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四章 平和を願って【ミシュリーヌ】
第20話 暫しの別れ【オーギュスト】
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オーギュストは若い二人を指導しながら、街までの道のりを走った。厳しくしてしまったが、二人からは熱意が溢れている。
マリエルたちの隊の無駄のない動きに触発されたのか。虫も殺したことがなさそうなミシュリーヌが、馬を操りながら弓を引いていたのも大きいかもしれない。実践経験は十歳の頃から戦場にいたミシュリーヌの方が遥かに多い。
「不用心ですね」
到着した町の入口でブノワが呟く。
街には囲むように高い塀が作られ、小さな門がある。しかし、他の領地とは違い、人の出入りを確認する者はいない。魔獣が入れないような策はされているが、人間なら誰でも入りたい放題だ。魔獣が多く、こちらに人員が割けないのだろう。
中に入ってみると魔獣の反乱に襲われた街ほど荒れてはいないが、中心地を歩いていても活気がない。余所者であるオーギュストたちが宿の前を歩いていても呼び込む者もいなかった。
「どなたかいらっしゃいますか?」
マリエルが宿の扉を開けて呼びかけると、店主らしき男性が出てくる。店主はオーギュストたち一行を見て困った顔をした。
「宿泊は難しいか?」
「部屋はご用意できます。ただ、食事がお出しできないのです」
店主はオーギュストの隣に立つミシュリーヌをチラチラと見ている。身分の高そうな女性を泊めて良いのか悩んでいるのだろう。宿の一階は食堂になっているようだが休業中らしい。
「部屋があれば問題ない」
オーギュストが言うと、ミシュリーヌが同意するように頷く。それを見て安心したのか、店主がマリエルと宿代などの交渉をはじめた。
公爵領の入口の町で聞いてはいたが、他領と隣接していない土地は大変そうだ。他の領地も浄化前には魔獣が多くいたわけだが、公爵領の状況はさらに深刻だと言って良い。
被害が大きくなった理由は、すぐにでも思いつく。公爵領は何年も前に浄化が終わっていたため、領内に強い冒険者が残っていなかったこと。浄化薬が購入できなくなっていたこと。他では起こらなかった魔獣草を使用した魔獣反乱が起きたこと。
ヘクターは的確に公爵領の要を打ち砕いていったようだ。
「我々は公爵領の状況を改善するために動いている。もう少し辛抱してほしい」
オーギュストは宿の従業員にも食料を分け与えて皆で食事をし、それぞれの部屋に落ち着いた。炊き出しを行いたいが、同行している団員の人数を考えると難しい。
数日後に到着するはずの調査隊宛に伝書鳩を飛ばすことしかできなかった。団員が道中で狩った魔獣を冒険者ギルドで売ったので、少しは足しになったと思いたい。
「もっとたくさん食材を買ってくるべきでしたわ」
ミシュリーヌがいた頃は、魔獣肉中心ではあったが他の領地と変わらぬ食事ができていたようだ。オーギュストはそれを聞いてホッとする。数ヶ月の間に魔獣が強くなり、狩れる者が減っているのだろう。戦えるからこそ、冒険者たちが未来の見えない街を出てしまった可能性もある。
夜が更けて、オーギュストたちはそれぞれの部屋に落ち着いた。オーギュストがベッドに入ると、先に横になっていたミシュリーヌが身体を寄せてくる。甘えるような仕草は最近良く見せてくれているが、今日はどこか縋り付くような必死さがある。
「どうした? 不安があるなら聞くよ」
明日からは別行動になる。やはり、一緒に移動できるように考えるべきだろうか?
