくて、丁寧に手紙を開いた。オーギュストにしか読めないように施されていた封印さえ愛おしい。
「……」
「何が書かれているのですか?」
「ジョエル、ヌーヴェル伯爵を呼び戻せ。いや、口の堅い信頼できる者を連れてここに来るようにと伝えてくれ」
ジョエルはオーギュストが見せた手紙を読むと、神妙な顔で頷いて部屋を出ていく。
今すぐにでも、ミシュリーヌを助けに行きたい。オーギュストは全てを投げ出したい衝動を抑えて、最善の行動について考えた。
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