オーギュストとしては、何が起こるか分からない公爵邸には同行させたくない。ミシュリーヌも患者を後回しにはできないだろう。
「ミシュリーヌ?」
オーギュストはなるべく優しく語りかける。ミシュリーヌは子供の頃から弱音を吐いてくれなかった。それをどうにかしたくてオーギュストは空回りしていたわけだが、この点を変えるにはまだ時間が必要になりそうだ。大人になって上手く隠すようになったから更に難しい。仕草から推察できるようになっただけ、進歩かもしれない。
オーギュストはミシュリーヌを抱きしめる。徐々にミシュリーヌの緊張が溶けていくのが分かった。
「わたくしの願いを聞いて下さいますか?」
ミシュリーヌがオーギュストの胸元で囁く。
「もちろん。何でも聞くよ」
「『何でも』?」
ミシュリーヌが勢いよく顔を上げて、にっこりと笑う。言質はとったとでも言いたそうだ。可愛い。言葉のとおり、オーギュストは何でも言うことを聞いてしまいそうだ。
「何でも言って良いよ」
「ありがとうございます。では、遠慮なく申しますね。まず、別行動の間も食事は三食きちんと召し上がって下さい。あと、魔法の使いすぎは駄目ですよ。オーギュスト様がどんなにすごい魔導師でも、魔力は有限ですわ。それと、夜間の移動は控えて、睡眠をきちんととってください。それから……」
「ちょっと、待って」
オーギュストは、息継ぎもなく話し続けるミシュリーヌを慌ててとめた。
「どうされましたか?」
ミシュリーヌがキョトンとした顔でオーギュストを見ている。親のようなことを言う割に表情が幼く見えて、オーギュストは小さく笑った。
「そうじゃなくて、ミシュリーヌの旅に不安がないか聞きたかったんだ。何か私にしてほしいことがあるんじゃないか?」
オーギュストがゆっくりと伝えると、ミシュリーヌが不服そうな顔をした。オーギュストは困って、ムスッとするミシュリーヌの頬に触れる。
「わたくしよりオーギュスト様の方が心配です。どうして、ジョエルを連れてこなかったのですか? わたくしが一緒だと思っていたから安心してましたのに。ブノワとポールが同行してくれるみたいなので、お一人で旅をされるよりは安心ですけど……」
「ブノワとポールに守られるつもりはないよ」
「分かっておりますわ。でも、二人を巻き込むと思えば、無理はなさらないでしょ?」
ミシュリーヌはキリリとした顔でオーギュストを見つめている。オーギュストには何をしても無茶とは言わせない膨大な魔力があるが、伝えても安心してはくれないだろう。
「分かったよ。ミシュリーヌに心配をかけるようなことはしないと約束するよ」
「そうして頂けると安心です」
ミシュリーヌは納得したように笑顔を作ったが、明らかに余所行きのものだった。
マリエルたちの隊の無駄のない動きに触発されたのか。虫も殺したことがなさそうなミシュリーヌが、馬を操りながら弓を引いていたのも大きいかもしれない。実践経験は十歳の頃から戦場にいたミシュリーヌの方が遥かに多い。
「不用心ですね」
到着した町の入口でブノワが呟く。
街には囲むように高い塀が作られ、小さな門がある。しかし、他の領地とは違い、人の出入りを確認する者はいない。魔獣が入れないような策はされているが、人間なら誰でも入りたい放題だ。魔獣が多く、こちらに人員が割けないのだろう。
中に入ってみると魔獣の反乱に襲われた街ほど荒れてはいないが、中心地を歩いていても活気がない。余所者であるオーギュストたちが宿の前を歩いていても呼び込む者もいなかった。
「どなたかいらっしゃいますか?」
マリエルが宿の扉を開けて呼びかけると、店主らしき男性が出てくる。店主はオーギュストたち一行を見て困った顔をした。
「宿泊は難しいか?」
「部屋はご用意できます。ただ、食事がお出しできないのです」
店主はオーギュストの隣に立つミシュリーヌをチラチラと見ている。身分の高そうな女性を泊めて良いのか悩んでいるのだろう。宿の一階は食堂になっているようだが休業中らしい。
「部屋があれば問題ない」
オーギュストが言うと、ミシュリーヌが同意するように頷く。それを見て安心したのか、店主がマリエルと宿代などの交渉をはじめた。
公爵領の入口の町で聞いてはいたが、他領と隣接していない土地は大変そうだ。他の領地も浄化前には魔獣が多くいたわけだが、公爵領の状況はさらに深刻だと言って良い。
被害が大きくなった理由は、すぐにでも思いつく。公爵領は何年も前に浄化が終わっていたため、領内に強い冒険者が残っていなかったこと。浄化薬が購入できなくなっていたこと。他では起こらなかった魔獣草を使用した魔獣反乱が起きたこと。
ヘクターは的確に公爵領の要を打ち砕いていったようだ。
「我々は公爵領の状況を改善するために動いている。もう少し辛抱してほしい」
オーギュストは宿の従業員にも食料を分け与えて皆で食事をし、それぞれの部屋に落ち着いた。炊き出しを行いたいが、同行している団員の人数を考えると難しい。
数日後に到着するはずの調査隊宛に伝書鳩を飛ばすことしかできなかった。団員が道中で狩った魔獣を冒険者ギルドで売ったので、少しは足しになったと思いたい。
「もっとたくさん食材を買ってくるべきでしたわ」
ミシュリーヌがいた頃は、魔獣肉中心ではあったが他の領地と変わらぬ食事ができていたようだ。オーギュストはそれを聞いてホッとする。数ヶ月の間に魔獣が強くなり、狩れる者が減っているのだろう。戦えるからこそ、冒険者たちが未来の見えない街を出てしまった可能性もある。
夜が更けて、オーギュストたちはそれぞれの部屋に落ち着いた。オーギュストがベッドに入ると、先に横になっていたミシュリーヌが身体を寄せてくる。甘えるような仕草は最近良く見せてくれているが、今日はどこか縋り付くような必死さがある。
「どうした? 不安があるなら聞くよ」
明日からは別行動になる。やはり、一緒に移動できるように考えるべきだろうか?
オーギュストとしては、何が起こるか分からない公爵邸には同行させたくない。ミシュリーヌも患者を後回しにはできないだろう。
「ミシュリーヌ?」
オーギュストはなるべく優しく語りかける。ミシュリーヌは子供の頃から弱音を吐いてくれなかった。それをどうにかしたくてオーギュストは空回りしていたわけだが、この点を変えるにはまだ時間が必要になりそうだ。大人になって上手く隠すようになったから更に難しい。仕草から推察できるようになっただけ、進歩かもしれない。
オーギュストはミシュリーヌを抱きしめる。徐々にミシュリーヌの緊張が溶けていくのが分かった。
「わたくしの願いを聞いて下さいますか?」
ミシュリーヌがオーギュストの胸元で囁く。
「もちろん。何でも聞くよ」
「『何でも』?」
ミシュリーヌが勢いよく顔を上げて、にっこりと笑う。言質はとったとでも言いたそうだ。可愛い。言葉のとおり、オーギュストは何でも言うことを聞いてしまいそうだ。
「何でも言って良いよ」
「ありがとうございます。では、遠慮なく申しますね。まず、別行動の間も食事は三食きちんと召し上がって下さい。あと、魔法の使いすぎは駄目ですよ。オーギュスト様がどんなにすごい魔導師でも、魔力は有限ですわ。それと、夜間の移動は控えて、睡眠をきちんととってください。それから……」
「ちょっと、待って」
オーギュストは、息継ぎもなく話し続けるミシュリーヌを慌ててとめた。
「どうされましたか?」
ミシュリーヌがキョトンとした顔でオーギュストを見ている。親のようなことを言う割に表情が幼く見えて、オーギュストは小さく笑った。
「そうじゃなくて、ミシュリーヌの旅に不安がないか聞きたかったんだ。何か私にしてほしいことがあるんじゃないか?」
オーギュストがゆっくりと伝えると、ミシュリーヌが不服そうな顔をした。オーギュストは困って、ムスッとするミシュリーヌの頬に触れる。
「わたくしよりオーギュスト様の方が心配です。どうして、ジョエルを連れてこなかったのですか? わたくしが一緒だと思っていたから安心してましたのに。ブノワとポールが同行してくれるみたいなので、お一人で旅をされるよりは安心ですけど……」
「ブノワとポールに守られるつもりはないよ」
「分かっておりますわ。でも、二人を巻き込むと思えば、無理はなさらないでしょ?」
ミシュリーヌはキリリとした顔でオーギュストを見つめている。オーギュストには何をしても無茶とは言わせない膨大な魔力があるが、伝えても安心してはくれないだろう。
「分かったよ。ミシュリーヌに心配をかけるようなことはしないと約束するよ」
「そうして頂けると安心です」
ミシュリーヌは納得したように笑顔を作ったが、明らかに余所行きのものだった。
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